わけがわからないよ
従者との命をかけた駆け引きが
はじまる。
「お前は死ぬんだよ。お前に選べるのはどういう死に方をするかだ。苦しんでしぬか、もっと苦しんで死ぬか、いたぶられて、じわじわ死んでいくかだ。死にたくないんなら、じわじわ苦しみながら死ぬのがいいよな~、なあ」
女従者はうすら笑いを浮かべながらユリウスの顔をのぞき込んだ。
「黙れ!この道具に頼らないと何もできない腰抜けの卑怯者が!」
恐怖と混乱のあまりユリウスは女に罵声を浴びせてしまった。殺されるこれはもう殺される。
殺されることは決まった。
「あ?」
女は眉間に深いシワをよせて声を荒げた。
「ああ?」
いわゆる不良、ゴロツキの類いがするようにユリウスの目を直視して顔を近づけてくる。
ユリウスも最後の気力を振り絞って女を睨み付ける。
もう殺される、そう思うと、これまでの短い人生の思い出が走馬燈のように頭をかけめぐった。
ああ、こんな若さで死ぬんだ、まだ女の子ともつきあったことなかったのに、キスもしたこともないのに死ぬんだ。
そう思ってふと前を見ると、目の前の女はかなりの美人だった。ちょっときつそうな吊り目で鼻筋がとおっていて、細面で、いわゆる美人タイプだがまだ顔が幼いので、すごく絶妙のバランスでかわいらしい。
今まで必死で、この子がこんなにかわいらしいとは気づかなかった。最初は覆面をしていたし。
どうせ死ぬんだ。もうファーストキッスはこの娘でいいや。ユリウスはもう何もかもどうでもよくなり、
捨て鉢になっていた。
女はすごんでユリウスのまぢかまで顔を近づけてきている。
チュッ!
ユリウスは女の子の唇に自分の唇をかさねた。
「う、うわっ!何やってんだお前!わ、私のファーストキッスをっ!」
女の子は顔を真っ赤にして飛び退いた。そして体をワナワナと震わせている。
「お、嫁さんに貰ってもらえなくなるじゃないかーっ!」
目に涙をためて女の子は叫んだ。そこらじゅうに死体がちらばっている死臭ただよう森の中でだ。
「そんなに動揺することないだろ、たかがキスくらいで。お前、フレイム殺すまえに、何発やってたとか言ってただろ。ただの糞ビッチじゃないか」
「な、何発って、何発手をつないだかって聞いただけだぞ!キ、キスなんてするわけないじゃないか!妊娠したらどうすんだよ!」
女の子は体をぷるぷる震わせて目に涙をためている。その涙は耐え切れなくなったのか、頬をつたってながれだしていった。
「あ、泣いちゃった」
ユリウスは少しあきれた。どうもこの娘は人間や精霊とは文化圏が違うようだった。
「うううう……」
女の子は自分の頭にかぶった黒いフードをとってそれで涙をぬぐった。するとそこからフサッと金色のがあらわれ、それと同時にピコッと大きめの耳が二つあらわれた。その耳の先のほうの縁はほんのりと白かった。
「じゅ、獣人!」
思わずユリウスは叫んだ。
「あっ!」
女の子は慌ててフードをかぶる。
「……おい、お前責任とれよな」
「何のだよ」
「に……妊娠しちゃったらどうすんだよ、子供の名前はどうする?ちょい三郎とか?」
「キスしただけで妊娠とかしないよ」
「う、うそだ!お母ちゃんがキスしたら妊娠するから結婚するまでキスしちゃだめって言ってたもん!」
「だから、それはウソだって」
「じゃあ、どうしたら妊娠するんだよ!」
「エッチとか?」
「え?ええええ…エッチ、エッチって、その……エッチって……」
女の子は顔を真っ赤にしてその場にひっくりかえった。
ユリウスは逃げたかったが、マンドラゴラの根が首に張り付いて逃げられない。
しばらくその場で呆然と立ち尽くすしかなかった。
それからどれだけの時間がたったのだろう。死体にハエがたかって腐敗臭がすごいことになっている。
「……ん?」
女の子が目をさました。
「殺すんならさっさと殺せよ」
長い時間がたってユリウスも心の整理がついた。今は殺されるのを待つだけだ。
「何いってんの?ファーストキッスの相手を殺すとか、それって不逞じゃん!私はそんな軽い女じゃありません!」
女の子は大声で怒鳴った。
「……わけがわからないよ」
「とにかく、お前は一生私のソバに居ろ。ソバには油揚げ、いや、揚げ玉か?いや、チクワの天ぷらという手があるぞ、いや、コロッケソバこそ王道!うううう……」
女の子は頭をかかえてその場で悩み出した。
「どうでもいいから早くしろよ」
ユリウスは突っ込みを入れた。
「とにかく!お前が私からにげられないようにする」
そう言って女の子はけっこう大きな胸の谷間から何かの皮の契約書を取り出した。
動物の皮は丈夫で保存が利くし破れにくいので、契約書には皮を使うことはよくあることだ。
女の子は自分で自分の人差し指を噛んで、血で契約書に呪文を書いた、そして、最後に「は今後マサキが私を手放すまで永遠にマサキに服従します」と書いた。
女の子は腰にいっぱい付けた袋のなかから一つを選び、そこから蛭を出してきて、ユリウスの指に貼り付けた。蛭はユリウスの血を吸って体がパンパンに膨らむ。その蛭の尻尾を女の子が切る。するとそこからユリウスの血が流れ出した。
「この血でそこに自分の名前を書け!」
「いやだよ」
「書かないと殺すぞ!」
「さっき、殺さないって言ったじゃないか」
「お前を殺して私も死ぬ!」
女の子の目が血走っている。どう考えても本気だ。
「わ、わかったよ」
とにかく今は生き残ることが大事だ。ユリウスは自分の名前を契約書に書いた。
「うん、ユリウスって言うんだ、言い名前だね、私はマサキって言うんだ。今から街に帰るけど、私が獣人だって事は内緒にしといてね。獣人だと分かると迫害されるんだ……」
「え?そうなんだ。君みたいな可愛い女の子でも迫害されるの?」
ユリウスがそう言うと、マサキは顔を真っ赤にして飛び退いた。
「お、おだてても何もでないからな!」
マサキは大声で叫んだ。
「とりあえず、このマンドラゴラの根をとってよ」
「お、おう」
マサキは腰のつけた無数の袋の中の一つを取った。その中に聖水が入った小瓶がある。その聖水を悪魔の腸に垂らすと、悪魔の腸は腐り落ちた。悪魔の腸が無くなると、マンドラゴラの根は養分を失いすぐに枯れた。
じつはモフモフ狐さんだった。