わき出す殺意
意外にも街の人間たちはとても善良で親切だった。
「いいか、これから街に入るが、そこでは私が従者、お前が主人を装ってくれ」
「なんでそんな事しなきゃいけないんだ」
ユリウスがそう言うとマサキは人差し指で自分の目を指さした。
「あ」
ユリウスは気づいた。マサキの目は金色だった。マサキはサングラスをかける。そして、フードの後頭部の部分をはずして、わざと金色の髪の毛を露出させる。
「何で金色の髪を露出させるんだ?」
「街の人間たちは青目に金髪がステータスなんだ。髪の毛を隠していると最下層の黒髪の連中と間違われて絡まれるかもしれないからね」
「考えすぎだよ、ボクの髪の毛は水色だよ」
「でも、顔は白いし目は青だし、顔立ちが高貴な人間と似ている。目が青ければ髪の毛が多少茶色くても、白くても大丈夫だ」
「それは考えすぎだよ」
「お前は人間の街に行ったことのないお坊ちゃんなんだな、まあ行けばわかるさ」
マサキは抑揚の無い声で淡々と言った。
マサキはそのように言ったが、実際に街に行ってみるとマサキの言葉がまったくの杞憂だったことが分かった。
街の人達は親切で目が合うと微笑みかけてくる。教会のシスターがユリウスたちを見つけると、教会に案内してくれた。
「これは旅のお方、旅は大変だったでしょ。教会でお茶でも飲んでいきませんか」
別に教会に勧誘するわけでもなし、ただ親切で誘ってくれた。
教会では紅茶と一緒にお菓子が出てきた。それは焦げ茶色で溝のついた円柱型で見栄えはあまりよくなかったが、外はカリカリで中がすこし弾力があってふわっとしていてとてもおいしかった。
カヌレという名前のお菓子だった。ユリウスはとても幸せな気分になった。
街の人達もとても親切で、子供がユリウスたちを宿屋まで案内してくれた。
しかし、しばらくすると様子が一転する。街に早馬が駆け込んできて王都の役人が街角に立て札を立てる。この国の第一王子がモンスターに殺されたという告知だった。
街の人達の表情に陰りが出、人々は家に帰って喪服に着替えた。
マサキは黒い布を腕に巻き腕章にするようユリウスに指示を出した。街の人間と無用なトラブルを招かないためだ。
ユリウスとマサキは宿屋の二階の部屋に宿泊することになった。
「知るかよ!」
窓の外から怒鳴り声が聞こえた。
ユリウスは窓の外を覗く。
「俺はこの町に来たのは初めてなんだ。蓄えも少ないし、喪服なんて買う余裕ねえよ!」
怒鳴っているのは肥った狸だった。
「この恥知らずの獣人め!お前らはそんなのだから嫌われるんだよ」
苛立った街の人間が数人集まってきて狸を突き飛ばした。
「やめろよ!いつもそうやっていじめやがって!」
そこに村の衛兵がやってくる。
「お前らモンスターに王子様が殺されたんだぞ!少しは反省したらどうだ!」
「殺したのは悪魔だろ!俺は狸だ!そんなの関係ねえよ!」
「狸だって悪魔だって同じモンスターだろ!」
村人がどなる。
「おいおい、どうした!」
衛兵が狸と村人の間に割って入る。
「どうもこうもねえよ!お前らはいつも俺たちをいじめてばかりだ!もういいかげんにしてくれ!ほっといてくれよ!」
狸は衛兵に向かってどなった。すると、衛兵は突然狸につかみかかり、腕を喉に回してしめあげた。
「ぐはっ!やめて!苦しい!息が苦しい!死んじゃう!やめて、ごめんなさい!何でも言うこときくから殺さないで!ぐあっ、げほっ!」
あがく狸。そのうち狸は痙攣しはじめる。複数の衛兵が暴れる狸の体を押さえつける。
「ぐえっ、ぐえっ」
狸はえずきながら泡を吐く。そのうち、狸が完全に動かなくなった。
それから数日後、号外が街中に配られ、肥った狸が暴れて街の人の暴行し、暴れて勝手に死んだと書かれていた。死因は肥りすぎ。当然、衛兵たちは全員無罪になった。
「分かったろ、高貴な身分に見えるお前や力の強い悪魔がやってきたら人間はへいこら頭を下げて迎合する。立場の弱い獣人は平気で殺す。しかも殺しても無罪だ。それが人間なんだよ」
マサキは言った。
しかし、ユリウスには人間の気持ちも分かった。皆が大切にしていた王子が殺されたんだ。しかも、モンスターに。人間達に獣人と悪魔の区別なんてできない。どうしようもない怒りとストレスが無抵抗で肥った狸に向かった。
この地方には狸が少なく、少数者だから抗議もこない。水は高いところから低いところに流れる。
上から叩かれて腹がたった人はより弱い者を標的にするのだ。
これ以上面倒に巻き込まれるのはゴメンだとユリウスは思った。人間たちはモンスターへの復讐心に燃えている。人間からしたら精霊のユリウスもモンスターという一括りにされてしまう。
もし、正体が見つかったら殺されてしまう。
ある深夜、マサキが熟睡している時にユリウスはそっと起き出して逃げようとした。
「ぐはっ!」
体に電流が走ったような激痛がかけめぐる。
「ぐあっ!痛い!いたいいいいいいいー!」
ユリウスは叫びながら転げ回った。
マサキが飛び起きる。
「なんだ!」
マサキは転げ回るユリウスを見下ろす。
「おい、てめえ、逃げようとしたな」
「そんなことしてない!してないっ、くうっ、何の魔法だよこれ、助けて!助けてっ!」
ユリウスは痛みと苦しみのあまり転げ回る。
「逃げようとするのをやめろ、そうしたら収まるよ」
「ほんと?」
「本当だ、そのまま無理に逃げていたらお前、死んでたよ。それが魔法契約だ。あの契約書は精霊の皮だ。精霊の皮に魔法を封じ込めて作ってある」
「おまえ、精霊を殺して皮を剥いだのか!」
ユリウスは怒ってマサキに飛びかかろうとするが、これまで以上の激痛が体に走って倒れ込む。
「ぐはっ、あががががが!」
「抵抗すれば痛みはより増す。逃げるより、契約主を攻撃する方が痛みが増す。殺意を持ったら吐血する。殺そうとしたら自分が死ぬ」
「ぐはっ!」
ユリウスは吐血した。
「ぬぐぐぐぐぐぐぐううっっっっ」
ユリウスは必死にマサキへの殺意を抑えようとした。
それまでマサキに淡く抱いていた可愛いという気持ちもあっという間に消し飛んだ。
やはり自分は心の底から精霊なんだとユリウスは思った。自分たちをいつも見下している魔人が目の前で殺されてもさほど怒りは感じなかった。しかし、同じ種族の精霊が殺された事を知ったとたん、体中に怒りがあふれ出してきた。少しお節介だけど親切なとなりのおばさん、おとうさん、おかあさん、そして、とっても優しかったおじいさん。そうした愛情をいっぱいくれた人達の顔がユリウスの頭の中にありありと浮かんだ。
「殺すことはかなわない。しかし、いつか必ず逃げてやる」
ユリウスは心にそう堅く誓った。
人の感情、己の感情も一瞬にして殺意に変わることをユリウスは知った。