第四話 ハービボア・クラン
日曜日の午後。
105サーバーの空は、昨日よりも少しだけ明るかった。フィールドを走り回るプレイヤーも、心なしか少ない。
おじ武者は、個人拠点で装備の耐久値を確認していた。そのとき、チャット通知が立て続けに鳴る。
【るき】「おじ武者さーん!ちょっと相談が!」
嫌な予感がした。そう思いながら、招待されたグループチャットを開く。
【おじ武者】「こんにちは」
すぐに返事が返ってくる。
【るき】「やっと捕まえた!」
【るき】「昨日どんだけやったんですか!?」
【るき】「レベル12って、一晩ですよね?」
連投。るきの勢いが、部下の三國灯と重なる。
【カイル】「普通に、サーバーランキング上位じゃないっすか」
【おじ武者】「塔で、少し遊んでいただけですよ」
【カイル】「少しで済む動きじゃないっすw」
即座にツッコミが入る。そして一拍置いてから、るきが打ち込んだ。
【るき】「それでですね、ギルド作りません?」
来た。しかも、予想よりも直球だ。
【おじ武者】「……作る、ですか」
【るき】「はい!おじ武者さん、ギルマスで!」
【おじ武者】「急ですね」
【るき】「だって、今夜ギルドレイドですよ?私、参加したいです!」
ギルドレイド。
期間限定の協力型コンテンツ。個人の腕より、連携と継戦能力が試される。
【おじ武者】「いや、ギルドならたくさんありますけど」
【るき】「おじ武者さんと行きたいんです!落ち着いて遊べそうで」
一瞬、指が止まる。おじ武者には、ひとつ気掛かりがあった。昨夜、ログアウト前に確認していたもの。
サーバー内・総合戦力ランキング。
そこに、自分の名前があった。
24位。
32サーバーにいた頃ほど課金はしていない。それでも、プレイヤースキルと装備更新だけで、ここまで来ていた。
そのせいか、この日ログインした時、すでにいくつかのギルドから勧誘が届いていた。
【ヴェルゼ】「BLACKSUNのギルドマスターを務めております、ヴェルゼです。よろしければ我がギルドへ」
【タイダル】「ぜひ我々のギルド、ビッグブルーに!」
【マリア】「強き御仁殿。我がギルド、暁光に力をお貸しください」
他にも、同じような文面の勧誘がいくつも並んでいた。
【おじ武者】「ギルド、ですか……」
【るき】「嫌ですか?」
一拍の間。
【おじ武者】「いえ。嫌いではないですよ」
【るき】「じゃあ!」
【おじ武者】「ただし、ギルドバトルには出ません」
【るき】「え」
【カイル】「そこは即答なんすね……」
【おじ武者】「はい」
戦場で競い合うつもりはない。誰かと比べて、上か下かを測る気もない。
少し考えてから、続ける。
【おじ武者】「レイドと、ダンジョンと、雑談だけ。それでもいいなら、構いません」
数秒、チャットが止まる。
そして。
【るき】「それで十分です、むしろ理想です!ギルドバトルでギスるの、正直怖かったんですよね」
【カイル】「俺も気楽なのが一番っす」
【おじ武者】「……そうですか」
おじ武者は、ひとり画面の前で、少しだけ口元を緩めた。上位ギルドからの勧誘メッセージを、すべて閉じる。
理由は、単純だ。
【おじ武者】「まぁ、ギルドバトルしなければ、別にいいですかね」
【るき】「やった!じゃあ、ギルド名どうします?」
【おじ武者】「そこからですか」
日曜日の午後。急ぐ理由は、どこにもない。
105サーバーに、新しい小さな居場所が、生まれようとしていた。
【るき】「《ブレイブハート》!」
【るき】「《ナイトオブレジェンド》!」
【るき】「《黒鋼連盟》とかどうですか!?」
【カイル】「全部、強そう系っすね」
【るき】「え、だってギルドですよ?」
【カイル】「いや、ギルドバトルやらないんだろ?名前だけ最前線みたいなの、後で浮くでしょ」
【るき】「う……」
即座に却下が入る。
【るき】「じゃあ!」
【るき】「《まったり冒険団》!」
【るき】「《日曜レイド部》!」
【カイル】「それはそれで、緩すぎ。一瞬で身内サークル感出てますて」
【るき】「えぇ……」
チャットに、小さな沈黙が落ちる。おじ武者は、その様子を眺めながら考えていた。
強さを誇る必要はない。
だが、弱さを売りにする気もない。
競わない。だが、逃げるわけでもない。
レイドも、ダンジョンも、雑談も。
続けるための場所。
ふと、頭をよぎった言葉がある。
草食系。
争わず、奪わず、だが確かに生き残る。
英語にすれば、ハービボア。
どこか間の抜けた響きで、悪くない。
【おじ武者】「……ひとつ、案があります」
【るき】「おっ」
【カイル】「来た」
【おじ武者】「《ハービボア・クラン》」
一拍。
【カイル】「はーびぼあ?どういう意味っす??」
【るき】「……草食動物」
【おじ武者】「ええ、争わない。でも、群れは作る」
【カイル】「なるほど……ギルドバトルやらない理由、そのままっすね」
【るき】「でも、ちょっと弱そうじゃないです?」
【おじ武者】「どうでしょう。少なくとも、無理はしなさそうです」
数秒、るきが黙る。
【るき】「じわじわ来ますね」
【カイル】「俺は好きっすよ」
そして。
【るき】「じゃあ、ハービボア・クランで!」
【おじ武者】「決まりですね」
ギルド作成画面が開く。ギルド名入力欄に、文字が打ち込まれていく。
ハービボア・クラン
確認ボタンが、静かに押された。
派手な演出はない。だが、不思議と落ち着く名前だった。争わず、奪わず。それでも、一緒に進むための群れ。
105サーバーに、小さくて穏やかなギルドが、誕生した。




