親がかり
モローはパワー系、ユリウスは水系。水系には打撃が効かないはずだった。
粉々に砕け散ったユリウスの肉片は、瞬く間に水滴へと変わり、また頭のところへ凝縮してゆく。
ユリウスは水の精霊である。水は変幻自在に形を変える。パワー系のモローに対しては圧倒的に有利だ。
「ブリザード」
モローが叫んだ。
「何っ!」
モローの手から絶対零度の吹雪が吹き出してユリウスの体が凍り付く。
「魔族なめんなああああああー!」
モローが叫びながら拳を振り上げる。
死
目の前に巨大な死の影が浮かび上がった。
と、
モローの拳を誰かが掴む。
それは細身の体に白黒のメイド服を着た女性だった。真っ黒な髪に真っ黒な瞳、真っ白な肌をしている。華奢ですらりと長い足。片手で軽々とモローの拳を掴み、もう一方の手の人差し指で銀縁の縁の四角いメガネをたくしあげた。年の頃なら二十歳前後に見える。
メイドは軽々と片手でモローを持ち上げると、ビタン!ビタン!と何度もモローを地面に叩き付ける。
「お!お!お!お!お!」
モローは慌ててその手をふりほどいて飛び退く。
「な、なんだこいつ……ん?額の文字、ゴーレムか」
メイドショートヘアーの黒髪の間から額の文字が垣間見える。「emeth」
「それなら話は早い!もらったあ!」
叫びながらモローはメイドに突進する。
「あぶない、カルビン!逃げろ」
ユリウスが叫ぶ。しかし、モローの動きは速かった。一瞬にしてメイドの前まで行き着くとメイドの額に爪を立てた。
ガリッツ
何かがはがれた音がした。
ゴーレムは額に刻まれたemeth(真理)の文字のeを削られるとmeth(死)となって死んでしまう。
「ぐはっ!」
血しぶきが飛び散り、モローの爪がはがれる。
「なんだこれは!土じゃねえ。青銅製か、タロースなのか、いや、青銅でも俺の強力な爪は容易く切り裂く!」
モローは眉間に深いシワを寄せながら飛び退く。
「馬鹿め、カルビンは、宇宙から降り注いだ隕石のコアの部分にあった炭素の同素体でできているんだ。ごく微量しか手に入らないので、我が一族は何万年にもわたってそれを少しずつ集めてきた。そして、ボクのお祖父さんの代になってやっと人型を作れる量が集まったんだ!それをお爺さんは自分のためじゃなく、ボクの命令だけを聞くゴーレムにしてくれた。クソッ、もしお祖父さんが自分のゴーレムにしていたら、絶対お祖父さんは負けなかったのに!」
「ちっ、何でも親がかり、じじい頼りかよ、この腰抜けが!自分では何もできないクズが!俺はお前なんかには負けねえ。俺が俺の頭で考えて戦ってきたんだ!」
モローは叫ぶともう一度カルビンに突進する。
「ははは、お前のパンチは一切カルビンには効かないぞ!」
ユリウスが叫ぶ。
「うおおおおおおおー!」
モローは思いっきり拳を振り上げてカルビンの胴を殴る。
ガツンと鈍い音がする。
「畜生!全然きかねえ!」
モローは大声で絶叫する。
「なんてな」
モローは素早くしゃがみ込み、カルビンの足を掴むと、思いっきり遠方に投げ飛ばした。
「そんな事ではカルビンにダメージは与えられないぞ!」
「それでいいんだよ、お坊ちゃん、アイツが帰ってくる前にお前を殺しちまえば済むはなしさ」
「あ!」
ユリウスは青ざめた。
「死ねや!」
モローは拳を振り上げる。が、モローの動きが止まる。
「弱い者イジメはやめなさい」
それはフロラだった。真っ黒な服を着て無表情なフロラがモローの振り上げた拳を掴んでいた。
昔は花柄の服が好きだったフロラ。
「私、魔王のお嫁さんになるの。だからユリウス君は魔王になってね」とはにかみながら言っていたフロラ。その面影はない。
「弱い者イジメはやめなさい」
その言葉がカエサルの心に刺さった。
「やめなきゃどうするよ」
「さあ、貴方しだいね」
フロラはずっと無表情にモローを凝視している。
「やめるわきゃねえだろ、バーカ!」
モローはフロラの手をふりほどく。
グチャッと鈍い音がして鮮血が飛び散った。
まさかの氷結魔法を使うモローの前に身動きができないユリウス。