第四章(4)
メルディーナのワンピースドレスはエンパイアラインで、色をセオドアの礼服と合わせた紺色のものに決まった。コルセットが要らないもので、胸の下に切り替えがあるデザインのもの。
もっと格式が高いものを、とガートン夫人は言っていたが、
「王太子妃殿下が留学先から持ち帰られたと言うこともあって、この数年はこういったラインのものがご令嬢方に人気でございます」と店主に言われると、それ以上は何も言わなかった。王妃が貴婦人たちの模範となる人であるとしたら、令嬢たちにとってのそれは王子妃であると、セオドアでも知っていることだ。
ドレスに合わせるアクセサリーについても相談する。幼いメルディーナが華美な宝石を付けるのは相応しくない。そもそもお茶会は午後に開催されるのだから、令嬢でもシンプルで控えめなものを身につけるのがマナーとされている。
「共布のリボンもいいですが、お嬢様のお髪には明るめのものもお似合いになるかと思います。ハーフアップにする際に、レースのリボンを一緒に編み込んで、花を模した髪飾りをつけるのはいかがでしょうか」
色とりどりのリボンと、その色に合わせた髪飾りが並べられたトレイを前に、メルディーナは迷うようにデニスを見た。
「大丈夫でございますよ。デニスはヘアアレンジも得意ですから。お任せくださいませ」
その言葉に背中を押されるようにして、メルディーナはレースのリボンがついた花を模した髪飾りを手に取った。
それからドレスに合う靴も選び、仕上げまでのスケジュールを確認してから外に出ると、太陽はすでに天頂を過ぎていた。
昔と違い、商会を邸に呼ぶのではなく、自ら出向いて買い物をする令息令嬢が増えたこともあって、彼らをターゲットにしたカフェもここ数年増えてきた。その中のひとつにメルディーナをエスコートする。――ガートン夫人は年配者の多くと同様に外食に乗り気でないようで、ひとり帰っていった。
通されたのは二階の窓際のテーブルで、窓の向こうに王城が望める。
「好きなものを頼むといい」
メルディーナにそう言いながら、セオドアは給仕が差し出したメニューブックを開いた。この年齢でここに来るのは初めてだが、未来ではすでに何度も来ている。いつものようにコーヒーとサンドイッチに決めて顔を上げれば、メルディーナの顔がメニューブックに隠れて見えなくなっていた。
小柄なメルディーナは、そのままではテーブルに届かなかったため、クッションの上に座らせていた。店を選ぶ時、そこまで考えが至らなかったのだ。
「……ここは、季節の野菜のサンドイッチがおいしい」
「では、それにします」
「お飲み物はいかがいたしますか?」
「ミルクティーで」
提供されたのはサンドイッチは、メルディーナのだけ小さくカットされていた。
――こういうのが足りないのだな、とセオドアは我が身を省みた。
お互いに気の置けない間柄になるほど、シルヴィアはセオドアの誰も指摘できなかった点を指摘してくれるようになった。相手をよく見ることはできているのに、それを踏まえて、相手をどう気遣うといいのか、そこの経験が足りていない。特に自分よりも年齢が下の子どもを相手にすると顕著で、どう動いたらいいのかわからず、固まってしまっていることが多いと指摘されたときは、彼女の方こそよく相手を見ている、と思ったものだ。
子どもの相手が苦手なことは、セオドアも自覚していた。幼い頃より、周りには大人しかおらず、ある程度大きくなって父親に伴われて参加した家庭招待会などには、物心がつくかつかないかぐらいの子どもの姿はほとんどなかった。
幼い子の相手が上手い子もいるが、ほとんどが弟妹のいる子。男子であれば、慣れていない子の方が多いから、セオドアが特殊なわけではない。
子どもが嫌い、ということでもない。同じ空間にいても特に気にならないし、邪険にすることもない。ただ、近づいてきた子どもにどう対応すればよいのかわからないのだ。
「蛇に見込まれた蛙のように見えましたわ」
とシルヴィアに言われたのは、いつかの帰り道。馬車の座席に二人並んで座り帰宅の途に着いていた。シルヴィアの友人に子どもが生まれたので、その誕生を祝う会に出席した帰りだ。
庭にはティーテーブルが出され、大人たちは椅子に腰掛けていて、親たちに連れられて参加した子どもたちは庭を駆け回ったり、母親に抱かれた赤ん坊を興味津々で見つめたりしていた。
人数も少なく、気心の知れた者同士の気楽な雰囲気ではあったものの、セオドアはわずかに緊張していた。すぐ近くで、自分の膝丈に届くか届かないかぐらいの幼子が駆け回っている。それぞれの子守やホストが呼んだ道化師が世話をしているが、その距離はとても近いように感じた。
その時、足元にボールが転がってきた。反射的に拾って目線を上げれば、ボールを追いかけてきた幼子と目が合った。――ぴたり、とセオドアの動きは止まり、相対する幼子の足も止まる。その大きな瞳は丸くなり、少しずつ揺れはじめ、
――もし、シルヴィアが気づかなければ、泣かせてしまっていたに違いない。
「ふふ。無表情だから怖がられるのですわ。社交の場でするように、にっこりと笑って見せればいいんですのよ」
そして彼女は慰めるように、重ねていた手を軽く叩いたのだった。