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空白に舟を浮かべろ!  作者: SBT-moya
第三章
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第38話 イデアよ宙を泳げ

「ざひょう……?『座標』だと!?」


「そうだ。この空間を、隕石のコースに移動させろ!」


 今まで余裕の表情だった糸目の男の顔が、険しくなる。


「そんなことをして一体何になる!」


「ヒントはさっき、あんたから聞いたよ。隕石に触れれば『情報を書き換えられる』んだろう!?」


 僕に命じられれば、死ぬとまで言ってしまった男だ。

 動揺しているのは、いざ言われた願いが意外だったのだろうか。

 そしてそれは、自分にとってほぼ唯一都合の悪い願いだったのだろうか。


「言っておくがこの空間は質量などないぞ。隕石を食い止めることなどは不可能だ」


「『書き換えられる』ならチャンスはあるさ!」


「何に書き換える気だ!? もう落下のコースに入っている。隕石を石に変えたところで引力で地上に落ちるぞ!

 石以外でも同じことだ! IDEAのあの質量だぞ!? 何に変えたとて同じだ! 宇宙飛行士なら、重力加速度の法則ぐらい知っているだろう!!」


「寝言で答えられるさ!!」


 すると、僕たちの体が大きく揺れた。この空間が高速で移動しているのがわかった。



「君はバカか!? 何度もいうがIDEAの質量を考えろ! いくらなんでもあの質量を一瞬で、鳥の羽に変えることなど不可能だ!」


「イデアに近いものなら変えられるだろう!!」


 糸目の男の、顔が赤くなり頭髪が逆立つ。動揺しているのだ。


「この世界は! 君の友人が、君と過ごすために作った世界だぞ! それを変換するのか!?」


「……リードは、本物のリードはもう、死んでるのか?」


「現実世界の彼女の事か。……肉体は生きている。呼吸もあるよ。『あの状態』を生きていると呼べるかは疑問だがね」


 僕は唇を噛み締めた。


「考え直せ宇宙飛行士。人間が肉体から解放されれば、君や彼女のようにこの世界にいつだって来ることができる。

 君の家族、同僚、友人! 今の君が再開するなら隕石を見送る意外手はないぞ! リードにだって、もうじき会えるんだぞ……」


 唇を噛んで、目を閉じた。


「そうだ。友人たちの、そしてリードの顔を思い出せ。

 君の大事な人たちだ。私はただ、この世界を広げることによって『会う』という概念を変えたいだけだ。

 何も大量殺戮を楽しみたいわけじゃない。人間が繋がるのに邪魔になるもの、不必要なもの、ガラパゴス的なものを排除する。それだけだ!」


 揺れはさらに大きくなる。加速が増しているのだ。


「君に何ができる! 宇宙くんだりまで出てきて、何も成せなかった君が! 幾百年かけた私の計画に対して何ができるというのだ!!」


「僕は……」


 両足を踏ん張って、僕は言葉を絞り出す。


「僕は、SFの世界を理解できない。自分のことも他人のこともわからない……」


 空間が大きく揺れる。すでに糸目の男は地面に手をついていた。


「そして僕は、一人でモンスターをやっつけられない。真犯人も捕まえられない。ホラーの世界でいきなり祠を壊す。歌だって下手だ。ユリウスカエサルの言葉に、何一つ言い返せなかった……」


 もう一度、空間が大きく揺れる。僕の信念を薙ぎ倒そうと揺れる。僕は、意地で立っていた。


「さらに文才もない。ただ、宇宙に行けただけの男だ。歴史上、最も役に立てなかった宇宙飛行士が僕だろう。この世界にきて、よくそれがわかったよ」


「その君が! 今更どうする気なんだ!!」


「それでもなあ!!」


 僕は、この何もない真っ白な空間の、空っぽな重力で、両足に力を込めた。


「好きなリードを独りにさせないくらいのことは! やってみせるんだ!!」



 目を閉じていてもわかる。目の前の男は心底呆れている。

 でも、僕は生まれて初めて、自分の言葉に打ち勝った。


 揺れが治った。空間のコースが安定したのだ。

 すると、真っ白な空間が捲れ上がり、宇宙空間が現れた。


「君はバカだ。底なしの。宇宙飛行士史上最も愚かな男だ。おめでたい野郎だ。……大量の人間がここに訪れるはずなんだ。

 そうすれば、このデータベースが人類の新たな住処になる。それは……君の望みじゃないのか」


「言葉を扱う生き物なんて人間くらいじゃないか。それは地球に住む生物の中でも数%しかいないだろう。人間を描くなら、人間以外の動物を考えろ。……モンテーニュ師匠の教えだ」


「どこまでおめでたい男なんだ君は。

 ……君たちが教会で見た、真っ白い鳥を思い出したよ。……あの鳥は、爪の先まで白かったか?」


 糸目の男が、呆れた声で僕に聞いてきた。


「ああ。おも……」


 僕が何かの言葉を言いかけたところで再び空間が揺れた。これは、巨大なものが近づいてくる振動だ。

 見上げれば……僕が思っていた数倍の大きさの物体が、はっきりと見えてきた。あれがイデア……人類が思い描く『終わり』が、形を持ったものだ」


「ほら。もう時間がないぞ。

 この大きさのものを何に『書き換える』気だ?

 何度も言ったが、大した改変はできないぞ。アレを見ればわかるだろう」


「まだ何も考えてない」


 僕がいうと、糸目の男はため息をついた。


「……まったく君は……」


 さあ、どうしよう。

 この隕石を、何に『書き換え』ようか?

 

 この大きさと速さだ。この男が言った通り大した改変はできない……いや、僅かな書き換えしかできないだろう。

 時間もない。ほんの僅かな書き換えだ。この隕石を『何に書き換える』?


 ……大丈夫。僕はきっと、答えを知っている。

 そうだろう? そうだよな? リード……



 * * * * *


 思い出すんだ。

 僕は、リードから、『何をもらった』だろう?


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