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亡くなった恋人が心にいる男

作者: 月森香苗
掲載日:2026/05/08

※作中で二人の女性が既に死亡し、そのうち一人は悲惨な目に遭った上での自死したという表現があります。

※苦手な方はご注意ください。

 姉の好きな人には過去に長く付き合った恋人がいたそうだ。そしてその人は既に亡くなっている。

 姉の好きな人は彼女の死後、沢山の女の人と浮き名を流しているそうだ。

 姉はそんな人を好きで、傍に行きたいと望んでいるようだけど、私からすればどれだけ顔が良くても、お金持ちでも、社会的ステータスがあろうとも、絶対に近寄りたくない相手だった。


 心に他の女を残しているような男は、こちらを好きになることは無い。

 それを私は知っていたから。


 姉は結局一時的な遊び相手にもなれず、未練を残したまま結婚した。

 親が組んだお見合いの中で一番条件が良い人。私は義兄になったその人を良い人だと思うけれど、姉は好きな男の面影を追い続けて違いを見ては勝手に失望している。

 そんな態度を繰り返されて愛など生まれるはずもなく、冷えきった夫婦生活を送る姉は幸せなのだろうか。


 私は僅かな自由の時間を得て、他国に留学している。

 親の目が無くても羽目を外さないように、と言われていて、私自身もそんな性格じゃないと思っていたから大丈夫だと思っていた。


 今、私のそばには姉の好きな男がいる。

 恋人とかそんな甘ったるい関係では無い。ただ、彼に私が好意を寄せていないと気付いて近付いてきたのだ。


『俺、結構好かれるタイプだと思ったけど、君には嫌われてる?』

 と第一声に聞かれて、咄嗟に答えたのが、

『死んだ女性が心にいる男性を好きになると地獄だと知っているので』

 だった。


 私はよく知っている。

 私がかつて好きになった男性がそうだったから。

 私と姉の違いは、恋を終わりに出来たかどうかだと思っている。

 私はあの人に好きだと告げた。そして彼はありがとう。でも、無理だ、と言った。

 知っていた。彼女は死の間際、彼に「私を忘れないで」と言ったことを。それは彼にとっての呪いになった。命懸けの願いに対し、叶えない事は罪悪感を生み出す。

 彼は後継者だったのに、呪いからの解放を拒み、その座を弟に譲り渡し、領地で一人静かに暮らすことを選んだ。

 彼女は彼を永遠に手に入れたのだろう。彼の未来も幸福も全てを奪い取り、自分だけを思うしか出来ない人生にした。

 死んだ人間は永遠に変わらない。どれだけ歳をとっても、若い姿のままで相手の記憶に残り続ける。

 解放ではなく束縛を選んだ彼女を恨んだけれど、彼がそれを受け入れたのもまた事実。

 死者との恋を継続する男を好きでいられるほど、私は強くなかった。

 そうして私は自分の恋を終わらせた。今は良かったと思う。


 そんな私のそばに、姉が好きな男――レイン・セストラスがいるのは、私のそばが楽だからだそう。

 レインはある時に女関係を整理し、人恋しくなったら私のところに来て、ただ横に座っているだけ。

 彼は今、仕事を休んでこの国に来ている。この関係は、彼の休暇が終わるまでは継続する約束となっている。

 学ぶ為に留学しているのだから、毎日講義の為に上級学校へ行き、講義が終わると途中で気になった店に寄ったりもしながら帰宅する日々。

 そこにレインがするりと入り込んだだけ。

 私から彼に望むことは何もない。ご飯は食べたいと言ったら作る。言わなかったら一人分しか作らない。

 貴族の娘だけど、ずっと留学を願っていたから使用人に一通りを教わってきた。問題は生じていない。


「レインさん。コーヒー飲む?」

「うん」


 ソファに腰掛け、何をするでもない彼に声を掛けると、外にいる時の彼とは違う、覇気のない声での頷き。

 広くもないアパートメントの一室。ここでは彼に干渉するものはいない。私も彼にほとんど話しかけることはない。

 カップにコーヒーを注いでソファの前のローテーブルに置く。熱い時に飲もうが、冷めてしまおうが彼の自由。

 課題でもやろうかとダイニングテーブルに行こうかと思うと、手に彼の手がそっと触れた。


「ここにいて」

「うん」


 空いているソファの部分に座ると、レインが肩に頭を乗せてくる。

 私はそれを止めない。


「夢を見たんだ」


 レインは眠りが浅い。眠ることを恐れている。

 多くの女性と関係を持っていたのは、眠る時間を減らし、そして夢を見ない程に疲れ果ててやっと眠れるからだ。

 今の彼は、縋る相手が私しかいない。


「アマンダが、何で、って言うんだ……」


 レインの顔は見ない。ただ私が出来るのは彼の話を聞くだけ。


「恋人は私って、言ったのに、って」


 アマンダ。それが彼の恋人の名前。

 彼女の死の正確な理由は公にはなっていなかった。

 レインから聞いたのは、自死だった。

 レインは伯爵家の三男で騎士をしていて、アマンダは平民。貴族でも三男ともなれば家を出て平民となるので、騎士爵を得ていた。

 騎士の妻の身分はそこまで厳しく求められるものでもなく、平民との婚姻も出来た。

 二人は仲睦まじい恋人だったが、アマンダに横恋慕した者と、レインに恋した女が結託し、アマンダはその身を穢された。

 レインは職務の関係で少しばかり王都から離れた場所にいたので、アマンダの身に起きた悲劇から救うことは出来なかった。

 結果として、アマンダは望まぬ妊娠をし、死を選んだ。

 レインは実家の力を借りてアマンダを地獄に落とした二人に復讐をした。彼は貴族の生まれで、家族に愛されていたから。

 残されたのは、アマンダの遺書と空虚な心。

 アマンダが亡くなる前、レインは彼女から問われたそうだ。


『ねえ、レインの恋人は私よね?』

『当然だろ。俺の恋人は君だよ』

『ありがとう。愛しているわ』


 朗らかに笑った翌日。雨が降っていた日。彼女は亡くなった。

 自死をしたものは神の元へは行けない。アマンダの家族は泣きながら、事故による死と偽装するしか無かった。

 レインにだけは真相が伝えられ、そこでアマンダの身に起きた事を知った。

 アマンダを陥れた女はアマンダの葬儀が終わるやいなや、すぐに近付いてきて、アマンダの死は可哀想。慰めたい。そう言ったそうだ。

 アマンダの友人だった女。信頼を裏切り、アマンダを陥れた女。

 彼女は、遠くの国に連れていかれ、言葉も分からないまま身を売る生活をさせられている。

 男の方はこの世に居ない。自死に見えるように始末され、罪人の墓に入れられたそうだ。罪人なのは間違いない。


 アマンダの苦しみに気付かなかったこと、最後の会話。それがレインが掛かった呪い。

 彼女を忘れたいわけではない。ただ、夢に出てくるアマンダの顔が彼を追い詰めて、逃げるように浮き名を流すようになったそうだ。

 私の恋をした人とは違う。しかし、本質は同じで、どこまでも囚われている。


「レインさん、私はここにいるから、少し寝ない?」


 年上の男は弱りきっていて、私の膝の上に頭を乗せた。柔らかい金茶の髪の毛を指で梳きながら、私は勝手に話し出す。


「私の好きだった人も最愛の婚約者で恋人を病気で亡くしたわ。彼女は死の間際、私を忘れないで、と言ったの。彼は彼女の願いに応えて、彼女への愛以外を捨てたわ。後継者の地位も未来も何もかも」


 もぞりと体が動き、向きを変えて私のお腹に顔をうずめるレインの頭を撫でる。


「私は恋をしたけれど、命懸けの恋ではなかったのね。私は好きな人に、愛した人には私が死んだら忘れて欲しいと思っているの」

「……なんで?」

「その時の私は死者だから。彼が苦しんでも何も出来ないのに、傍で支えてくれる人を奪うなんて出来ない。偶に思い出してもらうくらいで丁度いい。それに、神様の元へ行ったら全てをこちらは忘れるのに、生きている方に覚えておけなんて卑怯よ」


 人は死して後、神の元へ行く。そして地上での記憶を全て消し去り永遠の園にある大きな木の実となり、新たな命として地上に落ちると言われている。

 自死をした者、罪を持つ者は裁きを受けた後、地獄へ行き罪を償い、償い終われば神の園へ行く。


「それに、私が好きになった人には人生を楽しんで楽しんで、それから神の園へ行って欲しい。生きながら死んだような人生を送って欲しいなんて思わない。私だけを考えていて、なんて、生きながらに死んでと言う心中みたいなものよ」


 ああ。これは、私が好きだった人に言いたかった言葉。

 彼女が生きていた頃の彼は、とても輝いていたのに。他の人を好きでも構わなかった。あの人の笑顔が私は好きだった。その笑顔も全部持っていった彼女が憎かった。

 死者は何も出来ないのに。彼を雁字搦めにして全てを奪っていった彼女。分かってる。彼は拒むことも出来た。彼は、彼女に自ら殉じた。


「レインさん。貴方がどうするかは貴方が決めること。ただ教えて。アマンダさんは、貴方が苦しむ姿を見て満足する人だった?」


 初めて彼に踏み込んで聞いてみた。

 彼から聞くアマンダさんは、悲劇に見舞われた。

 堕胎の許されない国で、恋人以外に身を穢された上で子が出来た。どれだけ苦しかったことだろう。

 でも、レインから聞く彼女はどこまでも優しい人に思えた。そんな彼女だからこそ、レインは愛したはずだ。


「少しだけ、自分を許してもいいと思うよ」


 私のお腹に顔を埋めながら鼻を啜るレイン。

 穏やかな昼の日差しが部屋の中に差し込んでくる。

 それから暫くして、レインの体から力が抜けて重くなったので寝たのだろう。



 死者は何も語らない。夢に出てくるのは、死者ではない。

 夢の中のアマンダは、レインの罪悪感が形になったもの。

 彼女を思い出すならば、笑顔であって欲しい。

 だからきっと、最後の別れの時にアマンダは笑顔を浮かべたのだ。

 美しい思い出だけを彼に持っていて欲しいから。



 足が痺れを感じてきた頃、目を覚ましたレインは目元を赤くしながらもどこかスッキリとした顔をしていた。


「夢を見たよ。アマンダの。笑ってたよ、彼女……そうだった……アマンダは、いつも笑ってた。喧嘩した時は怒ったり、悲しいことがあると泣きそうな顔をしたけれど、俺を恨みがましくみたことなんて無かった」

「うん」

「思い出したんだ。一度、俺が騎士だから何があるかわからなくて。先に死んだらどうするって。アマンダは、俺のあとは追わない。俺を心の特別な場所に置いて命の限り、生きる……。結婚もして、子供も出来て、神の園で会いましょう、って……俺にも、そうしてって……俺、忘れてた」


 堰を切ったように泣き出したレイン。きちんと泣いたことが無いような、そんな溢れんばかりの涙。そっと抱きしめて肩を貸す。

 彼はやっと、大切な恋人を弔った。


「ごめんね」

「気にしないで」

「年下の君に甘えたりして」

「構わないよ」


 外は暗くなり始めている。今日は大学が休みだったから、一日彼に付き合っていた。


「夕食の時間……どうしようかな」

「外に食べに行かない?今日のお礼に奢るよ」

「なら、お言葉に甘えようかな。でも酷い顔だよ。顔を洗ってきたら」

「うん」


 パタパタと洗面台に向かうのを見送りながら、私は立ち上がって足を伸ばす。痺れは無くなった。

 彼の休暇はそろそろ終わるから、この関係も終わる。長いようで短くて、濃密な時間だった。

 少し寂しい気持ちもあるけれど、一人でいた時よりも充実していた。



 それから二年後。

 留学を終えて帰国した私は、レインさんに会いに行ってみた。

 彼はそれまで浮き名を流していたのが嘘のように、ストイックなまでに騎士として働いていた。

 私は彼に連れられて、アマンダさんの眠るお墓に行った。彼女が自死した事を私は誰にも言わない。それは、彼女の家族を苦しめ、死者を冒涜することだから。

 平民のお墓は貴族とは異なり、石で出来た円柱の棒に名前が刻まれる。

 火葬を定められているので、骨が土の下に埋められる。家族ごとのお墓で、花が溢れている所もあれば、寂しいところもあった。

 私は一応貴族なので、領地に墓所があり、結婚しないままならそこに入れられる予定だ。

 アマンダさんのお墓には綺麗な花が飾られていた。レインだけではないのだろう。彼女を慕っていた人たちが今でもこうして足を運んでいるのだ。


「アマンダさんは、好かれていたのね」

「うん。評判の花屋の娘でね。彼女から花を買うと恋が叶うって噂もあったんだ」

「素敵ね。一度でいいから会いたかったわ」


 私には友人が少ない。そんな私でも、仲良くしてくれたかな。


 レインとは度々会うようになり、彼から求婚されたのは一年後だった。

 景色の良い丘でのピクニックをしていた時のこと。


「俺はアマンダを忘れられない。でも、彼女は心の特別な場所に置いた。思い出して懐かしむことはあっても、彼女と生きる道は途絶えている。君は、そんな俺を許してくれると思ったんだ」

「そうだね。アマンダさんとの過去があるから今のレインさんがいるんだもの」 

「それに、君のそばは居心地が良かった。アマンダと恋人だった時のような燃えるような愛はないけれど、これからの人生を長く一緒に生きたいと思えたのは君だけだった。だから、結婚して欲しい」


 人によっては失礼な物言いだけど、私達の間には確かに燃えるような愛はない。ただ、一緒に生きていくなら、燃えるような愛ではない。

 ただ、いつかの王が彼の両親を表現した言葉を思い出した。


『二人は小さな炎でゆっくりと燃え続けるような愛を持っていた。消えそうになる前にくべる薪は一本でいい。一本を常にずっとくべつづけた、そんな二人であった』


 私達はきっと、小さな炎を燃やし続けるような関係が合っている。


「私も、レインさんといるのは居心地が良かったです。アマンダさんとの思い出を聞くのも好きです。私で良ければお願いします」

「ありがとう」


 彼に抱きしめられながら私は考えていた。

 未だに未練タラタラな姉をどうしたものか、と。

 まあ、最終手段は義兄に頼む、かな。侯爵になった彼ならば姉をどうにか出来るだろう。

 とりあえず、今後のことを考えながらお互いの家に挨拶に行くこととかを決めよう、と彼と手を繋いで馬の所へ向かって歩き始めた。

私(20→22)

16歳の時に失恋し、18歳の時に4年間の留学。


レイン(26→28)

4年で浮き名を流した。


アマンダ(享年20歳)

レインが22歳の時に亡くなる。

レインのことを愛しているので、生きて欲しいし、他の人を恋人にしても良かった。

たまに私の事を思い出してね、タイプ。


姉(25)

レインと一時でも良いから付き合いたかった。

21歳の時に結婚するも夫婦仲は冷めている。

なお、「私」とレインの結婚を知り激怒し、レインを誘惑するけれども手酷く断られた挙句、夫に知られて領地に軟禁される。

上手く立ち回らないと「病死」することに。


好きだった男(24)

恋人で婚約者が病死(本当に病気)。

彼女への愛を貫く為に後継者の地位も何もかも捨てた。

(他の人と結婚しないから。養子取るより弟が跡を継いだ方が良いと判断。社交の場で迫られるのも嫌だった)


◇◇◇◇

この話は「愛する人の死」「残された者」「最後の言葉」を軸にしています。

主人公は「呪い」と表現しましたが、人の捉え方はそれぞれです。


好きだった男は婚約者の絵を沢山持っているので、死ぬまでその絵や美しい思い出を胸に生きます。長生きしなさそう。

レインはアマンダの絵を持っていないので、思い出が全てで、それもあって夢は悪夢になっていました。

これから先、アマンダのことを忘れる時も来るけれど、彼女がいたこと、思い出などをふと思い返して、そっと心に留めるようになります。


終わりの方の王が両親を表現した言葉。これは

『完璧になりなさい、と仰いますが』

https://ncode.syosetu.com/n3043hw/

これの最後に出てきます。

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