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サンドボックスウォーズ「105サーバーのおじ武者」  作者: 黒瀬雷牙


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第二話 帰る場所

 105サーバー・草原エリア。

 夕焼けがフィールドを橙に染め、ワイバーンの影がゆっくりと伸びていた。


 おじ武者は、素材袋を整理しながら、さっきのガチャ画面を思い出していた。


 周年記念スペシャルガチャ。


 バナーは、もうない。ショップを開いても、どこにも表示されない。


「一人一回まで、か」


 札束で殴り合うためのガチャじゃない。

 周年という、運営からの挨拶みたいなもの。


 そう考えると、少しだけ好感が持てた。


【るき】「でもさ、一回きりなら…回す価値ありじゃないです?UR以上確定だし!」


 すかさず、カイルが噛みついた。


【カイル】「いやいや、6,600円だぞ?普通にゲームソフト一本買える値段だぞ?」

【るき】「それはそうだけど…」


 二人のやり取りを眺めながら、おじ武者は少し笑った。


【おじ武者】「まぁ、まだ期間はありますし、このゲーム、戦いがすべてじゃないですからね」


 一拍置いて、続ける。


【おじ武者】「急がなくていいですよ。欲しいと思えた時に引けばいい」

【カイル】「大人の余裕だ……」

【るき】「悟ってる……」


 チャット欄に、感嘆スタンプが流れる。

 おじ武者は、草原を歩きながら思う。


 このサーバーでは、数字でマウントを取る必要もない。ただ、一緒に遊んで、笑って、少しずつ進めばいい。


【るき】「じゃあ、私は無償だけにしとこっかな」

【カイル】「賢明だな」

【るき】「その分、装備集め頑張ります!」


【おじ武者】「それで十分ですよ。この世界は、長く続けた人が一番強いですから」


 その言葉に、二人は少し黙った。


【カイル】「……なんか、いいゲームっすね」

【るき】「うん。焦らなくていいの、助かる」


 夕焼けの草原に、大ネズミが一体湧く。


【るき】「あ、来た!」

【カイル】「行きましょ!」


 剣を抜き、三人は駆け出す。


 ガチャは一回きり。

 祭りは短い。


 でも、この時間はまだ、いくらでも続いていく。


 おじ武者は思う。


 戻らないのではない。

 競わなくていい世界を、選んだだけだ。


 105サーバーの空に、今日も穏やかな風が吹いていた。



 四月上旬。

 現実の世界では、街路樹の若葉がようやく色づき始めた頃だった。


 土曜日のオフィスは静かだ。

 出勤しているのは、部長と課長だけ。


 電話も鳴らず、メールもほとんど来ない。

 窓から入る風だけが、春を主張していた。


「じゃあ、俺は先に上がります」


 課長が軽く頭を下げる。


「お疲れさま」


 それを見送り、部長もほどなく席を立った。

 土曜出勤を定時で終え、会社を出る。

 夕方の空はまだ明るく、少し得をした気分になる。


 帰宅すると、玄関に妻の靴が揃っていた。


「おかえり」


「ただいま」


 キッチンから漂う、煮物の匂い。

 この家から、もう一人分の生活音が消えて、まだ日が浅い。


 食卓につくと、自然と話題は一つになる。


「浩一郎、ちゃんと着いたって連絡は来た?」


「ああ。昨日な」


 大学を卒業してすぐ、

 息子・浩一郎は、実家を出た。


 就職ではなく、沖縄。


 大学時代の仲間に連れられて体験したダイビング。

 それが、すべての始まりだった。


「急だったわよね……」


「本人は前から考えてたみたいだぞ」


 そう言いながらも、部長自身も、あまりに思い切った選択だと思っている。


「大学の仲間たちから教わったんだってな。海の仕事」


「ええ。最初は、旅行気分かと思ってたけど」


 妻は少し笑う。


「資格の話をし始めた時は、本気なんだなって思ったわ」


「……そうだな」


 浩一郎は、まだ旅立ったばかりだ。

 落ち着いたとは言い難い。


「まぁ、本人が決めた道だ」


「そうね」


 二人はそれ以上、深く掘り下げなかった。


 穏やかな食事が終わり、部長はシャワーを浴びる。

 湯気の中で、ふと思う。


 子供は巣立ち、仕事は落ち着き、家は静かになった。


 悪くはない。だが、少しだけ広すぎる。

 部屋に戻ると、時計は20時半を回っていた。

 妻はリビングでドラマを見ている。


「もう少し起きてる?」


「うん。どうぞ」


 部長は自室に入り、デスクに座る。

 デスクの上には、使い慣れたノートパソコン。

 仕事用ではあるが、土曜の夜に開くと、少しだけ意味が変わる。


 スマホを手に取り、ホーム画面を見る。

 奥に追いやったままのアイコン。

 サンドボックスウォーズ。


 このゲームは、アプリとパソコンが連携できる。

 外ではスマホ。家では、腰を据えてパソコン。


 それが、いつの間にか習慣になっていた。


「……ちょっとだけだ」


 誰に言うでもなく呟き、スマホでログイン認証を済ませる。パソコンの画面が立ち上がり、見慣れたロゴが表示される。


 かつては、逃げるように閉じた世界。

 今は、静かに戻ってくる場所。


 四月の土曜の夜。

 20時31分。


 部長は、キーボードに手を置いた。


 現実は穏やかで、不満も、大きな不幸もない。


 それでも、あの草原の風だけは、少し恋しかった。


 ログインボタンが、淡く光る。


 もう一つの世界が、今日も何事もない顔で、彼を待っていた。

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