女装悪魔さん、降臨
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チュンチュン……チュンチュン……
小鳥の囀る声が聞こえ、俺はゆっくり目を覚ました。目を開くと、鼻先に止まっていた蝶が青空へと飛び立っていく。ひらひらと舞い落ちる緑の葉っぱに涼し気な水の音。どうやら俺は森の中にある川のほとりで眠っていたようだ。
「…何だ、どういう状況だこれ…」
困惑しながらもゆっくり体を起こす。確かに俺は自分の部屋のベッドで眠ったはず。それがどうしてこんな自然の中で目を覚ます事態になるのか。
「! この格好は…」
仰向けの状態から上体を起こしたことで今の自分の服装が目に入った。それは見慣れた俺の部屋着とは明らかに違う。ノースリーブの黒いタートルネックにデニムのような生地のホットパンツ、太ももまである白いニーソが絶対領域をつくり出し、足は茶色のローシューズを履いている。そしてその服装の上から裾がふくらはぎまで届く白衣を着ていた。
何も知らなければ、男がこのような服装であることに戸惑いを覚えただろう。だけどこの服装に見覚えがあった俺の意識は別の所に向いていた。
「まさか……」
四つん這いで川へ向かい、恐る恐るその水面を覗き込んでみる。川の流れが緩やかで、水面が平面に近かったので覗き込んだ俺の顔をしっかり映してくれた。
「おいおい、マジか…」
肩を少し越えたくらいの金髪。よく言えばウェーブがかかっていて悪く言えばボサボサだ。エメラルド色の瞳を内包した目はちょっと鋭いつり目気味でそれでいてジト目、さらに目の下に隈がある。右の頬に一本、切り裂かれたような傷跡があり、両耳の少し上辺りの側頭部からはくるくると巻かれた羊のようなツノが二本生えている。腰の方を振り返って見てみると、尻の辺りに先端が矢印のように尖った細くて黒い尻尾があってピコピコと動いていた。
確定した。俺は、”レイラ”になってしまっている。
レイラ。
それは俺がプレイしていた人気ゲームシリーズ、『セクト・ストーリー』に登場するキャラクターだ。
ゲームとしては結構王道なファンタジー世界を舞台にしたRPGゲームであり、国一番の剣の使い手の主人公が、魔族を統率して世界中の支配を目論む魔王を討伐するために旅をするという物語だ。分かりやすくで誰でも取っつきやすい世界観ながら、深いストーリー性と魅力あふれるキャラクター達が反響を呼び、何作もの続編や外伝が発売される程人気を集めていた。
レイラは第一作目の物語の中盤くらいに登場したキャラクターだ。人間と敵対する魔族に属していながら人間に紛れて生活する悪魔族で、プレイヤーの選択次第で仲間にすることもできる。
このレイラ、セクト・ストーリーの人気キャラの一人で、俺も好きなキャラではあるのだが、少々設定が盛り込みすぎなことで有名だ。
まず幸薄系の見た目と服装で一見美人な女性のように見えるが、性別は男。女装男子属性持ちであることだ。男姉ちゃんとも言う。本人も完全に趣味で女装を楽しんでおり、主人公に何故そんな服装なのかと聞かれた際、「可愛いから」とか「似合っているだろ?」と返すシーンはレイラの代名詞となっている。
そして次に、レイラには魔王軍の幹部だったという過去がある。魔王の側近である四天王程高い地位だったわけではないが、戦場で傷ついた兵士を治療する医療部隊を率いる重要な立場の幹部だった。だが、心優しいレイラはある日戦闘に巻き込まれて負傷した人間の女の子を救い、それが原因で魔王軍を追放されることになった。仲間意識が強い魔族は子供とはいえ敵対する種族の者を助けたレイラを許すことができなかったのだ。そうして今度は人間と一緒に生きていこうとするのだが、人間にとって恐ろしい存在の悪魔族であるレイラは当然人間側から受け入れてもらえない。双方から爪弾きにされてしまったレイラはそれ以来森の中でひっそりと暮らしている。
そして第一作目では彼限定でギャルゲーのようなレイラ攻略パートがある。レイラと会話を交わし、要所要所で選択肢を選んで彼の好感度を上げていくこのシステムは、二作目以降のシリーズで様々なキャラクターへ実装されたものの、第一作目ではレイラ専用のものだった。さっきちらりと言った”プレイヤーの選択次第で仲間にすることもできる”とはこのギャルゲーシステムのことである。レイラの好感度を一定以上稼ぐことができれば晴れて主人公の仲間になり、失敗すると仲間にならないばかりか魔族側について敵になることもある。多くの人に迫害された過去がありながらもレイラの根っこの部分には誰かの役に立ちたいという思いがあり、最もレイラと親しい人物のいる勢力に彼はつくのだ。
この彼の人柄や仲間になった際に主人公に対して見せる甘いデレシーン、その後の冒険での的確なアドバイス、痒い所に手が届く優秀なキャラ性能がレイラが人気を集める要因になっているがそれは置いておいて。
このようにレイラのキャラデザインには他キャラと比べものにならない程力が入っている。その力の入りようから「セクト・ストーリーの監督は女装男子が性癖なのではないか」という噂がネット上を飛び交った程だ。
そしてその公式お気に入りキャラに、俺はなってしまっている。
__いや何で?
確かにセクト・ストーリーは好きだ。外伝はやってないけど、本編は新作が出る度に買って一通りプレイしたし、ファンの一人ではある。
でもさ、こういう”ゲームのキャラになって見知らぬ場所で目が覚める”ってシチュエーション、異世界転生っていうのかな。これを経験するのってそのゲームを隅々までやりつくす程のガチファンであることが定石なわけじゃん。俺みたいなにわかから少し抜け出した程度のファンが経験するとは思わないじゃん。
ひょっとして夢か?
そう思ってほっぺたを抓ってみると確かに感じる痛み、それに足元に感じる川原の石の感触や肌に感じる風が、これが夢ではないことを教えてくれる。頭に生えるツノも、ピコピコと動く尻尾も自分の一部であるという感覚があった。
間違いない。これは現実だ。あまりの事態に認めたくはないが、今の俺の状況を表すとこういうことになるだろう。
ゲームのキャラの女装悪魔に転生して異世界に来てしまった。