LIGHT 9:四天王アラキモデウス(2)
少しグロテスクな表現があります。ご了承ください。
アラキモデウスが息をする度に、ふごぉぉぉという風の音が聞こえた。
勝利の周りは何もない闇の世界が広がっている。真っ黒な夜空に月だけが輝くように、ぽっかりとアラキモデウスと勝利だけが浮いていた。
(考えたって仕方がないな。やってみるしかない)
勝利は軽く地面を蹴ると疾風のような速さでアラキモデウスに向かった。
「は、ははは速いなぁっ」
アラキモデウスは予想以上の勝利の素早さに舌を巻いた。しかし持っていた棍棒を勝利めがけて降り下ろした。勝利はそれを寸前のところで見極め避けたが、その棍棒の威力に目を見開いた。あまりにも力が違いすぎるのだ。
(なんだよ、あの音。これが四天王の力ってやつか?)
勝利は足を止めてアラキモデウスを改めて見た。
棍棒が降り下ろされたとき、ものすごい爆風が勝利の体を襲った。それからも分かるように、あの棍棒は恐ろしく重たいのだろう。あれにかすっただけで、勝利の命の炎が消えてしまいそうだ。それはつまり、地球の炎も消えてしまうと言うことだ。
「ぐふっ。あ、当たらねぇなぁ。さ、さささすが、地球の光」
「敵に褒められても嬉しくねぇな」
アラキモデウスは下ろした棍棒を肩に担いだ。その姿は似合いすぎて笑ってしまいそうなほど、アラキモデウスに棍棒はよく似合う。
(だいたい、力任せな奴は足が鈍いって言うのがセオリーだよな)
勝利はじっとアラキモデウスの足下を見た。とても大きく大地を鷲掴みにできるほどだ。立派な爪があるが、黄ばんでいて汚ならしい。鋭さはあまりないようだ。所々、欠けているところがある。とてもじゃないが、足が速そうには見えない。
(この勝負は速さが決め手だな)
よしっと気合いを入れた勝利は、足の神経に意識を集中させた。すると、ほわんっと暖かい光が現れ、勝利の足が光り輝いた。
「ま、まぶ、眩しい……。そ、それがお前の光……」
アラキモデウスは一瞬、両目を閉じてしまった。それを見逃さなかった勝利は、ひゅんっと空気を裂いてアラキモデウスに向かって走り出し、力を込めた一撃をアラキモデウスの下腹部に食らわせた。
「ぐぅぅぅ……!」
痛々しいアラキモデウスの鳴き声が聞こえた。
(よしっ! まずは一撃)
勝利は勢いに乗って、ぴょんっとアラキモデウスの目線の高さまで飛び上がった。そしてもう一撃食らわせようとしたとき、あの巨大な棍棒が勝利の頭上に現れたのだ。空中に一瞬だけ浮いている状態の勝利には避けることが出来ない。
「くそっ!」
勝利はとっさの判断で、アラキモデウスに向けた右足を押し寄せる棍棒に向かって蹴りを入れた。これで少しでも棍棒が落ちて来る軌道を外そうとしたのだ。
棍棒は勝利の一撃で跳ね返され、その反動でアラキモデウスが半歩後ろに下がった。どうやら直撃は免れたようだ。しかし事態は良くならなかった。
「ぐっ……あ、ああぁぁぁっ!」
勝利の右足が膝から下が有り得ない方向に向かって折り曲がっていたのだ。骨が完璧に折れてしまっている。また、裂けた皮膚から白っぽいものが顔を覗かせていた。
「ぐぅ……くそぉっ」
ぼろぼろの勝利を見てアラキモデウスの顔が緩んだ。
「ぐっははは! や、やはり小さき光! わ、わわ我らの足下にも、お、およ、及ばないぃぃ!」
アラキモデウスはだらだらと涎を零しながら勝利を見下ろした。勝利は仰向けになって倒れていた。どくどくと勝利の真っ赤な血が流れている。
(あぁ、やばい。俺、踏みつぶされるな)
勝利は朦朧とする意識の中、くっと足に力を入れようとしたが入らない。どうやら神経に傷がついてしまっていて、脳からの信号が届かないようだ。さっきまで足に集まっていた光も、棍棒を蹴った瞬間に消えてしまった。
(地球も死ぬことを受け入れたのか……?)
何度も腕に意識を集中させても、勝利に力を与えてくれた光は集まらなかった。
あの光は地球の輝きだ。
人間にとって、母なる大地である地球の輝きを借りて、勝利はワルーモノを倒してきたのだ。
(お前が諦めたのなら、俺はどうすることも出来ない)
勝利の目には真っ暗な世界と卑しいアラキモデウスが映った。
(……最期ってのは案外、あっけないもんだな。最期ぐらい、綺麗な世界が見たかったな)
アラキモデウスの大きなごつごつしている足の裏が、勝利に向かってゆっくりと落ちてきた。実際ならもっと速度は速いのだが、死を受け入れようとしている勝利には、スローモーションになって見えた。
綺麗な世界。
当然、勝利は瑛子がいる世界を思い浮かべた。
瑛子がいるだけで、勝利の荒れた心は癒された。誰よりも自分を愛してくれるのは瑛子だと、勝利は静かにそう思っていた。だから、何者からも瑛子を守りたいと思った。自分が負けるはずがない、自分以外に瑛子を守れる奴はいないと信じてきた。
だが、今はどうだろう?
この上がらない体で何が出来る? この二度と立ち上がらない脚で何が出来る? この挫いた心で何が出来る?
(信じられないな、俺がこんなに簡単にやられるなんて)
俺が守るって決めたのにな。人間達を、地球を、何よりも瑛子を!
すっと勝利の頬に涙が流れた。気付けば両目に涙が溜まり、視界が歪んだ。それと同時に意識の中の瑛子の顔も歪んだ。
――あぁ、消えないでくれ! 消えないでくれ、瑛子……。俺を一人にしないでくれ!
勝利は無我夢中で腕をあげて瑛子を抱き締めようとした。しかし両手は空しく瑛子に触れることは出来なかった。
――あぁ、ごめん、ごめんなさい。
――俺、何も出来なかった。俺、地球を、瑛子を守ることが出来なかった。ごめんなさい、ごめんなさい……。
「瑛子……」
勝利の小さな小さな声が暗闇に解けた瞬間、ぐしゃっと肉を踏みつぶしたような音が響いた。
「ぐっへへへ。ち、小さな光、潰れた」