第伍話『越後の雪』 上杉景虎 × 北条氏照
【今回の戦国マンは、この二人!】
上杉三郎景虎
北条氏康の七男で、元は北条三郎を名乗っていた。
氏康が謙信と和睦して越相同盟が成立したとき謙信
の養子として上杉家に入る。縁組の経緯からも人質
だったことは明白だが、生涯独身だった謙信は美男
で聡明な三郎をいたく気に入り、自分の姪である華
(景勝の妹)を娶らせ、自らの幼名「景虎」を与える
など厚遇している。元亀 2年(1571年)景虎の実兄
北条氏政が上杉と敵対する武田と同盟を結んだため、
激怒した謙信は越相同盟を破棄するが、景虎は追放
されたり害されることもなく、越後に留め置かれる。
そのため、同じく謙信の養子で、甥でもある景勝か、
寵愛を受けた景虎のどちらかが、やがて謙信の跡目
を継ぐものと見做されるようになる。しかし謙信が
後継者について明言しないままに脳卒中で急逝した
ため両陣営の対立が激化、御館の乱が勃発する。
北条氏照
北条氏康の三男で北条氏政の弟。合戦では必ず自ら
先陣を務めるなど、武勇を誇る北条家随一の猛将。
勇猛さだけでなく、人心の掌握にも長けていたため、
上杉家との越相同盟実現や奥州伊達家との交流など、
政治外交にも辣腕を振るう。御館の乱では、実弟の
景虎から援軍要請を受け、北条の総領で長兄の氏政
名代として弟の氏邦と共に越後に出陣するも、豪雪
に阻まれ御館まで進軍できず、景虎を救えなかった。
秀吉の小田原攻めでは最後まで徹底抗戦を主張して
小田原城に籠城するが、他の城を次々に落とされて
やむなく降伏。兄・氏政と共に切腹を命じられる。
【承前:御館から鮫ヶ尾城へ】
恃みとしていた武田勝頼が上杉景勝に買収されて撤退。
いよいよ窮地に立たされた上杉三郎景虎は、四面楚歌
の越後を脱出して故郷の小田原へと向かう途上、北国
街道沿いの要害:鮫ヶ尾城に身を寄せました。しかし
城を取り囲んだ景勝勢は、鮫ヶ尾の城下町を容赦なく
焼き払って、景虎を引き渡すよう城主の堀江駿河守に
迫ります。元々は景虎に味方していた駿河守でしたが、
苛烈な恫喝に恐れをなして景勝方に寝返ると、二の丸
に火を放って城から逃げ出したからさあ大変。本丸に
取り残され孤立無援となった景虎は、小田原から実兄
の北条氏照の援軍が来着するのを待って籠城しますが、
越後の豪雪が氏照の行軍を阻んで…… どうなる景虎!?
小田原城の居室で北条氏照が、実弟の上杉景虎から
届いた手紙を紐解く。
「一筆啓上仕り候。
この水無月※より春日山城下に駐留していた武田軍が、
昨日来、陣を引き払い、甲斐へ帰国を開始しました。
仲介を取り持たれた勝頼殿に、かくも早々と越後を
去られては、この和睦も忽ちに反故となり、再び
景勝方と戦端が開かれるは必定。私には解せませぬ。
勝頼殿はこの三郎を助けるべく、はるばる越後へと
参られた筈。それが後事を見届けようともせぬまま、
急くように全軍を引き揚げておしまいになるとは……
或いは敵方と勝頼殿との間に、何かしらの密約でも
あったのでございましょうか。とまれ、日を措かず
景勝方は、再び御館へと攻め入ってまいりましょう。
かくなるうえは三郎、わが生家である小田原北条家
にご助勢を請うしか、生き延びる術がございませぬ。
何とぞ良しなにお取り計らいの程を、伏してお願い
奉る次第。
恐々謹言 上杉三郎景虎」
馬蹄の響き。軍馬の嘶き。
「三郎、息災であるか。おまえの推し量ったとおり、
勝頼は景勝方と繋がっていたようだ。武田と上杉が
同盟を結ぶとはまさかの驚天動地、俄には信じ難き
仕儀ではあるが、この乱世では何があっても不思議
はないということやも知れぬ。お屋形※は、おまえを
救援すべく、わしと氏邦に、越後出陣を命ぜられた。
小田原から、精鋭四万の兵を率いて疾く参るゆえ、
心安らかにしておれ。越後兵を蹴散らして、長月※の
うちには、おまえを春日山の城主に据えてやる。
その後は久々に我ら兄弟で、ゆるりと越後の旨い酒
でも酌み交わしたいものよ」
氏照が兵卒に檄を飛ばす。
「者共、出陣じゃ! 目指すは越後! わが弟 三郎を
助け、上杉景勝を打ち滅ぼす!」
法螺貝と軍団の雄叫びが小田原城の廓に響き渡る。
「兄上からのお言葉、三郎何よりも心強く忝き次第
にございます。案の定、武田軍の撤兵と相前後して
景勝方は御館を攻めて参りました。前関東管領職※、
上杉憲政様ご居館であることも構わず、邸内に大砲
まで打ち込んでくる始末。ようやく色づき始めた庭
の木々も無残に引き裂かれ、目も当てられぬ有様に
ございます。邸内の老人や女子供までも巻き添えに
して省みぬ、かくも残虐非道な戦法、亡き謙信公の
もっとも忌み嫌われたやり様であったはず。三郎、
景勝が如き不埒横暴の徒に負ける訳には参りませぬ。
兄上の一日も早きご来着をお待ち申し上げる次第」
打ち込まれる大砲。悲鳴。阿鼻叫喚。
「たれかある。この書状を、急ぎ国境の北条陣へ!」
戦のとよみ。繰り広げられる激戦。
「三郎、無事か。既に我らは三国峠を超え、越後領内
上田に陣を構えている。おまえと懇意の北条丹後守
殿が先鋒を買って出てくださり、敵方の城を次々と
攻め落としているところだ。されど坂戸城に少々
てこずっている。ここは景勝出生の地であるためか、
兵卒のみならず民草までもが篭城して、投降の気配
すら窺わせぬ。されど、ここさえ落とせば御館は、
もはや遮るものとて何もない一本道、目と鼻の先よ。
朝夕舞い始めた雪が道を閉ざす前に、必ずおまえの
元に駆けつけるゆえ、守りを固め、心を強く保って、
兄を待っておれ。よいな」
城内の上田衆が北条軍に徹底的に交戦。
「えーい、この程度の田舎城にいつまで掛かっておる!
総攻撃を仕掛け、揉み潰せ!」
「兄上、坂戸城を落とされたとの由、祝着至極。当方、
何とか持ち堪えております。されど、御館への糧道
を絶たれ、家中の者共の餓えと憔悴は目を覆わん
ばかりに逼迫しております。わが室の華は景勝の血
を分けた妹。さらに、まだ幼き道満丸は景勝の甥。
目的のためには、肉親すらも責め苛んで顧みぬ景勝
の所業、怒りを通り越し、物哀しくさえ感ぜられる
次第にございます。この乱世にあっては、人面獣心
に徹する景勝こそ正しいのでございましょうか?
三郎には分かりませぬ。兄上はいかが思し召しか?
一日も早くお目にかかり、幼き頃のように、三郎の
気の迷いを叱咤していただきたく存ずる次第……」
景虎が筆を置き、窓の外を舞う雪を見つめる。
「すでに神無月※。小田原からの兵も馬も、慣れぬ雪に
難儀しておろうな…… 」
激しい吹雪。
「三郎、無事でいるか。我らの来着、今や遅しと待ち
わびておることであろう。わしの見込みが甘かった。
越後の雪はかくも深く、風は身を切るように冷たい。
寒さに凍え、命を落とす者が後を絶たぬ。このまま
御館行きを強行すれば、此方の全滅は避けられまい。
雪で兵を死なせる訳にはまいらぬ。氏邦には主力を
小田原に連れ帰るよう、今しがた命じたところだ。
代わりに、わしが行く。樺沢まで陣を下げ、志願兵
のみを引き連れ、御館に向かう。苦しいであろうが、
あとしばらく待っておれ。必ず、わしが助けに行く。
大言壮語しておきながら、かような情けなき仕儀に
到り、面目次第もない。詫びる言葉も見つからぬ。
憎むべきは、雪。わしがおまえを助けにいくことを
阻む、白く厚き、無慈悲な壁よ」
氏照が鈴を鳴らす。間を置かず影が現れ、控える。
「小太郎…… この雪では、もはやおまえにしか頼めぬ。
わしの認めた書状を、何としても御館まで…… 」
やまぬ吹雪。
「兄上、お心遣い真に忝く存じあげますが、その儀は
どうかご無用に。土地の者さえ、この季節の越山は
控える由。お命を徒に無駄にされてはなりませぬ。
御館はここ数日、十重二十重に取り囲まれ、兵糧も
絶え、先行きも見えぬ有様。かくなるうえは篭城に
適した味方の城に何とか逃れ、捲土重来※を図ります。
十倍の敵を突破するは至難の業なれど、三郎、決死
の覚悟にてやり果せてみせまする。但し、道満丸は
憲政様に託し、春日山城へ送り届けていただく仕儀
と相成りました。華は母として懸念しておりますが、
和議調停の体裁を整える人質、景勝と血の繋がりが
ある道満丸がよもや害される懸念はございますまい。
鮫ヶ尾城に篭もりし後、何としても春まで持ち堪え、
雪解けと共に兄上がご助勢に駆け付けて下さるのを、
一日千秋の思いで三郎はお待ち申し上げております」
氏照が手紙を読み終え、鈴を鳴らす。
「小太郎、帰陣したばかりで相済まぬ。だが、今一度、
越後へ遣いを頼めるか…… いや、我らに全軍帰国の
下知があったことは何としても伏せておけ。お屋形
の…… 兄上のなさりよう、まこと、血も涙もない。
知らせてはならぬ…… 三郎があまりにも不憫よ」
氏照が苦渋の面持ちで、手紙を認める。
「相分かった。かくなる上は、もはや何も申すまい。
唯一つ、このことだけは忘れるな。三郎、おまえは
この氏照の血を分けた弟ぞ。謙信公 既に亡く、義も
廃れ魍魎が跋扈する血腥い越後など、最早捨て置け。
雪が溶けるまで何処かに隠れ、深く身を潜めておれ。
春告げ鳥が鳴いたら、わしが十万の軍勢を引き連れ、
おまえを迎えに行く。お屋形にも文句は言わせぬ。
おまえは華と道満丸の手を取り、我が軍勢に守られ、
小田原へと帰るのだ。梅香が漂い、桜花が舞い散る
暖かい故郷にて、堂々と北条を名乗り、家族と共に
穏やかに余生を過ごすがよい。だから、だからこそ、
今は何としても死ぬな。生きよ。わしと会うまでは
死んではならぬ。おまえには、この氏照という兄が
いることを忘れるな。身命を賭して、わしが助ける」
降りしきる雪の下、干戈を交える音が聞こえる。
「小太郎、大儀であった。そなたも疾く小田原へ帰れ。
ぬ…… 如何いたした? 何、ここに残ると? 否、
それはならぬ。そなたは先祖代々北条に仕えし風魔
一族の首領だ。北条宗家の御為ならばいざ知らず、
上杉を名乗る男に殉ずる義理など風魔にありはせぬ。
されどその心遣い、甚だ忝し。三郎、礼を言うぞ。
さ、この手紙を、必ず兄上に届けてくれ。頼んだぞ」
業火と乱闘。
「逃げ込んだ鮫ヶ尾城にも、先ほど火が放たれました。
城主の堀江宗親が、敵方に寝返っていたようです。
まこと、人の心とは計り知れぬものにございます。
道満丸は春日山城へ赴く途上、四ツ屋峠で、憲政様
ともども無残にも斬殺され、屍を路辺に晒しました。
それを知って華も狂乱に陥り、実兄の景勝に呪詛の
言葉を吐きながら、喉を突いて自害いたしました。
景勝は私が考えていたよりも、ずっと罪深き外道
の輩であったようにございます」
攻め手と守り手が激しく斬り結ぶ丁々発止。
「もはや、滅亡を待つばかりの我が身にございますが、
私は、ゆめゆめ負けた訳ではございませぬ。景勝が
受け継ぐこと叶わず、三郎のみが謙信公より直々に
相伝されし、尊きものがございます。それは義の心。
正しき行いを守り、悪を羞じて、人を人たらしめる、
至高の真理。謙信公の御心そのものといえる、この
第一義を奉じて潔く死にゆく我こそ、まさに軍神の
世継ぎと、この三郎、固く信じて疑いませぬ」
庭の鶯が春を告げている。
「お屋形…… いや、兄上。首を打たれし三郎の亡骸が、
小さく畳んで手の中に固く握り締めておったものを、
鮫ヶ尾城に引き返した小太郎が、見つけてまいった。
首級※は遂に取り戻せなんだが、この書状こそ、血を
分けたわれらの弟、北条三郎の、せめてもの形見……」
「兄上。実は越後の雪は、兄上のご来着を阻んでいた
のではございませぬ。この雪こそは、私を背後より
抱きとめて離さぬ、謙信公の白き腕であったのです。
思うに謙信公は、私利私欲のため義を捨てた景勝を
お見限りになり、志を同じうするこの三郎に、冥府
までの同行をお求めになられたのでしょう。兄上の
深きお心遣い、三郎、感謝の言葉もございませぬ。
されど私は、軍神上杉謙信の正統なる世継ぎ、上杉
三郎景虎なれば、謙信公の腕に抱かれたまま、泉下
に待つ華と道満丸の元に参りとう存じます。兄上に
措かれましては、何とぞ息災に、息災に…… 」
手紙をかき抱いて、天を仰ぎ、号泣する氏照。
「三郎、許せ…… 不甲斐なきこの氏照を許せ、三郎!」
※脚注
水無月
陰暦の六月。
お屋形
名門、或いは功績のあった武家当主に許された称号、
または敬称。屋形号。本編では北条氏政のこと。
長月
陰暦の九月。
関東管領職
室町幕府における鎌倉府の鎌倉公方を補佐する役職。
神無月
陰暦の十月。
捲土重来
敗れた者が、いったん引き下がって勢いを盛り返し、
意気込んで再びやって来ること。
一日千秋
たった一日がまるで千年(秋は年の意味)のように
長く思われる。待ち焦がれる気持ちが強いこと。
首級
戦場で討ち取った敵の首のこと。首実検という儀式
で誰の首か、どの階級の者か確認され、論功行賞や
供養の対象となった。
「白雪や これが塩なら 大儲け 言うてる場合か」
【作者贅言】
この顛末だけ見ると、景勝(というか兼続)ひでー!
景虎カワイソス涙となるかもですが、景勝も景虎も、
どこまでも先代謙信の政治的な思惑での人質であり
養子であり、その辺は軍神がもうちょい行き届いた
段取りをつけてくれていたら、別段個人的な確執が
あるわけでもないこの二人がかくも凄惨に殺し合う
必要もなかった訳です。しかしだからといって謙信
が諸悪の根源かというとそうでもなく謙信は謙信で
長尾家中の血みどろの家督争いを必死で生き抜いて
自分の代ではうまく調整しようというかしなかった
結果がこれですから、生々流転というか諸行無常と
いうか家を存続させようとしたならばどこの誰でも
こういうジレンマ:あちら立てればこちら立たずの
無理難題に直面せざるを得ない。景虎を倒した景勝
も、天下人となった秀吉とその後の家康に理不尽に
振り回されて、何とか存続はしたもののとても安泰
とは言えない激動の時代を生きていくことになった
訳で(幕末になるとさらにヤバイ展開があった訳で)
そう考えると早々にドラマチックに歴史の舞台から
降りたばかりか、男前だったことも手伝って悲劇の
武将として長く語り継がれ共感と同情とマニアック
な愛着を令和の今も熱く濃く寄せられる三郎景虎と、
どちらが本当に幸せだったかなど一概には言えない
のであります。そしてこれは何も戦国武将に限らず、
古今東西この地球に暮らすあらゆる人々に否応なく
当てはまる万古不変の理なのです。家族って大変。
こういう宿命と因果応報の柵が一番分かりやすく
描かれてるのがインド映画の「バーフバリ」ですね。
あなたが戦国武将好きならばきっとバーフバリにも
ドはまりする筈。皆様バーフバリを、あとRRRも
マッキーも見ませう。面白いよ! インド映画万歳!
バーフバリ、ジャイホー!バーフバリ、ジャイホー!
(戦国の話はどこへいったのか)
北条氏照は実は笛の名手でもあったそうな
☆予告☆
次回の「戦え!戦国マン」は…… お待たせしました!!
第六天魔王:織田信長いよいよ登場!『雷鳴桶狭間』
対する戦国マンは海道一の弓取り:今川義元でおじゃる!
「で、あるか」




