貴族令嬢は真実の愛を見つけられるのか?
貴族令嬢のアンネ・ド・クロムウェルは悲しみに打ちひしがれていた。男爵家に生まれた彼女は、両親からとても大切にされ、朝露に輝く花のように無垢で純粋に育てられた。それでいて誰よりも上品なカーテシーができるように躾けられた。そんなアンネ・ド・クロムウェルは、公爵家の一人息子フレデリックにたった今婚約破棄を言い渡されたところだ。
「なぜですか、フレデリック様。私では至らなかったというのですか?あんなに愛してくださいましたのに!」
フレデリックとの馴れ初めはとある公爵家の誕生日パーティーに招待された時、まだ五つだったアンネに七つだったフレデリックが一目ぼれしたところから始まった。バラの咲き誇る美しい庭での出来事だった。フレデリックが跪き、
「僕のプリンセスになってください。」
庭の主から許可をもらって選んだ、赤いバラを差し出しながら彼はアンネにプロポーズしたのだった。アンネはバラを受け取った。その日からフレデリックとは家同士の中も含めて良好な関係を築いていた。フレデリックは、サプライズ好きな性格で事あるごとにバラを送った。アンネの家の中は、情熱の赤いバラで埋め尽くされていた。彼からの愛は疑いようもなかった。
「愛してくれる人を愛しなさい。」
とは、母の言った言葉である。純粋なアンネはその言葉を受け入れ、フレデリックを愛した。そのはずなのに・・・。
「子供の時の、まだ世界を知らないときの婚約だ。確かにあの時の僕には、アンネが何よりも美しく、全てだった。」
「なら・・・」
「だが、今の僕にとってアンネ、君は群生しているネモフィラの一部にしか見えない。冷めてしまったんだよ。一輪のバラは君ではなかった。」
「そんな・・・。」
「僕はシャーロットと婚約しようと思う。」
社交界の、大勢の人の目がある中でフレデリックは高らかに宣言する。アンネは崩れ落ちる。
「シャーロットは素晴らしい女性だ。」
薄桃色のドレスを着たシャーロットが、フレデリックの腕に腕を絡める。
「奇しくも出会いはやはりあの庭だった。バラの花が真実の愛がここにあると教えてくれた。」
フレデリックがシャーロットの手を取る。
「赤いバラがその命を燃やすように、僕はシャーロットに僕のすべてをささげよう。」
フレデリックがシャーロットと踊りだす。拍手が巻き起こる。アンネの居場所はここにはなかった。震える体を起こし、アンネは社交界を去る。アンネは泣いた。社交界から去り、馬車に乗って家に帰る間、ずっと泣いていた。フレデリックとの思い出がよみがえる。サプライズ好きなフレデリックは度々アンネを驚かせた。十二の誕生日の時、フレデリックは純金のルビーがついたネックレスをアンネに送った。ルビーはバラを現していた。アンネはフレデリックからの愛を感じて、満たされていた。社交界デビューした十六の時、フレデリックはバラの花束を持って、アンネを待った。その日は完全に二人だけの世界であった。フレデリックと踊り、いつまでもこうしていたいとささやきあったものだ。しかし今、アンネの頬は涙でぬれている。父親がハンカチでアンネの頬を拭う。
「ごめんよアンネ。公爵家のフレデリック様だ。男爵家という立場の弱いところになめられてしまったんだ。あんな大勢の前で・・・。」
「いいのです、お父様。お父様も男爵という身分も何も悪くないのです。私が至らぬ女だった。ただそれだけのことなのです。」
「おお、アンネ。かわいそうに。こんなにも純粋無垢で控えめな女はいないというのに。フレデリックめ。後悔するぞ!」
家についてもアンネの涙は止まらなかった。フレデリックを思うと胸が痛かった。心底愛していたんだと嫌でも自覚させられる。その日アンネはとうとう一睡もできなかった。
翌朝、急ぎの知らせが届く。フレデリックが死んだというのだ。
「なんてことなの!」
アンネはますます泣いた。修復は完全に不可能とかした。フレデリックの死因は、刺されたことによる失血死だそうだ。あの後、シャーロットのほかに女が一人乗り込んできたそうだ。その女は子爵家の出で、フレデリックに密かに恋を患っていたらしい。自分のものにできないフレデリックを、せめてと自分の手にかけたいと思った彼女は、フレデリックを刺し、憎き恋敵であるシャーロットを刺し、自らも刺したらしい。両親は
「あの場にいなくてよかった。結果的にフレデリックに命を救われたな。」
そういった。アンネにとっては絶望的だった。命が助かっても、愛した人がいなければ、どうやって生きていけばいい。そんな考えが、アンネの頭を支配した。アンネは寝込んだ。ベッドの中でひたすらに涙を流した。食事もとらず、やせ細っていく。ある晩、ふらつきながらアンネは窓辺に立った。月を見上げながら、フレデリックを思った。我ながら重い女なのかもしれないと思った。
「お月様、どうか私をそちらに連れて行って。フレデリックに会わせて。」
月に向かって願いを吐くと少し楽になった。アンネは十二の誕生日にもらった純金とルビーのネックレスを首に着けた。覚悟は決まっていた。こっそりと持ち出した、お父様のナイフを首に当てる。
「お父様、お母さま、親不孝な娘でごめんなさい。」
ナイフを突き刺そうとした瞬間、足元が光る。
「何が起こって?」
アンネは動揺する。未知の現象にナイフを落としてしまう。
「あっ。」
目の前がちかちかする。広がった魔方陣はアンネを瞬く間に別の場所へと連れ去った。アンネの部屋にはお父様のナイフが転がっていた。
目を恐る恐る開ける。目の前には浅黒い男がいた。黒髪に赤い目。白シャツを身に着け、腕には色とりどりの宝石が埋め込まれた腕輪を着けていた。特に印象深いのはその目だ。鋭い眼光をした男は私と目が合うと、跪き、手の甲にキスをした。印象はフレデリックとは真逆な男だと思った。フレデリックは長めの金髪に、海のような青い目、少女のような白い華奢な腕をしていた。だがこの男はどうだ、浅黒い腕にはたくましい筋肉が程よくついており、芸術肌というようなフレデリックの雰囲気と違って、雄々しい戦士のように見える。
「あなたは・・・?」
「アレクサンドロス。お前の夫となるものの名だ。覚えておけ。」
夫?首をかしげる。するといつの間にかいた女が言う。
「あなた様は、大魔術王のアレクサンドロス様に見初められたのですよ。」
大魔術王というと、東の遠い国にいると聞いたことがある。魔術で生意気な従者をカエルに変えてしまう話が有名だ。夢物語のような話だ。でも、そんな人が今目の前にいる。
「どうして私が・・・つい昨日、公爵家の令息に婚約破棄を言い渡されたばかりなんですよ。」
「ならばちょうどよいではないか。お前は私のものとなる。その令息とやらは見る目がなかったな。」
「フレデリック様は優しいお方です。審美眼に優れたお方です。」
ムッとして反論していた。フレデリックのことが今だ好きだったから、悪く言われるのはいい気がしない。
「だが、お前を捨てたのであろう。俺は一目見てお前を気に入ったぞ。柔らかそうな白い肌、滑らかな金髪。そして、エメラルドのような緑色の目。しかし、もう少し太らなくてはな、健康的な細さではない。」
「食事がのどを通らないのです。フレデリック様・・・。」
涙が頬を伝う。その様子に、アレクサンドロスがムッとする。
「その男の事、すぐにでも忘れさせよう。名は何と申す?」
「アンネ。アンネ・ド・クロムウェルですわ。クロムウェル男爵家の一人娘ですの。」
カーテシーをする。男が目を細める。
「アンネ・・・。シシア、アンネを部屋に案内しろ。」
シシアと呼ばれた女が頭を下げ、アンネの前を行く。アンネはその後を付いていく。
「家にはいつ帰れるんですの?」
「しばらくは厳しいかと。」
「突然のことで、お父様も、お母さまも心配しているはずですわ。」
「電報を送りましょう。紙を用意いたします。」
「そうしてくださると助かるわ。」
アンネは不思議とここで生活させられることに嫌な感じはしなかった。先ほどのアレクサンドロスの鋭い眼光が頭に焼き付く。
(なんて鋭い目をした殿方なんでしょう。)
あんな眼光は初めて見た。社交界に出るようになって、いろいろな殿方とお話しする機会があったけど、皆どれも優しい目つきをしていた。アレクサンドロスの眼光は戦士を思わせた。少しどきりとした。
(私は、フレデリック様一途なはずなのに・・・。)
部屋に案内されると、天蓋付きの大きなベッドが目に入った。大きなドレッサーに、宝石の飾られたソファが目についた。男爵家の家とは比べ物にならないほど豪華であった。
「これが私の部屋?」
「はい。ご自由にお使いください。クローゼットはこちらにあります。」
案内されたクローゼットにはいくつものドレスがかかっていた。
「まあ、素敵。」
「お着替えの際はお声がけください。」
そこに一人の少女が入って来る。
「失礼します。ミミンと申します。アンネ様のお世話係になりました。何かあればお申し付けください。」
ミミンが頭を下げる。
「ミミン。素敵な名前ね。よろしくお願いいたしますわ。」
軽く頭を下げる。
「なんと!恐れ多い。いつでもお呼びください。」
「私は、アレクサンドロス様の元に戻りますね。」
シシアが去っていく。ミミンと二人きり。
「アレクサンドロス様はどのような方なの?」
「アレクサンドロス様は、王でありながら勇猛な戦士でもあられます。戦争の度、自らも戦地に赴き知略と魔法を持って敵を屠っておいででした。ここしばらくは戦争がないため、穏やかに過ごしておいでですが、一度戦争となれば、皆アレクサンドロス様の前に跪くことになるでしょう。」
「強い戦士なのね。おとぎ話の勇者みたい。」
「アンネ様がそうおっしゃっていたと聞けば、王もお喜びになるでしょう。」
「なんだか久々にお腹が減ってきたわ。」
「食事の準備をいたします。」
ソファに座り待っていると、食事が運ばれてくる。
「こちら、アレクサンドロス様が狩ってきた鹿のローストでございます。」
大きな鹿のローストが目の前に置かれる。生唾が出てくる。香辛料が効いているらしくいい匂いだ。真っ白なパンに、ウナギのパイ、新鮮そうな野菜を使ったサラダ、コーンポタージュ、高級そうなワインが並んだ。ここ最近スープしか食べていなかったアンネにとっては大ごちそうだ。そもそも、アンネの家は男爵家にしても貧しい方で、白いパンなんて出たことがなかった。ましてや鹿肉のローストなんて!アンネは慣らすようにポタージュから頂く。コーンが甘い。サラダは新鮮そのもので、野菜の癖がなかった。鹿肉のローストは香ばしい。アンネの食欲をますます刺激した。食事の途中、誰かが部屋に入ってきた。アレクサンドロスだった。
「お食事、どれもおいしいですわ。」
「それは良かった。」
アレクサンドロスが隣にどさりと座り、大口を開ける。察して、鹿肉のローストを彼の口に入れてやる。
「うむ、美味。」
「ご自分で取ってきたそうですね。」
「狩りに行くのが趣味なんだ。腕をなまらせないようにな。」
「私も見てみたいですわ。」
「今度連れて行ってやろう。」
アレクサンドロスとの会話は意外にも弾んだ。鈴のように笑っていると、アレクサンドロスが指で唇を優しくなぞり、その指をぺろりとなめる。
「ついていたぞ。」
「あら、やだ。私ったら。アレクサンドロス様、ありがとうございます。」
「アレクでいい。親しい者にはそう呼ばせている。」
「アレク。久しぶりに食事がおいしかったですわ。」
「それは良かった。何か欲しいものはあるか?」
「欲しいものなんてありませんわ。ただ・・・。」
「ただ?」
「眠るとき、そばにいてほしいのです。ここ最近、あんなことがあってから上手く眠れなくなってしまったので。いつもはお母さまが手を握っていてくれるのです。それでやっと安心できて・・・。」
「わかった。供をしよう。」
その晩、ベッドにもぐりこんだところに、アレクがやって来る。
「来たぞ。手を貸せ。」
手を差し出すと、想像と違ってアレクは優しく握る。ごつごつとした男らしい手。
(優しいお方なんだわ。)
アンネは思った。ゆっくりと手をさすられる。そのリズムに合わせて、睡魔が襲ってくる。
(フレデリックのことを忘れられたらいいのに。)
その晩、魔術王はアンネの安らかな寝顔をずっと眺めていた。
翌朝。
アンネは両親に手紙を書き、ミミンに預けたところだった。アレクが部屋に入って来る。
「狩りに行こうと思うんだが、見るか?」
「ぜひ。」
静かな森の中を、一歩後ろに引いたシシアと共に、アレクと横並びで歩く。森の空気がおいしかった。木の根に生える小花が愛おしかった。
「あれが鹿だ。」
アレクが指さす先に鹿はいた。大きな鹿で、立派な角が生えている。アレクが弓をつがえる。心臓がバクバクする。鹿に矢が刺さる。仕留めた。アレクが鹿のそばによる。アンネも一緒に鹿のそばによる。すると突然死んだはずの鹿が暴れ出す。
「きゃっ。」
アレクが鹿の角からアンネをかばう。走り去ろうとする鹿にアレクが魔法で一撃入れる。
「俺もまだまだだな。」
「お怪我は?」
「大丈夫だ。」
アレクがアンネに覆いかぶさるようにしている。アレクがアンネの髪をなでる。
「無事でよかった。」
胸がどきんとした。唇が近い。彼の吐息がかかる。甘い匂い。彼が起き上がり、手を貸す。手を握り返すと、軽々と抱き上げられる。
「わっ。」
「部屋まで連れて行こう。」
彼のたくましい筋肉に抱かれながら、部屋に戻るとソファの上にそっと降ろされる。
「公務がある。少しの間、さみしいが待っていてくれ。」
その言葉に一抹の寂しさを覚える。部屋でゆっくりと過ごしていると、シシアがやって来る。
「今夜、宮殿で社交界があるのです。参加されてみませんか?」
その言葉に、あの時の光景がフラッシュバックする。頭を振る。
「やめておきますか?」
「あ、ううん。参加してみたいわ。」
興味はあった。東の国の社交界。どんなお姫様方がいるのだろうと。
その夜。アレクにエスコートされ、宮殿内に入る。あのネックレスは外せなかった。薄紅のドレスに身を包みアレクの腕を強めにつかむ。緊張がひどかった。一人の少女が近寄って来る。浅黒い肌に、紅い髪の少女。その子が声をかける。
「あなたが、アレクサンドロス様の婚約者?」
「アンネと申しますわ。」
「アンネ様。私はルイーズ。社交界は初めて?」
「いいえ、経験はありますの。」
「緊張がひどいみたいだけど。」
ルイーズがアンネの汗のかいた震える腕を指さし笑う。アンネは苦笑いする。
「あまりに久しぶりだから、緊張しちゃって。」
「あら、そう。」
ルイーズが素っ気無く去っていく。
「アンネ。リラックスして大丈夫だ。」
「そうね。ごめんなさいアレク。」
「謝ることはない。」
アレクの元に、社交界に来た様々な人があいさつしに来る。一国の主だから当然だ。それに合わせて私の緊張は高まるばかりだ。アレクに一声かけて、バルコニーに出る。息を吸う。そこに男がやって来る。
「やあ、アンネ。でいいのかな?」
「どうも。えっと・・・。」
「ジュリアンだ。」
「ジュリアンさん。ごめんなさい。私、緊張してしまって。」
「背中でもさすろうか?」
「いいえ、大丈夫。」
「今宵は星空がきれいだね。君みたいな女性にはぴったりな夜だ。」
「いいえ、そんな。」
ジュリアンがアンネの手を取る。
「僕と一曲どうだい?」
「せっかくのお誘いですけど、遠慮しますわ。」
「そんなことを言わずに。」
社交場の方を見る。アレクのそばに、ルイーズが来ていた。何かを耳打ちすると、アレクがこちらの方を見る。すると、ジュリアンに抱き寄せられる。
「困りますわ!」
離れようとしても、強い力で抱きしめられる。しばらくまともに食事をとっていなかった細腕のアンネには、突っぱねることができない。
「僕は君が好きになってしまったみたいだ。」
ジュリアンが耳元でささやく。ぞっとした。鳥肌が立つ。気持ち悪い。突如窓ガラスが割れる。魔法の力だ。アレクの方を見る。アレクは怒っていた。ドシドシとこちらの方へと歩く。ルイーズが大きめの声で言う。
「アンネ様ったらいやだわ。アレクサンドロス様という方がいるのに、不貞行為だなんて。」
「そんな違いますわ!」
ジュリアンの腕からやっと逃れて、アンネは声をあげる。アレクがアンネの腕をつかみ自分の元へと引き寄せる。
「俺のものに触るな!」
覇気がすごかった。ジュリアンは一瞬怯えたような顔をしながらも、
「アンネ様が誘ってくださったんですよ。」
そういった。アレクが腕の中のアンネを見る。
「違いますわ。ジュリアン様に無理やり・・・。」
とても小さな声だった。かき消すように
「アンネ様が、今宵は星がきれいだからと、腕を引かれて、抱き着いてきたのですよ。」
ジュリアンが重ねた。塗りつぶすように。アンネの中にはあの時の光景が完璧にフラッシュバックしていた。フレデリックが遠ざかり、泣き崩れるアンネ。惨めで、悲しくて。アンネは立っていられなくなった。そこをアレクが抱き上げる。
「アレク?」
「どちらを信じるかと言ったら、妻となるものの言葉に決まっている。」
「でも、アレクサンドロス様・・・」
「そもそも都合がよすぎる。お前が声をかけてきた途端、そ奴がアンネを無理やり抱いたのだろう。」
ルイーズの顔が赤くなる。
「最初にアンネ様と会った時から、おかしいと思っていたんですよ。兄に色目を使ったに決まっています。それで、バルコニーに誘い出して、アレクサンドロス様が見ていないうちに・・・ああ、恐ろしい。」
兄と聞いて驚いた。紅髪、確かに顔なんかもそっくりだ。はめられたんだ。ここにきてアンネはやっと気づく。
「我妻となるものについての毀損は許さぬ。」
そこへ、男が割って入る。
「申し訳ありません。うちの馬鹿どもが。」
「お父様!」
お父様と呼ばれた男は娘をたたく。
「お前というやつは!まさか魔術王様にまでいたずらするとは!」
思わず首をかしげる。
「子供たちは良く叱っておきます。ですのでどうかお慈悲を。」
「このようなことを他にもしたのか。」
「公爵家のマーガレット様にも、同じようなことを。真の愛を試すとぬかし、ベントレー様との縁談をなかったことにしてしまいました。」
「困った子たちだ。」
アレクが困惑している。
「私たちはただ、真の愛を試しただけなのに!」
「お前たちが試すことはないだろう!まさか、この間のことで反省していないとは。申し訳ありません。」
「お心の広いアンネ様は怒ってなんかいらっしゃいませんよね。」
ジュリアンが上目使いでこちらの様子をうかがう。私は悩んで首を振った。この二人のためにならないと思ったし、何より私自身が、さっきの行為を許せなかった。純粋無垢な令嬢は死んだ。あまりにも悪辣な人たちの手によって。
「そんな。」
「処罰は追って報告する。それまで家でおとなしくしてよ。」
アレクが毅然とした態度で告げる。父親が馬鹿二人の頭を押さえながらこの場を後にする。
「興が醒めた。帰ろうか、アンネ。」
腕に抱いたアンネに優しく言う。
その夜。アレクはアンネを自分の部屋に呼び、ベッドで横になった。
「ここにきなさい。」
優しく言った。アレクのベッドにもぐりこむ。アレクはアンネのことを信じた。アンネもアレクのことを信じようと思ってみた。ネックレスは外してきた。アレクの胸元に手を置く。心臓がバクバク言っているのがわかった。
「緊張していらっしゃる?」
「お前が私の元を離れるんじゃないかと気が気じゃなかった。」
「嘘だとわかっておいででしたのに。」
「それでも、緊張するものだ。間違えて、お前に嫌われたくなかった。」
ベッドの中で手をつなぐ。
「ずっと忘れられないと思っていましたわ。でも、あの一瞬だけは・・・。」
アレクがアンネを抱きしめる。
「忘れられましたの。アレクという味方がいると、安心できましたの。」
月日が流れ。
アンネの目の前には三つになろうとする少女が走り回っていた。アンネは微笑ましくそれを見つめ、大きくなった腹をなでる。アンネはアレクサンドロスの求婚を正式に受け入れた。両親にもその情報をすぐに伝え、その年の夏、二人は結ばれた。気づいた時にはアンネにとって、アレクはかけがえのない存在になっていた。あれほど忘れられなかったフレデリックへの思いは、スパッと断ち切れた。少女が奥の棚から純金でできたルビーのネックレスを掘り当てる。
「まあ、なつかしい。」
それは、フレデリックからもらった唯一残していた贈り物。
「おかあしゃまちょうらい。」
「いいわよ。」
未練はなかった。娘の首に付けてやる。ルビーを見て、バラを思い出す。
「そうだ。アレクの誕生日にバラを送ろっと。」
白いバラがいい。アンネはミミンを呼びつけ、白いバラを用意するように言う。バラによる出会いは一生ものではなかったけれど、今となってはいい思い出なのかもしれない。情熱的な愛はアレクにささげられた。アンネは今の状況に満足していた。
「あなたはどんな愛を得るのでしょうね。」
少女に向かって微笑みかけるアンネの顔は優しかった。




