4話
医務室に着いた私は念のためベッドで安静にするように言われた。
足を挫いたキャロルさんは、痛みのわりに腫れもなかったようで医務室の先生に問題ないと診断されていた。大事なくてよかったわ。
そうしてベッドに入った私はウトウトとして、いつしか眠りについたのだった。
◆◆◆◆◆
「ダレル様って、実は甘いものが好きなんですよ」
「まあ、キャロルさん、なにを言っているの? ダレル様は甘いものなんてお好きじゃないわ」
「でも、わたしの手作りクッキーを、美味しいって食べてくれました」
ニコニコと無邪気に話すキャロルの言葉に、エリーザは眉をしかめる。
キャロルはそれに気付くことなく、嬉しそうに彼との事を話続けた。
「あと、ダレル様は猫さんも好きで。猫さんを抱っこしている時、とても優しく笑うんです」
「彼はそんなものに興味ないわ。貴女って彼のこと何もご存じないのね」
「でも、ダレル様はいつもわたしといる時は……」
「口答えするの? そもそも、あの方は私の婚約者なのよ! あなた殿下との身分の違いを理解している? 身の程をわきまえなさい」
「ご、ごめんなさい……」
キャロルはうつむき涙目になる。
そんな二人の元にダレルが現れた。
「キャロル、どうしたんだ? ……エリーザ、彼女になにをした」
「平民上がりの彼女に身分相応の身の振り方を教えて差し上げただけよ」
「お前っ!」
「気にしないでください……わたしは大丈夫です。慣れっこですから生まれをバカにされる事は……」
「キャロル……いや、一言いわせてくれ」
「ダレル様、わたしは本当に大丈夫ですからっ」
だからお姉様を責めないでとキャロルは止めたが。
「生まれや身分でしか人を見られないお前より、彼女の方がよほど傍にいると心安らぐ女性だ。キャロル、お前はそのままでいい」
「ダレル様……」
ダレルに肩を抱き寄せられたキャロルは遠慮がちに彼に寄り添いはにかむ。
見つめ合う二人をギリギリと奥歯を噛みながら睨み付けると、エリーザは走り去っていったのだった。
◆◆◆◆◆
「うぅ……」
魘されて目が覚めた。とても嫌な気分だったけれど、どんな夢を見ていたかはまったく思い出せなかった。
「エリーザ起きているか?」
「お姉様、大丈夫ですか?」
ちょうど目覚めたところで、ダレル様とキャロルさんが様子を見に来てくれた。
気が付くと放課後になっていたみたい。随分と熟睡してしまったようだわ。
それから医務室の先生は職員会議があると出て行き、私もそのまま帰ってよいと言われた。ダレル様が私の教室まで鞄を取りに行ってくださると言うから、そんな恐れ多いと止めたのだけど、ここで待っているようにと言って、結局彼が取りに行ってくれた。その間キャロルさんと二人きりになる。
彼女と二人きりになるのは久しぶりで、ダレル様との噂を聞いたせいで気まずい気持ちの私とは違い、キャロルさんはいつも通りだった。
どうしましょう。二人の噂のこと聞いてみても良いものかしら。
「ねえ、キャロルさん」
「なんですか?」
「最近……貴女とダレル様が二人でいる所がよく目撃されているみたいなのだけど」
「そうなんですか?」
なんの後ろめたさも無さそうな顔でキャロルさんはニコニコしている。
(二人は別にやましい関係というわけではないのかしら)
少なくともキャロルさんの振る舞いを見るに、彼女には隠れてこそこそしているつもりはないようだった。
「……ダレル様と二人で話したりすることは、よくあるの?」
「そうですね。でも、ダレル様は寡黙な方だから。わたしの話を黙って聞いてくださることのほうが多いですけど」
「そ、そう……」
「お姉様、知ってます? ダレル様って、実は甘いものが好きなんですよ」
「ええ、そうなのよね。特にチョコチップクッキーね」
「…………」
彼は上着の内ポケットに必ずお菓子を隠し持っているぐらい甘いものに目がない。
本人は男が甘いものを好むなんてと隠しているけれど、デザートを食べる時もポーカーフェイスを装いながらいつも嬉しそうだし。私はダレル様のそんなところも可愛くてたまらなく好きなのです。
「あとダレル様は、猫さんも好きで。猫さんを抱っこしている時、とても優しく笑うんです」
「分かるわー。人目のない時は、こっそり話し掛けたりして。幸せそうに微笑むのよね」
普段表情の変わらない方だから、その笑顔にこちらまで蕩けてしまうの。
はっ、いけない。思わず意識を飛ばしてにやにやしてしまいそうになっている事に気付き、私は口元引き締めた。
「…………」
「キャロルさん?」
「そうそう、この前は花園でお昼寝していたダレル様の頭に小鳥さんがとまって……ふふっ」
なにを思い出したのかキャロルさんが楽しそうに笑った。
「どうかしたの?」
「あっ、これは言っちゃダメなんでした……ごめんなさい、彼が秘密にしてほしいって」
キャロルさんは申し訳なさそうに自分の口を押さえる。
二人だけの秘密だからと。
私はダレル様のお昼寝姿なんて見たことがない。だから内心動揺してしまった。私の知らないダレル様のことを楽しそうに話す彼女の姿に。
「ダレル様って寡黙だから誤解されやすいけど、本当は優しい人なんですよ」
彼が優しい人だという事ぐらい言われなくても昔から知っておりますわ。
他にも良いところを沢山知っているつもりでした。ずっと彼だけをお慕いして見てきたのですから。
でも、屈託なく笑う彼女を前に私はそれを言葉にしては言えませんでした。いつの間にか彼女は私の知らないダレル様をたくさん知っているのかもしれないと思うと怖くなって……
「ねえ、キャロルさん。その……貴女最近少しダレル様との距離が近すぎるのではなくて?」
「えっ……友人として仲良くするのはいけないことですか?」
「そういう訳ではないのよ。ただ、ね。最近、貴女たちが二人でいることで、あまりよくない噂もたっているようだから」
「……つまりお姉様はわたしにダレル様へ金輪際二度と声を掛けるなとおっしゃいたいのですね」
「えっ!? お、落ち着いてキャロルさん」
そこまで言ったつもりは無かったのだけれど、キャロルさんは小さな肩をふるふると震わせ傷付いた顔をする。
ちょうどそこへ鞄を取ってきてくれたダレル様が側近のオスカーを連れて医務室へ戻ってきた。
「どうした?」
「なにかあったの?」
二人とも涙ぐむキャロルさんに驚いている。
「なんでもありません。お姉様は悪くないです。ただ、わたしに……庶民育ちのくせに分をわきまえなさいって……教えてくださっただけで……うぅっ」
「そ、そこまで言ったつもりはなかったのだけど」
これでは私が彼女をいじめていたように見えるかもしれない。
それとも先程の私の言葉、そんなにキツイものだったかしら。
「本当にそんなこと、言ったの? エリーザが?」
オスカーが聞いてくる。女同士ってこえーなーとでも言いたげに。
「そ、そんなつもりはなかったのよ。でも……傷つけてしまったならごめんなさい、キャロルさん」
私は頭を下げて謝罪した。彼女があの言葉をそこまで悲観的にとらえてしまうなんて思わなかったから。
「気にしないでください……わたしは大丈夫です。慣れっこですから生まれをバカにされる事は……」
キャロルさんは力なく儚げに微笑んで見せたけれど、私の胸は痛んだ。
そして、彼女は何かを期待するようにダレル様の方へチラリと視線を送る。
「……俺からも一言言わせてくれ」
すると黙ってこちらの様子を見ていたダレル様が口を開いた。
「ダレル様、わたしは本当に大丈夫ですからっ」
だからお姉様を責めないでと言うキャロルさんに向かって彼は。
「……どんなやり取りがあったか分からないが、エリーザは育ちで人を見下したりは決してしない。その事だけは分かってやってほしい」
「ダレル様……」
キャロルさんはなぜか驚いた表情を浮かべた後、俯きながら「分かりました」と頷いたのだった。
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