第七話 強化された愛刀
翌日。
仕事を終え、いつもの時間に帰宅したおじ武者は、ネクタイを外す。
妻との食事を終え、風呂を済ませると自室に行き、PCを起動した。ルーティンのような動作。ログインももはや反射に近い。
ハービボア・クランのギルド拠点に降り立った瞬間、違和感があった。
「……やっぱりか」
視界の端、ミニマップに表示される青点が、明らかに多い。昨日まで、三つしかなかったはずのそれが、二桁近く点灯している。
ギルドメニューを開く。
【ギルドメンバー】
18/30
「増えましたね」
独り言のように呟く。
ギルドの加入方式は、自由制。
承認も審査もない。申請すれば、そのまま入れる。
理由は特にない。面倒だったから、それだけだ。
結果として、レイド翌日、こうなるのは想像できたはずなのに。
(まぁ、そうなるよな……)
チャットログが流れる。
【カイル】「お、大将のお出ましだ」
【パニーニ】「はじめまして!よろしくお願いします!」
【リルティ】「昨日のレイド、見ました!」
【斬鬼】「おじ武者さんって、あの……」
次々と挨拶。悪意はない。むしろ好意的だ。
おじ武者は、キーボードを叩く。
【おじ武者】「よろしくお願いします」
それ以上でも、それ以下でもない。
馴れ合わず、拒絶せず。
ただ、失礼にならない最低限の距離。
すると、個人メッセージの通知音。
ひとつ、ふたつ……いや、違う。
(多いな)
開かずとも、差出人のギルドタグで察しはついた。
BLACKSUN。
ビッグブルー。
暁光。
その他、聞いたこともない中堅ギルド。
内容は、想像通りだ。
『うちに来ませんか?』
『条件は相談できます』
『一度、お話だけでも』
画面を閉じる。
(……1人で、気楽にやりたいんだけどな)
ため息は出なかった。
代わりに、少しだけ肩の力が抜ける。
このゲームは、
誰かに期待されるためにやっているわけじゃない。
効率よく狩って、
素材を集めて、
装備を整えて、
淡々と強くなる。
それだけで、いい。
そのとき、告知ウィンドウがポップアップした。
【期間限定】
新ジョブ実装記念《侍》特化ガチャ開催中!
「……あ」
思わず、声が漏れる。
侍。
癖が強く扱いづらいが、極めれば圧倒的な一撃を叩き込めるジョブ。
そして、おじ武者が、選んだ道だ。
(引かない理由、ないな)
ギルドの喧騒も、勧誘メッセージも。
今はどうでもいい。
ガチャ画面を開く。確率表示。ピックアップ武器。専用スキル。
指が、迷いなくタップした。
【10連ガチャを回しますか?】
「お願いします」
光が弾ける。
人が増え、注目が集まり、世界が少し騒がしくなっても、おじ武者にとって大事なのは、この一振りと、次の狩場。
それだけだった。
最初の十連。
光は、控えめだった。
SSRが三つ。
どれも使えなくはないが、決定打にはならない性能。
「……微妙」
だが、引き自体は悪くない。
最低保証で終わるより、よほどマシだ。
間を置かず、もう一度。
二回目の十連。
SSRは一つ。
「まだまだ」
三回目。
四回目。
さすがに、ここまで来ると冷静になる。
(これでやめよう)
指を止める。
残りの石を確認する。
……一回分、余っている。
「……最後に」
独り言のように呟いて、タップ。
十連、開始。
光が走る。
いつもより、少しだけ長い。
演出が変わったのを、見逃さなかった。
「……」
金でも紫でもない。
見慣れない、深い光。
画面中央に、文字が浮かぶ。
「――っ」
次の瞬間、表示された名前。
UR:宗光
「……やった!」
思わず、声が出た。
今、装備している愛刀。最初から最後まで使い続けてきた相棒。
同一武器獲得により、突破が発生する。
【宗光 突破+1】
数字が、ひとつ上がる。
「これは……大きいですね」
即座に装備画面を開く。
細かい効果は見ない。
おじ武者は、迷わず押した。
【最適】
装備が、自動で組み替わる。
効果の噛み合いも、セットボーナスも無視。ただ、数字が一番高いもの。
それでいい。
画面に並ぶ現在装備。
武器:宗光+1
盾:装備不可
頭:気迫の鉢巻(会心アップ)
胴:鎖帷子+1
腕:鬼の籠手(攻撃力大幅アップ)
足:銀の脛当て+2
靴:夜叉足袋(素早さ・回避アップ)
装飾:鬼子母神の御守り(攻撃アップ)
胴と足はSR。
だが、数値は十分。
「……まぁ、後々ですね」
完璧を目指す必要はない。
今は、これでいい。
装備画面を閉じ、ステータスを一瞥する。
攻撃力が、目に見えて跳ね上がっていた。
ギルドチャットは、相変わらず流れている。
個人メッセージも、まだ残っている。
だが、今は気にならなかった。
ダンジョン一覧を開く。
推奨レベル。
敵構成。
地形。
視線が、一つの名前で止まる。
「……火山」
素材が良くて、敵の数が多い。
つまり、試し斬りにちょうどいい。
宗光の柄に、指をかける。
「行きましょうか」
誰に言うでもなく。おじ武者は、次の狩場へと転送を開始した。
その刃が、さらに多くの視線を集めることになるとも知らずに。




