初対面の時に拒まれていたはずの美少女にいつの間にかお気に入りにされていた件
転校――それは経験する人の方が圧倒的に少ない、当事者にとっては期待と不安が入り混じるであろうビッグイベント。
そんなビッグイベントなのだが、俺にとっては今回で中学二年の頃以来二回目となる。
前回も今回も父親の転勤が理由だ。
しかも、今回に関しては海外転勤。
だから一緒にアメリカに行くか聞かれたのだが、流石に海外の高校に転校はしたくないから断った。
そしたら、近くに身内がいないこの街で一人暮らしさせるのは心配だから、元の街に戻れと言われてしまった。
元の街――つまり俺の生まれ故郷には家があって、そこなら近くに母方の祖父母も住んでて父親も安心だそうだ。
俺としては前の学校のまま一人暮らししても特に問題なかったのだが、既に母さんを失っている父さんとしては、何かの間違いで俺を失うわけにはいかないのだろう。
そういうわけで、父親の気持ちを汲んで二度目の転校を決意した俺は今、明日より始まる新しい学校生活に備えて必要な物を揃えるべく買い出しに向かっている。
しばらく歩いていると、とある公園に差し掛かった。
陽も沈み始めているからか、公園内には既に子供の姿は見当たらず、いるのは俺と同じ高校生くらいの女の子が一人だけ。
肩の先まで伸びた僅かにウェーブがかかった銀色の髪をしたその女の子は、怪我でもしていて足が悪いのか、身体を杖で支えており、その傍らには車椅子が置かれている。
「何ですか? そんなにジロジロ見て。不愉快です、消えてください」
「え……その、ごめんなさい……」
言葉通りの怒りが感じられる鋭い目を向けられた事で、冷たい汗が背筋を伝った。
無意識のうちにガン見していたのは事実だし、彼女がそれで嫌な思いをしたのも表情及び発言から間違いない。
だから謝る他に何もなかった。
彼女が言うように、俺は一刻も早くこの場から消えるべきだろう。
そう思って、気持ち少し早歩きで元々の目的地に向かった。
◇◇◇
買い出しを終えて帰宅途中、街中の交差点に差し掛かろうかという時に突如として次から次へとクラクションが鳴り始めた。
見れば、信号は青に変わっているのに車は一向に動かない。
何かあったのか?
そう思って横断歩道を見ると、先程公園にいた女の子が車椅子の前方に倒れていた。
「――お、おいっ! 大丈夫か?!」
大急ぎで彼女の元に走っていく。
まさか車にはねられたのかと一瞬思ったが、車椅子は無傷だし、彼女にも目立った外傷は無さそうで少しだけ安心した。
にしても……この状況でクラクションを鳴らすとか、大人のくせに器が小さいな。
まぁ、軽い渋滞になっているから先頭の車ではなく後続の車が鳴らしているのかもしれないけど、それでも先頭の車に乗る人は原因は分かっているのだから、率先して助けてあげるべきでは? と思う。
「……あなたは、さっきの不愉快――」
「――今はそんなの関係ないから。早くここを退かないと……さぁ、掴まって」
と、手を差し出してみる。
「誰かの助けなんて必要ありません。私は自力で立てますし歩けます」
だが、予想外にも俺の手は拒否されてしまった。
そう言う彼女は立ち上がって歩き始めたものの、小幅な二歩程度でその場に崩れてしまう。
既に歩行者用の信号がもう一度青になっているが、このままでは再び赤に変わってしまいそうだ。
そうなってしまってはまたクラクションを鳴らされかねない。
ても、彼女は俺の手を拒んでいる。
さて、どうするか……。
正直、この子はどこの誰とも知らないただの他人だから、拒まれているのならこの場を立ち去る方が良いのかもしれない。
俺としても助けようとしてこれ以上怒りを買うのは御免だ。
そう思って彼女に背を向け、横断歩道を戻っていくと、歩行者用の信号が赤に変わった。
すると再び、クラクションが鳴り始めた。
鳴らしているのは先頭の車ではなく、後方に続く何台かの車だったようだ。
――やっぱり放っておけねぇ!
俺には過去、今の彼女と似たような経験がある。
入院生活が暇すぎて、慣れない車椅子で病院から脱走した小学四年の夏休み――。
脱走したまでは良かったものの、そこまでだった。
病院を出た所で車椅子を動かす腕の力が無くなり、病院に戻る術も失っていた。
そんな状況に困り果てていた俺だったのだが、偶々通りかかった同い年くらいの少女が声をかけてくれ、一緒にいた少女の母親らしき人が車椅子を押して俺を病院に戻してくれたのだ。
幼心ながら、本当に嬉しかったのを今でも覚えている。
そして今のこの状況、彼女が俺に助けられるのを拒んでいるのはともかく、困っているのは間違いないのだ。
そう思ってもう一度彼女の元に駆け寄っていく。
「……何度言えば分かるんですか? あなたの手は借りないと――」
「――あぁ、分かってる。じゃあこれならどうだ?」
車椅子に装備されていた杖を彼女の元に持っていく。
「……まぁ、これくらいなら今は仕方なく妥協してあげます」
そう言って彼女は杖を受け取り、それを支えに車椅子まで戻った。
気付けばいつの間にか歩行者用の信号がまた青に変わっていた。
「んじゃ、また赤にならないうちに早く行くぞ」
「――ちょっ?! 何を勝手な……あなたの手は借りないと言ったはずですよ?」
「って言われても、信号点滅してるし時間ないから渡り切るとこまでは俺が押してやる」
「ですから、私は自力で――もう……バカ」
バカと言われてしまったが、彼女の意思を不意にしている形なのだからそれも受け入れよう。
「随分と操作に手慣れているんですね」
横断歩道を渡り切ると、彼女がそんな事を言ってきた。
「小学生の頃にちょっと乗ってた時期があったからな。その時に父さんや看護師さんの操作を見てたのと、それから中学の職業体験で学んだ」
「乗ってたって、どうしてです?」
「それは、両足骨折したからだけど……」
本当だったら確実に死んでいたであろう、幼き日に遭った事故。
ただの両足骨折で済んだのは他の誰でもない母親のおかげ。
当時の事を思い出す度に胸を押しつぶされそうな感覚に襲われる。
「えっと……都合が良くない事を聞いてしまったみたいですね。ごめんなさい」
「あ、いや、そんな事無いけど……」
とはいえ、これ以上この話を続けると気まずい空気になるのは必至だから、この辺りで何か別の話題に――。
「――あ、あの、私が助けを拒んでるっていうのに、それでも助けてくれちゃったのはあなたが初めてです」
そんな事を考えていると、彼女の方から話題を変えてくれた。
「へぇ、そうだったんだ。学校とかじゃ誰も助けてくれないのか?」
「拒絶し続けてきましたから、今じゃもう教師ぐらいしか声をかけてきませんね」
「お、おう……悪いな、余計な事聞いちまって」
つまりはボッチ。
そう考えると聞いちゃいけない事を聞いてしまった気がした。
「いえ、別に良いですよ。それよりあなた、高校生ですか?」
「あぁ、うん。明日から新櫻学園に転校する新二年生だ」
「じゃあ、私と同い年ですね」
「何となく高校生くらいかなとは思ってたけど、やっぱそうだったんだな。で、どこの高校に通ってるんだ?」
せっかくこうして会話をしているわけだし、どうせだったら同じ新櫻学園だったら良いなと思っている。
「それは教えませんよ、私の個人情報なので。というかあなた、いつまで押してくれちゃうおつもりですか? もうとっくに横断歩道は渡り切ったのですが……」
「教えてくれないのかよ……というかホント、いつまで押せば良いんだ? 俺は」
「はぁ?」
当初は横断歩道を渡り切るまでとは言ったものの、自然に会話が始まっていたから無意識に車椅子を押し続けてしまっていた。
どこに向かうというわけでもないのに……。
「まぁ、偶然進行方向が私の家の方だったので良いのですが……そこを曲がってすぐの所に私の家があるので、ここまでで大丈夫です」
「だったら、どうせだし家まで押すよ」
俺がそう言うと、彼女は体を捻ってこちらに振り返り、俺をジトッと睨んできた。
「……私の家が知りたいのですか? 何が目的? お礼にヤらせろとか? 絶対そうですよね? ごめんなさい、流石にまだ嫌です。でも、私に断られたからといって他の女の子に手を出そうとか、そんな卑猥な考えはやめてくださいね」
と、彼女は疑問を呈して、何も答えてないのに勝手にそうだと判断されてしまった。
「……何でエロい方に話が進んでんの?」
「違いました? こういう展開では男性はそういった下心を持って接触してくるとネットで見たのですが」
彼女はキョトンとした顔でそう答えた。
確かにこの子、普通に可愛い顔をしているし透き通った白い肌をお持ちであられるから、下心を持つ男が沢山いそうだけど……。
俺は別に下心を持って接触したわけではない。
本当に、偶然あの現場に出会してしまったから手助けしようと思っただけだ。
というか、あの展開でそんなやましい気持ちで手助けする人なんていないと信じたい。
「ネット情報が全てじゃねえよ……まぁ、当たってるパターンも多いかもだけど……これは俺が勝手にした事だし、別にお礼なんて求めちゃいないよ。それに、キミだって俺の力を借りてるのは不服なんだろ? だからお礼とかそんなの考えなくて良いから」
「……別に不服ってわけじゃないし。バカ……」
彼女は身体の向きを正面に戻して、ポツリと何かを呟いた。
「……分かりました。そこまで言うなら、ちゃんと家まで送ってください」
これまた予想外な事に、今回は彼女の方から許可を出してきた。
さっきまでは拒否され続けてたのにどうして今回は違うのか疑問に思ったが、許可が出たならちゃんと最後まで車椅子を押してあげようと思う。
「んじゃ、動かすぞ」
そのように声をかけてから車椅子を押す。
「そこが私の家です」
「え、早っ! マジで曲がってすぐじゃねぇか」
曲がり角を曲がって大体十メートルくらいの場所。
「あなた一体何を聞いてたんですか? 最初からそう言ってあったではないですか」
まぁ、そう言われてはいたけど、それでも短くとも四、五十メートルくらいの距離はあると思うじゃん?
「では、今日はどうもありがとうございました」
彼女は自分で車椅子を動かし、俺の正面を向いてそう言ってきた。
「お、おう……じゃ、またな」
拒否されていたわけだから、お礼を言われた事に少し動揺してしまう。
「はい、またなです。では、お気をつけて」
そう言ってペコリと頭を下げてくる彼女を見てから、来た道を戻っていく。
……ん? またな?
無意識にそう言ってしまったが、彼女も『またなです』と応えてくれた。
つまりはいつかまた彼女の家に行ったら出てきてくれるという事なのだろうか?
それとも、同じ街に住んでいるわけで、いつかまた出会してもおかしくはないからそう応えてくれたのだろうか?
どちらにせよ、今思う事はただ一つ――。
名前くらい聞いておけば良かったな……。
そんな事を思いつつ、帰路についた。
◇◇◇
新しい学校生活一日目の朝、始業式中に職員室で新櫻学園での今後について諸々の説明を受け終えた俺は今、担任教師とともに今日から自分のクラスとなる二年三組の教室に向かっている。
やはり緊張はするものだが、二回目ともあり前回ほど大きな緊張でもない。
それに、同じクラスには中学時代の同級生だって少しはいるはずだから、そう考えると少しだけ安心している。
職員室のある本校舎の二階から二年生の教室がある三階へと上がり、ついに二年三組の教室の前までやってきた。
「じゃあ、先生が先に入るから墨林くんはちょっとここで待っててね」
「はい、分かりました」
言われた通りに教室の外で待つ事数分、教室内がざわつき始めたと思ったら勢い良く扉が開いた。
「さぁ、入って」
担任にそう促され、ゆっくりと教室内に入っていき、教団の前に立って室内を見渡すと――。
「――なっ?!」
これは本当に驚いた。
『またなです』って、そういう意味だったのかよ。
と、昨日の女の子の言葉を思い出す。
だって、中央列の一番後ろの席に彼女が座っているから。
「墨林くん、どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
「そう、なら早速自己紹介をお願いね」
「えっと、本日新櫻学園に転校してきました、墨林夏向です。よろしくお願いします」
俺がそう挨拶すると、教室内に拍手が沸き起こった。
多分掴みは上手くいったと思う。
新年度ともあってこのクラスの人達だってお互いに交流が無い人も多いはずだ。
だとしたら既にクラス内にいくつかのグループができているとは考えにくいし、みんなとほとんど同じ条件でこのクラスでの生活をスタートできそうだ。
何より、昨日のあの子もいるしな――。
「じゃあ、墨林くんの席はそこだから早く座って」
と、担任が指差す席は中央列の一番前の席……。
超真面目な生徒以外は誰もがハズレ席だと思うであろう、授業中に絶対内職できない席且つ絶対寝れない席。
空いていたから多分ここなんだろうなとは思っていたが、結局ここだと分かるとちょっとショックだ……。
恐らく、新年度最初の登校日だから出席番号順になっているのだと思う。
とりあえず、早く席替えが行われる事を切に願う……。
ひとまず席に座って担任の話をボーッと聞いていると、思いの外早くホームルームが終わった。
今日は授業はないから本日の学校はこれでお終いだ。
さてと……ここからはお待ちかねの転校生質問攻めのお時間だ。
一度経験しているから、慌てる事は何もない。
早くこのクラスに馴染む為には願ったり叶ったりだ。
なんて思いつつ自分の席を動かずに正面を向いてじっと待っているのだが、誰も話しかけてこない……。
というか、教室内が異常なほど静かで誰一人として喋っている気配がない。
……え、何? このクラスの人達、もしかしてみんな人見知りって展開なの?
仕方ない……ちょっと勇気は要るが、自分から行くか。
そう思って席を立とうとしたその時――俺の席の前に人が現れた。
「昨日ぶりですね、墨林夏向くん」
昨日知り合った銀髪美少女だ。名前は知らない。
「おう、昨日ぶり。てか、音がしないからこっち来てるの全然気付かなかったぞ」
と、彼女が握る杖を指差す。
「そりゃあ、消音の為に専用のゴム付けてますからね」
「あぁ、なるほど。それより悪いな、わざわざここまで来てもらって。席で待っててくれれば俺から行ったのに」
「私、杖さえあれば自力で歩けますから気にしないでください。それより、どうです?」
そう言って彼女は得意げな顔をした。
「ん? 何が?」
「――なっ?! 私がいて驚いたでしょって聞いてるんです……!」
彼女は顔を真っ赤にしてそう言ってきた。
「いやいや、それが言いたかったなら最初からそう言ってくれよ……正直、めっちゃ驚いたよ。この学校にいるなら昨日の内に教えてくれよな」
「それじゃ驚いてくれる瞬間が見れないんで意味ないじゃないですか。バッチリ見ましたからね、びっくりし過ぎて声まで出ちゃってるの」
なんて言いながらクスクスと笑っているけど、ちょっと恥ずかしいからやめてもらいたい。
それから、俺とこの子が会話を始めた途端に教室内がやけに騒がしくなった。
何か、『冬野が笑ってる』とか『そんなの見た事ない』とか、その他諸々多分この子について言っているであろう話が聞こえてくる。
「『冬野』って、キミの事か?」
「そうですよ。言ったでしょう? 今じゃ教師くらいとしか口を利かないって。だから急にざわつき始めたんですよ、多分」
「それで、じゃあどうして俺と口を利いてるわけ?」
「それはですね――夏向くん、あなたが私のお気に入りだからです」
そう言って彼女は微笑した。
昨日は不愉快だと言われたのに、随分と盛大な手のひら返しだ。
でも、悪い気はしなかった。
それどころか、凄く心嬉しく思えた。
「そっか……これからよろしくな、冬野」
そう言って手を差し出すと、彼女は頬を膨らませてジトッと俺を見てきた。
「私は冬野真雪です。苗字じゃなくて名前で呼んでください」
「え? お、おう……じゃあ改めてよろしくな、真雪」
苗字呼びから名前呼びに変えてもう一度手を差し出すと、真雪が手を握ってきた。
「ふふっ、じゃあ今日も家まで送ってください。夏向くんに介助されるのは悪くない気分なので」
真雪がそう言ってくれるのと同じように、俺も真雪にお願いされるのは何故か悪くない気分――まぁ、お気に入りとまで言われたのだから当たり前か。
「はいよ。んじゃそうと決まれば、さっさと行きますか」
今日から新しい学校生活が始まった。
なのに、新しいクラスメイト達とは全くと言っていいほど交流ができてない。
でも、そんなのは後回しで良いと思えるくらいには、今は真雪と一緒にいたい。
いつの間にかそう思っている自分がいた――。
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ここから二人の恋は始まるらしい。




