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第四章(1)

 学院(アカデミー)は週五日制をとっていて、週末は二日間の連休になっている。メルディーナが王都別邸(タウンハウス)住まいとなってから、セオドアは毎週末別邸に帰るようにしていた。連休一日目の早朝にアカデミーを立ち、昼食とお茶の時間(ティータイム)はメルディーナと過ごす。それ以外の時間は課題と自習に充てていた。中等部(セカンダリ)はまだ共通の必修科目は少ないものの、高等部(コンプリヘンシブ)で希望の専攻に進むために必要な科目がいくつかある。昨年度の成績優秀者であっても、手を抜くわけにはいかない。それに、優秀であれば家門での発言力が増す。メルディーナのためにやれることは全て、してあげたいと思っていた。

 週末が近づいた夕方、セオドアに一通の手紙が届いた。差出人は祖父のマイルズである。ペーパーナイフで封を開ければ、「金曜日夜に帰宅するように」と端的に書かれたカードが一枚だけ入っていた。

 心当たりがないセオドアは首を傾げながらも、ヒューイに馬車の手配を命じたのだった。

 そして、迎えた金曜日の夜。セオドアがヒューイと共に邸に帰れば、メルディーナがエントランスホールで出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ。お兄様」と、小さな頭を下げてくれる。

「ただいま。メルディーナ」

 

 毎週末、メルディーナは余程のことがなければセオドアを迎えに出てきてくれていた。最初の頃はお互いに慣れなくてどこかぎこちなかったものの、最近は気負わずに言葉を交わせるようになってきた。

「セオドア様、」と呼びかけてきたのは、メルディーナの後ろに控えていたデニスだった。

 

「お帰りになられましたら、メルディーナお嬢様と共に書斎(ライブラリ)に来るように、と大旦那様より言付かっております」

「わかった」

 

 呼び出されたことから何かあるとは思っていたが、全く心当たりがない。そもそも、前回の今頃、メルディーナは王都ではなく領地で過ごしていて、自分との接点がほとんどないような状況だった。

 荷物はなどヒューイに任せ、セオドアはメルディーナとともにデニスに先導されるようにして書斎に向かった。メルディーナもデニスも、なぜ呼ばれたのか知らないそうだ。

 書斎の扉の前まで来ると、デニスがそっと脇に避ける。セオドアは一歩踏み出し、その扉をノックした。すると、中に控えていた執事のフレデリックによって重厚な扉は開かれた。

 湿気の侵入と本の褪色を防ぐため、書斎には必要最低限しか窓がない。その上、他の部屋と違い、天井に明かりはなく、ローテーブルや背の低い本棚の上に置かれたいくつかのランプだけが光源となっている室内はいささか薄暗い。

「来たか」と声がして顔を向ければ、暖炉前に置かれた一人掛けソファに腰掛けたマイルズが、老眼鏡(リーディンググラス)を外すところだった。テンプルを折りたたみ、胸ポケットに入れながら言う。

「座りなさい」

 示された長椅子にメルディーナと並んで腰掛ける。ちょうどマイルズと向かいあう形になった。

 

「お前たち宛の招待状が届いた」

 

 すかさず、控えていたフレデリックが銀盆を二人の前に差し出した。そこには模様の美しい封筒が二通、並べて置かれていた。セオドアが自分宛の封筒を取るのを見て、メルディーナはおずおずと自分の名前が書かれた封筒を手にする。裏返すまでもなく、セオドアは送り主がわかっていた。この招待状を受け取るのは初めてではないからだ。セオドアはまた、メルディーナがこの招待状を送られるのはもっとずっと後だったことも覚えていた。

 

「小晦日に催される王妃主催の茶会(ティーパーティー)の招待状だ」

「――メルディーナはまだ十歳になっておりません」

 

 十二月三十日の午後に開かれるその茶会は、主に高位貴族の子女が招かれるもので、社交界入り(デビュタント)前の顔合わせの場でもあった。基本的には爵位が伯爵以上の家門の中から選ばれるが、功臣の家系や妃殿下の家門、その年に功績を挙げた家門も候補に加わる。しかし、その場合でも十歳以上であることが基準のひとつとなっていたはずだ。

 

「あまりないことだが、年齢が満たずとも招待を受けることはある。先日の茶会での振る舞いも問題なかったと、そう申しておっただろう」

 そう言うマイルズの顔は珍しく嬉しそうだった。孫娘を輿入れさせたい彼にとって、この招待は他家から一歩リードできたことを示すものだろう。

 

「そうではありますが、」

 先日の茶会、とは、ジルバ侯爵家でのことだ。これまで他所での社交の場に出たことがなかったメルディーナにとって、文字通り初めてのお茶会だった。そのことを知ったシルヴィアは、規模や招待客など、ずいぶん心を砕いてくれた。そのおかげもあって、メルディーナの初めてのお茶会は和やかだったと聞いている。

 ――だからといって、いきなり王家の茶会に出席させるだなんて。

 メルディーナが何らかの粗相をしてしまうとは思っていない。この子なら、身分と場に相応しい振る舞いができるだろう。そこは疑いようがない。しかし、あまりに経験が少なすぎる。

「――わたくし、出席したいです」

「――っ!」

セオドアが何か言うよりも前に、メルディーナが宣言した。

「よく言った! それでこそ我が孫だ!」と、笑うマイルズと対照的に、セオドアは表情を曇らせる。


「必要なものはフレデリックに頼みなさい。予算は気にせずとも良い。ジュエリーは我が家のものを使ってもいいし、新たに買い求めても良い。成人前の令息令嬢だけが招待する場ではあるが、お披露目の場としては申し分ないからな」


 前回のことを踏まえると、メルディーナは最年少の出席者となる。前回の王族の出席者は王妃と王太子妃、数名の女性王族で、いずれも成人していた。しかし、メルディーナが出席するとなると、王孫殿下――マクシミリアン王孫殿下も出席することになるかもしれない。二人は同年代であり、アトレー公爵家は王家に輿入れするには十分な家格といえる。前回はもっと後に顔合わせをしていたと記憶しているが、マイルズであればこの機会は逃したくないはずだ。出会いは早ければ早いほど良く、このタイミングは他家より一歩先を行くようなものだ。

 表情は変えず、内心ひどく焦るセオドアを小さな声が呼んだ。


「お兄様」

 こちらを見上げるメルディーナの顔に、不安の色が浮かんでいた。

「――大丈夫だ」と、セオドアは意識して穏やかな声を出した。

「お前の立ち居振る舞いなら、王家主催の茶会であっても問題ない。ただ、……私が心配性なだけなんだ」


 その言葉に、メルディーナはわかりやすく表情を和らげる。

 共に過ごした時間は短いものの、彼女の性格についていくつかわかったことがあった。周りをとてもよく見ていること、自分より身分の高い者――特に祖父、父、そして兄の発言をひどく気にすること、そして、自分がどう思うかではなくアトレー公爵家令嬢として正しいかどうかを行動理念にしていること。

 そのどれもがセオドアにも身に覚えがあることだった。

 もし自分の従者がヒューイではなかったら。

 もし自分の婚約者がシルヴィアではなかったら。

 何より、自分が嫡男でなかったら。

 令嬢であれば、ヒューイどころか専属のメイドすらいなかったかもしれないし、もちろんシルヴィアと婚約することもない。家門が近しいわけでも、親同士の仲が良いわけでもないから、シルヴィアとは知り合うことも難しかっただろう。女親は病気がちで、女性親族もほとんどいないか疎遠になっている。

 もしいたとしても、保守的な西部の貴婦人たちは、令嬢らしくあることを求めてきただろう。

 ――娘は親に従い、妻は夫に従い、(おうな)は子に従う。という規範を体現した令嬢を。

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