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第一章(1)

 深夜、アトレー公爵令息セオドア・オルグレンは自分の悲鳴で飛び起きた。分厚いカーテンが閉じられた室内は暗く静かで、聞こえるのは肩で息をする自分の喘ぎ声ぐらいだ。

 視界の端に明かりが灯る。

「起こしてしまったな。すまない」


 ――いえ、と声とともに身じろぎする音がした。振り向けば、隣のベッドで寝ていたヒューイが身を起こし、こちらを気遣わしげに見ていた。サイドテーブルのランプが灯っている。


「また悪夢を見られてのですか?」


 水差しの水を入れたコップを差し出しながら尋ねてくる。セオドアは礼を言ってそれを受け取ると、一息で飲み干した。

 ひどく、喉が渇いているのだ。

 片手を首の裏に持っていくと、ひどく寝汗をかいていた。気の利く侍従は、すぐさま乾いたタオルを差し出してきた。


 セオドアはここ最近、悪夢を見て目を覚ますことが続いていた。元々眠りが浅い主を気遣い、侍従のヒューイはなにかと工夫をしてくれる。寝る前のティータイムに安眠効果のあるハーブティーを淹れてくれたり、リラックス効果のあるストレッチを調べてきたり。枕元の香り袋(サシェ)も、ヒューイが手ずから作ったものと聞いている。

 そんな甲斐甲斐しさも虚しく、今夜もまたセオドアは自分の悲鳴で目を覚ましたのだった。

 しかし、今夜はいつもとは違った。


「ヒューイ、」とタオルから顔を上げて、セオドアは指示を出す。

祖父上(おおじうえ)に知られないように本邸の様子を知ろうと思うと、誰に聞けばいいと思う?」

「用件にもよると思いますが。何をお知りになりたいのですか?」

「妹の、メルディーナの様子が知りたい」


 これまで一切の関心を示さなかった妹の名を告げた主人にヒューイは一瞬驚きで目を瞠るが、すぐにいつもの表情に戻る。


「それでは私の従姉妹が行儀見習いとして奉公に上がっています。私と彼女の間で手紙のやりとりがあったとしても、何かと理由はつけられますし。何より、口が堅いです」

 セオドアは、頼む、と答えた。


「学内郵便局が開くのは九時からです。もう少し横になったらいかがですか」


 あくびを噛み殺していたセオドアは、それに従うのを躊躇した。夢の続きを見るのが怖かったのだ。しかし、頭を振ってその不安を追い払う。これからのことを考えると、頭も身体もよく動ける状態にしておかなければならない。そのためには睡眠はとても重要だ。


「ヒューイ。お前も寝ておけ」と告げて、横になって目をつぶる。ベッドサイドの明かりが消えて、少しだけ身じろぎする音がした。


 まぶたの裏は暗闇に包まれている。そこに夢に見た光景を思い浮かべる。


 煌びやかなシャンデリア。装飾に使われた満開の花の芳香。人々の悲鳴とざわめき。そして、――大広間(サルーン)の中心でくずおれた華奢な身体。五歳下の妹の――メルディーナの死にゆく身体。

 この夢を見ていたのだ。とセオドアは思う。ずっとこの夢を見ていた。細部まで克明に思い出せるその夢は現実にあったことなのだという確信がセオドアの中にあった。


 ――そんなはずはないのに。


 来年の春に十四歳になるセオドアの妹は、まだ八歳。しかし、夢の中でセオドアはアカデミーの卒業生で公爵代理として舞踏会に参加していて、メルディーナは高等部一年生ではじめての五月の祝宴(メイ・バル)だった。

 これより先の未来のことで、だから現実ではないはずなのに、これから起こることなのだと何かが告げてくる。


 ――まずは今のメルディーナの置かれた状況を把握しよう。

 夢の中のセオドアが持っていた記憶が今のセオドアに流れ込んでくる。そこにメルディーナを探すが、その像は朧げではっきりとした輪郭を持たなかった。

 たったひとりきりの兄妹なのに。

 ひたひたと後悔と罪悪感が押し寄せてくる。多くの人々に囲まれながらもその中で孤立して、愛された実感を持たず、自ら命を絶たせてしまった。


 ――誰もわたくしを愛することはないと。わたくしを愛してくれる方はいないと。わたくし、わかっておりました――



 大広間(サルーン)に響いた彼女の悲鳴を聞きながら、セオドアは短い眠りについたのだった。

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