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LIGHT 10:光


「……勝利?」

 瑛子は勝利に呼び掛けられたと思い、後ろを振り返った。しかし当然、そこには勝利の姿はない。家と学校を結ぶ道が続いているだけだ。

(確かに聞こえたのに……)

 瑛子はしばらく振り向いた道の先を見ていたが、思い直して家へと続く道に視線を移した。

 今日のお昼。勝利がワルーモノと戦うために学校を後にしてから、瑛子は何とも言えない不安を感じていた。胸の奥が、ぎゅぅっと締め上げられるような苦しい痛みがあった。

(この痛み、ちょっと前にも感じたことがある……)

 いつだったかしら、と瑛子は首をひねった。瑛子の記憶の扉がぱたぱたと音を立てて開かれていく。

(そうよ、確か遊園地でワルーモノが現れたときだった……)

 そこまで思い出したとき、瑛子の心臓が一拍だけ、どくんっと大きな音を立てた。瑛子は思わず、地面に膝をつき、胸の辺りに手をやった。

(何これ……また、この痛み。苦しいっ)

 だんだんと瑛子の息が荒くなった。息がうまく出来ないのだ。

(あたし、どうしちゃったんだろう。痛い、苦しい……苦しいよ、勝利っ!)


――ショウリ……地球ノ希望ノ光 小サキ光――


 どこから聞こえたのだろうか。優しい女性の声が確かに聞こえた。はっとした瑛子は辺りを見回した。しかし瑛子以外、誰もいない。


――光ガ消エル――


 また聞こえた。瑛子はそっとその声に耳を傾けた。不思議とその声を聞くと、先程まで感じていた痛みが和らいでいった。

「消える?」

(光が消える……それって勝利が危ないってこと?)

 せっかく痛みが消えたというのに、今度は恐ろしくなってしまった。瑛子は顔を青くしてその場に立ちすくんだ。

(勝利が危ない……どうしよう、どうすれば……!)

「ねぇっ! あたしの声、聞こえる!?」

 瑛子は誰も見えない空に向かって声を張り上げた。誰もいないはずなのに、瑛子には目の前に誰かがいる気配がした。

「勝利がいる場所を教えて! 光が消えるってことは、勝利が危ないってことなんでしょ?」


――ショウリ 地球ノ希望ノ光――


「そう、そうだよ。お願いだから、勝利がいる場所を教えて!」


――ソレヲ知ッテ何ヲスル?――


「何をするって、決まってんじゃない! 勝利を助けに行くんだから!」

 瑛子は声を上げた。こうしている間にも、勝利があぶないかもしれない……そんな不安が瑛子の胸をいっぱいにした。


――貴様ガ光ノ元へ行ッテ何ニナル?――


 相変わらずの淡々とした受け答えに、瑛子は苛立った。

「そんなの行ってみないと分かんないでしょ!」


――……何ガ待ッテイルカ分カラナイガ、貴様ノ心ヲ信ジヨウ――


 そう声が聞こえた途端、辺りが眩いほどの白い光に覆われた。瑛子は思わず目を閉じ、その場にうずくまった。

「何、何なのよっ!?」

 自分が光に包まれたと思った瞬間、今度はふわりと風に乗るように体が宙に浮いた。瑛子は何がなんだか分からなくて身動き一つ出来なかった。

「……勝利がいるところへ連れてってくれるの?」

 瑛子がそう呟くと、それに答えるように瑛子の体が強い風で舞い上がった。

(あの声は、この光は何?)

 白く、どこか懐かしさを感じる光に包まれた瑛子は、幼い頃に感じた母親の暖かいぬくもりを思い出していた。

(……でも、あたしは知ってる気がする。遠い遠い昔、ずっとずっと昔に会ったことがある)




 どれくらい眠っていたのだろうか。白い光の中は暖かく、居心地が良いものだった。瑛子はゆっくりと目を開けた。

「ここは……?」

 辺りを見回すとたくさんの大木が立っている森の中にいた。(この近くに勝利がいるのかしら……?)

 瑛子は立ち上がり、勝利の名前を呼びながら歩き出した。そんな瑛子の姿を草影から見つめる怪しい人物がいた。ワルーモノ四天王ベルゼだ。

(あの娘、突然現れやがった。しかも光に包まれて……何者だ?)

 ちっと舌打ちをしてベルゼは、瑛子に気付かれないよう、そっと後を追った。




(ただの人間なら食うだけだが、あの娘は何か違う)

 瑛子に気付かれないようベルゼは空から後を追っている。瑛子は勝利の名前を呼びながら林の中を彷徨った。

(地球の光の名前を呼んでいるってことは、奴と関わりがあるってことか)

 ベルゼはにやりと笑った。

(こいつは使えるぜ。……まぁ今頃、俺の作った空間の中で奴は死んでるだろうけどな)

 勝利の歪む顔を想像したベルゼはくっくっと笑った。ベルゼの作った空間はベルゼにしか解くことが出来ない。よって、その空間に入ったら最期、ベルゼを倒さない限り脱出することは不可能なのだ。

(バカらしい。探したって無駄だぜぇ? 外から浸入することも出来ないんだからな)

 ベルゼはまた声を殺して笑い、地上で歩き回っているはずの瑛子に目をやった。しかし、ベルゼの血のように真っ赤な眼は瑛子の姿を捕らえる事が出来なかった。いつの間にか瑛子を見失っていたらしい。

「ちっ。面倒くせぇな」

(気になるが、まぁ放っておいて大丈夫だろ。地球の光自体は消えるんだから)

 ベルゼはくるりと体の方向を正反対に向けた。そろそろアラキモデウスが光を消している頃だろうと、自分が作った空間の場所へ飛んだ。

 そのときだった。

 キィィン……と、脳天を貫くような音がベルゼの耳に響いた。

「俺の空間が破れた……?」

 ざわりとベルゼの体に寒気が走った。ベルゼは猛スピードで空を飛び、アラキモデウスがいる場所へと向かった。




(ずいぶん奥まで来ちゃったけど……ちゃんと帰れるのかな?)

 そのときは勝利に抱っこしてもらおっと……って、その勝利を見つけないといけないのよね。瑛子は足を止めて辺りを見回した。どこを見ても木、木、木ばっかりだ。

「勝利ーっ!」

 瑛子の声は静かな森の中でこだました。しかし、勝利の声はおろか、先程まで聞こえていた小鳥の囀りや、風の音も聞こえない。この空間だけが無の状態のようだ。

 瑛子は身震いした。何故だか、今いる場所が地球のようでそうではない気がしたのだ。……それもそのはず。今まさに瑛子はベルゼの作った空間の中に、知らず知らずのうちに迷い込んでしまったのだ。

「勝利ー! 聞こえてたら返事してぇーっ!」

 瑛子は顔を青くしながらその周辺を歩き回った。

(分かんないけど、はやくここから逃げなきゃいけない気がする)

「勝利ーっ!」

「バカらしい。呼んでも無駄だぜ」

 突然、瑛子の背中の方から声が聞こえた。驚いた瑛子は声がした方へ振り返った。そこには人間に似て、人間とはかけ離れた生物が立っていた。真紅の瞳に深い苔のような色の体。瑛子は一瞬でその者が宇宙の侵略者であることが分かった。

「ワルーモノ……」

「そう、俺はワルーモノ、ベルゼ」

 ベルゼはにやりと笑い、ゆっくりと瑛子に近付いた。その速度と比例して、ゆっくりと瑛子は後退りした。

「お前はただの人間じゃないよな? 俺の空間を破るなんて、他の四天王でも無理な話だってーのに」

「空間? 四天王?」

(何言ってるんだろう、わけ分かんない)

 瑛子の体がかたかたと震えたが、瑛子はぎゅっと拳に力を入れ、ベルゼを睨付けた。

「勝利の居場所を教えなさい!」

 ワルーモノを目の前にしても怯まない瑛子を見たベルゼは、また口元を緩ませ、にやにやと卑しい顔になった。

「俺、あんたみたいな強がり女を食べる瞬間が一番快感なんだよね。……いいぜ、あんたの愛しい光に会わせてやるよ」

 ベルゼはぱちんっと指を鳴らした。するとただの森の景色があったベルゼの後方に、大きな体のアラキモデウスと、地面にめり込んで倒れている勝利の姿が現れた。

「勝利っ!」

 瑛子は声を震わせた。

「ひ、光、今死んだ」

 アラキモデウスが涎を垂らしながら笑った。瑛子は無我夢中で勝利に駆け寄ろうとしたが、ベルゼが瑛子の腕を掴んだ。

「あんたは俺らと一緒に来てもらうぜ」

「……なせ」

 恐ろしく低い瑛子の声がベルゼを震え上がらせた。

(な、なんだ、この俺が震えてる? こんな小娘に恐れてる?)

「その汚い手を離せ」

「……っ!」

 ベルゼは躊躇したが瑛子の言うとおり手を離した。そうしないとこっちが消されてしまう……ベルゼの本能がそう告げていた。アラキモデウスが頭にクエスチョンマークを付けてベルゼに聞いた。

「ど、ど、どうして手はな、離した?」

「……バカやろう、分かんねぇのか。あいつ、さっきまでの人間じゃねぇ。まるで別人、何かに取り憑かれたみたいな……」

 そこまで答えてベルゼははっとした。

(取り憑かれた……人間じゃない……空間が破けた……)

「もしかして、あいつ……!」

 ベルゼが一つの答えに辿り着いたとき、瑛子は勝利のすぐ側に駆け寄っていた。

「勝利、小さき地球の希望の光」

「……」

 すでに事切れている勝利は瑛子の声に反応しない。瑛子はそっと勝利の体に向けて両手の手の平を向けた。

「地球の光よ、森羅万象の源よ、我が身体を伝いて注げ」

 そう瑛子が唱えたとき、瑛子の手にぽつぽつと小さな白い光が現れた。次第にそれは数を増して、勝利の体をすっぽりと包み込んだ。

「やばい、アラキモデウス、はやくあの女を何とかしろ!」

 ベルゼがアラキモデウスを急かした。けれど、この状況をうまく飲み込めないアラキモデウスは、その場から動く事が出来なかった。それだけでなく、瑛子が発する光にみとれている。

「ああ、あ、あの光、綺麗だ……な」

「お前、何言ってんだよ! はやくあの女を止めねぇと、光が息を吹き返す……!!」

 まごまごしているベルゼ達を余所に、勝利を包んでいた光はだんだんと輝きを増していった。そしてカッと一瞬だけ、その白さで世界を覆い尽くした。

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