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第三章(2)

 お茶会を覗き見する、なんてことはもちろんできないので、セオドアはおとなしく侯爵家の図書室でレポート作成に取り掛かっていた。何かあれば侯爵家の使用人が知らせに来てくれることになっている。

 図書室には書架や閲覧用の長卓のほかにソファセットが置かれており、談話室としても利用されているのだろうか、ゆったりと過ごせるように工夫が凝らされているのがわかる。室内にはセオドアのほか、使用人が二人――メルディーナの専属メイドであるデニスと、侯爵家の従僕(フットマン)がいた。常日頃、影のように自分に付き従う侍従のヒューイは、用事を言い付けており、今日は別行動だった。

 侯爵家の従僕は紅茶を淹れると、すっ、と扉近くの壁際に下がったが、デニスはセオドアの背後に立ったままだった。親近者であるからか、同じような教育を受けてきたからか、その気配はヒューイによく似ていて気になることはなかった。


「セオドア様、発言をよろしいでしょうか」

「構わない」と発言を許せば、彼女はそっと近づいてきてセオドアにだけ聞こえるように言った。

「書見台のご本が逆さまでございます」


 慌てて見れば、確かに文字が逆さまになっていて、心ここに在らずなことが一目瞭然であった。セオドアは軽く咳払いをして、不自然にならないくらいの速さで本の上下を戻した。

 デニスの気配が一歩後ろに下がる。

 大丈夫だとわかっているのに、気になって仕方がない。

 メルディーナの所作は完璧で、初対面のメイベル嬢とも問題なく対応できていた。それに、本日のお茶会のホストはシルヴィアなのだから、メルディーナと令嬢たちとの間をしっかりと取り持ってくれるだろう。

 二人の実力(こと)を信頼していると言うのに、こんこんと心配が湧き出てきて、課題に手がつかなかった。

 どうしたものか、とセオドアが頭を抱えるのをこらえていると、

 ――こんこん、とノックの音が響いた。

 顔を上げれば、開け放たれた扉のところに、身なりの良い青年が立っていた。


「やあ、ひさしぶりだね。レヴィン卿」

「シアーズ卿、ご無沙汰しております」


 セオドアは慌てて立ち上がり、その後ろでデニスが深々と頭を下げた。

 突然現れたこの青年は、ジルバ侯爵令息のシアーズ子爵ジュリアン・アンカーソン。つまりはシルヴィアの実兄で、ゆくゆくはセオドアの義兄になる人だった。


「シルから、今日、君と妹君が来ると聞いていてね。会える機会も少ないし、せっかくだからと覗いてみたんだ。邪魔をしたかな?」

 ちらり、と長卓に広げられた本やノートを見やる。


「はい、問題ありません」

「よかった」


 断られるとは微塵も思っていない様子のまま、ジュリアンはソファセットのひとつに腰を下ろした。セオドアとそれに倣って向かい合わせに座る。そんな二人の前に、従僕は淹れたての紅茶をサーブした。


「最近の学院(アカデミー)はどんな感じかな。シルからはよく話を聞くけど、女子と男子ではやっぱり違うだろう。私が卒業してからずいぶん経つし」


 優雅にカップを傾けるジュリアンは、シルヴィアとはあまり似ていない。シルヴィアが陽の光の下で咲く花のような明るさを持っているのと比べると、ジュリアンは大きな枝をしなやかに垂れ下げた柳の木のような雰囲気をまとっていた。ひとまわりほど歳が離れているせいもあるが、一番影響しているのは母親が違うことだろう。彼は前妻の子で、後妻の子のシルヴィアとは異母兄妹という関係だと聞いている。父親譲りのエメラルドの瞳が二人が兄妹であることを示していた。

 彼に促されるようにして、セオドアは主に貴族令息が受講する剣技演習のことを話した。中等部(セカンダリ)では主に体力向上を目的とした基礎訓練が主で、剣にはほとんど触れない。そのため、家庭教育の一環で剣技師範の手解きを受けたことがある者からは不満の声が出ることもある。


「君はわりと早く新兵(ノーヴィス)バッジが外れたと聞いているよ。シルがうれしそうに話してくれた」

「それでも一年はかかりました」


 剣技演習は中等部二学年合同で実施され、一年生は一律に新兵ランクから演習をスタートする。体力と身体の使い方が一定ランクに達してはじめて、本当の意味での剣技演習が始まって、模擬剣を使えるようになったり、練習試合に参加させてもらえるようになる。


「剣技教官は軍の新兵教育係が派遣されてくることになってて、メニューもほとんど同じだそうたから。一年でバッジが外れたのはすごいと思うよ。私は高等部(コンプリヘンシヴ)進学直前、ぎりぎりに及第点がとれたから」


 あはは、と本人は明るく笑うが、反応に困る。


「まあ、我が家門が武勇優れた騎士を多く輩出していたのは昔の話だし、今は戦争のない平和な世。必要なのは武力ではなく戦端を開かせないことだ」

 次代のジルバ侯爵はただ穏やかに笑って見せる。

「我が国は北方と西方諸国に挟まれた緩衝地帯だというのは習っただろう? 経済的発展のために文化交流は促しつつも、衝突を避けて火種が生まれないようにする。そのためには日頃からの情報収集と、利害関係者間との交渉、調整が大事になってくる」

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