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こんな夜はI miss you  作者: freedomlife
4 思い出のノート
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4-4   秘めた想い

 真夜中の東北自動車道を、晴人の運転する銀色のスポーツカーは速度を上げて一気に走り抜けていった。暗闇の中を飛ばしていく車は遊園地のアトラクションのような怖さがあり、潮香は眠ろうにもなかなか寝付けなかった。

 晴人は一言も話さず、ハンドルを握り運転に集中していた。車内ではどこか無機質なサイバートランスのBGMがエンドレスで流れ、情感溢れる浜田省吾の歌声が流れていたカンさんのミニバンとは対照的だった。


「寝てるのか?」


 高速道路の脇に県境越えを示す「栃木県」の標識がかすかに見えた時、晴人がやっと声をかけてくれた。


「眠れないです。何だか落ち着かなくて」

「じゃあ、音量を下げようか」

「それだけじゃなくて……」

「トイレか? もうすぐ那須高原のサービスエリアがあるから、寄ろうか?」

「いや……結構です」


 晴人の問いかけに、潮香はことごとく首を振った。

 不安な気持ちを、自分からなかなか言い出せないでいた。わざわざ常山市まで行って、泥まみれになって思い出のノートを一緒に探してくれた晴人に対して、わがままをぶつけるのは不謹慎な気がした。

 すると晴人は、何も言わずに那須高原のサービスエリアに入り、車を停めた。


「少し休んで行こう。ここまで一気に飛ばしてきたからな」


 晴人は車を降りると、自販機に向かい、ジュースを買っていた。潮香は少しだけ気分が落ち着いたのか、頬杖をついて少し眠ろうとした。しかし、数分もしないうちに晴人が戻り、自販機で買ってきた温かいミルクティーを潮香に渡した。


「潮香は本当はコーラが好きなんだろうけど、真夜中に飲むにはちょっと刺激が強いと思って、こっちにした。飲みたくなかったら僕が飲むから良いよ」


 晴人はジャスミンティーのペットボトルを開け、ゆっくり飲みだした。

 潮香も、ミルクティーを少しずつ口にしていた。


「ねえ晴人さん……一つだけ聞いていいですか?」

「何?」

「ついこないだまで、私のことを性欲処理の相手や着せ替え人形のように扱ったり、信彦君の元にいた私を力ずくで連れ戻そうとしたり、思い出すのも嫌になるようなことばかりしていたのに、どうしてあんなに一生懸命ノートを探してくれたんですか?」


 すると晴人は、しばらく窓の外を見ながら何かを考えこんでいた。


「こないだ、伊藤さんが君を守ろうとして必死に僕を睨みつけた時、僕はそれまで自分のしたことの浅はかさにやっと気が付いたんだ。僕の傍らで、潮香は泣きそうな顔で怯えてた。自分は何てことをしていたんだって。感情ばかり先走った鬼畜のようなことをしたら、あんな悲しそうな顔になるのは当然だよなって」


 そう言うと、晴人は深々と頭を下げた。これまで犯した行為の大きさを、彼なりに良く分かっている様子だった。


「だから僕は、いつか自分の手で潮香に笑顔を取り戻そうと思った。そして昨日……君が局の玄関で困り果てた顔でうろついているのを見て、僕は真っ先に力になろうと思ったんだ」

「ふーん、すごい度胸ですね。あんなひどいことを散々しておきながら」


 すると晴人はボトルを手にしながら、淡々と答えた。


「それはやっぱり、君を好きだという気持ちからだよ。好きな人を泣かせたままに放っておけない、ただそれだけだ」


 潮香は晴人の声を聞くと、思わずため息がこぼれた。


「まだ……諦めてはいなかったんですね」

「そうだよ。でもあのノートを見て、君の気持ちを確かめた今となっては、諦めるしかないのかな……」


 晴人は苦笑いすると、手にしていたボトルを口に付け、中に入っていたジャスミンティーを一気に飲み干した。


「じゃあ、仮に私が信彦君との関係を諦めていたら、どうするつもりだったんですか?」


 潮香は、晴人の横顔を見つめながら尋ねた。


「たぶん、『そんな半端な気持ちなら、とっとと諦めろ』って言ったかな。そして、『僕ならば君のことを絶対に幸せにしてみせる』って言って、抱きしめたかもしれないな。伊藤さんと信彦君が見ている前で、『潮香は僕の女だ』って印象付けるためにもね」


 晴人は笑いながらそう言うと、車のエンジンをかけた。


「さ、ここからまたひとっ走りしないとな。君が無事に『オキドキ!』の事前ミーティングに間に合うようにね」


 スポーツカーは唸りを上げて、サービスエリアの駐車場から勢いよく高速道路の走行車線へ出て行った。潮香は晴人の答えを聞いて、どこかやりきれない気分になった。晴人が自分を気遣ってくれる気持ちはすごく嬉しいけれど……。


「おっ、ここからあと百キロ足らずで東京だってさ。ひょっとしたら予定より早く着くかもな。ミーティングが始まるまで、僕の家で休んでいくか?」

「それは結構です。どうせまた超ミニのゴルフウェアを着せられたり、無理やりエッチしたりするんでしょうから」

「ハハハハ、疑い深いなあ」


 晴人は笑いながら速度を上げた。車窓の外には、次第に灯りの数が増えて行った。そして一時間しないうちに車は首都高速に入り、深夜にも関わらずネオンや明かりが灯る高層ビルやマンション群を抜け、やがてワンダーTVの建物が目に飛び込んで来た。


「長旅お疲れさん。僕は家に帰るけど、君はここからもうひと頑張りしないとな。今日の『オキドキ!』でも素敵な笑顔見せてくれよ」

「ありがとうございました」


 晴人は親指を立てて笑顔を見せると、潮香は深々と頭を下げた。


「君と信彦さんの恋が本当に叶うかどうかは、ここからが正念場だと思う。ま、がんばれよ。また何かあれば、遠慮なく言ってくれ」


 晴人は軽やかな口調で話していたが、彼の言葉には、潮香の覚悟が本物かどうか、試そうとしているようにも見えた。

 晴人の車は、激しいエンジン音を上げて一気に玄関を走り抜けると、深夜で車通りがまばらな幹線道路へと走り出していった。潮香は車の行方をずっと見守っていたが、やがて誰かが潮香の背中を何度か叩いていたことに気づき、慌てて後ろを振り向いた。


「まどかちゃん……それに、小野寺さん?」


『オキドキ!』で共演している小野寺と、天気を担当する同僚アナの相沢まどかがにこやかに手を振りながら後ろに立っていた。


「住吉さん、ミーティングに無事間に合ったようだね。ついさっき、アナウンス部の熊谷さんから、ひょっとしたらギリギリになる可能性もあるって聞いてたから、どうしようかって皆で連絡を取り合っていたんだよ」

「そうだったんですね……。何とか無事に間に合いました。心配かけてごめんなさいっ」


 潮香は極まりの悪そうな顔で頭を下げた。


「でも、潮香ちゃんのことをそこで降ろした車って、寺田さんの乗ってるGTRでしょ? それに、かすかに寺田さんの声も聞こえたし……二人でどこに行ってたの? というか、ひょっとしてデートが長引いて、ミーティングに間に合わなくなりそうだったのかなあ?」


 まどかは不敵な笑みを浮かべながら、何度も潮香に目配せした。


「ううん、寺田さんとはもう別れたんだ。今日はここまで送ってもらっただけだよ」

「え? ま、マジ?」


 まどかは意表を突かれたかのような答えに驚き、大声を上げた。


「だって、今までずーっとお付き合いしていたじゃない? 局内では公認のカップルだよ、寺田さんと潮香ちゃんは」

「アハハハ、今まではね。でも、今はもう違うから」

「どうして? 寺田さんとなら、きっと結婚しても安泰だよ。だって将来の幹部候補だよ?」


 まどかは潮香の肩を掴み、いまいち納得がいかない様子で問いただしてきた。


「私に好きな人ができたんだ。寺田さんも、そのことを受け入れてくれたの」

「だ、誰なの? きっとその人、寺田さんをも上回る存在なのね。じゃないと潮香ちゃんとは釣り合わないもの」


 まどかの言葉に潮香は思わず顔をしかめると、ポケットからスマートフォンを取り出してまどかの目の前に差し出した。


「この人が、私の好きな人なの」


 画面には、先日清田が送ってくれた信彦の写真が写っていた。『オキドキ!』で潮香を見て、目を大きく見開いて嬉しそうな顔を見せる信彦の姿があった。


「……この人?」


 まどかは潮香の手からスマートフォンを掴むと、小野寺にもその画像を見せていた。


「この人って、こないだ常山市でインタビューを受けていた人だよな?」

「そうよ。高校時代に出逢って、こないだ取材に行った時に再会したの」

「ああ、あの人がそうだったんだ」


 その時まどかは、小野寺に何かを耳打ちしていた。すると小野寺はまどかに対し、顔をしかめて「余計なことを言うな」と小声でたしなめた。まどかがしゅんとした顔で委縮すると、小野寺は表情を緩めて潮香の方に顔を向けた。


「まあ、いいじゃないか。好きな人ができて、それを寺田さんも受け入れてくれてさ」

「はい」

「じゃ、そろそろミーティングの時間から、中に入ろうか」


 小野寺は潮香とまどかを手招きし、真っ先に明かりに照らされた玄関の中へと入っていった。

 まどかは小野寺の後を歩きながらも、どこか納得のいかない顔で潮香を見ていた。


「ねえ、あの人のこと、本当に好きなの?」

「そうだけど、それが?」

「いや……何でもないよ」


 そう言うと、まどかは小野寺の方へと駆け寄っていった。

 まどかは何も言わなかったが、どことなく信彦に対する嫌悪感があるように感じた。そして、その信彦を好きになった潮香に対しても、信じられないと言いたげな様子だった。

 潮香は二人の背中を追ったが、その胸の内は苦しかった。果たして局内で信彦との仲を受け入れてもらえるのだろうか……? 不安で胸が張り裂けそうだった。

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