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ファインランドへようこそ

 その名もない漁村の、1970年代の人口は200人ほどだった。村の唯一の実力者であるセオド・ランツ氏は、自宅兼魚の加工工場である屋敷の一角を改造して寝泊りできる部屋を作り、息子のレオをアメリカから強引に引き戻して、その部屋へ閉じ込めた。アメリカへ留学していたレオはヒッピー文化に感化され、薬に溺れて廃人になっていた。何がベトナム戦争反対だ。お前は関係ないだろう。一体何を勉強してたんだとカンカンに怒ったランツ氏は、まるで襟首を掴んで引きずるように、息子を帰国させた。廃人同然でも、当然嫌がる息子を拉致するようにアパートメントから引きずり出し、空港に連れて行って飛行機に乗せ、村まで連れ帰ったのは、屈強な二人の男でランツ氏から金で雇われた元兵士だった。そしてその元兵士を息子の見張りにして、屋敷の一角に作った、いわゆる座敷牢で薬が抜けるまで生活をさせた。都会から腕のいい医者も呼んだ。残念ながら、薬が抜けても薬や酒で破壊された体の部分は回復せず、数年後、息子は糞尿にまみれて死んだ。ランツ氏はもともとソ連が嫌いだったが、それに加えてアメリカ、西欧の文化を憎んだ。クルマや暖房機は仕方ないが、その他、別に必要でないものなら、この村に持ち込むな。

 この村は、北欧の北の果て。しかし、火山があって海流と地形にも恵まれて、激しいブリザードや大荒れの海は珍しかった。魚はよく獲れ、加工して出荷すれば、そこそこの収入になった。さすがに10月下旬から4月上旬までの約半年は雪に閉ざされるが、5月になったとたん、いきなり春となり夏になり、秋になる。そしてまた冬が来る。

 春早々に、ランツ氏を訪ねて紳士がやってきた。レオの遊び友達で同じくジャンキーになった男の父親だった。レオに使った部屋をうちの息子にも使わせてくれないか。うちの息子も同様なんだ。紳士は資産家、ビリオネアだった。北の果ての村にある要塞のような屋敷と同様のものをアメリカの一等地に建てることぐらい容易いことだったが、アメリカで作っても意味がない。一歩足を踏み出せばそこは誘惑の園でしかない。ここがいいんだ。同じような息子を持った境遇からか、門前払いせずに会ってみると、妙にウマが合った。近頃の若いもんはなんだ。我々の若いころは云々。二人は今の文化や流行みたいなものが許せなかった。ランツ氏は富豪の息子を預かり、治療の場を提供した。医者はアメリカからやってきた。富豪は仕事で近くに来たついでに(と言っても、1000キロほども離れていたが)ランツ氏の村に顔を出した。ホテルもない村で、ランツ氏の屋敷に泊ることになった。富豪にしてみれば、大した家ではなかったが、その環境が気に入った。まずテレビもラジオも固定電話さえなかった。富豪には自動車電話以外にも、ポケベル、秘書に携帯電話を背負わせていつも身近に連絡手段があった。

ここには風の音、波の音、鳥の鳴き声くらいしか音がなかった。ああ、ストーブで薪のはぜる音もあった。夏でも家の中ではストーブを炊いていた。食べ物は魚とその辺りで採れた野菜をシチューにしたもの。別にすることはない。大樹の陰で海を眺めてしばらく過ごした。外界とのつながりは全く絶たれてしまったが別段何も変わらなかった。不安にならず、心が落ち着いていた。体が軽くなった気がした。心が解き放たれた。これが禅とかいうものだろうか。仕事の関係上、滞在は数日しか割けなかったが富豪は十分堪能した。去る時、ランツ氏に幾何かの金銭を贈ろうとしたが、当然ランツ氏は受け取らない。富豪ほどではないにしても、ランツ氏は村の名士だ。誇りがある。また来たい富豪は、気楽に再訪するためにも受け取ってもらわなくてはと譲らない。白紙小切手を中にして何度か押し合った二人は、富豪がランツ氏から加工した魚を買い付けることで話をまとめた。ニューヨークに帰った富豪は友人に吹聴して回った。自由を知りたかったら、心を解放したかったら、真のバカンスを経験したかったら、あの村が一番だ。

 ランツ氏に手紙が届いた。富豪からだ。友人に村を紹介した。面倒を見てやってもらえないか。北欧やヨーロッパ諸都市から村最寄りの地方空港(と言っても150キロほど離れているが)で鉄道に乗り換えて3時間。迎えに来た村の車に乗って山を越えて3時間で村に着く。出迎えたランツ氏と握手して屋敷の一室に案内される。山で野生のトナカイを撃つか、海に出るか、岸で釣るかサウナに入るか。そして大樹のもとで波の音を聞くか。決められた日に秘書が迎えに来るまで、セレブ達は全く自由に過ごした。そしてそれぞれがランツ氏と加工した魚の取引を契約して帰っていった。70年代は薬、80年代はカウンセリング、90年代はヒーリングと、精神に癒しや安らぎを求める人々が後を絶たなかった中で、ランツ氏の漁村はセレブ達の隠れ家となっていった。まずパパラッチがいない。村は少人数で外部者はすぐにわかる。泊まるところがない。

 一方ランツ氏もあまりに客が多く、もてなしに限界がきたので、ゲストハウスを建てることにした。一流のシェフを呼び、村に招かれざる客を排除するための柵を作りガードも雇った。サウナやその他の施設も完備した。90年代に入ったころは村の人口も2000人までに増えた。子供たちのため、ランツ氏は屋敷の中に学校を作り、教師を配置した。これで初級中級教育まではカバーした。さらに上級に進みたければ村を出るしかないが、出来が良ければランツ氏が奨学金を出した。病院を屋敷内に作り、医師を呼んだ。一族用の教会を村の教会にした。魚の加工工場も大きくなり、従業員も増えた。以前は漁師の妻や娘たちだけだったが、漁師でない余所者も受け入れて、工場内に男手ができた。彼らは車で近くの都市まで商品を配送した。村に議会が出来たが、長はランツ氏だった。学校と病院と教会を作り、議会場はランツ氏の屋敷。村の唯一の産業である工場を運営している彼に逆らうものなどいなかった。ランツ氏は村の掟として、出来る限り流行りの文明的なものを村にいれないことを村是とした。具体的には電話等の通信手段であり、村の通信は手紙と、村から出て、山一つ越す1時間半ほどの隣村で電話を借りるだけだった。二十一世紀になってコンピュータとインターネットがそろそろ普及しだす頃、一度村是の見直しがあったが、ランツ氏は首を縦に振らず、基本方針はそのままとなった。そのため、村は一時、衰退するかと思われたが、数年で勢いを取り戻した。いや取り戻すなどと悠長なレベルではない。以前の何倍、何十倍もの人出が殺到した。それはスマートフォンの出現とともに微増であったのが激増となった。

 今日、人々は朝起きるとまず、スマホで確認する。投稿動画サイトを見る。あるいは友人からのメール、見知らぬ者からのメールで何某の投稿動画サイトに映っていたよという内容がないかチェックする。誰もがいつ、どこで撮られて、あるいは映っているかわからない。ちょっとしたイベントに行けば必ず誰かがアップする。知らずに横を通ったって映ってしまう。写真や動画には情報が詰まっている。ソフトを使えば、その写真や動画がいつどこで撮影されたものか、いとも簡単にわかってしまう。もしユニフォームを着ていれば、何に属しているかが分かる。人がたった一つのアイデンティティであるなどという神話が崩れて久しいが、各人がそれぞれの一面をそれぞれ剥がされていく。日常で息詰まるたびに替えるアイデンティティのストックを先に暴かれていく。一方、我々も自撮りするとき、画面には、犬人や猫人として、あるいは顔面の半分も目であるような、我々自身をはるかに超えたフィクションとして、自画像を作っていく。一度変形した、壊した原画を再生するのは難しい。お目めぱっちりの女性が本来どんな顔なのか、若いのか、肌の張りや艶は修正か。髪の色は? 服は? いや女性なのか。本当に人なのか。真実という言葉が死語になった時代に、人はデータとして、何かを曝そうとし、晒されたデータは突然真実となる。建物には防犯カメラがある。車ならNシステム、通信機器をもっているということが位置情報を流していることになる。クレジットのいつどこにいて、何を買ったかの記録は嗜好と思想と社会的ランクを表す。私を一番理解しているのは通販のお勧めだという笑えないジョークがある。ネットで自分の名前を検索したら何が出てくるやら、恐ろしくってもう誰もしないだろう。プライバシーが贅沢品だと言う時代をランツ氏は先取りしていたわけだ。

 ある日気が付いたらランツ氏の村へ向かう一本道は車で溢れていた。村は、ファインランドと名付けられてネットで紹介されていた。息子のテオはレオとおよそ10歳違う。レオの失敗に懲りたランツ氏はテオを海外には出さず、この国の最高学府で学ばせた。テオも別段不服は感じなかった。兄のあの死にざまを見たら、自分もとは思わないだろう。卒業後すぐに帰郷し、父のもとで修業した。父のように恫喝したり、拳を振り回すことはなかった。いつも穏やかに微笑み温和な人柄を感じさせたが、北欧の冬の海を見て育った男だけに、腰は据わっていた。甘く見る者はいなかった。彼は確かに二代目だった。財産のみならず、社会的な地位まですべて相続した。

 今、村の入り口には大層なゲートがある。その外にはいつも何台かのタクシーが客待ちをしている。隣村から客を送ってきたタクシーが引き返さずに待機している。というのは、村に入ってみたものの、やっぱりだめだ、ネットなしでは生きていけないという者が必ずいるからで、何人かは入村して数時間後にゲートの外の、タクシーの厄介になる。

 ゲートは入る者を規制するためで、出て行く者は勝手にすればいい。中には富豪やセレブ、俳優や小説家など有名人がわんさといる。ファインランドで過ごすのはブランドなのだ。ここまで人々から注目されている私にとってここは楽園なんだという姿勢は、本物でなければ、あるいは繊細な神経の持ち主でなければ無理だというポーズなのだ。

 今や村の人口は4000人近くまで増えている。半分は工場関係者とその家族。半分はゲストハウスという名の宿泊施設関係者とその家族。そしてその一%を超えるゲスト達。ランツ家以外にゲストハウスは所有していないが、泊まるにはランツ氏が認めた人物からの紹介状がいる。どうしてもおつきの人など滞在を希望する者には、隠れて泊める人もいる。おおっぴらにできることではないが、大概はランツ氏も見て見ぬふりをしている。報道関係者でないことが条件だ。外部と繋がらなくても端末にはカメラ機能がある。入村時、端末を取り上げたりなどしないが、村でそんなものを持って歩いてなどいたら、どこからともなく現れた体格の良い男が「もしもし、そんなものは仕舞われた方がよろしいのでは」と声をかけてくる。隠し撮りらしい写真が一部流出しているが、それは隠し撮りした後、村を出てアップしたものでリアルタイムのものはない。村の風景や人が動いている程度で、大したものはない。有名人は周りをガードで囲まれ、隠し撮りされるようなことはない。そしてランツ氏の屋敷内では自由に振る舞い、彼の眼鏡にかなったもの以外、屋敷に入ることはできない。村の繁栄を確信してランツ氏はある日、旅立った。ミレニアムを祝い、世紀を越えてすぐのことだった。

 デジタルデトックスなどと言う言葉の出来るのはまだ数年先のことだが、最初の富豪のように、突然目覚める者もいる。功成り名を遂げた者だから本来高い創造性を持った人々だ。注目され仕事が増えて連絡等も増えた今、端末が手放せなくなって気が付いたらデジタルデータにどっぷりと嵌っていた。これでは中毒だ。いつ入るかわからない連絡を待って端末を前にして常時待機していた人々は、強制的に端末から引き離されて、いつしか常習化していた行動が異常であったことに気づく。彼らは以前の自分を取り戻す。しかし、そんな人々は一部であって、ほとんどは端末に生かされている人々だ。来るべき連絡を待っているのではない。僥倖とも言える連絡を待っているのだ。端末を握りしめて、自分の運命を変える連絡を待っている。そんな連絡が来るようなことをしたわけでもないのに。そして、ない連絡に疲れ果てて、ネットサーフィンをし、メールを何度も確認し、ゲームをする。ただ、端末が手放せないだけ。端末が持ち主の時間を動かしている。もし端末がなかったら、何をしていいかわからない退屈な時間が延々続く。持ち主の時間を消し去ってくれるもの。これがなかったら、人は死ぬまで永久に続く時間とただにらめっこをしているだけだ。ファインランドが必要なのは、本来の時間を取り戻したい一部の人々だけなのだ。

 ファインランドについて二つの憶測、あるいは伝説の類がネットに流布している。ひとつは、このファインランドのような、ネットの圏外を許さない大企業の思惑。ネットで成り立つビジネスをしている大手は、悪意からではない、敢えて言えば善意からファインランドの征服を企てている。人々はネットで繋がらねばならない。それが人類の幸福だ。誰もがすべてに繋がり全体はひとつになる。ある意味、宗教に近い理念を企業は持っている。彼らは何度もランツ氏に面会を求め、談判し、札束を山と積みあげた。だが、ランツ氏はこの手の文化も息子を破滅させたものと根は同じだと直感していた。だから、取り合わず、恫喝し、水をかけて追い返した。企業は周囲の人間を買収する。ファインランドのすぐ近くまで土地を買収する。海の上は? そのほか様々な方法でファインランドの切り崩しを画策している。

 もう一つは「イノセントマン」についてだ。ファインランドに住む人々はインターネットを利用していない。だから、彼らについてのデータはネットにない。彼らは現金を使い、欲しいものは隣村の万事屋に買い出しに出かけ、紙の手紙でやり取りする。もし彼らが誰かのため、何かのために動いたら。相手を知ろうといくらネットに検索をかけてもヒットしない。まるで現代の幽霊だ。いつしか、かれらを「イノセントマン」というようになった。そんな彼らを大国はエージェントとして迎えたいと動いているとかいないとか。

 しかし、日が差せば、日が陰る。あるいは日が沈む。ある日気が付いたら村へ向かう車の量は激減していた。ひとつはファインランドは商売になると気づいた各国、各地に、第二、第三のファインランドが出現したこと。もうひとつはテオが本当の「イノセントマン」なのかという疑惑だ。まず第二、第三のファインランドについて。ネットを遮断してデジタルデトックスを標榜する地域は世界中にたくさんできたが、本家ファインランドに対抗できる力を備えているのは、フリージアが第一と思われている。南洋の某小国で群島から成り立ち、目立った産業がなく、ほぼ観光のみの外貨獲得だったが、島の一つをフリージアと名付け完全ネットレス化した。周りを海で囲まれていること、マリンスポーツが中心で、浜辺等薄着、水着なので、端末を持っているとすぐ分かるなど、ネットレス化の徹底は簡単だったが、集客に手こずっていた。ブランドにならず、他のネットレス化地域と客を奪い合っていた。ファインランドはブランドだった。テオはファインランドの四季を詠った。一斉に花咲く春、心地よい風が吹く夏、思索の深まる秋と、思索と対峙せざるを得ない冬。冬にファインランドを訪れる者は極少数だったが、その哲学的、禅的雰囲気は世界のセレブを魅了した。端末を傍らに置いてマリンスポーツに興じるスノッブとは違うのだ。しかもここに来るには著名人の紹介状がいる。(裏で大金で売り買いされているという噂もあった。事実、一度ネットでファインランド、テオへの紹介状が出品されたことがあったが、紹介者はすぐそれは偽物だと言い、紹介状は取り下げられた。その時、ついていた値は高級車一台分だったという。)テオの詩やエセーは隠れたミリオンセラーとなっていたが、彼の書いたもの、ファインランドのブランドを支えているのが、「イノセントマン」だった。

 まだインターネットが普及するかどうか分からなかった時代、コンピュータで世界すべてと繋がる期待と不安の中、いち早く、そんなものはいらんと拒否したのがランツ氏だった。世界の各地で自由化が始まり、広がり、世界が一つになりそうな期待とネットの普及は波長を合わせていた。しかし、やがて世界は足並みを乱し、テロが広がり、格差が生じたのはご存じのはず。世界の叡智と繋がるはずのネットはエロと無駄話の屑箱と化した。メールのほとんどはスパムだ。そしてその下であらゆるものが売買された。薬も人も命も武器も国籍も戸籍も。数少ない一般人はさて置いて、ほとんどが実は闇サイト、ダークサイトを知っている。時々接続を試みては一歩手前で引き返す。踏み込んだらすべて終わる。現実世界で終わった者が次々とその領域にダイブする。そんな世界の浄化を深い考えもなく最初に画策したのがランツ氏だった。アメリカの大富豪は、人々に伝え、今のファインランドがあるのは、前に書いた。ネットは最初、まだ、データ化されていない人物としてファインランドの人々を「イノセントマン」と呼んだ。ちょっとしたジョークのつもりだった。役所に行けば、名前、生年月日、住所、性別くらいわかるだろう。それを政府はコンピュータ、ネットで管理しているはずだ。だから、旅行先からでも身元照会はできるはず。しかしその冗談が冗談でなくなってきた。精神的な安息を与えられた富豪に紹介されてやってきたセレブは自分たちも浄化されたとインタビューに答えた。著名人から紹介されたごく一部が入れる楽園なのだ。わざわざ「もう一つだったな」などと言う者がいるわけがない。「イノセントマン」はやがて、ファインランドの自然運動、環境運動、宗教、そんなムーブメントとなり、テオは教祖のような地位に押し上げられた。そして、今テオとその息子、ジェミーは「イノセントマン」ではないとネットが書きたてた。テオは母国の最高学府に籍を置き、経済学を学んでいた。学位も取得していた。学生時代、コンピュータに触れなかったなどと言うことがあるだろうか。そして彼の学内のデータは大学に残っている。ジェミーも同様だ。そんな意味ではテオもジェミーも確かに無垢というわけではない。だが、「イノセントマン」とはテオが飼っているハッカー集団のことだ、今世界最高レベルのそれを率いているのが、テオなのだから、彼は「イノセントマン」だと言う者がいる。ファインランドのネットレス化を守るためには史上最強のハッカー集団を持つ必要があるだろう。特に、ここまで有名になったファインランドならなおさらだ。今訪問者はすべてゲストハウスに宿泊している。以前使っていた屋敷は今、家族が寝起きしている。その地下にコンピュータルームがあるというのだ。スーパーコンピュータは秒単位でクラッカーから攻撃されている。ハッカーたちが日夜闘っている。本業の海産物の加工業、製法の特許等も当然コンピュータで管理され、それを攻撃する者がいる。一般人でも専用ソフトがあればアクセス可能な深層サイトでは、ファインランドのコンピュータのアドレスが公開され、攻撃するように書かれている。難攻不落のファインランドのコンピュータ。落とせば一躍名が挙がる。また国単位で攻撃もしてくる。ファインランドが取得した著名人のデータを盗み出したいのだ。スーパーコンピュータがあるなら、宿泊中に得た著名人のデータを蓄積したいと思うようになるのは仕方ない。ファインランドの強さとは各国有名人、政治家のプライバシーデータだと言うのだ。何度か、政治やその他の国際会議をファインランドで開こうという話があった。しかし、通信手段がない。これでは各国首脳が頷くわけはない。首相はこのファインランドに通信施設がないかと尋ねた。地下のコンピュータルームのことだ。もしあればファインランドで会議を開く。ファインランドは世界的な場所になる。しかし、テオは首を振った。

「無いものは無いのです。そして作る気もありません。これは父の遺志であり、今となっては、この地にいる我々すべての意志なのです。」

 もちろんこれは、ファインランドに関する都市伝説だ。だが、ではなぜ、これほど著名人が訪問し、金を落としているはずのファインランドがもっと潤わない? 人口もそれほどではない。他に使うこともないなら、もっと住人すべてが潤っていいはずだ。そんなことを言う者もいる。だから噂は真実だと言うわけだ。そして攻撃は裏だけではない。今回はテオ、ジェミー親子の誹謗となった。裏を返せば、それ以外に付け入るスキを与えなかった。これは完全な勝利だ。薬も女も男も金も出てこなかった。人が生きていれば一つや二つ何かあるだろう。それがなかった。そんなわけがない。彼らをガードしている者がいるのだろうか。今の時代、最も頼れるガードがハッカーなのかもしれない。

 ゲストハウスはいつも満室で結構な金額だが、どの部屋もスウィート仕様で、結果十室しかない。そのうえ、多くの施設、一流のシェフ、満足いくサービスのためのスタッフを揃えたため、儲けが出るわけではない。本来、友人をもてなすというコンセプトなのだから、当然だ。世界一流のセレブや富豪と繋がり、魚の加工商品の販路拡大が副産物として収入を確保していたが、今は、「イノセントマン」活動への寄付が多くを占めるようになっていた。

 テオは著書の中でこう語っている。ネットが出現する以前、人々は折に触れて自己と向き合わざるを得なかった。時間はどこにでもあった。そして間違った自己の向き合い方をする者も多くいた。彼らは、人生の意味を問うという間違いを犯した。神学と人生の意味をごっちゃにして、ああでもない、こうでもないと悩んでいる。実はこんな答えのない問は、有害でしかない。しかし、ネットとその端末の出現で、人はそのわずかの時間もネット等の時間潰しで自己と対峙しなくなった。これは有害ですらない。思考停止、生きながらにして脳死の状態だ。人は言葉で考える。言葉は目の前の事象に当て嵌めた記号だ。だから、人によって記号が変わる。普遍の意味など存在しないのだ。ならばどうやれば真実に到達できるのか。考えてはならない。ひたすら自分を無にせよ。無にして、すべてを削ぎ落し、それでも残るものが真実だ。ます手にしている端末を傍らに置き、自己と対峙せよ。自分にとって一番大切なものを見つけよ。

 デカルトの方法と近いものがある。新新実存主義だ。禅と近代哲学を融合させたと論じる者もいる。だから、ゲストハウスには明りを落としてお香を焚き、水を緩やかに流して音を響かせた瞑想室、リラクゼーションルーム。ラポールのみで分析しない最初期のカウンセリング等を用意した。一度その世界を理解すればいつでもどこでもフロー状態になれる。その状態で真に価値あるものをみつめ生活していこう。これが要旨だ。そしてその実践として、環境問題がある。テオの影響を受けた人々の環境問題活動は、世論を動かす力を持っていた。世界中でテオの思想に賛同共鳴してNPO法人が作られた。それは「イノセントマン」運動と言われ、環境運動のほか、教育の分野にも進出していた。そんなテオとその後継者ジェミーが「イノセントマン」でないなどという記事は確かな証拠のない言いがかりにせよ、衝撃的だった。テオにはジェミーのほかに、イワノフとアドルという息子がいた。息子たちはそれぞれその頃懇意にしていた世界の有力者によって名付けられた。ジェミーは父のテオ同様、首都に出て大学に進んだが、後の息子たちはファインランドの学校を出た後、家庭教師によって教育された。それはイワノフが村を、あるいは家を出ようとしなかったからだが、アドルもそれに倣った。家を出ないイワノフだったが、屋敷内に学校、教会、エクササイズルームがあり、問題はなかった。長じて後も、分野ごとに最高の家庭教師が集められ、知識のみならそのあたりの大学生を凌駕する知識能力を持った。またアドルは宗教に目覚め、屋敷内の教会の牧師から手ほどきを受けた。牧師は、一流の宗教施設、あるいは大学を推薦したが、村を、屋敷を出ようとせず、逆に高名な宗教者に来てもらって教えを受けることもあった。

 一方、「イノセントマン」運動についてこんな伝説もある。「イノセントマン」の真の継承者はイワノフだというのだ。なぜレオは帰郷しなかったのか。それは実は彼こそ目覚めた者でアメリカで布教を開始しようとしていたのだ。アメリカで真理を探究し酒と薬、暴力とセックスにのめりこみ自己を追い詰めて後啓示を受けた。ランツ氏は最初息子の言うことがわからなかった。強引に連れ帰り、近く接するうち、レオの叡智に触れ、最初の弟子になった。レオから教えを受け、秘儀や聖なる言葉を伝授された。しかし、アメリカ時代真理に到達しようと過剰の酒や薬、あまりの激しい生活に体は傷ついており、レオは旅立った。ひとり残され、地下で修業をするランツ氏に、レオをアメリカ時代支えていた富豪から連絡があった。やってきた富豪はランツ氏からレオの教えを受けてアメリカに戻った。これはレオの教え「イノセントマン」を布教するための教会作りのためだった。ランツ氏はレオの教えを体系的にまとめた。レオの弟テオに伝えるにはランツ氏自身まだ修行中で間に合わず富豪同様、表の教義だけを伝えて、真の教えはジェミーに伝えようとしたが、彼はその時、高等学校に進み、村を出ていた。やがて首都に出て大学で学ぶ彼はデジタル世界に汚染されていた。その頃まだ7歳だったイワノフをランツ氏は地下の聖なる部屋であるレオの住んだ部屋で、教育した。やがて5歳になったアドルもそれに加わったが、ほどなくしてランツ氏は亡くなった。イワノフとアドルはノートを元に二人で祖父から受けた教えを発展させ、真の「イノセントマン」となったというのだ。富豪はNPO法人としての「イノセントマン」協会を立ち上げた。しかし、富豪の授かった教えは初期のものでまだランツ氏自身十分に教えを咀嚼していなかったから、未完成なものだった。環境運動、教育運動など現実世界に直接参加していく運動で精神世界には重きを置いていなかった。真の「イノセントマン」運動はそんなものではない。レオは教祖、ランツ氏は2代目、正統3代目のイワノフから教えを受けたと自称するものが各地で「イノセントマン」を名乗って宗教結社を作った。大々的に看板を掲げ、呼び込むものから全く姿を見せないものまでさまざまだが、面白いのはイワノフから教えを受けたというものは、ファインランドに行った跡がなく、今年30歳になるイワノフはファインランドから出たことがないことだ。イワノフを正統後継者だという、宗教結社やカルトは超能力や悟り、目覚めなど言うが、共通した教えは、我々はもうネットなしで世界中の人々と繋がれるというものだった。神は時々力を啓示し我々を導かれるが、先の大戦で大いなる力をお見せになりながら、その誤った使用に怒られしばらく沈黙されていた。今神はネットを通して人の新しい可能性を示された。修行すれば、我々はお互い言葉を発さなくても繋がり、理解しあえる。我々人類はインターネットという器具でやっと精神的な繋がりを体得できた。これが第一世代。修行によって目の前の教えを同じくするものと繋がるのが第二。同じ教えを持つものは遠方でもやがて繋がれる、これが第三。各結社のリーダーは今はこのレベル。イワノフ様は目覚めた人なのでまだ教えに目覚めていない者にもファインランドの地から教えを伝えることができる。これが第四。リーダー達はこれで教えに目覚め、今我らを導いている。最後にイワノフ様は全世界の人々すべてにこの力を解放される。その時世界はひとつになり、永遠の平和が訪れる。こんなことらしい。そして各団体のリーダーはテレパシーのようなものを実演するのだが、当たり障りのないことを今、考えていただろと言われたり、自覚していないがそう考えていたのだと決めつけられたり、あるいは催眠術らしかったりするらしい。薬を使った意識誘導もあるとか。至る所でしょっちゅういざこざは起こっていた。本家争い、正統争い。

 暴力的なグループも現れた。真のイノセントマンの目覚めは現代の実力者からそのすべてを奪ってしまう。だから既存の政治家や金持ちは我々を妨害しようとする。それに対抗する力が必要だ。彼らは周囲のグループを襲撃し、強引に勧誘、吸収し勢力を伸ばしていた。同じ地域のNPO法人にまで手を伸ばし、今までは無視してきたファインランド本部も記者会見をせざるを得なくなった。いままで勝手に名を騙るグループが多数いたが、きりがないので無視してきた。我々「イノセントマン」運動は、神秘主義や宗教とは関係ない、純粋な環境保護団体、教育団体である。今後「イノセントマン」の名を使ったら、速やかに法的措置を取らせてもらう。「イノセントマン」の名は法的に登録してある。以上のようなメッセージに対し、「真のイノセントマン同盟」を名乗っていたグループは、「IM」と名を変え、行動はさらにエスカレートしていった。イノセントマン系のみならず、神秘系あるいは新新新宗教は片っ端から強引に傘下に組み入れ、やがて環境保護の名のもとに、開発系の会社、通信機器の会社に寄付をねだり、断れば脅す。爆発物を本社のみならず、関係する団体、施設に仕掛け、つまり関係者すべてを人質にするという手段に出た。団体の幹部はそれぞれ凶悪な犯罪歴を持つものばかりだったが、格差社会で虐げられた移民や失業者を吸収して一大勢力となっていた。次の選挙に出れば、ある程度の得票数は見込めるほどになっていた。各国政府はそれぞれの団体のリーダーを様々な理由で逮捕し、勾留した。もともと思想もなく、ただ社会に対する恨みから集まった群れだった各支部は、各国政府の毅然とした態度に腰砕けとなっていったが、「IM」本部は強かった。リーダーは単なる凶悪犯罪者ではない。資産家の御曹司だった。各国政治テロ組織に資金を流していると噂されてもいる。かれは「IM」で荒稼ぎした金もテロ組織に流しているといわれていた。各国政府は彼の居場所を探したが見つからない。結局南米の別荘に隠れていたのを急襲して射殺。ナンバー2は、自分の取り巻き数十人を巻き込んでの自殺、その他の幹部はそれぞれ逮捕や射殺で、一気に盛り上がった「IM」も一気に潰された。ただ、その前に、「IM」本部に入っていく不審な人物の写真が公表された。そしてその人物こそ、イワノフだというのだ。ファインランドを密かに脱出して各団体を廻っていたという噂があった。その証拠写真だというのだ。生まれてほとんど屋敷を出ない、最近は全くでないイワノフの容姿を知る者はいない。しかし、ランツ氏やテオに似ているようでもある写真は話題になった。

 警察からテオへ協力要請の連絡があった。ファインランドを調べさせてほしいとのこと。「ファインランド」の名を騙る狂信団体に手を焼いていたテオは「喜んで協力する」と返事をした。ほどなく警察車両がやってきて、聞き込みや、ゲストハウス、屋敷を見て回ったが、数日して音を上げた。外部との連絡手段がないので、いちいち本部にした隣村に戻り、上の判断を仰がねばならないのだ。隣村に本部があるのは、電話があるからだ。テオはゲストハウスに泊ればいいと言ってくれたが、これだけの人員を泊めてもらうわけにはいかない。食事の問題もある。テントを張って自給する手もあったが、隣村に連絡に行くのなら、ここを本部にする意味がない。通信機器を設置させてほしいとの申し入れがテオにあった。彼は丁重に断った。ファインランドの独自性を損ないますから。

 調査は遅々としてはかどらず、八方ふさがりで困っていた警察に救いの神が現れた。国税庁だ。デジタル化を推奨し指導していたが、ファインランドは頑として聞き入れず、毎年、トラック一杯分もの紙の書類を提出されて困っていた国税庁は、書類を一から見直し、ちょっとした申告漏れも加算して指摘し、悪意があると脱税容疑でテオを告訴した。テオはすぐに何年も遡っての修正申告に応じ、片っ端からかき集めて速やかに納税したが、はらわたは煮えくり返っていた。嫌がらせは目に見えていた。また、訪問客の減少も問題だった。同じようなネットレス地区の増加に加え、今回の事件でセレブ離れが加速した。この際、招待状制度を廃止しよう、いや最低限度の通信設備を用意しよう。ファインランドの一角にそんな特別ゾーンを作ればいいではないかと言い出す者が出てきた。最近頻繁に通っている元通信大手、今は検索大手会社に買収された企業は、村人を廻って何か工作しているようだった。

「ファインランド」の名を騙る狂信的宗教団体、テロ組織と、セレブ達の名ゆえに、力のある団体でもあるファインランドを、当初国は切り離しを狙って協力要請をしていた。しかし今は「ファインランド」の資金を吸い取ろうという思惑にテーマが変わった。ファインランドへの強制捜査は時間の問題だった。かねてから協力すると言っていたテオだったが、村への通信機器設置は許せなかった。電波は、村から出て1時間ほどのところまで来ている。隣村までは3時間かかるが、基地局はどんどん土地の購入がすすみ村の手前まで来ていた。村のネット化が合意されればすぐに工事できるよう、もうそこまで来ていたのだ。これでは「ファインランド」の崩壊は時間の問題だった。警察の強制捜査が入ると目されているその日、村は多数の人々で埋め尽くされていた。ファインランドへの不当な圧力を阻止しようとするNPO団体。この日、きっと顔を出すであろうイワノフを保護して、あるいは誘拐して自分たちの団体に囲い込み、勢力を伸ばそうとする宗教団体、あるいはテロ組織。各国からマスコミ。後日、ネットに情報のない、本来のイノセントマンをスカウトしようとする各国のエージェントも混じっていたと言われた。日頃入れないファインランドを一目見ようという野次馬も大挙してやってきた。狭い領域に人が詰め込まれ、周囲が壁で囲われた状態なら、息苦しさか、異様な興奮が漂って伝染して、何か起これば一触即発の事態になるのは目に見えていた。そして必ず起こるだろうことは既成の事実になっていた。

 押し合いへし合いの中央広場に警察車両が人波を二つに割って入ってくる。様々な機器を下ろし、組み立てる。そしてアンテナらしいものを建てようとしたとき、阻止しようとする一団が警察関係者に向かって殺到した。そうはさせじと前にラインとなって防御するやはり警察の団体。警察等の権力側に反感を持つグループは阻止グループに合流しようとする。暴力グループの介入が話をややこしくすることを理解している阻止グループは見た目は協力しようとするグループをも排除しようとする。すると関係ないグループが、「協力しようとしてるのに」といらぬお世話の介入をしようとする。思想などない。ただ、もめごとが起これば面白いと思っている人々、もめごとが起これば大きなニュースになると喜ぶマスコミが、騒動を焚きつけ、事態は収拾がつかなくなっていく。小競り合いが方々で散発的に起き、空気が熱を帯び、雰囲気が高まっていく。あと一つ何かあると爆発する。そんな雰囲気の中、皆があと一つの何かを待っていた。爆発のカウントダウンの秒針が目に見えるようだ。そんな一瞬の間隙、すべてが静止した。ふと冷静になって周りを見た時、下を向いている数人がいる。端末を見ている。電波が来ている。何を見る? ネットニュース。ファインランドについて。

 その動画は、静かだった。豪邸の一室。大きなテーブルの上には様々な種類の酒が乱雑にある。転がっているボトルもある。その中で、不明瞭につぶやきながら、飲んでいるのは小太りの男。後ろに正装の老給仕がいて、「イワノフ様、そろそろおやめになった方が」と言っている。イワノフと言われた写真とは似ても似つかぬ体型の男。しかし顔は似ている。ランツ氏やテオの血筋に連なる顔立ち。不明瞭なつぶやきは意味をなさない。しかし、単語は、部分部分の章句はランツ家の内容だ。これはイワノフだ。屋敷内の誰かがアップしたものだ。これがイワノフなのか、こんなイワノフを拉致する価値があるのか。まずイワノフを確認しよう。これからどうすればいいか、それが第一じゃないか。集団は屋敷に向かって歩き出した。その流れに皆が合流し、次第に流れの速さが加速する。前方で動きが止まる。目の前に屋敷の大きな扉がある。集団には村の者もいる。学校に、教会に、病院に向かうとき通った入口だが、今は樫の一枚板で作られた頑丈そうな扉が目の前を塞いでいる。コン、コン、コン。誰かがノックをした。コン、コン、コン。コン、コン、コン。控えめだが、かすかに音は大きくなっていっている。横の男が拳で扉を叩いた。ドン、ドン、ドン。ドン、ドン、ドン。その横の男は扉を蹴った。何度も力の限り蹴る。しかし屋敷内では何の反応もない。異様な沈黙。前が見えない団体の後ろは前を押す。後ろから押され、前には扉がある前方の団体はドアを叩き、蹴り、「開けろ」と叫ぶ。しかし、中は沈黙している。玄関以外の侵入口を探して団体は屋敷を取り巻き始める。やがて窓が割れ、ガラスが飛び散り、玄関の扉が壊れ、人が殺到し、なだれ込んで略奪と破壊が始まる。だが、テオ始め、一族の人々はどこに行ったのだろう? どこにもいない。イワノフは? イワノフが酒を飲んでいた食堂だ。この部屋がさっき動画で見た部屋だ。間違いない。だが誰もいない。先の動画はライブではないのか。やがて屋敷の方々から火が上がった。横のゲストハウスにも飛び火し、誰も消火活動をせず、火は屋敷を飲み込み、一晩燃え続け、すべてを焼き尽くした。後にあの動画をアップしたのはアドルだという流言があった。各支部を廻っていたのも彼。群衆が押し寄せ騒乱の最中に屋敷が沈黙していたのは、アドルの行動に気づいたテオが彼を問い詰め、口論の末に彼を殺したのだという内容だった。いや殺されたのがアドルで、家長は不埒な息子を成敗したという話もある。焼け跡を検証したが、特記するようなものは何もなかった。焼死体はなかった。地下室もなかった。焼けた屋敷の残骸を片付けるような者はなく、いつまでも自然にさらされたままだった。村に電話線が引かれ、テレビの視聴が出来、ネットも使えるようになったが、漁業以外の産業はなく、数年後には以前の寒村となった。人口も200人ほどになった。「イノセントマン」運動は下火になったが、NPO団体は細々とだがまだ活動を続けている。資金はファインランドでなく大富豪やセレブから出ていたので、すぐに行き詰まるわけではなかったが、やがて資金が底をついても集金できる当ては立たないので先は見込めない。

 ランツ氏の一族はあの日以降、行方不明になったが、ニューヨークのど真ん中でテオを見かけたという人がいる。それらしい人が大都会を歩いている動画があるという話もある。噂の域を出ないが。

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