第四話|『青春/アドレセンス』
わたしは、この世界のことが大嫌いだ。
ある年の正月、当時若者の間で人気が急上昇していたアーティストが亡くなった。死因は明らかにされなかったけど、ほぼ間違いなく自殺。SNSでは、ファンだった人たちが、そのアーティストの死を悲しんでいる。
でも、そういった声の方が少数派なのが、ネットの現実。
実際に、SNS上でおすすめに上がる書き込みは――
〈死んだってニュースになったアーティスト。曲、聴きに行ってみたけど、嫌いなタイプの曲やったわ〉
〈最近の若者って、死ぬとか生きるとか、暗い曲ばっかり。私たちの世代はもっと明るかったのに〉
〈知らん、誰この人? こんな無名のやつの死をニュースにするとか、メディアは相当暇なんだな〉
〈注意!! このニュースは、いまの選挙で起きている裏金問題を隠蔽するためのものです!! 皆さん、政府に騙されないでください!!〉
そうやって、偽りの顔と名前で素顔を隠しながら、わーきゃー好き放題に言って。数ヶ月経ったらもう空気。誰もその出来事を覚えていない。そのアーティストが主題歌を担当したアニメは超バズったし、話題になった年はテレビにもよく出ていた。
なのに、死んだら呆気なく忘れ去られる。
――きっと、
わたしもいつかそうやって、同じ“渦”に呑み込まれるんだ。
第四話|『青春/アドレセンス』
ウチにとって、長門海音子という少女は、どれだけ手を伸ばしても触れることのできない――“はるか遠くの銀河で輝く一等星”だった。何をするにしても器用で、天才で、なのに海音子は、ずっと見えない誰かと比べ合って自分を傷つけている。
ウチは……品都彩凛は、
そんな幼なじみのことが、親友のことが、大好きだ。
いまも、ずっと。その想いは変わらない。
「彩凛、また長門海音子に負けたらしいな。もうあの子と関わるのはやめなさい」
ウチと海音子は親同士も仲が良く、小学生の時は、お互いの家族同士で旅行に行くことも多かった。――でも、中学校に進学してから、その関係は変わった。父、品都東明は、ウチと海音子を比較し、もう関わるなと言うようになった。
テストの成績で、いつもウチは海音子に負けてばかりで、それが父にとっては恥ずかしかったのだろう。あの人はすごく負けず嫌いで、政治でも、それが娘のテストの成績だったとしても、品都東明のブランドに傷がつくことが許せないのだ。
そして、四年前のある事件がきっかけで。
ウチと海音子の関係は大きく変わることになる。
父は、湯気の立つマグカップを片手に、嬉しそうな声で言った。
「彩凛、長門家の長男が逮捕されたらしいじゃないか。テロ組織に関わっていたってニュースになってたぞ。ボイスロイドかなんだか知らんが、やっぱり、社会に出て働いたことがないやつは、ろくでもないのばっかだな」
「……お父さん」
「ん? なんだ、彩凛。だから言っただろ。長門家はな、犯罪者一家なんだよ。だからもう、これ以上関わるな。私たちの家族まで悪い噂を流されてしまう」
「海音子と、海音子の家族のことを悪く言うなっ!!」
その日、生まれて初めて大声を出した。
生まれて初めて、父に牙を向けた。
そしたら、父は“アイツ”を呼んで、ウチに罰を与えた。
「実の父親に向かってその言い方、お前には教育が必要だな。――来い、罪以離」
壁をすり抜けて現れたのは、白無垢を着た女。その背丈は三メートル以上、顔面に目や鼻といったパーツは存在せず、そこには一輪のヒガンバナが咲いていた。
罪以離は、ウチの頭を、異様に肥大化した手で掴んで――
「やめてっ!! ねぇ、お父さんやめてっ!!」
いつもの“罰”と同じように、電気を流した。
あの電気を脳に流されると、なにも考えられなくなる。
だらしなくよだれを流しながら痙攣を起こすウチの頭を撫でながら、父はやさしく笑う。――「ごめんな、彩凛。父さんはな、お前に真面目になってもらいたいだけなんだよ」そう言いながら、頭を撫で続ける。
罪以離の罰は、二年前……
ウチが死ぬ、その日まで続いた。
*
横浜市内某所――
とあるお好み焼き屋の個室で、三人の少女が鉄板を囲んでいた。海音子のとなりに彩凛、机を挟んで、ふたりの目の前には皆鳥羽十葉の姿があった。
皆鳥は、ワイヤレスイヤホンを外して、目を輝かせる。
「うそっ。ほんとにこの曲、ねこちゃんが作ったの? すごぉい!」
“ねこちゃん”。皆鳥は、初対面の海音子のことを、そう呼んでいた。
海音子は照れくさそうに笑いながら、「いやいや」と否定する。
「そんなことないですよ。わたし、才能ないので。再生数一番多いので二千回だし」
「……海音子、またなめくじモードになっちゃってる。最高の曲だったって、ウチが褒めたのに……ウチ、ざんねんまるだよ~」
「ごめん、彩凛。どうしてもネガティブ思考になっちゃうの、わたしの悪いクセだ」
「じゃあ治さないとだね~、海音子」
「えー、治るかなぁー?」
海音子と彩凛の会話に耳を傾けながら、皆鳥は鉄板の上のお好み焼きを取り分けていく。そこへ、四人分の水を持ったヒバナが、座席へともどってくる。
皆鳥のとなりに座るヒバナ――
彼の髪は赤く染められ、右耳には銀色のピアスが輝いていた。
「あっ、おかえりー。ほらほら、ヒバナくんも食べなさいな」
「うまそーっ! ありがとう、皆鳥先輩。いただきます!」
ソースとマヨネーズをたっぷりとかけて、熱々のお好み焼きを頬張るヒバナに、皆鳥は小声で「読んで」と合図を出す。海音子たちから見えないように、机の下でスマホのメモをひらく皆鳥――そこには――
〈水傘会長からメッセージ。長門海音子は“クロ”。〉
横目でメモを確認したヒバナは、わずかに唇を噛み、一瞬目を伏せてから、おもむろに立ち上がる。その瞬間、個室の戸が開き、待機していた裏城が部下を連れて突入してきたのだった。――裏城は海音子を取り押さえ、手錠をかける。
海音子は、状況を理解できずに声を上げる。
「えっえっえっ、なに。なにこれ。なにこれっ!!」
「長門海音子さん。一連の感電死事件の容疑者として話を聞かせていただきます」
淡々と、低い声でそう告げる裏城。
彼のとなりには、左手首を右手の親指で強く押し込む彩凛がいた。
「ねぇ、彩凛! 助けてっ、彩凛!!」
「ごめんね、海音子。でも、ウチは……海音子にね、長門渦人と同じ過ちを犯してほしくないの……」
彩凛は涙ぐみながら、盗聴器を取り出して再生する。
盗聴器から流れ始めたのは、有島偽語の声だった。
〈今回の報酬だ、長門海音子。――我々は、君の成長に期待しているんだ〉
その音声を聞いた途端、ゆっくりと息をつく海音子。
そして彼女は、ヒバナのことを睨みながら、ゆっくりと口を開いた。
「週刊誌の特集、読んだ。新潟深区を浄化した英雄だって、地獄から帰ってきたアンチヒーローだって称賛されてたね。黒咲ヒバナくん。どれだけつらい過去を生きてきたとか、まるで悲劇の主人公みたいな扱い。……マジで調子乗んなよ」
「いや、俺は――」
「喋んな。反逆者気取って、地獄を生き抜いた被害者の代表みたいなツラしてさぁ。じゃあ、わたしたちみたいな舞台も物語も用意されないモブは、一般人は、どうすればヒーローになれるの? 悲劇の主人公になれるの? ねぇ、教えてよっ!!」
*
静まり返った部屋で、お好み焼きが焼ける音だけが、やけにうるさく聞こえる。俺は、長門海音子の言うように調子に乗っていたのだろうか? ヒーローといえば赤色だって、髪を赤く染めた。皆鳥先輩に勧められて、ピアスも空けた。
たしかに、見た目はちょっとチャラくなったけど。
でも、中身は変わってないはずだ。
黄泉帰りしてからの二度目の人生。
俺は、本物のヒーローになるために、全力で生きてきた。
この春からは高校にも通い始めて、新生活も順調で。
……あれ?
そういえば、いつから俺の居場所は、
“地獄”じゃなくなっていたのだろう。
「――ヒバナくん。ねぇ、ヒバナくん。聞こえてる?」
ぼーっと立ち尽くしていた俺の服の袖を、皆鳥先輩が引っ張る。
「ヒバナくんはヒーローでしょ? 異能バトルじゃ負け知らずのくせに、レスバで負けててどうすんのさ」
「ごめん、皆鳥先輩。……あの、長門海音子さん」
彼女の目をしっかりと見ながら、俺は続く言葉を探した。
「俺、ある人に言われたんだ。そんなセンチメンタル・ヒーローじゃ、少年マンガのヒーローにはなれないよ、って。――俺は、なにも選択できない、他人の物語にも触れられない臆病者だったけど。……でも、変わったんだ」
「だから? なにが言いたいの?」
「長門海音子さん。俺は、君のことも救う。絶対に。ヒーローとして」
彼女は下を向いたまま、何も言わず、
ただ寂しそうに品都彩凛のことを見ていた。
*
長門海音子が逮捕された翌日。
彼女が収容されている警察署に、ある一人の男が現れた。
漫画家の有島偽語である。
「あっ、あなたは有島先生? どうしましたか?」
「すみません。ちょっと野暮用でございまして」
有島は、署の前にいた警察官に丁寧な口調でそう言うと、
甚平の内側に隠し持っていた機関銃を取り出して――
「えーっと、どうやって使うんだっけ。あっ、こうか」
警察官もろとも、警察署に向かって撃ち始めたのだった。
「いやぁ、すごいですねー。爽快爽快」
そして、署内に押し入った有島は、
長門海音子を連れて行方をくらました。
――
その日の夜。
プーチューブで配信された“ばけのかわ”の生放送は、同接十万を超え、彼女の配信用のハッシュタグ――「#ばけらいぶ」は、SNSのトレンド一位になった。
「おっ? 始まったかな? 声入ってる~?」
「聞こえてる? ありがとー。ということで。どもども、ばけのかわです」
「今日はねぇ、わたしに関するあるウワサについて話そうと思います」
「さっそく本題だけど。わたしがうずひとPの妹じゃないかってウワサ、あれ本当です。あと、わたしもヒトリガに入ってます、はい。――あっ、でも“ばけのかわ”は違うからねー。三次元を生きるわたしの話です。で、そんなことはどうでもよくてぇ」
「明日、新曲をアップするのでぜひ聞いてください」
「曲名は、電傷ロックンロールガールです!!」
…………
……
「それじゃあ、今日も見に来てくれてありがとね~! みんな、おつにゃこ~!!」
配信を閉じて、
海音子は薄暗い部屋でひとり、つぶやく。
「絶対に助けるから。まってて、彩凛――」




