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ダレルside3

 キャロル嬢への嫌がらせがなくなるよう動いてから数日が過ぎた。

 これでエリーザが心を痛めることもなくなると思っていたのだが……俺の気分は晴れないままだった。なぜならまた新たな問題が浮上していたからだ。


 キャロル嬢からエリーザに嫌がらせを受けているなどという虚言を聞かされたが、そんなことすら頭から抜け落ちるほどに俺は動揺していた。


(エリーザに避けられている……)


 ここ数日、一度もエリーザと顔を合わせていない。

 いや、正確には避けられているのだ。最初は、考えすぎだと思った。

 しかし気のせいではなかった。遠目でエリーザの姿を見つけ声を掛けようとした俺に気付いた彼女は、逃げるように走り去って行ったのだから。


 なぜだ。避けられるようなことをした覚えなど……いや一つだけある。

 やはり、あの日エリーザを抱きしめてしまったことが原因か……

 今まで我慢してきた色んな感情を押え切れず突然あんなことをしてしまったばかりに、エリーザに嫌われてしまったのでは?

 そうとしか考えられない。


「……はぁ」


 重たい気持ちのまま今日もエリーザに会うことはできず、放課後になった。

 俺はいつもの花園で膝に野良猫をのせもふもふしながらも、重いため息を吐いていた。


 この世の終わりのような顔をして撫で回してくる俺を見て顔見知りの猫はどうしたのかと問いかけるように「にゃあ」と鳴く。

 思わず猫相手に心のうちを溢しそうになった時だった。


ーーカサッ


「…………」

 悪寒のする気配を感じ俺は背後に神経を集中させた。

 手練れにしては雑すぎる抜き足差し足で誰かが近付いてくる。

 殺気は感じなかったが、念のため猫を巻き込まぬよう膝から下ろすと、背後から伸びてきた手を掴み引き寄せた。そして。


「きゃあ」

「……は?」

 思わず拍子抜けしてしまった。腕を掴みそのまま組敷こうとした相手が、キャロル嬢だったからだ。

「……なぜ気配を殺して近づいてきた」

 なんとか彼女を押し倒す前に止まって手を離す。


「だーれだってして、ダレル様を驚かせようと思ったの」

 キャロル嬢は無邪気な笑みを浮かべているが、俺は呆れて言葉を失った。

 王族の背後を取ろうなど、護衛を付けている時だったなら大事になっている。

 今後このような悪ふざけは止めるよう、苦言を呈しようと思ったのだが。


「でも、ビックリしちゃいました。ダレル様ったら突然大胆なんだもん」

「は?」

「いきなり手を掴んで引き寄せるなんて……わたし押し倒されちゃうのかと」

「その通りだ」

 押し倒して組伏せた後、急所を狙い打って捕縛するつもりだった。


「そうなんですか!? ……うふふふふ(夢で見た展開とは違うけど、これもありかも)」

 このピリついた雰囲気の中、なぜかキャロル嬢は顔を赤らめ嬉しそうにニヤけている。

 なんなんだ。自分がどんなに危険な状態だったか理解できていないのか?


「もうっ、ダレル様ったら。わたし、恥ずかしいですぅ」

 ようやく自分の行いを恥じているのか知らないが、緊張感のない反応を見てるだけでどっと疲れてくる。


 気がつけば猫もどこかへ避難していなくなってしまったし、ここに止まる理由はない。

「……俺はもう行く」

「えっ、続きは? 待って、ダレル様~!!」

 キャロル嬢の姦しい声が背後から聞こえてきたが、俺は止まる事なく彼女が付いてこないよう足を早めた。






 ようやく撒けたがどこまでも付いてくるキャロル嬢から逃げているうちに、人気のない旧校舎側の裏庭まで来てしまった。

 普段あまりこない場所だったが、一人になりたかったのでちょうど良いと俺は一息つこうとしたのだが。


「っ」

 人気のない裏庭のベンチに二つの影が見えて息を呑む。

 それは浮かない顔をしたエリーザと、そんなエリーザに声を掛けているオスカーの姿だった。

 この距離ではなにを話しているのかまでは分からなかったが、二人の表情を窺うことはできる。


 最初は悲しげな表情を浮かべていたエリーザだったがオスカーの話に耳を傾け次第に表情が和らいでゆく。

 その後もオスカーが話し続けるのをエリーザは相槌を打ちながら聞いているだけのようだったが、そのうち彼女がふわりと微笑んだ。

 それにつられるようにオスカーも満足そうに笑う。


(俺の事は避けるくせに)


 オスカーにはあんなに自然に微笑むのかと、突き付けられた現実を見てカッと頭に血が上った。

 嫉妬に駆られ衝動的に二人の元へ踏み込みそうになったが、ぐっと堪える。

 今二人の元へ割って入ってなんになるんだ。

 せっかく取り戻したエリーザの笑顔を壊してしまうだけだろう。


 俺はあんな風にエリーザを笑顔にしてやれる方法を知らない。

 幼い頃から叩き込まれた帝王学などこんな時には何の役にも立たないのだ。


 自分の無力さから目を逸らすように、俺はその場から離れたのだった。






 深夜になっても寝付けずに俺は寮のベッドで何度も寝返りをうっていた。

(エリーザにとっての幸せは、やはりオスカーと共にいることなのか……?)

 だとしたら自分が彼女にしてやれることは、二人を応援してやること……なのだろうか。


 頭によぎったのは『婚約解消』の四文字。だがさすがにそれは俺の意思だけでどうにかできるものではない。

 しかし、エリーザと結婚したのち彼女がオスカーと愛人関係を続けるのを公認することも見て見ぬふりをしてやれる自信もなかった。


「はぁ……」

 何度目か分からない溜息を吐いていると、ガタガタと隣の部屋から不穏な物音が聞こえ身体を起こす。

 隣はオスカーの部屋だがこんな時間になにをやっているのか。

 寝付けなかった俺は、オスカーも起きているならエリーザとの事を問い詰めてみるかと腹を括って自室を出た。




「おい、オスカー」

「えっ、殿下!?」

 部屋のドアをノックして声を掛けると、驚いた声をあげオスカーはすぐにドアを開けた。

「こんな時間になんすか!?」

 慌てた様子のオスカーはなぜか頭に木の葉を何枚かつけ、部屋着ではなく今の今まで外出でもしていたような格好だった。


「…………」

 ちらりと向けた先にある窓が半開きになっているのを見て全てを察した。

「また規則を破って夜遊びか」

「あっはは、どうしても今夜会いたいって可愛くおねだりされたら男として断れないでしょう」

 頭に着いた葉っぱを払いながらへらへら笑うオスカーに怒りが湧いてくる。


「殿下? なんか殺し屋みたいな目してるんですけど」

「お前と言う奴は……その女遊び、いい加減どうにかならないのか」

「え~?」

 オスカーはわざとらしく視線を逸らしているが悪びれもしない。


「お前は……エリーザの事をどう想っているんだ?」

「へ? なんで突然エリーザ?」

 オスカーがきょとんする。とぼけているのか……それともオスカーにとってはエリーザも数いる女性の一人にすぎないのか?


「今晩会っていたのはエリーザじゃなくてカトリーナですよ」

「今晩会っていた女性の話ではなくてだな」

「……もしかしてこの前のエリーザとのことまだ気にしてたんですか?」

 この前だけじゃない。今日の放課後も一緒に過ごしていただろと言いたくなったが、にやにやしているオスカーの顔が癪に障るので言葉を飲み込んだ。


「……ホントにアナタたちって似た者同士ですね」

 オスカーはなぜか呆れたような顔をしてそう呟く。

「どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ……殿下はオレとエリーザが一緒にいるのを見て、どう思いました?」


「むっ……それは」

「なんだかあの二人いい感じだな。もしかしてエリーザはオスカーの事が好きなのか? オレは所詮家同士が決めた婚約者。エリーザにとってはそれだけの存在に違いないっ、ああ、胸が苦しい……て感じでしょう」

「…………」

 認めたくなかったが大方当たっている。


「殿下は殿下で要らぬ嫉妬をしたり、エリーザの気持ちが分からなくて不安や不満が溜まってるのかもしれませんけど……それはエリーザも同じですよ」

「それはっ」

「先に言っときますけどオレとの恋に悩んでたんじゃありませんから。エリーザがここ最近悩んでたのも、元気がなかったのも……涙の原因も全部、殿下アナタのせいですよ」

「俺の?」

 予想に反した言葉に俺は目を丸くして考え込む。


「婚約者が他の異性と親密にしているように見えたら普通嫌でしょう。殿下がキャロル嬢ばかり構っているように見えて、エリーザも不安だったんですよ」

「俺はそんなつもり」

「殿下にその気はなくても周りからはそう見えていたんです。オレとエリーザの関係を殿下が勝手に誤解したように」

「むっ……」


「それに……なぜか最近、殿下がキャロル嬢に夢中で寵愛しているって噂をやたら耳にするんですよね。事実と異なり毎日密会をしているような噂もちらほら」


「なんだその噂は」

 まったく覚えがない。最近、エリーザの事で頭がいっぱいだったせいで、そんな噂が流れていた事にも気付けなかったのか。だとすれば情けない話だ。

 エリーザが本当に心を痛めていたのは、その噂だったというならなおさら。


「ほうっておけばそのうち治まるかとも思ってたんですけど、そろそろ出所つきとめて対処したほうがよさそうですよ。最新の噂は、エリーザが嫉妬に狂いキャロル嬢に嫌がらせをしているっていうのらしいですし」

「……噂、か」

 そういえばキャロル嬢が自らエリーザに嫌がらせを受けていると発言していたな。

 エリーザの人柄を知っている生徒たちならそんな噂を真に受けるはずないだろう。


 だが……俺がキャロル嬢を寵愛しているなどという噂がたっている中ならば、面白おかしく尾ひれがついて噂が独り歩きする可能性もある。

 エリーザにとって不名誉な噂が広まる前に対処しなくては。


「……噂の出所と虚偽の証拠をみつけ、潰すか」

「おっ、やっといつもの殿下らしい顔つきに戻ってきましたね」




 次の日、早速俺はキャロル嬢が嫌がらせを受けたのだと訴えてきた令嬢たちに声を掛けた。しかし、彼女たちが口にしたのは。


「わたくしたちはしたくなかった。けれどエリーザ様の指示で仕方なく……」


 エリーザがキャロル嬢に嫌がらせをしている主犯だという証言だった。


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