棚ボタ式に日本レストランの店長の職を得た裕二が、初めて直面する様々な出来事 及びその解決に翻弄される中、銀行で働くヘレンと言う名のイギリス人女性と知り合う。
第三章イギリスの日本レストラン
イギリスに来て、一年余り。
全く無謀な・・・九州の片田舎で育った一人の日本人が誰一人知人も友人もいない
イギリスのロンドンに、片道切符でひとり来て、今の職と地位を得た。
こんな裕二みたいな例は殆ど皆無で、ラッキーだけでは済まない何か、
余程いい星の元に生まれて来たとでもしか言いようのない、幸運である。
祐二自身も、当然それは自覚している。
(これで勝負してみよう)
裕二は日本レストランのマネージャと言う職をタナボタ式に得てから、
大学とか、研究とかは、こういう職を得る為の基礎学みたいな物だと考えていた。
今、それを得た以上、今後の努力は、別の方向へ向かわざるを得ない。
(今までがその準備みたいな物で、これからが本番だ)
裕二は中学や高校入学に似た緊張感を感じ,認識を新たにした。
裕二が入社したこの会社では研修だの、社員教育だのと言うようなシステムは無く、
いきなり、その日から実践で使われた。
やる気があれば、見て、やって覚えろ式の、旧日本式あら療治である。
裕二もまもなくこの職に就く訳だが、何をするのか、何をしないでいいのか・・・
やる事成す事、全て裕二に一任されている訳で・・・・。
これには裕二も面食らってしまった。
(これは・・・・)
何をするのか誰も教えてくれないのである。
だからと言っても、人物評価は通常の会社並みに行われると思われるし、
裕二は大きな不安を覚えたが、
誰も教えてくれない以上、自分で考え、動くしかない。
裕二はそこに働く責任者に前任のマネージャーがやっていた事を一通り聞きだし、
一日の仕事の流れを把握すると同時に、混雑時にはウエイターを心掛けた。
社長は、何を期待して私を選んだのだろう・・・・
裕二は考え続けている。
第一に売り上げだろう。
これは誰でも直ぐ想像できる。
では第二は?・・・これが分からない。
安全営業かも・・・これは安全運転みたいな事で、店で毎回トラブルが
生じては困るのである。
何か一つでも問題が生じたら、その修理と安全確認が終わるまで、
閉店を余儀なくされる
開店から閉店までの全ての店舗の機能から運営、従業員の健康問題まで、
店ごと従業員を含めて裕二が預かると言うのがマネジャー職なのである。
裕二は色々考えたが、何せ初めての事だし、友人の先輩に当たる
達磨マネージャーの高野にも相談してみようと思い訪ねた。
高野は裕二を見ると、喜んでくれた。
何よりも、裕二が同じマネジャー職を得た事が、嬉しかったのだ。
レストランでの、売り上げ目標、運営に当たり特に注意する事・・等を
聞く裕二に、高野はいぶかりながら、
「山崎!!、お前は一体何をやろうと考えているんだ?」
と高野は聞いた。
「エッ?」
高野の言葉に要領を得ない裕二は、返事をためらっていると、
「要するに、適当にやっていればいいんだよ」
と言ったのだ。
先輩マネジャーに仕事に関する注意点や心構えを聞いたら、
この返事である。
こんな返事を聞いた人の反応は、一般にどうなんだろう?
(適当にやってればいい?アホか・・・)
と思ったり、あきれたり、多くは否定的な感情を持つ人が多いのではないだろうか。
日本では、二十一世紀の今でも、こんな言葉を吐く同僚はいないと思われる。
しかし、裕二の反応は違った。
大笑いしたのである。
ある意味、裕二などとは違い高野は、相当な人物の様に、裕二に映った。
この高野の言葉に裕二の迷いは吹っ飛んだ。そして何となく安心感さえ生じた。
同時に、高野の言葉に尊敬すら感じた。
イギリスにはすごい人物がいる。
そして、それを許容する、すごい経営者がいると・・・・。
裕二が就任したレストランの名前は“ニッポン”と言う名の日本レストランで、
社員が七名バイトが十五名程度の中級規模の日本レストランである。
社員とは、正式に就労許可を得て働いている人で、バイトと言ったら裕二が今まで
過ごして来たように、モグリである。
社員の中に四名のイギリス人がいるので、この二十名を超える従業員の中で、
正式に就労許可を得た日本人社員は三人しかいない事になる。
営業中に警察にでも踏み込まれたら、それこそ、一発で終わりである。
(こんなモグリを主体にしたレストランで、よくやるよ・・・)と
裕二は不安になったが、経営者が、こんな危ない橋を渡っているからこそ、裕二にも
チャンスが巡ってきた事も又事実である。
祐二を迎え入れる従業員達の反応も、殆ど無関心であった。
「よろしくお願いします」と挨拶した他、裕二も多くは語らなかったが、
童顔の・・・この若造・・・社長の身内かなんかだろう的な反応である。
ある意味当然な反応かも知れない。
この若造が社長と直談判して得た職だなんてだれも考えないだろうし・・・・。
新しい、店長や、経営者が現れたとしても、
従業員の方から、積極的に新しい経営者に近よって行く事は少ない。
多くの例では(意識的では無いが、)
シカト(無視)的な態度を取りがちである。
それは裕二自身もそうであったし、誰が来たって、又去っても
直接、バイトの身に関わる事ではない。
ポッと出の新顔(裕二)に協力しようなんて考える人はまさに奇特な人の部類だろう。とりあえず、裕二一人で頑張るしかない。
裕二は自身で考えた事を独自に始めた。
こうである。
幸い、“ニッポンレストラン”は忙しい店で、
客も日本人商社マンを主体に、決まって毎日数十人が列をなす程の繁盛ぶりである。
この繁盛ぶりは、決して各々が努力をして得たものとは違い、
立地条件と、日本レストランの数が極端に少ないのがその理由と考えられるが、
この点に関して裕二は恵まれており、集客に、頭を痛める事はなかった。
この来店した、お客様をできるだけ早くさばく。
(食事を提供し、テーブルを再び直ぐ又使えるようにする)
この為の仕事に専念した。
店舗内のテーブルの数は決まっているので、四十人程度の客で、満席となる。
これ以上の売り上げは見込めない事になる。
が、これを時間内でいち早くさばき、回転させる事が出来れば、
又新たに四十人を迎い入れる事ができる。
定まった営業時間内に、テーブルを何回転させたかで、売り上げが
大きく異なってくることになる。
その為には、裕二は客が帰った後のセッティング(客が帰った後の後かたずけと
新たな客を迎えるための準備、)を専門にやった。
裕二は店長なので、こんなウエイターみたいな仕事はやらなくても言い訳だが、
回転させる為には、どうしてもこの専用みたいな仕事が重要となる。
今までウエイターやウェイトレス任せにしていた仕事を、裕二が
一手に引き受けたことで、たった昼の三時間営業で、来客数と売り上げが、
何と十%近くも増した数字となった。
テーブルに客を案内してしまうと、一応裕二の仕事は手を離れる事になる。
後は他のセクションがこれを引き継ぎ接客に当たる。
この繰り返しが、売り上げを上げるのである。
又裕二はテーブルに案内した客に、料理の注文を伺った後、必ずデザートの
注文を勧めるようウエイターやウエイトレスにお願いした。
フルーツや、アイス等は、誰もが好きで、勧められると、断る客は少なく、
これも又売り上げにつながって行く。
しかし一番従業員に喜ばれた事は、ランチの営業が終わって、全てのスタッフに
食事が提供される訳だが、この食事を“残り物”の提供から、
スタッフの為のメニユーに変更した事である。
裕二自身、この残飯にヘキエキしていた為、調理長にお願いし、
この結果の責任は全て裕二が引き受けると言う事でやっと調理長に同意を得、
従業員の食事は以後、大きく改善される事となった。
又裕二が一番気を付けた事は、全てのスタッフに公平に当たると言う事である。
半数のスタッフが同年代の女子のスタッフである為、それこそ、言葉一つ、みかん一つ
あげるのさえも、好奇の眼差しを受ける事になる。
こうした裕二の努力で、徐々にではあるが、裕二はここのスタッフたちにも
受け入れられて行った。
そんなある日の事である。
何と、“オシボリ”の会社がイギリスにある事を裕二は知った。
当然社長は日本人と思ったが、これがイギリス人だと言う。
オシボリ等は、当然各社自身が準備しているものだと考えていた裕二は
イギリスで“オシボリ”の会社をやろうする、その発想と、会社の存続に感心した。
その“オシボリ”会社の配達員が、オシボリを配達してきた。
二十代後半と思われるそのイギリス人配達人は、オシボリが入った袋を
店先に、ポイと置いたまま配達のサインを求め、去ろうとした。
「オイ、ちょっと待て」
裕二はそう言って配達人を呼び止め、
「オシボリの配達場所はそこではないだろう?」
と声をかけた。
裕二はこれでも柔らかく言った積りだ。
日本だったら、
「オイ!何処に置いてるんだ。ボケ」
位は言われかねない。
ここで聞いたイギリス人配達の言葉に裕二は目をアングリとむいた
「私の配達はここまでで、店舗内の件はあなた達の領分だ」
とその配達人は涼しい顔で言い放ったのである。
確かに・・・一理ある。
戸棚の奥とか、キッチンの隅とか・・・、配達されたものを、どこにしまうかは、
店側の判断であると言うこのイギリス人配達員に裕二は感心した。
(なるほど・・・言われて見れば・・・・)
裕二は、確かに一理あると納得はしたが、
立場上、
こめんなさいと、言うわけには行かない。
「すると、あんたは配達はどこでも、店先までしか配達しないのか?」
と聞くと、そのイギリス人は、
「Yes」に加えて、オブコース(勿論)と言った。
配達員でもたいした権幕である。
裕二はこんな、何かを宗教的に信じているような人物と、言い争っても
時間の無駄と考え、一歩引いて
「OK、分かった、私が中まで運ぶ」と言った。
裕二は若いが対応もなかなかである。
しかし、裕二は、そのまま帰すのも何となくしゃくだったので、
「この商売は客の殆どが日本人だと思うが、他の店とトラブル等は
起きないのか?」
「この際、日本式配達法に改めたらどうか?」
と聞いてみた。
配達員が何を言うか裕二は興味があったが、その配達人は返事もせずに帰っていった。
配達員は、過去の経験とか、トラブルを経て、日本では店内でも
指定された所に納品するらしい事は薄々分かっていたはずである。
(何、ここはイギリスだ。あんた達(日本人)が、その常識を改めろ)
とでも考えているらしかった。
この話には後日談がある。
ある日、裕二はこの“オシボリ”の会社の経営者の社長の訪問を受けた。
社長はハンソンと言う名の紳士的なイギリス人だった。
裕二は、イギリス人が何で“オシボリ”の会社を・・・と
以前から興味があった事を聞いてみた。
この社長は、日本に行った際、このオシボリのサービスに感心して、
イギリスにはない、このビジネスを立ち上げたそうである。
やはり、こういう人物は目の付け所が違うと裕二も思った。
ビジネスを始めて四、五年になるが、今は五十社ほどの取引があるとの事。
その上、裕二が感心したのは、配達員と裕二がモメた納品場所の事だが、
以後、配達は店の希望する通り、店内の指定された場所へ納品すると言う事に
改めたとハンソン氏は裕二に告げた。
裕二は恐縮してしまった。
「何もそんな積りでは・・・」
と言ったが、ハンソン氏が言うには、今までも何度もこの件で
配達員が、他の店とももめた事があるとの事。
「この際、君が言う様に日本式に対応して行く積りだ」と言う。
これを機に、このハンソン氏は裕二がイギリスに来て初めての友人となった。
「イギリス人の彼女」
忙しい毎日が続いている。
裕二の朝一番の仕事は、前日の“売り上げ金”を計算し、銀行に
持って行く事から始まる。
この銀行は、裕二の働く店から徒歩で、五分程の所にあった。
イギリスの銀行だが、この銀行でも日本の銀行と同じく、皆忙しそうに働いている。
カウンターの向こう側に若いイギリス人の女性が数名働いているが、
その内の一人が、裕二に熱い視線を投げかけているのに、裕二は気付かなかった。
未だ裕二は今の仕事に就いてまだ数か月しか経っていない。
銀行での用事を済ませると、わき目もふらずアタフタと退店する裕二は、
そんな余裕など無かったと言うのが、本音だろう。
女性銀行員と目が合った場合、気付かないふりをするのは
ヨーロッパ的ではない
呑み込みの早い裕二は、これも英国式の挨拶だと思って、にっこり笑って、
「ハーイ」
と声をかけた。
日本の銀行では不自然でも、こちらでは、通常の挨拶みたいなものである。
相手もニッコリ笑って嬉しそうに手を振ってくれた。
ただ、それだけである。
こんな制服を着た警察官とか、銀行員が
任務中、自分の電話番号を・・・・なんて事は考えもしていなかった。
確かに、制服を着た人間は、スチュワーデス、軍人・・・皆、魅力的に見える。
制服を脱いだら、彼らも同じ人間だが、
裕二は、制服神話みたいな事を信じていたのかも知れない。
裕二は銀行へ行くのが楽しかった。
行けば必ずその女性が裕二を見つけ、ニッコリ笑って手を振ってくれる。
ただ銀行に入金に行くだけなのだが、その女性の存在だけで、こんなに
楽しい気分にしてくれる。
時折、裕二はスキップして帰ることさえあった。
そんなある日、
裕二は銀行から戻る途中、バッタリその女性と銀行の裏道で、鉢合わせした。
驚くと同時に、お互い、
「ハーイ」
と声を掛け合い、自己紹介をした。
彼女は名をへレンと言った。
銀行でカウンター越しに見るいつもの彼女と違って、長いブラウン色の髪を
なびかせて話す彼女はとても可愛かった
「急ぐから又」
なんてヘボな事を言うような者はイギリスで言う紳士ではない。
「私はすぐそこのニッポンと言う名のレストランで働いている」と
裕二が言うと、へレンは
「知ってるわ」と言って、ほほ笑んだ。
「じゃ話は早い。今度招待するので、日本食でも食べに来ないか?」と
裕二が言うと、
「ほんとう?嬉しい」
そして「必ず」と
言って別れた。
(うまく偶然に外で会えたものだなー)
裕二は、この偶然を喜びながら、道を急いだ。
しかし、銀行員が、勤務中、何の用事があって・・・と考えていた裕二は、
(あいつ図ったな)と
ピンと来た。
裕二が銀行での入金を済ませて帰る時、タイミングを計って、
ヘレンは裏口から外へ出て、裕二との出会いを図ったと言う事だろう。
(しかし、何という積極的な行動だろう。)
日本女性には逆立ちしても出来ない芸当かも知れない。
(惚れたか俺に)
裕二は急に愉快になって来た。
ドイツで野ウサギを見つけ、捕まえて食う事を考えた裕二が、待て、
ここは日本じゃない・・・と自制し、きっと自分は、
半類人猿的な狩猟民族の出ではないか・・・と考えた。そのサルに近い?
男に、イギリス人の女性、それも銀行員が惚れたのである。
(サルに惚れたか)
裕二は大笑いをしてしまった。こんな愉快な話はなかった。
へレンはその日から、頻繁に裕二の店に顔を出し、自然、公認の
裕二の彼女みたいな存在になっていった。
この手の話は当然尾ひれが付く。
山崎マネージャー(裕二)が、英国の銀行で、カウンター越しにイギリス人
女性の銀行員を口説き落とし、今じゃその女性を彼女にしている。
と他の姉妹店でも噂になった。
当然、裕二の働く“ニッポン”店でも、
今度のマネージャーは、ヤル・・・と話が飛び交っているらしい。
仕事では未だ認めてもらってないが、こんな事は直ぐ噂が飛び交う。
こうして裕二は徐々にではあるが、別な方向から認められていった。
「外食事件」
店には、店長の裕二の他、キッチンの調理長、ホールの責任者がいる。
裕二はいくら店長と言ってもキッチンの事にまで口出しできなので、
何か、問題が生じたら、この三人で解決する事が多い。
裕二が働くこの“ニッポン”と言う店は、イギリスのシティ(ビジネスの中心地)
と言う立地条件の為、昼間は対応出来ない程の来客があるが、
夜は皆、帰ってしまうので、火が消えたような静けさになる。
これを何とか出来ないか・・・と頭を悩ませていた折、裕二の店からそう遠くない
距離に、又新しい日本レストランが開店したとの話を裕二は聞いた。
何も手を打たなければ、それこそ取り返しのつかない事態もありうる訳で、
裕二は、心配になって来た。
この店に偵察に行こうと裕二は、調理長とチーフの二人に提案した。
偵察だったら店長一人でいいじゃないかと言う二人を裕二は説き伏せ、
この新しい店に三人で出かけた。
この新規開店の店では、店内も、メニューにも特に目新しい感じは、受けなかった。
三人はテーブルに付き、思い思いの食事を注文し、試食も試みた。
「大丈夫よ」
帰り道、チーフが言った。
「俺もそう思う」
裕二が答えたが、調理長も同意見か、首を縦に振っている。
三人が敵情を視察して、三人とも、“ニッポン”を脅かす程の店ではない
事を確認できた。
メデタシ、メデタシである。
この話はこれで終わりのはずだった。
しかし、この話は別の方から裕二が考えもしなかった問題点として、事務所から
指摘を受けた。
けしからんと言っているらしい。
営業中によその店に食事に行き、ずうずうしくもその代金を会社の経費から払う等、
あの山崎と言う新人店長は、何を考えているんだというのが真相らしい。
このレストラン“ニッポン”では、ここに配達される全ての伝票から書類、
郵便物まで、まとめて週に一回事務所に送る事になっている。
この中に裕二達が行った、新規開店の日本レストランの二万円余りの領収書があり、
この領収書を見た事務員が早速裕二に電話をかけて来た。
何だ?これは・・・と言う訳である。
裕二は当然のように、マーケットリサーチ(調査)の為と手短に事務員に
説明しておいた。
イギリス人の事務員にしてみれば、今まで、この手の処理はした事が無く、
(別の言い方をすると、こんな、裕二みたいな事をした者がいなくて)
自動的に認めてしまっていいものか、詳細を裕二に問い合わせたと言うのが、
真相だろう。
一方経営者から見た目では、この事務員は、評価するに値する人物とも言える。
全ての書類に目を通す、真面目な、良い事務員と言う事になるのかも知れない。
しかし、
この裕二の行動は何処から光を当てるかで、評価が分かれるだろう。
裕二は、この”ニッポン“に採用されて、誰かに職務を指導されたり、教えたり
してもらった訳ではなく、いきなりポンと店長に据え置かれた。
その為、メニューの改善から、スタッフの食事の事等、なんでも自分で考え、
やって来た。
唯一、助言くらいはもらえそうな達磨マネージャーの高野でさえ、
適当にやればいいと言う。
誰も教えてくれないと言う事は、まかせるから、自分で考えてやれと言う言葉の
裏返しみたいな事で、日本国内では絶対あり得ない、
外国のような場合のみに存在する、特殊事情による。
そんな矢先、裕二と目と鼻の先で、新規に日本レストランが開店すると言う。
(これは一回見ておかねば・・・)と裕二が考えたのも当然である。
見ておく・・・と言っても、何処かビルの陰から、コッソリ双眼鏡などで覗く
と言うのも変で、裕二は堂々と、他の二人を誘って食事に行った。
三人で食事に行く際、往復のタクシー代金、食事のあとのチップその他に、
(我々の身元は直ぐ分かるし)手ぶらと言うのも・・・と言う事で
花屋に寄って花を購入してチーフに持たせた。
裕二は裕二なりに大いに気を使った訳である。
この食事代以外の代金は全て裕二が自腹で支払ったが、裕二が請求した
経費には、食事代以外の物(花代やタクシー料金)には請求はなされていない。
事務方はそんな事情は全く知らない。
ストレートに、領収書だけ見て、会社の金で他の店に食事に行った。
これはおかしいだろうと言う訳である。
裕二は説明するのも面倒で、放っておいた。
(外人には、説明しても分からん)
とさえ、考えていた。
一方、放って置かれた事務所サイドでは、その二万円余りの領収書の処理が出来なく、
近く、説明に来てくれと再度連絡があった。
この裕二と言う青年の面白い所は、
「忙しく、時間がない。
どうしてもと言うのであれば、そっちから店に出向いてくれ」
と返事した事だ。
裕二は、経営者側から見た判断と、事務員の、今まで例がないこの領収書の、
事務処理をどうしていいか困っている側の二人が、話合っても、
何の解決もしないであろう事が想像できたからである。
(この裕二と云う青年・・・どんな思考回路をもっているのか・・・)
気に入られたい・・・良く思われたい・・・そんな意識は裕二に欠落して
いるのだろうか・・・。
たとえ自分がそう考えていなくても、その場の空気から、一応謝る
このいかにも日本的なスタイルを裕二が良しと、しなかっただけの事である。
又、裕二は、事務所なんて所は、現場があって初めて成り立つ所で、
事務所が先ではないと考える。
想像するに、社長は各店の店は訪問しなくても事務所には良く顔を出すはずである
全ての情報がここに集まる訳で、売り上げから、店のトラブル、その処理・・・
それを一手に処理している事務員もなかなかの働き者であるに違いない。
その信任が、いつしか各店の温和な日本人を命令口調で指示し、あげくのはて、
たとえ新人でも一店の店長である裕二に、説明に来い・・・等
(のぼせるな!)
(何か聞きたい事があったら自ら出向いてこい)
と 裕二は思っている。
ハイハイと外国人の言う事を聞いて来た為、今じゃ全く、“偉い者“でもあるかのように
勘違いをしている今の、彼ら(事務員)にしてしまったのも
今までここに働いてきた日本人に違いないのだが・・・。
この話も尾ヒレを付けて、姉妹店の噂になって行った。
他の姉妹店のスタッフが、事務所に行った際、イギリス人の事務員から、
「この新しい“ニッポン”の店長とはどんな男か」
と聞かれた事による。
友人の達磨マネージャーも聞かれたらしく、
達磨から電話があった。
いきなり、
「ヤッテルじゃないか・・・」大声で、笑いながら
電話で、裕二をからかった。
事務員が、
この新人のマネージャー(裕二は)は、「何の言う事も聞かない」と、
達磨にこぼしたそうである。
しかし、この話は不思議と自然沈静化して行った。
その後、この件に関して、事務所からの問い合わせも無く、
裕二自身事務所に用事で出向く事もあるが、彼らも何も聞いて来ないのである
祐二も、わざわざそんな話を持ち出して問題を大きくしたりしたくない。
なるほど。こんな、何も話さないで解決する問題処理法もあるのか・・・・。
裕二は新しく発見した。
問題処理には言葉を尽くして説明し、理解してもらう事も勿論必要だが、
話したくない問題は、出来たら触れたくないのが心情であり、話す事なく、
いつの間にか解決していると言うこの解決方は、最高の平和的処理法である。
これは社長にまで話が及んだに違いない、と裕二は思っている。
多分、社長が
この件は認める(会社の伝票で落とす事)ように事務方に指示したと考えた。
そうでなきゃ、話が自然消滅するはずがない。
(話の通じる社長だ)
裕二はそう思った。
ヘレンとは、その後も休みを利用して、食事に行ったり映画に行ったりした。
イギリス人女性との交際は裕二は初めてなので、二人だけの時ならまだしも、
人目が在るときは緊張した。
プライドの高い裕二は、猿?が人間を連れている・・・・(そう見られるなんて)
考えただけでも気分が悪い。
裕二は、人前では特に紳士を装った。
これはけっこう難しい。一通りの知識は持っているが、
自然に振り舞えないのである。
努力しなければならない。
その為、裕二は毎回、デイトが終わる度、ドッと疲れが出た。
日本では、多くの場合女性が男性の我儘を聞いてやるような事が多いと
裕二は思っている。
映画等を見に行って、どの映画を見るか・・・二人の間で、意見が分かれた時、
日本女性が彼氏にこっちの映画でなきゃイヤと言い、従わせたりする事など、
裕二は見た事がない。
優子も同様で、
「あなたが見たかったら、いいよ」
と、全部裕二の意見を通してくれた。
だが、ここイギリスの場合、女性がその決定権を持つ。
祐二も一応物分かりのいいフリはしているが、内心面白くない。
一度、
「私はこっちの方がいい」
と突っ張ってみた事がある。
「OK分かったわ」
とはヘレンは言わない。
ネチネチした、アホ臭い恋愛映画の看板を指さして、
どうしてもこっちでなきゃイヤだと言う。
裕二はこの問題に妥協案を放った。
「幸い、どっちの映画も終わりは三十分と違わないので、そこの喫茶店で
君の映画の終わりを待つから、別々に映画をみないか?」
ヘレンはあんぐりと口を開けたまま、しばらく絶句していたが、
やがて怒りと共に裕二に吠えた。
「別々に映画を見る位なら、何も一緒に来る事なんかないじゃない?」
道理である。
しかし見たいものが違うと裕二が反論すると、
「優しくない」
とヘレンは一層不機嫌になった。
加えて、
「日本人男性ってみんなそうなの?」
と聞いてきた。
「オイオイ!日本人男性がそうかどうかの話と、今直面している
どっちの映画を見るかの話は別で、ゴチャ混ぜにするな」と
裕二はキッパリ言った。
「面倒くさい。帰れ!」と
裕二は、優子にだったら言ったかも知れない。
裕二はグッっと我慢して、
「今日は意見がまとまらないので、映画を止めて食事にしようか?」
上等である。たいした紳士だ。
ヘレンも仕方ないと考えたのだろう。
「いいわ」
と言った。
全てがこんな調子である。
裕二は裕二の奥さんが日本人で良かったとしみじみ考えた。
このイギリスの首都であるロンドンは子供を見かける事が少ない。
人口八百万と言うから、相当数の子供達もいるはずなのだが、
裕二が働く“ニッポン”の周辺は特に、一日外にいても子供の姿を目にする
事がない。
子供を育てる環境ではないと、子供達を受け入れる施設
(学校を始めとしたその関連機関)が全てロンドン郊外にあるため、
首都であるロンドンで子供を見かけるのが少ない理由となっている。
(確かに・・・・しかし、たいしたモンだ・・・・・)
裕二も素直に感心している。
では、そうまでして気を付け育てたイギリス人は、ゴチャゴチャした、
チャンコ鍋の中で育ったような日本人より優秀なのか・・・
これが不思議と、そうでもないと裕二は考えている。
イギリスには、どうしようもない馬鹿が多いと裕二はイギリスに来て気付かされた。
いや、バカは言い過ぎかも知れない。
どう言ったらいいのか・・・余りにも無知(一般教養及び常識がない人)
な人が多いのである。
これはおそらく教育の問題ではないだろうか?・・・・と
裕二は考え始めている。
イギリスの学校では、日本の学校と違い、子供が興味を持たない事は、やらせない。
では、何をやらせるかと言うと、簡単である。
その子供が興味を持った事のみを集中してやらせる訳で、
先生の評価は、その子供がどんな才能を有しているか、その見極め
引き出し、その方向性の模索云々・・・と多少どころか随分、
教育方式も先生の評価も、日本とは違う。
日本では、どんな嫌いな、又苦手な教科も百点を目指させる。が、
イギリスでは、最初からやらなくていい訳で、
やった事のない教科を子供達が知る訳もなく、いわゆる専門“バカ”的な人間が育つ。
これは別の意味では、評価に値する現象も生じる事になる。
いわゆる、子供達の落ちこぼれみたいな事が少なくなってくる事である。
この一見、子供たちにとって夢みたいな教育法だが、
これは、特殊な分野で、驚くほどの成果を上げる事にもなる。
蒸気機関車や、ジェットエンジンなど多くはイギリスで発明されたのも、
この教育方針の為なのだろうか・・・
発明は産業と結びつく事が多く、イギリスに産業革命が起こったのも、
きっとこの自由発想が起源かも知れない。
木に、釣り糸で、花のようにくくり付け、吊るしたスパゲッテーを、
“収穫祭“として、刈り取る場面を、あるTVが放送していた。
英国一流の四月バカのユーモアの積りだったのかも知れないが、
後日、この“スパゲッテーの実る木”の問い合わせが、放送局に殺到した
そうである。
曰く、「このスパゲッティーの実る木はどこで入手出来るか」と
この木があれば、一生食うに困らないわけで、日本版だったら、米の実る木と
言った所だろうか・・・。
これは常識以前の問題で、こんな者を“バカ”と言わないで、何と言えばいいのか・・・・。
専門知識だけを特別深く持っていても、生きて行く上で大きな困難に直面するだろうし、
又その解決方も分からないのではないかと裕二は心配した。
スタッフの募集をすると、この手のイギリス人が面接に来るわけである。
裕二は面食らった。
まだある。
イギリスは十九世紀にはもう、世界中に植民地を持っていた。
イギリスはこの植民地からの移民が多いのである。
植民地からの移民は世界中からであり、つい先月までアフリカでヤリを振って
動物(食料の為)を追っかけて生活していた人々も移民の申請が通れば、
今日からイギリス人なのである。
当然、仕事を探して面接に来る。
裕二は本当に頭を抱えてしまった。
(これは・・どっちが猿に近いか分からん)
(イギリスのナイトクラブ)
イギリスでの日本人駐在員の数も、この頃めっきり増え始めた。
会社が、イギリスに支社を開設する為だが、多くの駐在員は単身赴任で、
家族は日本に残して来る場合が多い。
裕二が働く“ニッポン”レストランでも、多くがロンチョン(ロンドンでチョンガー)
と言う駐在員の言葉を耳にした。
裕二もお客と親しくなるに連れ、なぜ家族を残して単身赴任なのか、聞いてみると、
多くは子供の教育問題だ。
又、赴任期間、赴任場所、等の他、子供又カミさんが嫌がった。
来るには来たが、水?が合わなくて帰った等、様々である。
ビジネスマンも色んな問題に直面しながらも、頑張っているんだ。
裕二もそんな問題に遠からず直面する事があるんだろうか・・・
裕二は話を聞いて多少不安も感じたが、
(優子が来てロンドンで生活するのは、未だずっと先の事)
そう考え直し、不安を振り払った。
このロンチョンをターゲットした新しいビジネスが出現した。
カラオケ店とナイトクラブである。
ナイトクラブでは、不思議と多くの日本人女性が働いていた。
この手の女性が、イギリスで就労ビザ(働いていい許可書)など持っている訳がなく、
殆ど百%モグリである。
裕二は今、この就労ビザを会社に申請してもらっている訳だが、半年過ぎても
法務局から何の連絡も来ていない。
しかし、申請して、許可が遅れている限りに置いては、情状酌量の余地がある。
(遅れる、法務局が悪い)と言えなくもない。
しかし日本人女性もたいしたもんである。
自身、祐二みたいな存在は例外中の例外かとおもっていたが、そんな事はない。
日本人女性もそうとうヤル。
裕二は頼もしくなった。
クラブは日本式に営業されていた。
わざわざ日本式と言ったが、これには訳がある。
イギリスのナイトクラブでは、そこに働くホステス全員が客と寝る。
繰り返すが、全員客と寝るのである。
しかし、
ここのホステス達は店から給料をもらう事はない。それどころか、
女性達は、所場代を払ってここにたむろしている。
店からは給料が無く、
稼ぎは自分で探さなければならない為、ここの女性たちは
客へのアプローチも積極的である。
勿論イヤなタイプの男性からのお誘いは、ホステスも、断る事が出来る。
そんな場合、
「残念だなー。タイプだったのに・・・」
程度の言葉は構わないが、クドイ場合は、店の用心棒が出てくる。
「今直ぐ、出ていけ」と平気で客に乱暴な言葉を吐く。
あくまでも紳士を装わなければならない訳だ。
が、客が余程のブ男か、めっかちでもない限り、断られる事はまず無い。
しかし断られた日本人がいる・・・・。と言う話を聞いた。
裕二の友人の、達磨である。
裕二はこの話を聞いて大笑いしたが、真相は定かではない。
この手の話はいくら友人でも、確認しにくい。
売春じゃないのか・・・警察に捕まらないのか・・・と当然考えるが、
言い訳がある。
何十人もの(たむろする)ホステスが、客と何の話をしているのか、
又客と意気投合して、
早退するとしても、我々(店側)の知った事ではない。と言う訳だ。
これは何も驚く事ではない。
日本のソープに似ている。
部屋に入った客が、ソープ嬢と何しているか、見に行っている訳ではない。
要するに知った事ではないと言う理屈である。
どんな法律を作ったって、そこには必ず抜け穴があり、二十一世紀を生き抜く人間は、
うまくその適用が出来る人間が賢いという事になるのかも知れない。
一方、日本式ナイトクラブだが、殆どの客は日本人で駐在員は、身元も
しっかりしていて、外人達より紳士的である。
金払いも良く、裕二みたいに身銭を払っているのとは違い、会社の経費で落とす?
らしく、金使いもスーマートである。
しかしいくらお金を使っても、ここで働く日本人女性たちは客と寝る事はない。
楽しい?おしゃべりを提供するわけだが、
ホステス達がスズメみたいに群がって食した飲み物からおつまみ代と、
刻々過ぎて行く楽しい?時間超過の合計金額が
自動的に客に請求される。
そのトータルの代金が、イギリスのナイトクラブのホステスをホテルに連れ込んだ
総額とあまり変わらない金額が請求される。
精算時に提示された金額を見た外国人はその金額に驚き、殆ど全員が、
「私は何も(女性を買ったり)した訳ではない」と訴える。
「ただ、ウイスキーを二、三杯飲んだだけだ」
この外国人の感覚をどう言ったらいいんだろうか・・・・
要するに外人は訳も分からないような金額の請求にたいして、ガンとして突っ張り、
絶対に支払おうとしない。
目に見える形で、例えばこの服一万円と言えばその代金と引き換えに品物を
持って帰る、こういう目に見える物にはトラブルは少ない。
が、ナイトクラブの請求みたいなこのサービス業の金額は、目に見えにくく、
「何だこれは?」
と驚くわけである。
店側も何もボッタくっている訳ではないので、説明を尽くす。
が、ボッタくられているのでは・・・と疑心暗鬼の外国人に、何時間説明しても、
納得を得られる事はまず無い。
数時間、ウイスキーを飲んで、日本人女性と話しただけで、何だこのン万円の請求は?と主張を繰り返す。
怒らせ、決裂して、警察にでもタレ込まれたら、もっと大きな問題となり、
それこそ、何のため水商売をイギリスまで来て始めたか、分からなくなってくる。
かくして、
多くの場合、日本人サイド(店側)が折れて、お引き取りを願う事となる。
「バカが・・・二度と来るな」
とはさすがに外人に対しては、言わない。
そう、思うだけである。
しかし陰では(面と向かって言えない分)思いっきり悪態をつく事となる。
店の希望としては、イギリス人等来て欲しくないが、イギリスでやってる仕事なのに、
“イギリス人お断り”の張り紙を掲げる訳には行かないと
そこの日本人店長は悩んでいた。
「新スタッ」)
ひょっこり、達磨マネージャーが一人、裕二の所に姿を見せた。
聞けば、今日、日本から新しい女性スタッフが一人到着するとの事。
今から、空港まで迎えに行かなければならないと言う。
吉報である。
イギリスの日本レストランで、日本人を日本で募集し、連れて来るのは大変である。
募集も、就労ビザも申請は自由だが、許可が下りる事が少ない。
しかし、スタッフは必要で、毎年日本で何人かのスタッフの募集と、
就労ビザの申請を繰り返す事になる。
今回は珍しく一人許可が下りた訳で、そのスタッフが、今日到着すると言うのである。
外国人スタッフの質の悪さに頭を痛めていた裕二も、
達磨がいかに期待し、喜んでいるか想像できる。
「美人か」
「いや、写真も見た事がない」
達磨はそう答えるが、
日本での若干名の募集に、応募が数百人来る。
数人では無く、数十人でもない。数百人の応募があるのだ。
それも多くが大卒である。
これからも自然、選び抜かれた飛びっきりの美人が来るであろう事は、
誰でも想像する。
後日、裕二は達磨に電話を入れてみた。
裕二は、達磨が迎えに行った後の話が聞きたかった。
裕二も、日本人スタッフを事務所に、お願いしていたが、どういう訳か、
裕二の所ではなく、達磨の所に振り分けられた事実からも、全く関係がない話
でもない。
「どう、無事に着いたか」
「ああ・・・」
達磨の返事が妙である。
「無事に着いたんだろう」
裕二の問いに、
「信じられんようなヤツが来た」
と達磨は返事した。
「何だそれは」
達磨の意味不明の言葉に、裕二も乗って、
「バアさんでも来たのか?」
とからかった。
「それ以下だ」
達磨の言葉に裕二は益々わからなくなり、
「何だそれ以下って?」
と再度聞いた。
「面倒だし、又話すよ」「いいか切って」と達磨は多くを語ろうとしなかった。
裕二は達磨の態度が気になり、昼食時、皆の前で、今朝の達磨との話を打ち明け、
何があったか誰か知らないかとスタッフに聞いてみた。
一人が、
「何だか美人じゃない人が来たみたいですよ」と言った。
「美人じゃない?」
要は、与えられた仕事を全う出来るかどうかが基本で容姿等、人それぞれ評価が
異なる物を、そんなもんでガキみたいに、ふくれたりするだろうか・・・
そう考えていた裕二は、急に笑い出した。
そして考えた。
あの達磨だったら、やりかねない・・・と。
考えていたら、可笑しくなり、裕二はどうしてもその新人の顔を見てみたくなって、
ヤボ用を作り、達磨の店に出向いた。
達磨は、裕二を見かけるなり、
「オッ・・・山崎マネージャー。ヒマそうだな?」と声をかけた。
裕二も、負けずと
「あんまり暇で、遊びに来た」と
返事を返した。
達磨は裕二が何をしに来たかとっくに了解済で、隅の空いたテーブルに裕二を
導くなり、外人みたいにアゴをしゃくった。
(あれだ)と言う意味である。
裕二が見たその先には、接客を真剣に教わっている、一人の日本人女性がいた。
(これは・・・)
さすがの裕二も無言のままである。
言葉が見つからないのである。
「何で?」
あんなのが来たのか、と言う意味である。
「知らん」
達磨は、ぶっきら棒に答えた。
裕二が目にしたのは、背が小さい小太りの若い女性で、髪はゴワゴワの
黒人の髪みたいなチリチリの天然で、頭いっぱいに、盛り上がっていた。
顔は、四角っぽい輪郭で、目は細く、鼻は低く横に広がっており、その上、唇は分厚く、黒人のそれを思い起こす唇で、裕二は思わずつぶやいた。
「黒人との混血か」と。
達磨は笑いながら、実は俺も同じ質問をしたと言った。
「エッ、直接聞いたのか」
達磨は悪びれず、
「ああ。」
と答えた。
しかし、どうやら百%日本人らしいと達磨は言う。
それにしても・・・と裕二は気の毒に思い、何か良い処は・・・とさらに目をこらした。
しかし、肌も浅黒く、何一つ取っても褒めるような物は見いだせなかった。
それにしても・・・・、裕二も達磨に同情し、
「あれはヒドイな」と言った。
そして達磨に目をやり、思わず笑ってしまった。
達磨は翌日事務所に電話を入れて、どうしてあんな人事になったのか、正したとの事、
「で?」
「分からんらしい」
「分からんって・・・自分達が処理した事じゃないか」
達磨が言うには、
「不採用が何かの調子か、手作業中に、採用と取り違ったとしか、考えられん」
裕二は大いに納得した。
決定は日本人がしても、その後の処理、手続きは全部外人達が受け持つ。
彼らは字(日本語)が、読める訳でもなく、まして、写真に写っている人物が、
採用に値する人物かどうか・・・そんな事は分かりようもない。
「ニッポン(レストラン)で要らんか?」
達磨が、ここじゃ無理だから、裕二の所で使ってくれないかと言う。
「無理も無理じゃないも、未だ使っていないじゃないか」
「俺が無理といったら無理なんだ」
達磨も譲ろうとしない。
そこに、そこのチーフが、その新しい日本人女性を伴って、挨拶に来た。
「今から、お世話になります。美香です。」と
その新任女性はピョコンと頭を下げた。
その動作、挨拶は、普通である。
達磨が、憮然として、返事も返さないので、裕二はリップサービスで、
「ミカか・・・いい名前だ.どう書くの」
と聞いた。
「美に香ると書きます」
そこで初めて達磨が口を開き、信じられない事をその女性に放った。」。
「美香なんてもったいない。今からミドリと呼べ」
どうしてミドリなのか裕二もわからないが、信じられない対応である。
一人外国に来て、不安いっぱいの女性に、放つ言葉ではない。
しかし裕二は、その言葉を放った達磨より、この女性の返事に驚かされた。
美香は、達磨の言葉に怒る訳でもなく、
「はい。分かりました」
と答えたのだ。
裕二は感心した。
そして考えた。もし、このままこの女性をここで働かせたら、達磨から陰に陽に
イジメられ、潰されてしまうのではないか・・と。
そこで、
「本当にこの娘、もらっていいのか」と
裕二は達磨に聞いたら、みるみる笑顔になって、
「本当にもらってくれるのか?」
「嫁さんにじゃ、ないぞ」
と、裕二も面白くもない冗談を返した。
「しかし・・・山崎も好きだな・・」
この達磨の意味不明な言葉をよそに、このミドリは裕二の所で働く事となった。
この女性は驚く程素直で、わずかの間に皆の輪に溶け込み、裕二の店でも、大きな
戦力となっていった。
後年の事だが、ミドリはイギリス人の植物学者と知り合い、結婚し
二人の息子をもうける。
新しい店が開店をむかえようとしている。
これで裕二の働くレストランの姉妹店は合計八店舗となる。
裕二はこの会社のオーナーに感心と言うより、あきれている。
ちゃんとしたスタッフもいないのによくまあ、次から次へと店を開店出来る物だと
驚きもし、感心し、あきれている。
「誰が来るんだ」
その新しい店の店長や、スタッフとして、人材の確保は出来ているのか
心配の声である。
「来る訳がない。又あっちこっちの店から引き抜かれるだけよ」
イギリスと言う場所柄、又姉妹店と言う事もあり、引き抜きも
仕方のない事かも知れないと、裕二は考える。
しかし、多くのスタッフは、そうではない。むしろ迷惑だと考えている。
優秀な者から移動させられ、人数だけは
補充されるが、これが戦力となる事は少なく大いなる迷惑としわ寄せが
各店に振り分けられる結果となるからである。
裕二も、チーフから、
「新しいスタッフを入れてください」
「大変過ぎます」
と、幾度となく催促されているが、これがそう簡単ではない。
日本でも絶えずスタッフの募集をしており、応募は多数あるが、
申請しても就労許可が下りないのである。
イギリス国内での募集は、やっても、たいした解決にもならない。
そんな中、社長から連絡があり、翌日事務所まで来てくれと言う。
裕二は何か問題点でも指摘されるかと、不安だったが、話は全く別の事で、
近日開店予定の、その店をみてくれないかと言う事だった。
言葉は、見てくれ・・・と柔らかだが、要は新しい店に移動の通達である。
裕二は、この社長に好意を感じている。
ここまで引き上げてくれたのも社長だし、事務所とモメた時も、(裕二は
その確認はしていないが)事が、大きくならなかったのは、
社長の一言があったからだと考えている。
今回も、社長は誰がいいか、社長なりに考えて、裕二がいいと結論を出した
に違いないと裕二は考えた。
これはやるしかない。
裕二は、素早く諸事情を頭の中で処理し、今社長が一番望む答えを推察した
そして、
「分かりました」
裕二は社長の頼みを一言で、了解した。
そしてすかさず、あるお願いを申し出た。
「社長、今回の人事ですが、今の店(現在裕二が働いている)は週休二日ですが、
今度の新しい店は、そういう訳には行かないと思います。
近く、私の妻も来英を予定しており、この期に、給料を再考して
いただけませんか?」
裕二も相当抜け目がない。
「いいだろう」と
これも全くあっけなく、了承され、裕二はたった一年足らずで、
新しいレストランへ転勤となった。