第一話|『再接続/リコネクト』
これは、生きるよりも遠い、
死の果てを生きる者たちの物語である。
――
「それじゃあ、今日も見に来てくれてありがとね~! みんな、おつにゃこ~!!」
いつものセリフで配信を閉じてから、わたしはメガネを机の上にそっと置いた。――横浜市内のとあるワンルーム、家賃は九万、一人暮らし。今年の七月に十八歳になる、職業バーチャル・アーティストの女……はっ。笑えない。
高校を中退してからどれくらい経ったっけ?
「……まぁ、どうでもいいや」
スマホの画面を指で叩く。時刻は二十二時――壁紙に設定した写真の中には、幸せそうな顔で笑うわたしがいた。そのとなりには、きれいな黒髪の女の子……彩凛が、無邪気な顔を浮かべている。品都彩凛、わたしの幼なじみで、親友で……もう二度とはもどってこない、わたしの大切な人。彩凛だけが、わたしの救いで、居場所で、わたしの生きる理由だった。――彩凛がいなくなったこの世界は、ひどく退屈で、味もにおいもしない。なのに、今日も、明日も、この先ずっと永遠に、死ぬまで、わたしはそんな世界で生きていかなければいけない。
……、どうしようもなく憂鬱だ。
真っ暗な部屋には、パソコンの冷却ファンの回転音と、冷蔵庫のノイズ音だけが、妙にうるさく鳴り響いていた。
第一話|『再接続/リコネクト』
もう三月末だというのに、夜風はきりりと刺すように冷たい。
フードを深くかぶって、マスクを付けて、イヤホンはノイズキャンセリングモードで流行りのアニソンを流す。これぞ、現代社会を生きる若者の築城、他人が攻め入るのはそう簡単なことではないだろう。
歩いて十五分ほど。顔を覚えられるのがイヤなので、住んでいるアパートからすこし遠いコンビニまで歩く。――店内に入って、イヤホンを外せば、知っているVtuberの声が店内放送から聞こえて、ちょっと変な気持ちになる。
……カップ焼きそばとチョコレートアイス、ツナマヨのおにぎり、カフェオレとのど飴、最後にピンク色のエナドリをカゴに入れてセルフレジへ。支払いはもちろん電子決済で。何も変わらない、いつもと同じ日常の繰り返し。
今年に入ってから、あの新潟深区がついに浄化されたって大きなニュースになってたけど、わたしにはまったく関係ないことだ。――この世界には、いつの日からか、死界域とか黄泉帰りとか、非日常的な概念が当たり前のように存在してる。でも、わたしたち一般人からすれば、人気のマンガはずっと異能バトルものだし、人気のラノベは異世界転生ものだし、かつての非日常は、今も変わらず“非日常”のまま。
世界とは、そういうものだ。
〈ねぇ、うみねこ? ご飯はちゃんと食べてる? 体調は大丈夫なの?〉
配信中に届いていたらしいママからのLIMEに、「大丈夫」とだけ返事する。
そして、コンビニからの帰り道。あえて遠回りをして、みなとみらい大橋を通る。――横浜駅前の高層ビル群と、ベイクォーターの淡いオレンジ色の照明が、帷子川の深い青と溶け合う。頬を撫でるひんやりとした風には、すこし海のにおいが混ざっていて……わたしは、この橋から見える横浜の街の色が、においが大好きだ。
それに、この場所は彩凛とわたしの思い出の場所でもあるから。
――欄干に背を預けながら、イヤホンを取り出して耳に当てる。嫌なこと、不安なことが頭に溢れそうになったら、致死量の音楽を浴びて封じ込めればいい。
わたしはまた今日も、自分だけの世界に閉じこもる。
何も変わらない、変わるはずがない日常。……そう、思っていた。
しかし、イヤホンを装着した瞬間――
「Reconnecting《再接続します》…」
聞いたことのない音声が流れる。
「えっ? なに、この声?」
アップデートで新しい起動音になったのだろうか。
思わず、イヤホンを外してしまう。
――そのとき、誰かがわたしの肩を叩いた。
「あっ、はい……」
振り向く。――わたしの頬につんと当てられる細い人差し指――そこにいたのは……そこにいたのは。いたずらな笑みを浮かべた、長い黒髪の少女――
ずっと、ずっと待っていた。
もどってくるはずがないと分かっていても、ずっと待っていた。
「うそ……。彩凛、……ほんとうに彩凛?」
「――うん。ただいま、海音子」
品都彩凛が、たしかにそこに立っていた。
*
警視庁本部庁舎、フルイドのオフィスで、缶コーヒーを飲みながら、男は深いため息をつく。――男の名前は、裏城。死界域の浄化や、異能犯罪に対応するために新設された特殊部隊、流動機動隊〈フルイド〉の指揮を執る、くたびれた公務員である。
裏城の視線の先には、事件の調査内容がまとめられたホワイトボードがあった。そこには、一連の殺人事件の被害者である人物の写真が貼られている。
「全員、死因が“感電死”ねェ。……で、いまンところ一課が目を付けてるのがこの女の子、品都彩凛。二年前に事故死したが、『黄泉人』として生き返っている可能性があり、調査を進めている、と。……はァ。こいつはまた面倒になりそうだな」
コートを手に取る裏城。
その瞬間、バチっと静電気が小さく火花を散らした――。




