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第一章(5)

「――あなたが私の婚約者でよかった」

 出会った頃のことを思い出してセオドアがしみじみと言えば、シルヴィアの頬が赤く染まる。

「そ、そそそそんな、わたくしのほうこそ、婚約した相手がセオドアでうれしいですわ」

「…………」

 そうか、とセオドアは思う。今の自分達は婚約してやっと一年経ったぐらいなのだ。

 頬に手をあてて盛んに瞬きをして平静を保とうとするこの婚約者はまだ十三歳。同級生の中でも優秀と言われてるとはいえ、まだまだ子供なのだ。


「……何を見てますの?」

「いや――」

 照れ隠しのための咎めるような口振りにセオドアの胸も高鳴る。そうだ。自分もまだ子供なのだ。

「柄にもないことを言った」

 ごまかすように紅茶を口にする。

「……わたくしは、うれしかったですわ」

 婚約して一年。本来なら去年のシーズンと同じように、先のシーズンも茶会などに揃って参加して仲を深める予定だったのだが、オルグレン家の事情でそれが叶わなかった。名前で呼び合う仲にはなったものの、お互いに――特に女性慣れしていないセオドアが――打ち解けるようになるのはもう少し先のこととなる。しかしながら、それは過去の話。今のセオドアにはシルヴィアと過ごしてきた記憶がある。


 そっとセオドアはシルヴィアを見る。

 仲良くなろうといつも努力してくれたのは彼女の方で、自分はそれに甘えるだけだったと今ならわかる。


 ――あなたったら、表情筋が死んでるんじゃないかと思うくらいだったんですのよ。いつもどうしたらあなたの表情を崩せるのか、半ば意地になっていた時期もありましたわ。


 それもいい思い出だと笑う彼女の姿が思い浮かぶ。だから、今度は自分の番なのだ。

「……シルヴィア」

「はい、なんでございますか?」

「どの口がと思うかもしれないが、……力を貸してもらえないだろうか」



 ――あなだたけのせいではございませんわ。わたくしも、少しも気づいてあげられなかった。


 あまりに硬く握っていたために、開いた手のひらには食い込んだ爪のせいで血が滲んでいた。そこに白いハンカチを当てながら、シルヴィアは泣いていた。



 そんな後悔は二度と彼女に味合わせたくはない。

「私はメルディーナと、我が妹と、その、仲良くなりたいのだ。だが、いかんせん、私はその、女心というものがまるでわからない。何をどうすればメルディーナが喜んでくれるのかがわからないんだ。むしろ逆に傷つけてしまうかもしれない。私が王都に出てきてから数えるほどしか会っていないし、その時もまともに話していない。最後に会ったのは一年前、母上の葬儀の時だった」


 喪服を着て、血の気がひいた青白い顔でただただ立ち尽くしていた姿。それに、毒を呷った姿が重なる。


 セオドア、と名を呼ばれて我にかえる。伸ばされた白い手が、硬く握りしめられた自分の拳を包んでいた。

「先ほども申し上げましたが、今より早いことはないのです。今までのことを悔いるのでしたら、今からでもメルディーナ様を兄として愛してあげましょう。わたくし、妹はおりませんが兄が二人もおりますから、妹の立場として兄にしてほしいことなら、少しはわかるかもしれません。……お手伝いさせてぐさいますか?」

「……ありがとう」




  喫茶室から出ると秋を含んだ風が吹いていた。茶会のあとはいつもセオドアがシルヴィアを女子寮までエスコートすることになっている。

 社交の場であれば軽く腕を組むところだが、ここは学院敷地内、エスコートといっても並んで歩く程度のことだ。それでも男女二人が並んで歩く姿は目立つ。昔と違い幼いうちに婚約関係を結ぶ家が少なくなったのも理由のひとつ。


 しかし、こうやって人前で仲睦まじい様子を見せるのも二人の役目であった。

 古き伝統を守る古参貴族と勢いのある新興貴族。水と油のような両者の間を取り持ち、内政の安定化を図るための婚約関係。もし相手がシルヴィアでなければ表を繕うだけの関係で終わっていただろう、とセオドアは思うのだった。

 数年先に待ち受ける()()でも、彼女の存在だけがセオドアの支えだった。


「次の週末を楽しみにしておりますわ」

 女子寮は男子禁制のため、見送りは玄関ポーチまでとなる。重い扉を代わりに開けたセオドアに微笑んで、シルヴィアは中に入っていった。


 音を立てないように扉を閉めて、セオドアは歩き出す。すると、どこからともなく侍従のヒューイが近づいてきた。顔を向けずにそれを確認して、

「今週末、シルヴィアと商業街に行くことになった」

「馬車を手配いたします」


 学院(アカデミー)は王都郊外に立地しており徒歩で街中に出るには四半刻は歩くことになる。学院と街中を結ぶ定期馬車が出てはいるものの、ちょうどいい時間帯の便はいつも混雑しているため、上流階級の令嬢令息は辻馬車を手配するのが常だった。もちろん料金がその分高いのでたいていは声を掛け合って相乗りで利用することが多い。もちろん、今回はセオドアの貸し切りだ。セオドアとシルヴィアにそれぞれの従者が揃えば、他の誰かと相乗りする余地はないし、する理由もない。


 寮の自室に戻ると、ヒューイがセオドア宛の手紙を渡してきた。差出人をざっと確認する。

「母上の一周忌に父上は参加されないそうだ」

 手紙のひとつは父親の近侍が差出人だった。といっても、内容は父親の代わりに諸々の事項やスケジュールを伝えるもので、読みやすいが小さい文字が便箋をびっしりと埋め尽くしていた。

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