当たり屋 vs プロ
田舎町の県道を飛ばして走るバカどもを、俺は歩道の上から眺めていた。
俺は当たり屋だ。
今まで何人ものノータリン・ドライバーの人生を滅茶苦茶にし、泣かせてきた。
自業自得だ。スマホとか見ながら運転してるからそういうことになるのだ。俺はそれを教えてやっている。いいことをしているのだ。
俺が主に仕事をするのは昼間だ。
何しろこの田舎だ。夜はさっさとみんな寝てしまい、道路を走る車もまばらだ。
何より目撃者がいてくれないとひき逃げされてしまう。俺は記憶力に自信がないからナンバーも覚えられないかもしれない。
たとえ誰も見ていなかったとしても、明るい時間帯なら、誰かに見られているかもしれないという気持ちが働くのか、俺を轢いたやつはきちんと車を停めてくれる。慌てて駆け寄って来てくれる。
だから俺は明るい時間帯に暗躍するのだ。
さて、そろそろ仕事に取りかかるとしよう。
俺はぶつかる車を選ぶ。怪我するにしてもなるべく軽傷なのを大怪我と言い張りたい。大型トラックなんかだと死んでしまう可能性がでかい。
軽自動車がいいかな。乗ってるやつが金を待ってそうではない──なんてことはない。結構裕福な家庭の奥さんが運転してたりする。狙い目だ。
問題はあまりスピードを出してくれないので、しかも追突されるのも構わず直前でフルブレーキングしてくれやがるので、意外に轢いてくれにくいということだ。
「……おっ?」
カモを見つけた。
いかにもイキってそうな白いアウディTTが飛ばしてきた。
経験上、あれは最高だ。飛ばして来てくれる上に、ドライバーは大抵ヘタクソで、派手に轢いてくれる。それでいて大怪我はしない。ブレーキ性能がいいからだ。
金を持ってるだろうので、ツレの医者と結託してもう完治してるのを後遺症が出たと言い張り、いくらでも搾り取れる。
俺は待った。
そいつが射程範囲までやって来るのを、木の陰に隠れて待った。
『今だ!』
俺はそいつの前へ、走り出ようと動いた。
背筋を寒いものが走った。
白いアウディTTのドライバーが、前をしっかりと見ながらも、心眼で俺を捉えているのがわかった。
女だった。長い黒髪の、アラサーぐらいの美人だ。
『見えているぞ』
鋭いその目つきが語っていた。
『おまえを轢いたら、それは私の責任だと認めよう。私の防衛運転が未熟だったのだ。しかし──!』
女の鋭い目が、まっすぐ俺を睨みつけた。
『私はけっして──轢かぬ!』
俺は走り出そうとして、一歩も動けなかった。
まるでカエルを睨むヘビだった……あれは、プロだ。
しかし俺もプロだ。
轢かれるほうの、プロだ。
一瞬減速方向に動いてから再加速した白いアウディの尻を見送りながら、俺はそのナンバーを見た。417……、数字だけ覚えればじゅうぶんだ。覚えた。
次に会った時を楽しみにしているぜ。
俺が轢かせるか、おまえが防衛するか──勝負だ!
プロ同士の意地をかけた戦いが今、始まった。