LIGHT 1:目的
日曜日。
瑛子は朝早くから駅前に立ち、ある人を待っていた。そのある人とは……。
「勝利ーっ!」
(大声で呼ぶな、ばか)
勝利は顔を赤くして瑛子の元へ走った。瑛子が不思議そうな顔をした。
「勝利、顔赤いよ? 大丈夫?」
「大丈夫だから、あ、あんまり近づくな」
勝利は瑛子より2、3歩前に出て改札口へと向かった。瑛子は、何で何で? と頭にクエスチョンマークを浮かべて聞いた。勝利と瑛子は駅員に定期券を見せ、2番ホームへと向かった。
「俺があんまりベタベタするの、好きじゃないって知ってるだろ?」
ガタン、ゴトン……と、2人を乗せた電車は見慣れた街の中を走り出した。勝利たちは向かい合っている座席を選んで座った。瑛子が勝利の隣に座ろうとすると、勝利がやめろと言うのだった。
「何で? 私たち付き合ってるんだよ。……まさか、私以外に女の子が!?」
「そんな奴いねぇよ。ただ単にひっつくのは慣れてないだけ」
(何よ。ワルーモノと戦う前は、必ず私にキスするくせにっ)
瑛子は頬を膨らませて窓の外を見た。だんだんと街並みから、山や田んぼなどの田舎風景に変わっていった。
「……あれ」
瑛子はぼーっと外を見て気が付いた。勝利が、どうした? と聞くと、瑛子は何でもないよ、と答えた。
(よく考えたら、勝利が戦う前って、たいてい、私と一緒にいるのよね。私って悪い奴を呼び寄せちゃう空気なのかな……)
「何考えてんだよ」
勝利の言葉に、瑛子ははっと我に返った。じっと勝利の真っ直ぐな目が瑛子を掴んでいた。
「たいしたことないの」
「ふぅん? だったら何だ、これは?」
勝利がちょいちょいっと下の方を指差した。瑛子が見ると、瑛子はしっかりと勝利のズボンの端を掴んでいた。慌てて瑛子は手を離した。
「昔から変わんねぇな、その癖。言ってみろよ。聞いてやるから」
「う……。あのね」
瑛子は目線を下に落として話した。
「勝利がワルーモノと戦う前って、たいてい私と一緒にいるよなって。私って悪い奴を呼び寄せちゃう空気なのかなって……思って」
「……それだけ?」
瑛子はこくんと頷いた。勝利はふぅと息を吐いた。
「そりゃ当たり前だ。よく考えろ、俺たち毎日一緒にいるんだぜ?」
「え? ……あ、そっか」
瑛子は暗い気持ちから、すぐに明るい気持ちに変わった。
「そっかそっか。そうだよね。私たち毎日一緒だもんね」
瑛子がにこっと笑った。いつもの笑顔が戻り、勝利はほっと安心した。
「あ、次だよ、勝利」
「あぁ」
電車は街とは正反対の、大きな山に囲まれた無人駅に着いた。緑一面の景色に、ぽつんと白い建物が見えた。今からその建物に向かうのだ。
「じっちゃーん、来たぜー」
勝利がドアを開けて中に入った。瑛子も後に続いた。
建物の中は真っ暗だった。勝利は壁に手を付いて明かりのスイッチを探した。
そのときだった。ひゅんっと風に乗って、勝利たちに向かって何かが飛んできたのだ。勝利はいち早くそれに気付き、瑛子の手を取って避けた。
「勝利……」
瑛子が心配そうに勝利を呼んだ。
「じっちゃん、いるんだろ、出てこい!」
しんとしている空気に、勝利の声が吸い込まれた。
『……見事な速さだったぞ、勝利』
パッパッパッと、あちこちからスポットライトが、一つの場所に集まった。その光の中に、白い髭を生やした人物が立っていた。
「お祖父様だ」
瑛子がびっくりして言った。勝利はずんずんとその人物に近づいた。
「じっちゃん、悪ふざけはやめろよな。なんだ、このナイフ! 瑛子もいるんだから」
『悪ふざけなどではない! これは特訓なんじゃ!』
勝利の祖父は、手にしているマイクに、大きな声で答えた。キーンと嫌な音が響き、勝利と瑛子は耳を押さえた。
「木山所長、そのような声を出してはいけませんよ」
パチッと明かりが付く音がした。暗闇に慣れていた目には、この明るさは地獄のようだった。
「南さん!」
勝利は電気を付けた人物の名前を呼んだ。南は、お久しぶりね、とにこっと笑った。瑛子がぎゅっと勝利の腕を掴んだ。
「あら、瑛子ちゃん。いらっしゃい」
「……どうも」
「え、瑛子、離れろよ」
勝利がぐいっと瑛子の腕を外した。瑛子が、ぶーぶーと文句を口にした。
瑛子が南が嫌いだった。その理由は……。
「南さん、いつこっちに帰ってきたんですか?」
「昨日帰ってきたのよ」
勝利の喜びようは、瑛子の目には、まるで久しぶりに恋人に逢ったような喜びのように映った。瑛子は恋のライバルとして南を見ているのだ。
「立ち話もなんじゃ、奥に入れ」
勝利の祖父、木山所長が2人を招き入れた。勝利たちは木山所長の後に続いた。
通された場所は、2階の事務所。1階と違ってここは、書類やらファイルやらがいっぱいだった。
「じゃ腕を出してね」
南が勝利に優しく言った。勝利が腕を差し出すと、南が注射器を取り出した。
「なぁじっちゃん、注射じゃない方法ってないの? 俺、あんまり好きじゃない……いてっ!」
勝利は針の痛みで眉間にしわを寄せた。
「文句を言うな。注射のほうが、効きがいいんじゃ」
木山所長はカタカタとキーボードを打ち込んだ。瑛子はお茶を飲みながら、勝利の横に座っている。
「はい、おしまい」
南が注射器を片付けた。勝利はぺこりと頭を下げた。
「南さん、今の注射って?」
瑛子が南に質問をした。
「これは……そうね、精神安定剤のようなものね」
南はぎしっと自分のデスクに座った。
「瑛子ちゃんはここに来るのは初めて?」
「あ、はい……」
瑛子は何も知らないことを、南に知られたのが恥ずかしくて俯いた。
「本当は関係者以外立ち入り禁止なんだけど……」
南はちらっと木山所長を見た。木山所長はこくんと頷いた。
「瑛子ちゃんは勝利の恋人じゃ。知っておいてもらったほうがいいのぅ。それに恋人以前に、この星に生きている者として聞いておいたほうがいい」
瑛子は緊張して南の言葉を聞いた。
「じゃ、木山所長に代わって私が話をするわね」
南は組んでいた足を組み替えた。
「この地球が『ワルーモノ』に攻撃を受けているのは分かるわよね。それによって世界中がひとつになって、ワルーモノを倒そうとしていることも」
瑛子はこくんと頷いた。
「対ワルーモノ部隊として、世界中に部隊が作られ、ここ日の丸には、地球防衛隊アジア国第1管区日の丸っていう部隊が作られたの」
「あ、この間新聞で見ました。勝利が選ばれたんですよね」
瑛子は自分のことのように嬉しそうな顔をした。勝利はこの間、瑛子が学校で新聞の切り抜きをしていたことを思い出した。
「そうね、勝利君が部隊の一員に選ばれたのよね。おめでと」
南が目を細くした。勝利は顔を赤くして笑った。瑛子はむっとして、話を続けてください、と南に迫った。
「まず敵を知らなきゃいけないってことで、ワルーモノの研究をする研究所があちこちで作られたの。ここ木山研究所は、その中でも古株で常にトップの位置にいる場所なの」
南の説明に木山所長が、古株は余計じゃ、と口にコーヒーを運んだ。
「確かに古株。じっちゃんが生まれる前からあったんだろ?」
勝利がお茶菓子として出されたクッキーに手を伸ばした。勝利の好きなチョコチップクッキーだ。もう1枚手に取り、瑛子に渡した。
「そうよ。ワルーモノが現れる前からここはあったの。だから100年以上前から……かしら?」
木山所長が南の説明に頷いた。そして懐かしそうな顔をした。
「わしのじいさんが建てた研究所じゃ。時が経つのは早い。わしはいつの間にかじいさんになり、孫がおる」
「そんな昔に、ワルーモノが襲ってくるって分かってたんですか?」
瑛子がこくっと2杯目のお茶を飲んで聞いた。南は首を振った。
「いいえ。昔は天文学の研究をしてたのよ。まぁそのおかげで、ワルーモノの発見が出来たけどね」
南もコーヒーに口を付けた。
「そっか。じゃあ、1番にワルーモノを発見出来たから、お祖父様の研究所はすごいって言われるんですね」
「そうね、それともう一つ理由があるの」
南はぴっと勝利に向かって指を差した。勝利はびっくりして、食べていたクッキーを喉に詰まらせた。
「勝利君の体に、もう一つの理由があるのよ」
「ここからはわしが話そう」
木山所長が真面目な顔をして話し出した。
「勝利が『地球の希望の光』となったのは、わしのじいさんが開発した薬のせいなんじゃ」
木山所長は席を立ち、大きな棚から1つの小さな箱を持ってきた。箱を開けると、ピンク色の液体が入っている小瓶があった。
「これが『地球の希望の光』の正体。これを体内に入れることで、体力、筋肉、手足の動き、神経などが進化するのじゃ」
「えーっと、つまりワルーモノをやっつけられる力が生まれた……ってことですか?」
「そうじゃ。まだ赤ん坊だった勝利に、わしがこの薬を打ったのじゃ」
木山所長は昔のことを思い出していた。勝利はケッと悪態を付き、余計なことしちゃってよ、と呟いた。
「でもどうして勝利が『地球の希望の光』になったんですか?」
瑛子が木山所長に聞いた。木山所長はまた一段と真剣な顔をした。
「運命なんじゃ」
「運命?」
「そう。これは木山家の運命。……瑛子ちゃんは勝利の父親を知っておるかね?」
瑛子は勝利の父親を思い出してみた。
「は、はい。小さい頃に遊んでもらったことがあります。でも……」
そう口にして、瑛子は黙った。ちらっと勝利のほうを見た。瑛子の視線に気付いた勝利は、ふっと軽く笑った。それを見た木山所長は、ふむっと唸った。
「どうやら知っておるようじゃな。勝利の父親、勝貴は初代『地球の希望の光』だったが、ワルーモノによってこの世を去ったのじゃ」
木山所長の言葉に、瑛子は驚きの声を上げた。
「勝利のお父さんって『地球の希望の光』だったんだ……」
「そうなんじゃよ。勝貴が中学生のころ、わしが薬を打ったんじゃ。あの時代は特に戦いが酷かった……」
木山所長は静かにコーヒーを飲んだ。しばらくの間、4人に沈黙がおりた。その沈黙を破ったのは勝利だった。
「とにかく、じっちゃんのじっちゃんが薬を開発してそれ以来、代々、木山家は『地球の希望の光』を受け継ぐことになってんだよ」
勝利は勢い良くお茶を飲み干した。瑛子は少し寂しそうな顔をした。
「運命……か。ね、勝利。私たちが出会うのも運命なのかな?」
「はぁ? そんなこと知らねぇよ。神様に聞いてください」
ひどーい、と瑛子は涙ぐむ真似をした。勝利は舌を出して笑った。
「瑛子ちゃん」
木山所長が瑛子を呼んだ。その声は、今までの真剣な声ではなく……。
「勝利のこと、よろしく頼むよ」
孫を大事に思う優しい祖父の声だった。瑛子はくすっと笑った。
「任せてください。私は勝利と出会えたことは運命って思ってるんです。私、こんなに勝利のことが好きですから」
木山所長も瑛子につられて笑った。
「勝利が地球を守る理由。ただの運命ではなくて、瑛子ちゃんがここで生きてるから……なのかもな」
そうだと嬉しい、と瑛子は笑った。勝利は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「勝利君、忘れないうちにこれを」
南が紙袋を勝利に渡した。瑛子が2人の間に首を突っ込んだ。
「これは勝利君の薬。私たちで言うと、サプリメントかな」
瑛子が質問する前に南が説明をした。瑛子は少しむっとした。
「注射では補えない部分があるからね。また1ヶ月したら来てね」
「はい、ありがとうございます。じゃ、じっちゃん行くわ」
勝利は南に礼を言い、木山所長に手を振った。瑛子はぺこりと頭を下げた。木山所長はひらひらと手を振り返した。そのときだった。
『敵接近中! 敵接近中!』
研究所内の警告ランプが赤々と光った。勝利は高校生の顔から、すぐに地球の救世主の顔つきになった。
「南さん、場所は?」
「場所は……B160! この間新しく出来た遊園地のほうよ」
南が座標のモニターを見ながら教えてくれた。それを聞いた瑛子ががっかりした声を出した。
「あの遊園地、まだ行ったことないのに……」
「何言ってんだよ。いいか、瑛子はここにいろよ。じっちゃん、行ってくる!」
勝利はお決まりの、瑛子の額に軽くキスをして研究所を飛び出した。瑛子はキスをされた場所をさすった。
「……勝利のやつ、いつもそんなことをしとるのか?」
木山所長が呆れた声を出した。瑛子は恥ずかしそうに頷いた。
(遊園地か……。まぁた、ド派手に暴れてるんだろうな)
研究所を出た勝利は、ぐっと腰を落として足に力を入れた。すると小さな光が足の裏に集まった。そして、よしっ、とタイミングを付けて地面を蹴り上げた。勝利の体は、大砲が発射されるように一直線にワルーモノへ飛んでいった。
(注射のおかげで体が軽い。じっちゃんの言うとおり、効きが早いんだな)
遊園地では逃げ惑う人々と、ワルーモノに対抗する軍隊とで、ごちゃごちゃになっていた。泣き叫ぶ声や銃声が入り混ざった。
「今の状況見たらさ、遊園地で遊んでる場合じゃないでしょ」
勝利はふぅ……と溜め息をついて遊園地の中に入った。向かってくる人々は皆、目を赤く腫らし、大声で叫んでいた。勝利はその人混みの中をすたすたと涼しい顔で歩いた。しかし、眉をぴくりと動かして足を止めた。くるっと振り返ってみると、見慣れた女の子が勝利に向かって走ってきた。
「げっ。瑛子!?」
「えへへ、来ちゃった」
瑛子は肩で息をしながら勝利の隣に並んだ。
「お前っ、じっちゃんの所にいろって言っただろ!」
「だ、だって……見たかったの」
瑛子が泣きそうな顔をして勝利を見た。勝利はぴくぴくと眉を上げていた。相当頭にきているようだ。
「ここは危険なんだぞ! お前はすぐ帰れっ」
「やだよ! 私見たいんだもん。勝利が戦うところ」
「あーのーなぁ!」
「お願い! ……今日ね、私すっごく恥ずかしかったの。勝利の彼女なのに、何も勝利のこと知らないの。南さんに全部教えてもらって、恥ずかしかったの」
瑛子はすぅっと息を吸った。
「だから知りたいの、勝利のこと。全部知りたいのっ。お願い!」
「……」
勝利はじっと瑛子を見た。瑛子の瞳は真剣そのものだった。しばらく考えた勝利は、そっと瑛子を抱きかかえた。
「きゃっ!」
「ちんたら歩いて行かない。飛ぶから舌噛むなよ」
ひゅんっと勝利は瑛子を抱いてワルーモノへと飛んだ。
ワルーモノは観覧車を踏み倒して、誇らしげに鳴いていた。その鳴き声は、空に割れ目ができるぐらい強烈なものだった。
「瑛子はここにいろ。絶対出てくるなよ」
勝利は瑛子を植木の下に下ろした。瑛子はこくんと頷いた。勝利はくしゃくしゃと瑛子の頭を撫でてた。
「さぁて、悪者退治をしに行きますか」
暴れているワルーモノは、前と比べて一回りも二回りも大きかった。体は硬い突起物で守っており、全身は緑色に染まっていた。赤い大きな目が、ぎょろぎょろと辺りの様子をうかがっているようだった。長い尾がパシンッと地面を叩いている。
「俺が相手になるぜ」
勝利は前回と同じように、ワルーモノの顔の高さまで飛んだ。そして1発目の蹴りを食らわそうとした。しかし、ワルーモノの赤い目が光り、体を守っていた突起物と同じものが、ボコボコッと顔の回りに集中して生えたのだ。
(やべっ! このままじゃ)
勝利の頭は気付いたが、足を止めることは出来なかった。勝利の足に突起物がずぶりっと刺さった。勝利の足からは、だらりと血が流れた。
「っ!!」
「勝利!」
瑛子が恐ろしくなって植木の下から出てきた。
「バカッ、外へ出るなっ」
勝利は突起物から足を抜いて叫んだ。
(このまま、やられるような弱い奴じゃないぜ)
勝利はそのまま地面に降りた。今度はぐっと拳に力を入れて、ワルーモノの腹を目掛けてパンチを放った。しかしまた先ほどと同じように、突起物に守られ奥まで届かなかった。勝利のダメージが増えてしまった。
(いってぇ……でも、なるほどね)
勝利はぺろっと拳から流れた血を舐めた。そしてまた、ワルーモノの顔の高さまで飛んだ。ワルーモノは大きな口を、ニタァと嫌らしく開けた。まるで勝利を馬鹿にしているようだ。
「化け物の分際で調子に乗るなよ」
勝利は怪我をしていない足で蹴りを放った。当然、顔には体を守っている突起物がたくさん生えた。勝利は足の蹴りを突起物に当たる寸前で止め、くるっと空中で後ろに体を回転させた。そして回転させた勢いで顎にあたる部分に蹴りを食らわせたのだ。突起物は顎にはなく、勝利の蹴りがワルーモノの体に当たった。ワルーモノは後ろにひっくり返った。
「へっ。ざまぁみやがれ」
勝利はすたっと地に足を付けた。だらだらと怪我をした足からは血が流れている。
(……ちょっとクラクラするな)
勝利は頭を支え、ワルーモノに近づいた。思い切り蹴り上げたので、そう簡単にワルーモノは起き上がらないだろう。勝利はまた拳に力を入れた。小さな光が勝利の拳に集まり、眩しいほどに輝いた。
「何、あれ。勝利の手に、星が落ちてきたみたい……っ!」
瑛子は急に胸が苦しくなった。
(今まで何ともなかったのに……)
瑛子は立っていられなくなり、膝を地面に付けた。
(痛いっ! 痛いよ、勝利っ)
瑛子は震える手を勝利に向かって伸ばした。勝利は光っている拳でワルーモノにトドメを刺すところだった。高く上げられた拳は、より一層輝き、その場を白一色の世界に変えた。一瞬にしてワルーモノはちりちりになり、姿を消した。
「はぁはぁ……任務終了……」
勝利はふっと瑛子を見た。瑛子は地面にうつ伏せになって倒れていた。
「瑛子っ!」
勝利は急いで瑛子に駆け寄り、すぐに仰向けにやった。うつろな目で瑛子は勝利を見た。
「ワ、ワルーモノは?」
「もういない。どうしたんだよ、何があった?」
「わ、分からない……の。急に胸が痛くなって」
瑛子はすっと目を閉じた。そしてまた目を開けた。
「勝利、何か来るよ」
「え?」
瑛子が口にした瞬間、ふわっと冷たい風が勝利たちの頬をかすめた。空が黒くなった。
「何だ……?」
「来るよ、大きな力……」
「瑛子? おい、お前どうしちゃったんだよ」
うわ言のように呟く瑛子を、勝利はぎゅっと抱きしめた。瑛子は勝利を見ているようで、どこか遠くを見ていた。
(やっぱり連れてくるんじゃなかった! 俺が悪いんだ)
「お前が『地球の希望の光』という者か?」
突然、空から冷たい声が聞こえた。勝利ははっとして空を見上げた。そこには、人間の姿に、竜のような青白い尾が生えているワルーモノが立っていたのだ。
(何だあいつは。今までのとは、全然違う。このピリピリした感じ……あいつ強いっ!)
「お前は誰だ!」
勝利は細かく震えていることを、ワルーモノに悟られないよう強気で叫んだ。空から現れたワルーモノは、くすりと笑った。
「なんと小さき光。それで我々を倒すというのか」
くすくすと冷たく笑うワルーモノは、すーっと地面に降り立った。
「我はリヴァウス。ワルーモノ様四天王のひとり」
「四天王……だって?」
(四天王ってことは、あいつみたいな奴があと3人いるってことか?)
勝利はごくんと喉を鳴らした。たらっと冷や汗が背中に流れた。
「お前ら、何でこの星を狙うんだ!」
勝利の言葉に、リヴァウスは冷たく笑った。そしてふわっと宙に浮いた。
「我らの目的を果たすため……」
「目的?」
「我らの母『コア』を取り返しに来た」
(母『コア』? 取り返しに来ただと? 何が何だか分からない!)
勝利は頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。ただぎゅっと瑛子を抱きしめていた。瑛子は相変わらずうわ言のように、来る来る……と遠い空を見ていた。そんな瑛子にリヴァウスが気が付いた。
「そこの娘、お前は……?」
そう言いかけて、リヴァウスの背中に何かが当たった。それは日の丸軍隊による攻撃だった。
「力ない者は、ただ地面に平伏すだけ……」
リヴァウスはすっと手のひらを、後ろのほうに向けた。勝利は急いで念を飛ばした。
『全員退避! 今すぐ逃げろっ!』
しかし念を飛ばす前に、リヴァウスの攻撃が軍隊に命中してしまった。山が崩れるような音が、勝利の心を震わせた。
「……このっ!」
勝利は舌打ちをしてリヴァウスに飛びかかろうとした。しかし、ぐいっと瑛子に掴まれた。
「瑛子!」
「だめ。まだ戦ってはだめ」
瑛子はじっとリヴァウスを見て言った。(瑛子、お前元に戻らないのか……?)
「今回は様子を見ただけ。お前のような小さな光、我らの邪魔にもならん」
リヴァウスは高らかに笑い。すーっと空気に溶けて消えた。と同時に瑛子は、プツンと糸が切れたように意識がなくなったのだ。