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岩石の巨人くん

作者: 国戸青春

I. ビルディーング


 日曜日だから今日も寂れた商店街に来た。

「やってよ」

 俺が言うと、がんちゃんはにやあと顔を歪ませて、俺たちのほうを見る。

 俺たちもにやあと期待の顔で返すと、がんちゃんはその大きな岩石の手のひらを太陽のほうに大きく広げ、今回も言った。

「ビルディーング!」

 やがてゆっくりと、力強く、その大きな手のひらが空から建物に押し付けられた。

 カクカクした字でヨコヤマ化粧品と書かれた錆びた看板もろとも、コンクリート? 石? の粉やガラス片などと大きな音を巻き散らしながら、建物は崩れていった。

 ケタケタケタケタと俺たちは爆笑した。

「腹痛え」

 俺たちは笑っているのかしゃべっているのかわからない調子でそこから動けなかった。がんちゃんは満足そうに耳を赤らめて手に付いた粉を払った。右手の先が一番大きく、固く、ゴツゴツしていて、前にここが一番デカくて固いんだ、と自慢していたのを思い出した。

「またか! やめなさい!」

 今週は時間をずらしたのに、今回も近所のじじいが怒鳴り込んできた。

「危ないだろ! 怪我したらどうするんだ!」

 俺たちは答えず、全力で逃げた。ただでさえ笑って呼吸が苦しいのに、そのまま笑いながら、全力で走った。

「俺たちはこうやって古くなった商店街を綺麗にしてやってるだけなのにさ、なんで、大人は怒るんだろう。潰れても全然だれも掃除しないから商店街も寂れて汚くなってるのに」

「な」

「まあがんちゃんにしかできないけどね」

 がんちゃんは少し恥ずかしそうに、鼻と口をぴくぴくと動かしていた。

「来週は朝めっちゃ早く来よう。それならイケるしょ」

「むしろじじいは朝早いんじゃない?」

「でも夜とかは難しいしなあ」

「まあ怒られてもいいし朝にしようよ」

「そうだな」

 


II. がんちゃんの中


 がんちゃんの内部ってどうなってるのとはいつも聞いてたんだけど、がんちゃんにはいつもはぐらかされてた。でもがんちゃんが転校してきて一年くらいしてついにその日が来た。

「駿くんならいいよ」

 ちょっと恥ずかしそうだったけどがんちゃんは俺を内部へ案内してくれた。

 中は当然太陽の光なんて入らないんだけど、蛍みたいな光がそこら中に満ちていて、薄暗くても、見えないところはないという感じだった。蛍なんて見たことないけど。あとよくわからないけど、風が常に吹いていた。

 規則正しくレンガみたいに積まれた石は外から見るのと同じで、俺くらいの小学生が一人入れるくらいの大きさだった。

 進んで行くと、段々と風が強くなっていき、やがてドッヂボールくらいの光る玉が見えてきた。風はここから出ているみたいだった。

 近づいて指先で触ってみると、触っている感触はなぜかないのに、ほんのり暖かく、風がここから出ているはずなのに、風は感じなくて、よくわからなかった。

「その……だ……あ、そういえば、中にある光る玉は絶対、触らないでね」

 さっと俺は手を引っ込めた。

「うん、わかった」

 まあこれくらいなら大丈夫だよね。

 あとはなにもないかなと思って俺は戻って外へ出た。

「俺は本当はもうさ」とがんちゃんは言った。「いや、なんでもない」

「そう」

 急に悲しそうな顔をしたがんちゃんを見て、俺は深くは追及しなかった。



III. 空爆


 自衛隊? の人たちがたくさん来て、街の住民は全員街を強制的に追い出され、避難所に押し込まれた。怒ってた大人もいたけど、数時間だけだからと無理やり連れられて行った。

 避難所では、入り口の近くにいた自衛隊の人たちがタブレットで、来た住民の人数を確認していた。やがて、スーツで眼鏡の、どこかで見たおっさんが急いだ様子で現れ、タブレットを見ながら自衛隊の人と会話し、よし、と言って去っていった。

 避難所はどこかの学校の体育館だった。壇上にはテレビが置かれていた。テレビは大きかったけど、俺たちの街の住人全員が見るにはあまりにも小さかった。それでも俺たちは食いいるようにテレビを見ていた。丘の上で眠るがんちゃんがそこに映っていた。

 ヘリがバタバタと音を立てて周囲に何機も飛んでいた。いつもニュースで見るようなヘリじゃなくて、ゴツゴツしている。

 ヘリに乗ったアナウンサーはなにか早口で話しているが、俺は嫌な予感でなにも聞きとれない。

 と、画面に映るすべてのヘリから急な空爆がはじまった。

 自分が生唾をごくりと飲み込む音が聞こえた。

 やがてがんちゃんが砂煙に包まれて見えなくなる。爆撃が止む。突然大きな咆哮がテレビのスピーカーに音割れを起こす。画面も揺れる。

 砂煙から大きな岩石の手が突き出て来、一機のヘリを掴んだ。ヘリは薄いプラスチックでできていたみたいに軽く捻りつぶされ、堕ちていく。

 再び大きな咆哮が聞こえ、砂煙の中から勢いよくがんちゃんが頭から現れた。

 画面から目を離すことができなかった。がんちゃんはやや体が崩れ、所々空洞が見えていた。

 爆撃ががんちゃんに再び襲いかかる。がんちゃんの咆哮は響き続ける。

 画面一面が砂煙でなにも見えなくなる。がんちゃんの手が時折煙の中からヘリに伸びて来、ヘリを一機、一機と墜落させる。

 数分なのか、数十分なのか、数時間なのかわからない長い時間、休む間もなく爆撃は続けられた。がんちゃんの咆哮が段々と弱くなっていき、やがてなにも聞こえなくなった。

 急な強風が砂煙を吹き飛ばした。強風の中心にはがんちゃんの体の中にある、光る玉があった。強く、青白く輝いている。がんちゃんは体がほとんど崩れ、ぼろぼろの状態で動かなくなっていた。

 一機のヘリから光る玉を目掛けて爆弾が投下された。爆発の瞬間、悪心、悪寒を急に俺は感じ、意識をなくした。



IV. はじまりからはじまりまでのこと


 目を覚まして起き上がると、病室だった。

 壁にもたれかかってうとうと眠っていた母親が目を覚まし、涙を流して声をかけてきた。

 俺もはっと現状に気付いた。頭がずきずきと痛む。記憶が蘇ってくる。

 俺は母親と会話し、起きた出来事の全容を把握した。

 事のはじまり、がんちゃんは、いや岩石の巨人は、突然転校してきた。俺たち街の住民はその異常さになにも気付かず、ただ受け入れてしまった。

 岩石の巨人は、授業は一人だけ校庭から、開け放った教室の窓越しに聞いていたし、体育は一人だけ障害物フィールドの役割だったし、登下校はなにも踏みつけないよう細心の注意を払っていたし、いま思い返すとなにもまともなことなんかなかったのに、俺たちはみんなそれが当たり前のことだと、受け入れてしまっていた。

 それが、一ヵ月前くらいから急に、岩石の巨人に接触したことのある何名かが正気に戻り、その異様さに気付きはじめた。突然岩石の巨人について、警察や役所への苦情が入るようになり、それが広がって、自衛隊を出動して岩石の巨人を破壊することとなったらしい。なにがきっかけなのかはわかっていない。

 岩石の巨人の核というのか、体の中心の光る玉が砕けた瞬間、俺と同じように岩石の巨人と親しく接していた人たちは失神したらしい。親しければ親しい程、体への負荷が大きかった、とも。俺のように同級生に失神したものが多く、そして失神から目覚めたのは俺が一番最後だった。接したことのある人はほぼ例外なく、悪心や悪寒などを感じたらしい。原因はわかっていない。

 岩石の巨人とはなんだったんだろう。そして、なにをしたかったのだろう。突然転校してきて、みんなと仲良くなって、だれも傷つけないように配慮して、そして気付かれて破壊されてしまった。

 俺は岩石の巨人と一番親しかったと思うが、岩石の巨人と気付いた途端に強い嫌悪感を持った。ただ、本当に岩石の巨人が悪だったのかどうか、疑問は残った。もし悪だったのだとすれば、もっと悪いことはいつでもいくらでもできたのではないか。商店街の廃墟を壊すのは悪いことだったのかもしれないけど、だれも傷つかないものだし、攻撃されたときにヘリを攻撃するのは正当防衛だし。本当に破壊する必要はあったのだろうか。


 俺はそれから数日経って退院できた。すぐに学校に通うこともできた。

 復活初日一時間目から体育で、ドッヂボールだった。体も大丈夫だったし、なによりやりたかったので、とやかく言う教師と喧嘩して無理矢理参加した。

 俺は前は逃げるだけだったけど、いまは積極的にボールを取るし、一番受け止められやすい相手に向かってボールを全力で投げるようになっていた。行動を変えて、最初こそ最近調子に乗っていると非難されることもあったけど、俺の実力が上がるにつれて周りも認めてくれて、休み時間にやるドッヂボールのチーム決めじゃんけんでは、チームで三番目くらいに選ばれることも増えた。俺のこうした変化は岩石の巨人と仲良くなるにつれて起きたもので、引っ込み思案だったがんちゃんに勇気を出して自分から積極的に仲良くしてみたら本当に喜んでくれて、それで――。不意に泣きそうになった。

 そこではっと、ボールが自分に飛んできたのに気付いた。慌てて両手の先でボールを受け止めてしまった。ジッと鈍い衝撃を感じた。じーんと手全体が痺れた。でも、あれ、右手の指先だけなにも感じない。ぐーぱーぐーぱー、手を握ったり広げたりしてみる。特になにもない。大丈夫そうだ。

「どうした?」と不安そうに先生。

「なんでもない」と俺は叫んだ。

 俺は大きく振りかぶると、全力でボールを投げた。

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