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1. プロローグ

 目が大きくて、黒髪を2つ結びにした可愛い女の子の名前はユイ。門夜半蔵かどやはんぞうが『変化へんげの術』を使って、女装した姿である。半蔵は、女性に対する苦手意識を克服するために、ダンジョンにて『忍者』の『変化の術』を磨いた。その結果、可愛い女の子に変身できるようになったので、この姿で女の子とたくさん会話し、苦手意識を払しょくするはずだった。しかし……。


(どうしてこうなった)


 半蔵もといユイは、緊張した面持ちで前方のカメラを見据える。ユイは今、とあるチャンネルの動画撮影に協力していた。そして、カメラマンである黒髪おさげで丸眼鏡を掛けた少女、西崎東子にしざきとうこが興奮した様子でカメラを構えている。東子の後ろに控える他のメンバーには、女子だけではなく、男子もいて、目のやり場に困っているようだった。


「ユイちゃん! あんまりカメラを意識しないで! 自然な感じで行こう!」


「あ、うん。ごめん」


 ユイは慌てて目線をそらす。意識しないでと言われても、これから自分がやられることを考えたら、それは難しい話だった。とにかく恥ずかしい。


 隣を見ると、肩が触れるほどの距離に彼女がいた。金髪ツインテールで凛とした顔つきの少女。古奈田千代子こなたちよこである。彼女は頬を染め、居心地悪そうに座っていた。彼女もまた、この状況に戸惑っていて、目が合うと、照れくさそうに口を開いた。


「あんまりこっちを見ないでよ。緊張しちゃうじゃない」


「ご、ごめん。ただ、チョコちゃんはいいのかなと思って」


 チョコは千代子が動画に出演しているときの名前だ。


「ん。まぁ、ユイちゃんには助けてもらったからね。ユイちゃんこそ嫌じゃない?」


「え、いや、ユイは別に嫌じゃないよ」


「そっか。なら、良かった」


 安心したような笑みを浮かべる千代子の笑みにつられ、ユイも微笑む。しかし、笑っている場合ではなかった。彼女たちは、自分が本当は男であることを知らない。だから、バレたときのことも考えて、今のうちに撮影を止めるべきなのだが、初めてできた女友達の好意を無下にするわけにもいかないので、判断に迷ってしまう。


「それじゃあ、撮影行ってみよう!」


 東子の合図で、千代子が頷く。彼女は恥ずかしそうにしながらも、動画で良く見る明るい調子で、ユイに話しかけてきた。


「ユイちゃん! はい、これ。私のお気に入りのクレープ」


 始まってしまった。ユイは覚悟を決めて、役に入る。


「わぁ、ありがとう。すごい、おいしそうだね」


 千代子が差し出してきたクレープを、ユイは戸惑いながらも、やや大げさなリアクションで受け取る。


「ここのクレープは、『はじまりの街』でも、一番お勧めのスイーツなんだ。『はじまりの森』でとれる『迷宮キイチゴ』を使っているんだよ」


「へぇ、そうなんだ」


「さ、食べて」


 千代子に促され、ユイはクレープを食べる。味は……正直、よくわからない。それどころではないからだ。ユイはクレープを齧りながら、うまく口元にクリームを付けると、驚いた表情で千代子を見返す。


「本当だ! とっても、おいしいよ、これ!」


「でしょ! あ、ユイちゃん――」と言って、千代子はユイの口元に口づけし、クリームを舐めとった。千代子は顔を真っ赤にしながら、「へへっ」と笑う。「クリームついてたよ」


 一瞬の間があってから、ボンッと効果音が出そうなほど、ユイの顔が真っ赤になる。実際、体は熱く、頭の中は真っ白だった。覚悟はしていたが、千代子の口づけとその後の笑顔は想像以上の破壊力だった。


「……ユイちゃん?」


「ふえっ、あ、何?」


「ごめんね、急に。嫌だったよね?」


「ううん。そんなことないよ」とユイは勢いよく首を振る。むしろ、謝るべきは自分の方だ。男であることを隠して、こんなことをしているのだから。


「良かった~。それじゃあ、私も食べよっかな」


 千代子がクレープを食べる。


「やっぱり、おいしいわ。ここのクレープ」


 そう言って、満足に微笑む千代子の口元にはクリームがついていた。


 ユイは東子に目を向ける。東子から『行け!』の合図。ユイは千代子の口元についたクリームを見て、ごくりと生唾を飲む。


(どうしてこうなった)


 ユイ改め半蔵は考える。


 そもそものきっかけは去年の4月のことだった――。

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