弓の稽古
自分のコンプレックスを吐露するモロー
モローは毎日、毎日、人に隠れて弓の練習をした。しかし、なかなか的に当たらない。
「クソッ、この手が鉄球じゃなかったらもっとうまくなるのに」
モローは弓を地面に投げつけた。
「道具を大事にしろ。そんなんだから上達しないんだ」
「なにっ!」
モローは怒声をあげて振り返った。そこにた天弓がいた。
「お前に何が分かる!」
「分かるさ、弓の事ならな」
「……」
モローは下を向いた。
「あのさ……正直に言ってほしい。俺に弓の素養はあるか」
「弓は技術だ。熟練すれば誰でもうまくなる。人はよく間違いを犯す。どうせ才能がない奴は何をやっても駄目なんだろって言って何もせずに諦めてしまう。しかし、実際にやってみなけりゃ、才能があるか無いかなんて分からないんだよ」
「あの……おしえ……いや、まあいいや」
「教えてやろうか?」
「本当か?」
モローは目を輝かせた。
「しかし、武器を持つということは戦場に立つということ、ひとを殺すということは自分も殺されるということ、仲間の死にも向かい合うということ。それがお前に耐えられるか?」
「仲間なんていねえからいいや」
モローはそっぽをむいた。
「お前、どうしてそこまで戦いにこだわる。職が欲しいだけなら、荷物持ちとして雇ってやらんでもないぞ」
「バカにすんじゃねえ!俺様は魔物だ!どいつもこいつも見下しやがって!」
「見下してはおらぬ。誰かから見下されたのか」
「俺の種族はミノタウロスだ。弱っちいモンスターたちからは恐れられていたが、悪魔クラスの連中からはどうせ中ボスだろって言われて笑われてた。その中でも俺は抜きんでたエリートだった。それが!ちょっと油断したばっかりに利き腕を握りつぶされちまった。この腕さえマトモなら、お前らにだって絶対負けなかった。他のミノタウロスが使えねえ、魔法も覚えた。俺はエリートなんだ!」
「なら、くだらないプライドは捨てて弓を習え。お前は筋がいい。本気で習いたいなら教えてやろう」
「おお!教えてくれるか!あ……でもな、俺は魔族だ。最強の弓術を身につけたらその力を使ってお前ら人間を皆殺しにするかもしれないぜ」
「ははは、腹にあることを隠しもせずに言うのだな。良かろう。私も武人だ。私の弟子が私を越えるなら、それは誇らしいことだ。その時は喜んで討たれよう」
「よし、ならば話は決まった、弓道とやらを教えてもらうぜ!」
「うむ!」
そしてモローはその日から天弓の弓術を習った。
「違う!そうじゃない、その構えでは駄目だ」
「どう違うんだよ、言われた通りにやってるぜ」
「しかたないなあ、こうしてだなあ」
天弓はモローに近づいて手をとって弓の構えを修正する。
ビクンとモローの体が動いた。
「な、なんだいきなり」
驚いて天弓が飛び退く。
「な、なんでもねえよ」
「何でもなくてビクンとするのかお前は!ヘンタイさんかお前は!」
「ち、ちげえよ、お、お前の胸が背中に当たったから……」
天弓の顔がカーッと赤くなる。
「ば、バカ何を言っておるか、師匠に向かって!」
「しかたねえだろ、お前が綺麗なのがいけねえんだよ!ブスだったらそんな意識しちゃわねえよ!」
「な、何を言っておるか、私などが綺麗だなどと!」
「綺麗なもんは綺麗なんだよ!フン!」
「なんだ、こいつ、フン!」
モローも天弓もそっぽを向いた。
その日はお互い気まずくなったのか、そのまま家に帰った。
しかし、次の日から何事もなかったかのように天弓から熱心に弓術を習うモローであった。
今日も稽古は続く。