LIGHT 2:母『コア』
「瑛子……」
太陽が沈みかけたころ、勝利は研究所近くの病院にいた。今日の授業を終え、瑛子の様子を見に来たのだ。
四天王リヴァウスが現れた日から、一週間が経った。あの日、突然意識を無くした瑛子は、すぐに木山研究所に運ばれた。
「じっちゃん、瑛子がっ!」
勝利は瑛子を抱きかかえて研究所のドアを開いた。すぐさま、瑛子は木山所長の知り合いの病院に運ばれ精密検査をした。幸い、命に別状はなく、しばらく入院することになった。そして一週間が経ったのだ。
勝利は病室の空気を入れ替えようと窓を開けた。ひんやりとした風が勝利の体にしみた。季節はすっかり秋になっていた。
「……勝利」
瑛子の声が聞こえた。勝利はベッドの横にあるパイプ椅子に座った。
「目ぇ覚めたか」
これ、南さんから……と、勝利はケーキが入った箱を瑛子に渡した。瑛子は起き上がり箱を受け取った。
「ありがと。あ、私の好きなチーズケーキだ」
瑛子の声が弾んだ。勝利はふぅと息を吐いた。
「勝利、ごめんね」
「なにが?」
瑛子はケーキの箱を備え付けの棚の上に置いた。そこには見舞いに来ていた、瑛子の祖母が生けた花があった。
「お祖母ちゃんが勝利に言ったこと」
瑛子は申し訳なさそうに話した。勝利はくすっと笑った。
「そんなことかよ」
瑛子が入院して翌日、瑛子の祖母、イチが勝利の頬にばちんと大きな音を出して叩いた。くっきりと勝利の頬に手の跡が残った。イチの小さな目には涙があった。
「お祖母ちゃんっ」
瑛子が驚いてイチの腕に抱きついた。勝利はぺこりと頭を下げた。隣にいた木山所長、南も頭を下げた。
「この度は私の孫が大切な瑛子さんに、大変ご迷惑をかけまして申し訳ございません」
木山所長がはっきりと誠意を込めて謝った。イチは態度を変えず、ぎろっと勝利を睨んだ。
「私はいつかこうなると思っていました。今までは瑛子の思うとおりにやらせていましたが、もう我慢ができません。もう二度と瑛子に会わないでください」
「お祖母ちゃん、何言ってるの? 何勝手に決めてるの!」
瑛子が鼻声になりながら、イチに問いただした。勝利はぐっと拳に力を入れた。
「本当に……本当にすみませんでした」
勝利は深々と謝った。イチは勝利に背を向けたままだった。イチの背中が、
「もう帰ってください」
と、勝利たちに話していた。木山所長と南はもう一度謝罪をし、病室を出た。勝利はゆっくりともう一度頭を下げ、病室を出ようとドアの取ってに手をかけた。
「勝利、待ってよ……」
瑛子の声が勝利の背中に刺さった。
「ねぇ、勝利、また来てよ。絶対だよ」
「瑛子っ、お前はまだ分からないの! 由美子たちと同じ目に遭うのよ!」
イチの怒鳴り声が瑛子を止めようとした。
由美子たち。それは瑛子の両親たちのことだ。瑛子の両親は街でワルーモノの襲撃に遭い、この世を去った。勝利はまだ『地球の希望の光』として目覚めてはいなかった。両親を亡くした瑛子は、イチに育てられたのだ。
イチの声に瑛子は耳を貸さなかった。
「嫌だよ、勝利」
瑛子の切ない声に、勝利の体がびくんっと反応した。
(瑛子……)
勝利は瑛子を抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。しかし、自分の未熟さで瑛子を危ない目に合わせてしまったことがひっかかり、勝利は振り向きもせずに病室を後にした。
「仕方がないんだ。俺の未熟さが瑛子を傷つけたんだ。もう会うなって言われたのに、ここにいるし」
学校から帰ると、勝利の家に電話が鳴り響いた。瑛子からだった。電話を通して瑛子が泣いているのが分かった。勝利は会いたい気持ちが膨れ上がり、家を飛び出していた。
「未熟なんて言わないで。当たり前じゃない。まだ高校生なんだよ。だけど勝利は頑張ってる。私は知ってるもの」
瑛子はぎゅっと勝利の手を握った。瑛子の手を通して、冷えた勝利の体に瑛子の暖かさが伝わった。ぽろっと勝利の笑顔がこぼれた。
「瑛子には助けてもらってばっかだな」
「何言ってるの。助けてもらってるのは私たちのほう。ね、あのワルーモノはどうやって倒したの? 体中トゲだらけだったじゃん」
瑛子のいつもの調子に勝利は安心した。
「あのワルーモノ、トゲは厄介だったけど、反応が遅いんだ。しかもトゲは同時に違う場所には出なかったし。顔に蹴りを入れると見せかけて、顎にやったんだ」
勝利の説明に瑛子は感心したように声をあげた。
「勝利、すごいね。さすがだね」
「いや、全然だよ。あの後出てきたリヴァウスって奴が……」
そう言って勝利は口を閉じた。瑛子はリヴァウスが現れて、意識を失い、別人のように変わっていた。瑛子はそのときのことは覚えていないと言った。
「……次は絶対守ってやるよ」
勝利は心に誓うように言葉に出した。瑛子がニコリと笑った。
瑛子の見舞いのあと、勝利は木山研究所に向かった。木山所長から話があると言われたのだ。
1階のドアを開けると、いろんな装置やパソコンが置いてあった。勝利はパソコンの中に進み、資料の山に埋もれていた南を見つけた。南は乱れた髪をかきあげた。
「勝利くん、所長が2階で待ってるわ。母『コア』について分かったのよ」
勝利は南の後ろに続いて2階に上がった。
「やぁ、よう来た」
木山所長は勝利に椅子をすすめた。南は給湯室に行き、3人分の熱いお茶と菓子を用意した。
「瑛子ちゃんはどうだった?」
木山所長はパリッとお茶菓子の煎餅を食べた。
「もうだいぶ、調子がいいみたいだった」
「そうか。あそこはわしの親友がやってる病院でな、腕は相当なものだからな」
「あと、瑛子が南さんに礼言ってました。ケーキをありがとうって」
南はにこりと笑った。
「さて、こっからが本題じゃ」
木山所長の顔が一瞬で研究者の顔になった。勝利は少し緊張して所長の言葉を待った。
「奴らの言っていた母『コア』は、奴らの生命の源じゃ」
「生命の源?」
勝利は首を傾げた。
「それはワルーモノと同じ波動を放ち、大昔の地球に存在していたらしい」
勝利はリヴァウスの言葉を思い出した。(リヴァウスは『取り返しに来た』って言ってたけど、昔から地球にそれがあったからなんだ)
「え、ちょっと待てよ」
勝利は首を傾げた。
「大昔の地球にあったってことは、昔の地球はワルーモノの星だったってこと?」
「……あくまで、あったらしい、という話じゃ」
木山所長はずずっと音を立ててお茶を飲んだ。南が勝利たちの間に入った。
「今までワルーモノたちは、どうして地球を狙うのか、理由なんてないと思っていたの。今までだって人間の言葉を話すワルーモノは出てこなかったからね」
確かにそうだ、と勝利は頷いた。
「それが今になって理由を話した。しかも勝利くんの話だと、今までのワルーモノとは違う奴らが現れた」
「あいつ四天王って言ってたんだ」
勝利はリヴァウスを目の前にした瞬間を思い出した。
ただそこにいるだけなのに、リヴァウスからはすごいプレッシャーを受けた。そんなこと、今まで戦った奴らの中で体験したことがなかったのに。
「おそらく奴らの親玉がいるのじゃろ」
木山所長は飲み干した湯呑みを机に置いた。
「何らかの原因で親玉は表に出て来なかった。しかし今、高度な知識を持ったワルーモノが現れたということは、いよいよ最終決戦に……と、わしは考えるな」
勝利がごくんと喉を鳴らした。たらっと嫌な汗が流れた。
「最終決戦……」
「とにかく、奴らがそれを狙っていることは確かじゃ。絶対に渡してしまってはいかん」
「だったら、奴らより先に見つけておけば安心だろ? だいたいでも場所は分かんないの?」
勝利の問いに木山所長は浮かない表情になった。南が所長に代わって話した。
「可能性としては、地球の地中深くの中心。ここは地球の核でもあるからね。一応、今までのワルーモノが現れた場所を、地球の地図に照らしてみたけど場所が特定出来ないの。バラバラに暴れてるみたいね」
木山所長の浮かない顔の原因は、場所を特定出来ないということだったみたいだ。所長は、必ず調べてやるからな、と席を外してしまった。
「じゃ、私もお仕事に戻ろうかな」
南がうんっと伸びをして、湯呑みを片付けた。勝利はお茶菓子を棚の中に収めた。
「瑛子ちゃんのことだけど……」
「え?」
ドアを開けて南が勝利のほうに振り返った。
「あまり気にしないほうがいいわ。瑛子ちゃんは、何があっても瑛子ちゃんだから」
「……はい」
勝利はにこっと笑った。南はそれを見ると安心したのか、ほっと胸をなで下ろした。南なりに心配していたのだろう。勝利は南にさよならを言って研究所を後にした。