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第三章(1)

「はじめてご挨拶申し上げます。レヴィン伯爵が娘、メルディーナ・オルグレンと申します」

「ご丁寧にどうもありがとうございます。わたしはリーグ伯爵が孫娘、メイベル・クリーヴァントと申します。これからどうぞ仲良くしてくださいませ」

 少女二人が向かい合い、お辞儀(カーテシー)をしていた。侯爵家王都別邸の応接間(ドローイングルーム)では、本番前の最後の予行練習が行われていた。

 八歳ながら年上の初対面の令嬢に対して優雅に挨拶をしてみせるメルディーナの姿が、セオドアの目には眩しく映った。


「――素晴らしいですわ!」と実の兄が口を開く前に、シルヴィアが賛辞を送った。

「はじめてお会いしたときも思いましたが、ほんっとうにメルディーナ様のお辞儀(カーテシー)はとても美しいですわ!」

「あ、ありがとうございます。シルヴィア様」

 前に出たシルヴィアはメルディーナの両手を取ってさらに言葉を続ける。

「わたくしがメルディーナ様と同じくらいのころは、そんな優雅に挨拶などできませんでしたわ。挨拶の口上もしっかり言えてましたし。ねえ、そう思いますでしょう、メル」

「うん。お辞儀のときも上体が揺らがなかったし。しっかり体幹が鍛えられてるね!」


 メルディーナの練習相手を買って出てくれたメイベルが、にっこりと笑って令嬢らしからぬ単語を口にする。


「体幹、ていうのはね、胴体の部分のことだよ。ここがしっかりしてると身体の軸がブレにくくなってね、良い姿勢を保てたり、全身をスムーズに動かせるようになるんだ」


 メイベルは流れるようにメルディーナに一瞬浮かんだ疑問を解きほぐしていく。


「挨拶の時もそうだけど、長丁場になる式典やダンスの時とか、人に見られる時に大事になってくるものだよ」

「――! 失礼いたしました。不躾な視線を送ってしまって」

「いいのいいの。令嬢が身体を鍛えるとか、ふつうはないから。王国中を探しても我が家門ぐらいだよ」


 その反応には慣れてます、とでもいうようにメイベルが笑う。彼女の言うとおり、貴族令嬢の体力は男性のそれよりも少ないのが当然で、舞踏会で約束した相手全員と踊り切れるだけの体力がある方が珍しい。


「――いえ。リーグ伯爵家のお役目を思えば、全く不思議ではございません」

 いつものようにこの話題を終わりにしようとしていたメイベルが、メルディーナの言葉に目を丸くする。

「王家の盾であるリーグ伯爵家では、女性王族の護衛も担っていると伺っております。他国の王族を迎えるような重要な外交の場にあって、護衛(そう)だと気づかれぬほどの礼儀作法を心得ており、有事には護衛対象に怪我ひとつ負わせない。お会いしてみたいと思っておりました……。すみません! 藪から棒に」

「謝らないで! そういうふうに言ってくれるなんて、すごくうれしいよ。わたしはおばあさまや叔母さまたちと比べて、まだまだ未熟者だけど」

「いえ。令嬢の立ち居振る舞い、無駄がなくてす素敵だと思います」

「そうよ、メル。いつも言っているでしょう。あなたの動きは素敵だって」

「二人とも、ありがとう」


 ふだんから淑女らしい微笑みばかり浮かべているメルディーナのその頬が、この場の雰囲気に染まるようにして少しばかり赤くなっている。その変化がセオドアには嬉しかった。見られることを意識して装われたものではなく、柔らかい心の内側から思わずこぼれ落ちるようなものを抑えつけずにもっと見せてほしいと願わずにはいられない。

 目を細めていると、メルディーナと目が合った。

「上手だったよ」と、セオドアが兄として応えると、メルディーナが花が綻ぶようにして笑った。

 やっと最近、そんな表情を見せてもらえるようになった。

 大聖堂での再会からやっとひと月が経とうとしている。メルディーナの王都滞在は、思いのほかスムーズに認められ、セオドアは少し拍子抜けしたものだ。婚約者内定を得るまで領地に留まり続けたという前回の記憶があるからと身構えすぎていたようだ。

 見識を深めるには、国内においては王都が最も適した環境だと言える。家庭教師(ガヴァネス)のガートン夫人の後押しも効いた。

 実のところ、夫人は反対するかもしれないと思っていた。西部において宮廷儀礼を教えられる経歴を持つ者は少ない。だから、祖父はわざわざ中央から夫人を招へいしたのだろう。

 しかし、メルディーナが王都に滞在することになれば、西部まで来てもらう必要がなくなるので、家庭教師(ガヴァネス)の候補は増えることになる。それはつまり、夫人にとっては自分の立場が脅かされることにつながるため、反対されるのではと思っていた。その予想に反し、夫人は王都滞在を歓迎した。西部がいくら栄えていても、貴婦人にとって社交界の中心はやはり王都なのだろう。

 ――そして、今日、メルディーナははじめてのお茶会に参加する。

 ガートン夫人の教えによって礼儀作法は完璧なメルディーナだったが、残念ながら西部では実践の機会に恵まれなかった。たいていは母親などに連れられて、その友人が主催するごくごく身内だけの小規模な催しものに参加して経験を積む。しかし、母は長く病床におり、招待状が届いても参加することが叶わなかった。ガートン夫人宛の招待に同行することもむずかしい。夫人は前伯爵夫人であり、公爵の令孫であるメルディーナとは階級が違いすぎて招いた方も困るだろう。

 練習として、公爵家王都別邸で二度ほどお茶会をしたが、出席者はセオドアとシルヴィア、そしてメルディーナの三人だけ。礼儀作法の授業とほとんど変わらない。だから、今日のお茶会が、メルディーナにとっては実質はじめての会となるのだ。


「メルディーナ様、大丈夫ですわ。本日お招きしたのはわたくしのよく知る方ばかりで、人数も少なくしましたから。リラックスして参加してくださいませ」

「はい。お心遣い痛み入ります」


 少しずつ経験を、と今回のお茶会を提案してくれたのはシルヴィアだった。本人以上に心配するセオドアに、シルヴィアは事前に招待客のリストまで見せてくれた。人数は両手で数えられる程度で、その顔ぶれはセオドアもよく知る令嬢たちで、メルディーナと近い年齢の妹とと参加してくれる令嬢までいた。

 それを見て、シルヴィアがメルディーナのために心を砕いてくれたのがよくわかった。

 彼女たちであれば初対面のメルディーナにも親切にしてくれるだろうし、メルディーナ自身もそつなく対応できそうではある。

 が、それでもセオドアの心配を完全になくすにはいたらなかった。

 如才なく振る舞えることと、その場を楽しめることとは全くの別物なのだ。

 社交界入り(デビュタント)でもないというのにあまりにも心配するセオドアに、シルヴィアは呆れながらもよく付き合ってくれた。

 侯爵家の蔵書にあるレポート課題に必要な資料を見せてもらう、という理由を作って、お茶会の間別室で待機できるように取り計らってくれたのだ。

 レポート課題は実際に課されていて、提出期限の関係で侯爵家を訪れるタイミングは今日しかない。レポート作成に必要な筆記用具類も持ち込んでいる。侯爵家に必要な資料があることも嘘ではない。

 ただし、その資料は公爵家王都別邸にも、学院(アカデミー)の図書館にも収蔵されているのだが、誰もそれを口にする者はいなかった。

長らくお待たせしてしまいました。

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