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サンドボックスウォーズ「105サーバーのおじ武者」  作者: 黒瀬雷牙


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第三話 悪くない

 毎週土曜日、夜九時。


 サンドボックスウォーズの世界では、ひとつの合図が鳴る。


 ギルドバトル、開戦。


 各地の領地で、ギルド同士の奪い合いが始まる時間だ。同盟、裏切り、奇襲。勝って区画を手にすれば、資源と名誉を得られるが、負ければ区画を失い、しこりも残る。


 ログインした瞬間から、ワールドチャットが騒がしくなる。


「南銀区画、始まったぞ!」

「北西銀が手薄だ!!」


 だが、おじ武者はその喧騒を一切見なかった。

 チャットウィンドウを最小化し、マップを開く。

 指先は迷いなく、別の場所を選んでいた。


「さて、どのダンジョンで遊ぶかな」


 誰に向けた言葉でもない。

 ただ、静かにそう呟く。


 ギルド対ギルドの真剣勝負。

 それは嫌いじゃない。だが、だからこそ感情がぶつかる。


 勝敗が、数字以上の意味を持ってしまう。

 今夜は、そういう夜じゃない。


「……まずは、地力ですね」


 おじ武者は一人、転移陣に乗った。


 向かう先は、塔。レベル帯ごとに階層が分かれたダンジョンだ。転移光が消え、石造りの通路が現れる。ひんやりとした空気。遠くで、魔物の低い唸り声が響いていた。


「よし」


 周年記念ガチャで手に入れた、腰の愛刀・宗光に手を添え、一歩踏み出す。


 敵はすぐに現れた。骸骨兵。鈍重だが、攻撃力は高い。振り下ろされた剣を、紙一重でかわす。体を半身に流し、同時に踏み込む。


 抜刀一閃。


 会心の音とともに、骸骨が砕け散った。


 被弾、ゼロ。


「悪くない」


 淡々と、次へ進む。


 おじ武者の動きには、無駄がなかった。

 避ける。待つ。斬る。

 それだけを、正確に繰り返す。


 サンドボックスウォーズには、職業がある。


 まずはニート。

 全ステータスが低い代わりに、全装備可能。自由度は最も高いが尖りはなく、箱庭勢でもない限りすぐにジョブチェンジする。


 ジョブチェンジは好きなタイミングで行えるが、職業ごとにレベルが管理されているため、レベル上げという手間がかかる。


 剣士は、攻撃と速度。

 戦士は、HPと攻撃。

 騎士は、HPと防御。

 魔法使いは、魔力が高く、範囲攻撃やデバフが使えるが、HP・攻撃・防御が低く接近戦では不利。

 僧侶は魔法防御が高く、回復や支援に優れている。

 盗賊は速度と会心。打たれ弱いが、アイテム入手率や、罠発見率が高いため、箱庭勢からも人気。


 それぞれに、習得できるスキルがある。

 習得したスキルは、それぞれの職業専用以外のものはジョブチェンジしても使えるため、魔法を習得して剣士になり、魔法剣士になる人や、騎士で防御スキルを上げてから僧侶になるなど、数多の育成論がある。


 そして、おじ武者が選んだのは、一周年で追加された新ジョブ。


 侍。


 攻撃力と会心率に特化。

 その代わり、HPと防御は最低水準。


 生き残るには、当たらないことが前提の職業。


「……分かりやすい」


 自嘲気味に笑い、次の階へ。


 敵の攻撃を見切り、踏み込み、斬る。

 連撃スキルは使わない。

 必要なのは、一撃。


 数字よりも、間合い。

 派手さはないが、確実だった。


 気づけば、階層表示は想定より上を示している。


「もう、ここまで来ましたか」


 経験値バーが、静かに伸びていく。


 誰とも競わない。

 誰にも見せない。


 ただ、自分のペースで積み上げる時間。


 ギルドバトルの喧騒は、遠い。

 塔の中で、おじ武者は思う。


 強さとは、奪うことじゃない。

 比べることでもない。

 長く、静かに、折れずに続けること。


 それが、この世界で一番の近道だ。


 刀を収め、次の階段へ向かう。

 各大区画の戦場は燃えている。だが、塔の中は驚くほど静かだった。おじ武者は、一段ずつ確実に登っていった。


 何階層登ったのか、正確な数は覚えていない。


 ただ、敵の強さが一段、また一段と上がり、気を抜けば一撃で持っていかれる。そんなラインを、確かに越えた。


 おじ武者は、塔の縁で足を止めた。


 眼下に、世界が広がっている。


 草原。森。川。

 遠くには街の灯りが、点のように瞬いていた。


 スマホ対応のソーシャルゲームではトップクラスのグラフィック。だが、昨今のPC専用ゲームや、コンシューマーゲームに比べれば、グラフィックは決して高くない。


 それでも――


「……悪くない」


 色は少し誇張され、輪郭もやや柔らかい。だが、その分見ていて疲れない。


 リアルすぎないからこそ、想像が入り込む余地がある。おじ武者のように、長くゲームをやってきた人間には、むしろこういう景色のほうが落ち着く。


 昔、ドットやポリゴンの世界で、同じように立ち止まった記憶が、ふと蘇る。


 風の音は簡素だ。雲の動きも、決して滑らかではない。それでも、確かに「高い場所に立っている」感覚はあった。


 ステータス画面を開く。


 HPは、ほぼ空。

 回復アイテムも、残りわずか。


「……次は、無理ですね」


 深追いはしない。引き際を間違えないのも、プレイヤースキルのうちだ。


 おじ武者は、踵を返す。帰還石を取り出し、起動。淡い光が足元から立ち上り、景色が滲んでいく。


 塔の最上部は、また今度だ。


 転移先は、見慣れた個人拠点。自分だけの安全地帯。


【システム】《レベルアップ》


 表示された数字に、おじ武者は少しだけ目を細める。


 レベル12。派手な達成感はない。だが、確かな積み重ねが、そこにあった。


 チャット欄は、相変わらずギルドバトルの話題で流れている。勝った、負けた、裏切られた。


 おじ武者は、それを眺めるだけで、口は挟まない。


 今日は、十分だ。


 刀を背負い、焚き火のそばに腰を下ろす。


 高みには登った。

 無理はしなかった。

 そして、ちゃんと戻ってきた。


 それでいい。


 105サーバーの夜は、静かだった。


 現実の世界でも、そろそろ日付が変わる。おじ武者は、ログアウトボタンにカーソルを合わせる。


 塔は、逃げない。

 経験値も、裏切らない。


 画面が暗転し、草原の風景が消えた。

 部屋には、静かな夜の音だけが残っていた。

※区画について


サンドボックスウォーズの世界には、ギルド同士が奪い合う「大区画」が存在する。


区画は全部で百以上あり、そのほとんどは特に所持していても報酬はない、箱庭のような物になる。


しかし、その中の僅か10箇所の大区画は価値によって、

銅・銀・金の三段階に分かれている。

毎週、保持している区画に応じてアイテムが手に入る。


【銅区画】

大区画の大半を占める。

報酬は控えめだが、二つ以上保持しているギルドは、銀区画に挑戦できる。

【銀区画】

数はわずか三つ。

一部の課金アイテムや強化素材など、実利のある報酬が出るため、上位ギルドの主戦場となる。

布告条件は、銅区画二つ以上、または銀区画一つ以上を所持していること。ただし、サーバー新設時のみ無し。

【金区画】

唯一無二の最上位区画。

銀区画を一つ以上持つギルドのみが挑戦可能。報酬は福袋形式で、極低確率だが高額アイテムが手に入る。

こちらもサーバー新設時のみ条件無し。

仕様なのか不具合なのか、金区画のみを保有している場合、銀区画に挑むことはできない。


この区画制度が、協力を生み、裏切りを呼び、

そしてギルド同士の戦争を終わらせない理由でもある。

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