友人K
翌日、会社の昼休み。
社員食堂で食事をしながら、昨夜の夢について同僚に話す。
すると彼は即答してみせた。
「宇喜多、それは『猿夢』ってやつだろう。都市伝説の一つだな」
「都市伝説……? トイレの花子さんとか、口裂け女みたいな?」
「そうそう、そんな感じ。ただし……」
この時、同僚の小早川は、苦笑いを浮かべていた。
小早川は俺と同じプロジェクトチームの一員なので、休憩時間が一致したり、昼休みも一緒に食事したりする場合が多い。
単なる同僚というよりも、友人と呼ぶべき間柄だろう。
特に三年前、出会ったばかりの頃には、人付き合いなんて苦手な俺が珍しく「こいつとは親友になれそうな気がする」と感じるほどだった。
ウマが合うというべきか、趣味嗜好が重なるというべきか。とにかく互いの「好きなもの」が一致するおかげで、会話も楽しかったのだ。
それまで「こんなもの好きなのは俺だけかも」と思っていた漫画やアニメまで同じなのは驚いたし、本当に意気投合したのを覚えている。
しかし「好みが合う」という関係には大きな落とし穴も存在する。そこに俺が気づいたのは、知り合ってから二年後だった。
休日、数少ない友人の一人と一緒に、二人で街を歩いていた時だ。
たまたま小早川と出会ったので、その友人を彼に紹介。すると数日後、小早川は彼女と付き合い始めたのだ。
大学時代からの俺の友人、戸田マサコと。
「いやあ、会った瞬間、ビビッと来たんだよなあ。ああ、これが一目惚れってやつか、って思ったよ」
幸せそうに語る彼には、俺の忸怩たる思いなんて気づけなかったに違いない。
戸田マサコは、俺が大学に入った一年目から、ずっと恋い焦がれ続けてきた女性だった。まさに高嶺の花であり、ようやく『友人』としてならばデートできるくらいの距離まで近づいたのに……。
その矢先に! 『親友』とも思える男に、かっさらわれてしまうとは!
なんという悲劇だろう! 俺と小早川は、好みの女性のタイプまで一致していたのだ。
「……由緒正しい民間伝承ではなく、インターネット発祥の都市伝説らしい」
苦い思い出を回想する俺の前で、小早川は平然と『猿夢』の説明を続けていた。
「宇喜多が乗ったという列車。それって遊園地の乗り物みたいな、ちゃちな列車だっただろう?」
「ああ。少なくとも外から見た感じは、遊園地のアトラクションのような……。それもジェットコースターみたいなメインでなく、遊園地全体を観光がてら回るような、そういう感じの乗り物だった」
「そう、それだ。昔は『おサルの電車』と呼ばれていたらしい」
言われてみれば、俺も以前にどこかでそんな言葉を聞いた覚えがある気もする。
「『おサルの電車』だから『猿夢』という名称なのか……?」
「車内の車掌も、本来ならば猿らしいぞ」
俺の夢では、どう見ても猿ではなかった。
とはいえ、とりあえず『猿夢』と呼ばれる所以は理解できたので、続きを促す。
「それで? 内容的に、その『猿夢』のパターンと一致するのか?」
「ああ、そうだ。本当は、車内で怖い思いとか痛い思いとかするらしいが……」
「痛い思い?」
思わず聞き返すと、小早川は顔をしかめた。
「猿の車掌に、体を切られたり抉られたりするらしいぜ。死ぬことはなく生きたままな」
なるほど、夢にあった「オブジェにされる」云々がそれに相当するのだろう。おそらく俺は『猿夢』のメイン部分が始まる前に目覚めたのだ。
これで夢に関する話題はひとまず終了したかと思いきや、食事が終わる頃、小早川は思い出したみたいに続け始めた。
「そういえば、猿夢には続きがあってな……」
基本パターンとして、猿夢を見た者は後日、必ず続編のような夢を見るらしい。
一度目の夢からは生還できたのと同様、今度も死ぬことはなく終わるのだが……。
「……去り際に『次は逃げられないぞ』と釘を刺されたり、起きた後の現実世界でも『まだ終わってないよ』みたいな声が聞こえたり。いかにもホラー映画にありがちな『本当に助かったのだろうか?』と恐怖が残る形になるそうだ」
「へえ。『いかにもホラー映画にありがちな』か。なるほど……」
当たり障りのない言葉で返すしかない俺に対して、小早川は冗談っぽい口調で続ける。
「ホラー映画の定番といえば、猿夢にも『呪いが伝播する』みたいなパターンがあったはずだぜ。猿夢を見た本人でなく、その話を聞いた別人が不幸に見舞われるという終わり方だ」
「おいおい、大丈夫か? それなら俺より小早川の方が危険じゃないか」
「ははは……。しょせん都市伝説だぜ? 宇喜多の適当な夢に呪い殺されるほど、俺はヤワじゃないさ」
そう言って笑っていたのだが……。
三日後。
その小早川が、自宅マンションの階段から転落して亡くなった。




