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第二章(2)

 メルディーナが第一王子の婚約者に内定されるのを阻止する。

 あの悲劇を回避するための方法のひとつがそれだ。

 心の内を明かす友も、日記の類も、何ひとつ残さなかったメルディーナ。

 凪の海のような穏やかさだと思っていた。気心が知れた人々の中ではころころと表情を変える婚約者とは対照的に、あの子はいつも微笑みを浮かべていた。どうしてそれが、冬の凍った湖のような静けさだと思うだろうか。

 厚い氷の下で何を思い、悩み、あのような結末を迎えることを決意させてしまったのか。

 王家によって徹底された箝口令の中で、その答えを得ることはついぞ叶わなかった。

 

 ――だから、あの夜の大広間(サルーン)につながる道のひとつひとつを潰していく以外に、セオドアができることはなかった。


 ひとりであの場に立たせないように。ひとりであの決断をさせないように。そのためにメルディーナとの仲を改善することは最優先事項だ。だが、他にもまだやれることがある。

 そのひとつが、メルディーナとマクシミリアン第一王子との婚約を阻止することだった。


「セオドア。見ないうちにまた大きくなったな」

祖父上(おおじうえ)もお元気そうでなによりです」

 

 アトレー公爵家定宿のスイートルームの応接間で、セオドアはひさしぶりに祖父のマイルズと再会していた。

 

「朝からずっと車上で疲れたろう」

「祖父上こそ、領地からここまで、河船を使ったとは言えお疲れではないのですか?」

「なんの。まだまだ若いもんには負けられん。御前会議への招集もかかるしな」


 六十を超えてもかくしゃくとしたこの祖父は、今も自らの足で領地を周るだけでなく、アトレー公爵領とその周辺領からなる州の統監も務めている。統監に任命される前は宮廷に出仕し、国務大官として国政にも関与していた。

 息子であるレヴィン伯――セオドアの父親――と交代するように公爵領へと拠点を移したが、中央とのつながりは未だ健在。国内有数の穀倉地帯を領地に持つ大領主としてもその発言力は無視できない存在だった。

 

 ――第一王子殿下の婚約者としてメルディーナを強く押していたのはこの祖父だ。

 

 有力な対立候補を押さえてメルディーナが内定を得たのは、祖父の強力な後押しあればこそだとセオドアは理解していた。

 確かに、家門から王太子妃、後の国母が輩出されたとなれば、名誉なことこの上ない。そのため、王太子妃のご懐妊の報の後、国内は一気にベビーラッシュとなった。男であれば側近に、女であれば王子妃に。同年の生まれというのはそれだけで有利と言える。

 競争相手が多いということもあり、この年代は特に教育に熱を入れる傾向にあった。特に王太子妃が留学経験もある才女ということもあって、女子教育にも力が入っていると聞いている。

 そのような中で、母親のいない令嬢が婚約者となったということは、どれだけの努力を課せられたのだろうか。


学院(アカデミー)はどうだ? 最近はさらに門戸を広げたから、わしらの代とはだいぶ変わってしまったようだが」

「いい刺激を受けています。彼らは勤勉ですし、貴族(われわれ)にはない視点を持っています」

「風紀が乱れてないかと心配する声も聞くが、」

「過ぎた栄誉の上に休む、なんてことをしている愚か者はいませんよ。庶民の大半は奨学生ですし、自費生であっても受け継ぐ領地のない者はみな必死です。……わざわざ中等部(セカンダリ)から入学してくるような者たちは特に」


 長椅子に向かい合うように腰をかけると、すぐさまメイドが淹れたての紅茶を供してくる。


「そうか。昔と比べて、この国の上流階級(アッパークラス)にはジェントルマンも増えたからな」

「爵位の有無ではなくその者の能力でもって官職に就かせる。陛下の先見の明により、我が国はますます発展していると思います」

「……あの頃はどこも人手不足だったからな」


 王国における官職は派閥内で世襲されることが暗黙の了解になっていた。その時代の情勢や権力関係によって多少変動はあるものの、大きくは変わらない。領地からの税収のほか、官職に対して支払われる俸給もまた貴族にとっては重要な収入源となることから、その改革の難しさがわかる。

 なんとかそれが成功し得たのは、まさに人手不足だったからにほかならない。


「――ともかくだ」とマイルズが話題を変える。

「アカデミーの話を聞かせてくれ。人からも話を聞くが、ここはやはり、優秀な孫の目から見た姿を知りたいのでな」

「それはよいのですが、」

「どうした?」

「メルディーナの姿が見えないのですが。祖父上と一緒だと聞いていたのですが」


 応接間には自分たちのほかにはメイドの姿しかなかった。


「ああ。あの子はガートン夫人と大聖堂を見学しておる。司教殿が助祭殿に案内させてくれると言うのでな。そのような機会はなかなか得られんからな」

「夫人もいらっしゃってるんですか?」


 ガートン夫人は伯爵家の未亡人で、数年前からメルディーナの家庭教師(ガヴァネス)を務めている。元々は王都近郊で令嬢教育に携わっていたそうなのだが、マイルズがわざわざ公爵領に呼び寄せたと聞いている。夫人はメルディーナと共に公爵領本邸で過ごしていたため、セオドアはほとんど面識がなかった。確か、()()は大聖堂まで来なかったはずだ。


「お前さんが手紙で言っておっただろう。あの子に新しいドレスを仕立ててはどうかと。その話をしたら、夫人もそれに同席したいと申されてな。本人は一足先に王都に向かうつもりだったようだが、わしから同行を願いでたんだ。あの子はあまり公爵領を出たことがない。教会での振る舞いもついでに教えてもらうことにした」

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