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奴は魔界四天王の中でも最弱  作者: 公心健詞
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狐の隠れ里

新しい就職先を探しに、ヒーラー公の領地に行くも、勲章がなければ就職の面接すら受けられないという。

「公募!公募!悪の帝国との戦いに挑む勇者を求む!」

 王家の広報が街中に立て札を立てて叫ぶ。この街は魔神の住む森と隣接している。

 優秀な最愛の長子を魔物に殺されて王の悲しみは深く、その後継をめぐって姉のドニー、弟のロダムがいがみ合っているともっぱらの噂であった。 

 それぞれが兄の弔い合戦をするため魔物討伐の勇者を集めていたが、街の人々は、実はお互い戦争の準備をしているのではないかとささやきあっていた。

 弟のロダムは礼儀正しく、信仰心があり、立場の弱い貧しい人々に施しをしていた。

 姉のドニーは破天荒な性格でギャンブル好き。性格は荒っぽく、気に喰わぬ者には相手が聖職者であっても罵声を浴びせる性格であった。

 マサキはこの募集に応募するつもりのようであった。ユリウスはついていきたくなかったが、契約によって束縛されている以上、ついていくしかない。

 当然、マサキは慈悲深く、評判のよいロダム王子の軍に参加しようとした。しかし、実際にロダムの所領に来てみると、城が遠くに見えるほどの長蛇の応募者の列が出来ていた。それはそうだろう。ロダムは大の人気者、ドニーは性格破綻者の嫌われ者だ。それでもマサキはこの列に並んだ。

 しばらく並んでいると王の使いが列を選別しはじめた。一人一人に聞き取りをして、今までに合戦で手柄を立てて勲章を二つ以上もっている者だけを列に残し、もっていない者を列から排除しはじめた。

「おい、そこの者、勲章は持っておるか」

 使いがユリウスに話しかけた。ユリウスは動揺する。そんなもの持っているわけがない。まだ学生でトラブルに巻き込まれて否応なしにここに連れてこられているのだ。

「いえ、あの」

「はい、屋敷に置いてあります」

 マサキが黒いフードを目深にかぶり、こたえた。

「お前は何だ」

「この騎士様の従者でございます」

「では見せてみろ」

「屋敷に置いてございます」

「ならば取ってこい」

「それでは公募の選考が終わってしまうでしょう」

「心配するな。ロダム公は最精鋭部隊を望んでおられる。公募も今日一日だけではない。これだけの数がいるのだ。その整理だけでも数日かかるだろう」

「承知いたしました!」

 マサキがそう言うと使いは怪訝そうにユリウスの顔を見る。

「あ、あ、はい、承知いたしました!」

 ユリウスは慌てて答えた。

 ユリウスとマサキは列を出た。

「これからどうするんだ」

「家に帰って勲章とってくる」

「勲章なんて持ってるのか、すごいな」

「あたりまえだろ」

 マサキはプイと顔をそむけた。

列を出たマサキはそのまま街のパン屋に向かう。そこでマサキは焦げ茶色のパンを買おうとした。

「ちょっと待ってよ、何これ?」

「ん?知らんのか、黒パンだ」

「なんか見たことないパンだな。気味悪いよ」

「旅に持ち歩くにはいいパンだぞ、なあ、店主」

 マサキは店主のオヤジの顔を見る。

「ええ、それはもう」

オヤジは愛想笑いをする。

「一つ買うから味見をしろ」

 マサキは長方形の黒パンを一つ買ってその端をナイフで切ってユリウスに渡した。

 たべてみると、それは変に湿り気があり、口の中に入れるとパサパサしている。異様に口がかわく。しかも、何か弾力がある麦の粒のようなものが奥歯に当たる。気持ち悪いとユリウスは思った。

「ボクは普通のパンがいい、あそこにあるバケット」

 ユリウスはワラを編んだカゴに入っているフランスパンを指さした。

「バカ、やめろ、あんなもん」

 マサキは眉をひそめた。

「だって、あっちのほうがずっとおいしいんだよ、いつも家で食べてるし」

「買ってにしろ」

 マサキは黒パン2ブロックとフランスパン三本を買った。

「それと山羊のミルク」

 ユリウスがたのんだ。

「だめだ、水にしろ」

「無駄使いはするなって事?」

「ちがう、ミルクは腐る。山の中でお腹を壊したら致命的だ」

「う、うん、分かった」

 マサキはパンと水をパン屋で仕入れて外に出た。しばらく歩いて森の麓まで行ったところで、野原に腰を下ろして二人でパンを食べた。

 フランスパンはパリパリと音がして、香ばしくて、中はふわふわでとてもおいしかった。

「どうしてパン屋で水を買ったの?水なんて川でも流れてるだろ」

「本当にお前はお坊ちゃんなんだな、川の水は硬水といってな、長い間流れているうちに鉱物が水に溶け出していて、飲んだら毒のものやお腹を壊すものがあるんだ。動物の死体が川に落ちてたら疫病の菌がまざっているかもしれないしな」

「そうなんだ、知らなかったよ」

 ユリウスは感心した。

 それから森の中を歩きつづけ、日が暮れると大きな木を探してよじ登ってその上で寝た。

 地面で寝たらクマや山犬に襲われることがあるからだ。火をつかえば寄ってこないが、一晩中火の番をするのは体力が消耗するし、山火事になったら焼け死んでしまうからだ。マサキはどこの場所に上に登って寝られる木があるか、すべて把握していた。

 次の日になるとフランスパンは石のようにカチカチに固まっていた。

「ハハハ!だから言っただろ」

 マサキは大笑いした。マサキの買った黒パンはまだ柔らかかった。

 しかたなくユリウスはカチカチになったフランスパンをかじって口の中に水を入れ、ふやかして食べた。バサバサして全然おいしくなかったし、胃もたれがした。


 数日歩いていくと、広く開けた草原に出くわしたその草原の向こうに、何本も朱色に木を塗った門が

立ててある。門は何本も連続で立てられていて、それはまるで朱色のトンネルのようだった。それはとても美しい光景ではあったが、それ自体に意味があるとは思えず、とても無駄なように思えた。それでも、これがこの獣人たちの文化なのだろうとユリウスは思った。

 村につくとマサキは黒いフードを脱いでブルブルっと身震いした。

「ふー、ついた、ここがネオ・フシミだ。綺麗だろう」

「ああ、綺麗だね」

「おお、姫様じゃ、姫様がお帰りや!」

 畑で野良仕事をしていた狐たちがマサキを見つけて村の奥に走っていく。

 農作業をしている狐たちの顔はまるっきり動物の狐そっくりだった。マサキのように人間の顔をしてはいない。おそらく、マサキは上級狐なんだろうなあとユリウスは思った。

 マサキの家に到着すると、使用人の狐たちが百人ほど門の前に立っていて、一斉に頭を下げたままうごかない。

「すごいな」

「そうでもないよ」

 マサキは平然としている。

 家の奥から極彩色の着物を着た熟女がしゃなりしゃなりと高下駄を履いて出てきた。従者の狐が真っ赤な紙でできた笠を頭の上からかざしている。

「なんですのん、マサキ、そのアズマエビス(人間)は」

「従者です、お母様」

「まあ、アズマエビスなんぞやめときよし、気持ち悪い。お母はんが新しい奴隷買うたるえ」

「いや、私はこれがいいので」

「まあ、趣味がわるいこと」

 熟女は眉をひそめて後ろを向いた。すると、着物のおしりのところからフワッとした見事な尻尾が九本あらわれ、ユリウスの顔に生暖かい風がフワッとかかった。ちょっと石けんのような薄甘いにおいがして頭がふわふわした。

「あんたもここでは尻尾だしなはれな」

「あ……、はい」

 それまでピンと立っていたマサキのケモ耳がしなっとたれる。

元気なくマサキのお尻の処からモフモフとした尻尾が三本出てくる。

「ん?なんどすのん、この薄い妖気は」

 マサキの母が振り返る。

「どなしたんへ、これ!お尻尾が三本しかあらしまへんやんか!」

 マサキの母が金切り声をあげた。

「ごめんなさい、精霊に襲われて、抜かれちゃったの」

「まーまた悪たれ精霊かいな、ホンマ精霊はイケズやねえ、あ~気色悪い」

 マサキの母は露骨に嫌悪の表情を顔に浮かべた。

「あ、分かった、あんた、このアズマエビスを精霊のエサにするんやね、それで食いついたところを一網打尽に……」

「まあ、そんなところかな」

 マサキは苦笑をうかべた。

「ほな、大切にせないかんねえ、そのエサ。家の中に持って入ってええよ」

「ありがとうございます、お母様!」

 マサキは表情を輝かせた。

 家の中は畳敷きだった。ユリウスはそうした光景を幼い頃、絵本で見たことがある。お祖父さんが買ってくれた絵本だ。その事を思いだしたら目頭が熱くなり、思わず泣きそうになったが、必死に我慢した。

 畳敷きの部屋はフスマでくぎられ、その一番奥の部屋に黒塗りの祭壇があった。その祭壇の扉を開けると、真っ黒に金色で四角い字を縦に書いた長方形のバーが建ててあった。恐らく故人の名前が書いた位牌というものだとユリウスは思った。

「おとうはん、ただいまー」

 祭壇の位牌に走り寄ったマサキはそれを手に取ると、胸に抱きしめて頬ずりした。

「ごめんね、おとうさん、さびしかった?マサキすごい頑張ったよ、危ないこともあったけど、おとうさんが守ってくれはったんよね」

 マサキの言葉が急になまる。

「好き、好き、大好きやよ、おとうはん」

 マサキは何度も何度も位牌に頬ずりした。すこし顔が上気している。よほど父親が好きだったのだろう。

 マサキは母親に事情を話し、奥の桐の箪笥から勲章を二つ出してもらっていた。

 桐の箪笥の引き出しは開けるとオルガンのような音がして閉めると他の引き出しが飛び出した。

 精巧な作りになっている。狐の技術力の高さを表すものだった。 

 母親はマサキに勲章を渡したあと、満面の笑みでユリウスを見た。

「君も遠路はるばる大変やったねえ、ぶぶ漬けでも食べておいきなはれ」

「あ、そうですか、それじゃ遠慮なく」

 カエサルがそう言うと母親は急に眉をひそめて右の手のひらで口をおさえた。

「まあ」

 マサキがカエサルに顔を近づける。

「早く帰れってことだよ」

「え?そうなの?!すいませんでした!」

 ユリウスは母親に何度も頭をさげた。

 母親は顔を背ける。

 狐の文化は難解でユリウスには理解しがたいものだった。



狐のお里に勲章を取りに帰ったユリウスとマサキだった。

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