コケむした化け物
村のはずれで黒髪の幼女がいじめられていた。
ユリウスたちはこの子を助けるために賞金稼ぎをすることにした。
狐の隠れ里からの帰り、ガチガチになって食べられないフランスパンのかわりにマサキが黒パンを分けてくれた。
あんなに残虐にサイコたちを殺したマサキが、仲間になった自分に対してはすごく優しい。そうした状況を見たとき、ユリウスの心は揺れ動いた。精霊の皮で作った契約書をもっていた。その倒した精霊との戦いも、マサキが望んだものではなく、あくまでも正当防衛だったのかもしれない。
しばらく歩いて森を抜け、街はずれまで来ると、そこで子供達が遠足に来ていた。孤児院の遠足のようだ。
子供達はそれぞれ保母さんからもらったランチボックスをあけて食事をしている。その中に、一つ、子供達が集まった人だかりができていた。
「やーい、劣等民族!人間のクズ!」
不穏な言葉が聞こえる、ユリウスとマサキは顔を見合わせる。
「いく?」
「うん」
マサキの問いに答え、ユリウスはその子供達のところに歩いていった。
金髪に青い目の男の子たちが5、6人あつまって黒髪の女の子のランチボックスにツバを吐き入れている。
「ゴミ民族、早く自殺しろよな、お前の家族だってお前が自殺することを望んでいるだぞ!なんで生きてうるんだよ、恥知らずめ!」
白人の子供たちは口々に幼い女の子を責め立てる。女の子は反論もせず、胸のところにクマのぬいぐるみを抱いて、唇を噛んで下を見ている。
「なにしてるんだ」
ユリウスが少しきつめに声をあらげた。
少し大きめの声に男の子たちは一瞬ひるんだが、すぐにユリウスの処に駆け寄ってきた。
「違うんだよ!この黒い髪の奴、悪い奴なんだ。侵略者で、僕たちの先祖に酷いことをしてきたんだよ!学校でそう習ったもん。僕たち人間はこの黄色い奴らにいつも虐められてきたんだ!だから、こんな奴殺したほうがいいのに、大人は優しいからこいつを生かしてやってるんだ。だからこいつは自殺させたほうがいいんだよ!」
子供たちが必死に、まっすぐな目でユリウスを見て叫んだ。
「ええ?」
ユリウスは困惑してマサキを見た。
「この子たちは教科書でそう教えられてきたんだよ、自分たちは常に歴史上で被害者であったと。しかし、実際にはあの黒髪の子たちの領地を人間たちが侵略し、土地を奪い、ここ、魔物の住処に近い土地に強制移住させたんだ。しかし、そこでも金鉱が発見されたため、こいつら人間の親どもが押し寄せ、こいつら黒髪の人間たちを虐殺し、その土地と家を奪ってここに住んでいる」
「じゃあ、黒髪の子、犠牲者じゃないか、何故子供達に教科書でウソを教えるんだ」
「バカだな、自分を被害者だと主張出来るのは支配者、圧倒的強者だけだ。弱者はいくら被害をうけても、被害者だと主張したとたん、巨大な圧力をかけられ踏みつけられ謝罪させられるだけだ。覚えとけよ。この世は力だけが正義なんだ」
「でも、ここは慈悲深いロダム公の領地なんだろ?」
「慈悲深いってのはあくまでも人間に対してだ。この黒髪の子はネイティブといって、人間扱いされてない。口の汚い連中はイエローモンキーとかレッドスキンとか呼んでいる」
「どうにかこの子を助けてやれないかな」
「孤児院から買えばいいんじゃね?」
「おいおい、それって人身売買じゃないか」
「いったろ、人間たちはこいつらネイティブを人間と見なしてないって」
「でも、ボクはお金なんて……」
「賞金稼ぎでもしなよ」
「助けてくれるかい?」
「当然、お駄賃はいただくよ」
マサキはニヤリと笑った。
「ちゃっかりしてるなあ」
ユリウスは苦笑いした。
街の中に入ると人々が笑顔で声をかけてくる。
「よお、水髪の旦那、元気にしてたかい」
「よく魔物の森からお戻りで。さすがですね」
「まあまあ、水髪様、お家でお茶など飲んでいかれませんか?焼きたてのクッキーはいかが?」
みんなとても優しい。みんな親切で善良なのに、目の色や髪の毛の色、肌の色が違うだけでなぜこうも態度を変えるのか、ユリウスには理解しがたいことだった。
街のギルドに行って登録をする。マサキはすでに登録しており、ユリウスの登録も助けてくれた。
見たところ、どの仕事もたいしたことがない。居なくなった猫を探す、庭の木の枝切り、荷物運び。
「おい、これどうだ」
マサキがある張り紙を指さす。
「え?500ダラってすごく安くない?」
ユリウスたちが住んでいた魔界のお金のルートに換算すると五万魔銭だ。
「これこれ、ここを見ろよ」
マサキが指さす方向を見るとバツ印がついている。
「なんだよこれ?」
「×だよカケル。その横に57って書いてあるだろ、つまりこの金額の五十七倍だ。つまり28500ダラだ。お前らのルートに換算するとざっと二八五万魔銭だぞ」
「うわ、それすごいじゃないか、どうしてそんなに跳ね上がったんだ?」
「この57ってのは、この化け物を討伐しにいって殺された奴の数だ。そいつに支払うはずだった金が積み立てになる仕組みさ」
「でも、それって無茶苦茶強いってことだろ」
「なあに、ここ、カッパー級のギルドに持ち込まれるって事は名の通った魔物じゃなく、ポット出でどこかから流れてきた奴だ。ここの連中が弱いだけで私達なら楽勝だぜ」
マサキがそう言うと、周囲の戦士たちが怒りの形相でマサキを睨み付ける。
「おっと、私はプラチナ級だあ」
マサキが胸の間から首にさげた小さなプラチナ製のドッグタググと取り出して見せびらかす。
すると、兵士たちは目を背けてすごすごと立ち去っていった。
「カパーはお前じゃないと契約できない。手助けしてやるから契約してこいよ」
「う、うん分かった」
マサキは自分で契約しろといいながらユリウスがサインしていると体をひっつけてきて色々と指図をしてくる。マサキの大きくて柔らかい胸が時々ユリウスの腕にあたってドキドキした。
とりあえず、ギルドでモンスターの出現ポイントが書き込まれた地図を貰い、その森へと向かう。
森の中をしばらく歩いていると、遠くから「うおおおおおー」と吠える声が聞こえる。
その不気味な声が森の中にこだまする。声が聞こえると森の小動物が逃げ去り、ガサガサッと茂みが揺れる音がする。
マサキが眉をしかめた。
「こりゃまずいな」
「何がだよ」
「動物が怖がってる。これは本能的にまずいって知ってるんだ。私もなんだか殺気をすげえ感じる。ユリウス、お前は下がってろ。モンスターが現れたらすぐに物陰に隠れるんだ」
「でも、これはボクの獲物だろ」
「黙れ、お前を失いたくないんだ」
「え?ああ、うん」
ユリウスは口ごもった。ユリウスはこの前までマサキを軽蔑し、憎んでいた。そんなユリウスにマサキは気をつかい、食べ物もわけてくれたし、危ない場面では守ろうとしてくれる。ユリウスは自分がとても小さな存在に思えてきた。
「ぐるるるるるるうっ……」
うなり声が聞こえる。遠くの方からゆっくりとこちらに近づいてくる。体中コケむして緑色に変色した物体がこちらに近づいてくる。
メキッ
音がする。何か踏んだ。ぬるっとした感覚ととも悪臭が鼻をつく。以前かいだことのある匂いだ。
それは人間の腐敗臭。下を見たら腐って半分白骨化した死体がそこら中にちらばっていた。
「お前は隠れてろ」
厳しい声でマサキが言うのでユリウスは木の陰にかくれた。マサキがめっぽう強いのは分かっている。ユリウスが強引に前に出て、それを庇おうとしたマサキが危ない目にあってはいけない。ユリウスは木の陰で戦闘を見守ることにした。
マサキは目深に黒いフードをかぶり、顔を白い布で隠した。
マサキの姿を見つけた緑色の塊は猛スピードでこちらに走ってくる。
「紫綬羽衣!」
マサキは近接してきた化け物に顔に巻いていた布の宝貝を投げる。それは化け物の体に巻き付いて自由を奪う。
「もらった!」
マサキは懐からナイフを取り出し、化け物の顔に突き立てる。コケまみれの顔にナイフは深く刺さり、ガリッという鈍い音がした。
「やったか!」
メキメキメキッ!
変な音がする。
バリッ!
すさまじい音ともに布の宝貝が粉々に裂けけた。
「ば、ばかな!」
マサキは目を見張る。
おどりあがった化け物がマサキの頭に向かって拳をふりあげた。
怪力の化け物に襲われるマサキとユリウス。