Prologue
新作です。
一度目を通して見て、気になった方、面白いと思った方はブックマーク、評価お願いします。
「おい! もっとバフ掛けろゴミッ!」
「っ……はい!」
薄暗く、岩肌が剥き出しのダンジョンの中層のボス部屋で、俺たち【炎の業剣】はモンスターに苦戦を強いられていた。
俺たちと対峙する、大型の白色の毛並みが特徴的な、真っ赤な目を血走らせた猿のモンスターは、素早い動きと高い知能で俺たちの陣形を撹乱し、パーティの泣きどころを突こうとしてくる。
「ぐぅっ!」
今も近接攻撃の手段がない魔法使いのルリや、聖女と呼ばれているヒーラーのセーラを執拗に狙い、それをタンクのガイアスはもちろん、剣士のユージも防衛にまわって凌いでいる状況である。
誰かまではわからない苦悶の声が響き、パーティの体力はジリジリと削られていく。
俺のバフも、無理に出力を上げたせいで長持しそうにない状況だ。
「ちっ、埒があかねえ……」
猿のモンスターを大きく弾き返したところで、ユージが俺に近寄り命令する。
「おい奴隷。お前が死んでもいいから限界までバフを掛けろ」
すると、俺の首に付けられた首輪が発光する。
命令に反応したのだ。
「ちょ、待ってっ。魔力を酷使したらほんとに―――ぐぅ!?」
身体の中から無理矢理魔力を引き出され、パーティ全員の能力が向上する。
それを機に猿との形勢は一気にひっくり返り、相手を押し込んでいく。
一方で俺は身体から力が抜け落ち、身体中に走る激痛と悪寒、頭痛に襲われていた。
「あがッ……あ"ぁぁぁぁッ!?」
いっそのこと気絶した方が楽な苦痛だが、俺は戦闘中に意識を失うことができない。何故なら奴らにそう命令されているからだ。
理由は、以前にも似たようなことがあったとき、ダンジョンの外へ運ぶのも、わざわざ起こすのも面倒だから、らしい。
明らかにそれ以外の意図もあるように思うが。
戦闘が長引き、俺はない魔力を他のところから強引に生み出し、供給する。
耐えられない苦痛に、全身から汗が噴き出し、口や鼻、目から体液を垂れ流す。
そして死を意識し始めたときにようやくバフが解除されたのだった。
「うわ、きったな。気持ち悪いわね。それにこの程度のバフでなにへばってんの?」
身体がいうことを聞かず、ダンジョンに突っ伏している俺を、オレンジがかった赤色の髪を帽子に押し込んでいる魔法使いルリは蔑む。
それはユージや他のパーティメンバーも同様で、労いの言葉さえなく、俺を置いてダンジョンの出口へ向かっていく。
悔しいことに俺には戦闘能力がないため、俺は死ぬ気で彼らについていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「結構なお金になりましたね」
「ああ、これを分配しようか」
セーラとユージが冒険者ギルドのカウンターで、今日の戦利品を換金し終え、パーティのいる個室に戻ってきた。
「これを四人で分配して……奴隷、お前の取り分はこんだけな」
そう言って渡されたのは、他のみんなの取り分からすれば雀の涙ほどだった。
これはいつものことだし、これからもそうなのだろうが、今回俺は死にかけたのだ。
「あの、もう少しもらえませんか? あんなの倒してこれだけなんて……これじゃ自分を買うどころか生活できません」
「そうか……」
正直、俺は生意気だとか難癖を付けられて殴られるかと思ったのだが、リーダーであるユージは少し考えるそぶりを見せた。
「なら、今回のダンジョンアタックでお前がやったことを教えてやる。その金額分か……それ以下のバフだけだ」
「そうだぞ。お前を守る手間を考えたら金を払って欲しいくらいだ」
ユージがニヤニヤと笑いながら俺にそれを告げると、ガイアスもそれに参戦し、周りの連中も頷いている。
こいつらは、自分を買う金を貯めさせる気も、それどころか俺をまともに生活させる気もないのだ。
この国には奴隷に関する法律もあり、権利も認められているのだが、それが破られることは珍しくなく、黙認される場合も多い。
こいつらは俺を買ったのをいいことに、俺を都合のいいおもちゃだと思ってやがるのだ。
先の見えない未来や現在の絶望感に発狂しそうになるが、俺は将来、奴隷から解放されて、大金持ちになるという夢を支えに耐える。なにより、バラバラに売られた家族のことを希望に。
「てことで、今日は飲もうや! 乾杯!」
話は終わったとばかりに彼らは乾杯の音頭をとり、酒を飲み始める。もちろん俺はそこに参加できるわけもなく、小銭を握りしめてギルドを後にするのだった。
ギルドからほぼタダで借りている馬小屋に帰る最中、俺はギルドに忘れ物をしたことに気づく。
「……あ、荷物入れ忘れた……。取りに帰るか」
もし忘れたのがバレたら、それを理由にどんなことをされるか分からない。
俺は軋む体に鞭を打って、なるべく急いでギルドに戻った。
「失礼し……」
ユージたちのいる個室の前に来ると、なにやら俺の話で盛り上がっているようで、思わず言葉を止める。
「俺らはほんと、運がいいよ。多少なりともバフをかけれるやつを、奴隷として安く買えたんだからな!」
「安くはないでしょ! 五十万ドラもしたのよ! 一般人なら三ヶ月分の給料よ!」
散々な言われようだが、裏で好き放題言われていることは知っていたため、俺の感情はあまり動かなかった。
だが、この後の発言は俺を動転させるのには充分な威力を持っていた。
「しかし、あいつも馬鹿だよなぁ! ひもじい生活を更に切り詰めてちょぴっとずつ金を返済してるのに、その金は全部俺らの飲み代に消えてるなんて!」
「うふふっ、なんて可哀想なんでしょう」
なんだと……? 俺がどれだけ我慢して、死ぬ思いで頑張って稼いだ金が、返済に回されていない?
一瞬、奴らの言葉が理解できなかったが、その意味を理解した瞬間に俺の頭からなにかが切れた。
個室の引き戸を思い切り開け、奴らの注目を集める。
「どういうことだ! 俺が払った金は―――」
「黙れ」
叫んだ声は、ユージの命令によって閉じられる。
しかし、我慢ならない俺はテーブルを蹴り飛ばし、並んでいた料理は全てひっくり返る。
「チッ、動くな!」
だが、ついに行動まで制限されてしまい、俺は何もできなくなってしまう。
「フーッ! フーッ!」
「……聞かれてたらしいな。どうする?」
俺が射殺すような目でユージを見る中、彼らは冷静に相談を始める。
「うーん。まあ、命令する個数にも限度はあるし、こうやって言動を縛ってたら不便じゃない?」
とルリ。
「そうですね。このことをバラされると困りますし……」
「始末するか」
パーティの誰もが、俺を殺すことに賛成らしい。
「森は捨てたら魔物が殺すだろ。よし奴隷、森に行こうか」
「最期になるんだし、お前が散らかした飯、食っていいぜ?」
「むぐぅ!?」
そう言ってガイアスは床に落ちて汚れた肉を俺の口にねじ込む。
「美味いか? あっはっは!」
「良かったですね。最期に美味しいものが食べれて……では、いきましょう―――」
「何してるんですか?」
涙を流す俺を散々揶揄って、遂に全員が席を立ったとき、個室の扉の前に別の冒険者たちが現れたのだった。