第四章(3)
日曜日の朝、セオドアはメルディーナと共にブティックに来ていた。同行者にはヒューイとメルディーナ専属のデニスのほか、ガートン夫人とそのお付きもいる。
「今回は無理を言って申し訳ない」
迎えに出てきた店主は微笑み、
「とんでもございません。むしろ、光栄なことでございます。アトレー公爵家のご令嬢の最初の一着を任せていただけるのですから」
社交辞令なのか本心なのか、マダムは貴婦人にも劣らない笑みでセオドアたちを奥へと案内した。そこは広い個室で、ゆったりと大きなソファを勧められる。メルディーナとともに腰を下ろせば、サイドテーブルに紅茶が提供された。ガートン夫人は少し離れたひとり掛けに腰を下ろしている。
「あらためてご挨拶申し上げます。私は、こちらのブティックを任されております、シビーユ・メルシェと申します。このたびは私どものブティックをお選びくださいまして、誠にありがとうございます。お嬢様の初めての宮廷茶会が素晴らしいものとなるよう、精一杯務めさせていただきます」
「こちらこそ、今回は無理なスケジュールを呑んでくれて助かった」
マダムは微笑みで応えて、目配せでスタッフに合図を送る。すると店員たちがいくつもの布をテーブルに広げていく。メルディーナはそれに圧倒されることなくマダムの説明を受けている。
その姿に、セオドアは胸を撫で下ろした。
メルディーナを王都のブティックに連れてきたのはこれで二度目だ。前回は普段着と外出着、昼間の催し物に着ていけるドレスといった既製服をいくつかと、新年を祝うようなパーティーに着るための誂え物のドレス――残念ながら、今回には間に合わないし、デザインも合わない――を注文した。その時は付き添いのガートン夫人や兄の反応を伺うような様子が見られたが、今日はそれがない。アドバイスや意見は求めるものの、自分が選ばなくては、という意思が垣間見えた。
――シルヴィアの手紙のおかげだろうか。
昨日、メルディーナに来店の予約が取れたことを伝えた際、セオドアは一通の封書を彼女に渡した。差出人の名を見て、メルディーナは大きな瞳を瞬いた。流れるような優美な字で書かれていたのは、シルヴィア・アンカーソン、という名。
祖父から招待状のことを聞いた翌日、セオドアはジルバ侯爵家王都別邸にシルヴィアを訪ねた。セオドア自身が自由に動けるのは休日しかなく、小晦日の茶会まではもう一月もない。だから失礼を承知の上で、相談したいことがあるから本日会えないか、との先触れをその日の早朝に出したのだ。返事はすぐにきて、支度を済ませていたセオドアは急ぎ馬車に乗った。そして迎えてくれたシルヴィアは、アンカーソン家傘下の商会が関わるブティックのカードに裏書きしたものを渡してくれた。
セオドアが相談内容を言う前のことだ。
「メルディーナ様のドレスのことでしょう? 小晦日のお茶会のために仕立てられるところを探してるんだと思って」
「確かに、そのことを相談しようと思っていたが」
「そのご招待、どうやらわたくしの母が関わっているみたいなの」
侯爵邸の応接間で向かい合う。
「この時期、小晦日のお茶会にはじめて参加される令息令嬢のお人柄を貴婦人方が王妃陛下や王子妃殿下にお伝えする場が設けられるのだけど、そこで話題になってしまったそうで」
「メルディーナは招待される年頃ではないだろう?」
そもそも、話題になるはずがないのだが。
「もちろん。母は、その場ではメルディーナ様のことをお伝えにならなかったわ。でも、会の終わりに王孫殿下のご婚約者選びの話題になって。あなたとわたくしの婚約は王命だったからか、王妃陛下も王太子妃殿下も、あなたに王孫殿下と同い年の妹がいることをご存じで。それでどんな子なのか知っているかと、母に尋ねられたそうなの」
「それで、招待状が、」
「ごめんなさい。母もまさか、八歳になったばかりの令嬢を招待するとは思わなかったらしくて」
「謝らないでくれ。メルディーナの今後を思って、夫人は配慮してくれたのだろう」
社交経験もほとんどないメルディーナは、領地はもとより、ここ王都の社交界でもその人となりを知る人が少ない。本来であれば、母親や信頼のおける夫人が主催する家庭招待会などで、貴婦人方や年の違い子どもらと交流して交友関係を築いていくものなのだが。高位貴族の令嬢であるにも関わらずその機会に恵まれてこなかったことが後々不利になることは、想像に難くない。
「貴婦人方が好意的な態度を示してくださることは、あの子の将来を考えるととても心強い。私ではそれは難しいから」
「でも、だからって、まだ八歳で、経験だって少ないのに。――だから、わたくし、お茶会ではメルディーナ様とずっと一緒にいるわ。変な虫がつかないか、心配ですもの」
「いや、そこまで迷惑をかけるのは、」
「あら、迷惑だなんて思ってないわ。セオドアは殿方ですもの。ご令嬢にずっと付き添うなんてできないでしょう。わたくしはもう婚約者がいるから、令息たちと交流を深める必要もないし」「――しかし、」
「それに、王太子妃殿下からも内々に頼まれているの」
シルヴィアの言葉に、セオドアは本当に驚いた。
「あなたも知ってのとおり、王太子妃殿下は母の妹で、わたくしの叔母にあたるでしょう? だから、お母様経由でお願いされたの。たぶん、だけど。婚約者候補とか、そういうのではないんだと思う。……小晦日のお茶会に誰かと一緒に出られる機会をと、そう思ってくださったからだと思うの」