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6.夜会にて

グレーム王国の社交シーズンは王家主催の夜会で始まり、終わる。

そして今夜はシーズン開始を告げる夜会。

わたしのエスコート役はいつもお兄様ふたりのうちどちらかだった。騎士の二人は王家の夜会では常に警備を勤めているが、入場のときだけ同僚に代わりを頼んでエスコートしてくれていた。

しかし今回は、

「ソフィア嬢、今宵も変わらずお美しいですね」

銀髪をゆるく結わえた貴公子がうやうやしくわたしの手を取り、唇を寄せた。

「殿下こそとても素敵ですわ」

社交辞令のお世辞の言い合い。実に無意味だ。

今夜から正式な婚約者として王弟殿下のエスコートを受けることになった。

会場に入ると誰もがこちらを見てささやき合っている。守銭奴のヴァンナムが新たな金づるを得た、そんなところだろうか。

殿下はそれに気付いているのかいないのか。眉一つ動かさず上座に進み、一段高いところに落ち着いた。

これからはここが自分の立ち位置となるのか。

こんな風にひとを見下ろすなんてどうにも居心地が悪い。


「皆に喜ばしい知らせがある。我が弟、ウィルオーレンとヴァンナム伯爵令嬢との婚約が整った。二人の祝いも兼ねて今宵は大いに楽しんでほしい」

陛下のお言葉を頂き、わたしたちはホールへと進み出た。主役がダンスを披露し、それを皮切りにパーティは開幕となる。

殿下のステップに合わせて踊る。驚いたのはあちこちからあからさまな嫉妬のこもった視線を投げつけられたことだ。

存外、王弟殿下(不良債権)は人気があるようだ。てっきり高位貴族がこぞって断った縁談だと思っていた。お父様がもぎ取ったご縁ならば大事にするべきだろうか。

「考え事ですか?」

殿下が小声で聞いてきた。

「殿下は人気がありますのね」

ごまかそうかとも思ったが正直に言った。隠すようなことでもない。

「どうしてそう思うの?」

「ご令嬢方の視線が痛いわ。どうやらわたしは幸運な女のようです」

殿下はついっと周囲に視線を走らせ、すぐにわたしに向き直った。

「それはわたしも同じですね。令息たちは呆けたように貴女を見ています」

「そうでしょうか」

「わたしも彼らと同じだ。貴女に恋する哀れな男です」

「ふふふ。ご冗談がお上手ですこと」

やがて曲は終焉し、わたしたちは大きな拍手に迎えられてホールを後にした。

するとすぐにどこぞの令息からダンスを申し込まれた。ちらりと殿下を見ると彼も令嬢に囲まれている。

「喜んで」

差し出された手を取って再びホールへ戻った。すでに大勢がダンスを始めている。

こうしてグレーム王国の社交シーズンは今年も幕を開けた。


最初の10人までは憶えていたがそれ以上は数えるのを止めた。踊っても踊ってもキリがない。

先ほどの婚約発表でわたしは王家の一員として確約した。

既存の王家につながりのない者が狙うのは新参者であるヴァンナム家が手頃。見ればお父様もお母様も人に囲まれている。お兄様たちも出席していたら同じことになっていただろう。

わたしたちはこれをうまくさばいていかなければならない。それも王家に属するために必要な器量の一つだ。

ひとまず今日は全員と分け隔てなく接するように、とお父様から言い含められていた。

その結果が二桁を超えたダンスの申し込み。お兄様(騎士)に鍛えてもらったから他の令嬢より体力に自信はあるが、それでもさすがに疲れた。


「ソフィ」

その声が天の助けのように思えた。

「アリィ兄様」

騎士姿のお兄様がいち早く私の手を取り、ダンスを申し込もうとする令息たちをけん制した。

もちろんお兄様に群がる令嬢を追い払う意味もある。騎士の制服を着ているお兄様はいつもよりさらに素敵。

「アリィ兄様が来てくれて助かったわ。申し込みが途切れなくて困っていたの」

「父上に言われていたんだ。程よいところで連れ出してやれって」

「それで仕事中なのに来てくれたのね。制服姿のお兄様が見られて嬉しいわ」

「制服だと意味があるの?」

「もう、鈍感ね!アリィ兄様もエディ兄様も普段から素敵だけど、制服を着ていると5割増よ?」

「なるほど。ご令嬢方の目が違ったわけだ」

会場を出て控室に続く回廊をアリィ兄様にエスコートしてもらいながら、兄弟らしく気安い会話をした。


ダンスでほてった体には夜風が心地よい。ここからは月明かりに照らされた庭園がよく見えた。

その庭園をどこかの令嬢が淑女らしからぬ勢いで駆けていき、その先には王弟殿下がいた。

なるほど彼女が噂の恋人なのね。

隣にいるアリィ兄様を見ると彼は肩をすくめた。

「行こう、ソフィ」

アリィ兄様に促され、殿下と令嬢が談笑しているのを横目に控室へと入った。

「あー、ソフィ、こんなときになんなんだけど」

アリィ兄様にしては珍しく歯切れの悪い言い方だ。

「なぁに?」

ことさらに美しい笑顔で返事をするとアリィ兄様はたじろぎながらも続けた。

「殿下はお前の手のひらにキスをしただろう?」

そうね、そうだったわね。婚約者が出席しているパーティに恋人を呼びつける愚か者にキスされたわね。

「それがなにか?」

微笑は崩さずにわざと冷たい声色を出すとアリィ兄様は何かを言いかけ、結局止めた。

本日の投稿はこれで終わりです、ありがとうございました。

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