違う文化
ドニー公の王城へ向かうことにあったユリウスたちであった。
街のギルドに行って、ドニー王女がくれたドッグタグを係員に見せたら、係員が驚愕して大声を上げた。
「王立帰属義勇軍章!」
それを聞いてギルドに居た冒険者たちがどよめく。
「王立帰属だって?ウソだろ、あの汚い連中が?」
「盗んだんじゃねえのか?帰属章盗んだなら駄他ジャスマネ蝦夷、バカだなあ」
すぐさまギルドの奥から警備兵が数人走り出してきて、ユリウスたちに槍を突きつける。
「こいつらを逃がすな、今、早馬で王場にシリアルナンバーの確認に向かわせるから!」
係員が叫ぶ。
しばらくして早馬が帰ってきた。
「本物だー!」
途端に警備兵やギルドの係員たちがユリウスの前に平伏する。
「いや、あの、そこまでしなくていいから、とにかく仕事を……」
「いいえ、私どもの末端ギルドが帰属義勇軍様に仕事の紹介などおこがましい。どうか王城へお行きくささい」
係員は床に頭をすりつけながらそう言った。
「えー」
しからなくユリウスたちは王城に行く。
ドックタグを見せると守衛はあっさりとユリウスたちを通した。
「よくおいでくださいました。ささ、ドニー大公がお待ちかねです」
上品な顔立ちでブロンドの髪、青色の目の貴族がユリウスたちを出迎え王の間まで案内する。
「あ!」
ユリウスは目を見張った。そこには先の武闘大会の決勝で戦った残月一派が居たのだ。
「なんだてめえ、ロデムの犬になったんじゃねえのか」
眉間にシワをよせて朝比奈がすごんだ。
「まあまあ、かまわぬではないか、私は強ければ何でもいい。妖怪でも獣人でもな」
ドニーがそう言うと、マサキがビクッと体を揺らした。
「あなたは、獣人や黒髪の人達を差別してるんじゃないんですか?」
ユリウスが怒鳴った。
「勘違いするな。犯罪者は徹底的に潰す。それが獣人だろうと白人だろうとな。しかし、有能な者は誰であろうと登用するのが私の性分だ、なあゼピュロス」
ドニーはユリウスたちを連れてきた貴族の美青年にたずねた。
「仰せの通りですドニー様」
ゼピュロスは微笑をうかべて答えた。
「と、いうことで、そこなゼピュロスと戦ってもらう。勝てば王立義勇軍として雇う。負ければ死ね」
ドニーは冷徹なウスラ笑いを浮かべた。
「そ、そんな無茶な!」
焦るユリウス。
「では、まいりますよ」
ゼピュロスは少し後ろに下がってポケットからトランプを出してきた。
「そこの後ろの女の子さんは一緒に戦うのかな。それともただのお供さんかな」
ゼピュロスはユリウスの後をついてきたサエに目をやる。
サエはぎゅっとクマのヌイグルミを抱きしめて唇を噛む。
「その子はただの荷物持ちだ。関係ない。だから僕らが負けても開放してやってくれ」
「承知しました。では」
ゼピュロスは一礼すると手のひらにトランプをのせて前に出す。するとトランプが勝手に風にのって飛ぶ。ヒュン!と音を立ててカルビンとユリウスとマサキの首に飛んできた。
カルビンの首に当たったトランプは跳ね返り、ユリウスの首に当たったトランプはそのまま貫通した。
マサキはすんでのところでトランプを避ける。
「宝貝青雲剣!」
マサキが叫びながら自分の豊満な胸の谷間に手を突っ込みそこから剣を出してくる。その剣には黒い文字で 地水火風の刻印が刻まれており、一振りすると周囲に黒い霧が立ちこめた。
「一撃!」
マサキが叫ぶとそこから矛が一本飛び出しゼピュロスの突進する。その矛を一枚のトランプが盾として止める。
「二撃!三撃!」
マサキは次々と黒い霧の中から武器を発射するがそれはことごとくトランプの盾に止められる。
「ははは、いくらやっても無理ですよ、この鉄壁のトランプを破壊することなど不可能!」
ゼピュロスは余裕の笑みを浮かべるがかまわずマサキは武器を発射し続ける。
「五十一撃!五十二撃!五十三撃!五十四撃!」
ゲホッ!
トランプが無くなってゼピュロスの腹に槍が突き刺さる。
「そこまで!」
ドニーが試合を止める。
「びっくりしたなあもう」
ゼピュロスは腹から槍を引き抜くが平然としている。
「まだまだやれますがどうします?」
ドニーのほうに視線を送った。
「これでこいつらの実力も分かったし、これ以上いいよ」
ドニーは笑顔で答えた。
「命拾いしたね、君たち」
上から目線でゼピュロスがいった。
ゼピョロスはニタニタ笑いながらユリウスに近寄ってくる。そしてそっと耳元でささやく。
「ねえ、耳たぶナメていい?」
「うわっ、なに、この人、こわっ」
ユリウスが飛び退く。
「いいかげんにしとけよこの野郎!」
後ろから残月隊のキチ子が猛ダッシュしてきてゼピュロスの跳び蹴りを食らわせる。ゼピョロスはそれをすんでのところでかわして横にそれた。
「お前なんかに蹴らせないよ」
「なんだと、てめえ!」
キチ子が声をあらげる。
「やめとけ、キチ子」
残月がなだめた。
「ふん!」
キチ子がそっぽを向いた。
「なあ」
キチ子がユリウスの方を見る」
「な、何です?」
あの子どこでひろった?
クマのヌイグルミを抱きしめて心配そうにこちらを見つめるサエをキチ子は指さした。
「ああ、孤児院でいじめられていたので、かわいそうだと思って……」
「やっぱりそうかい。ここの街にゃ黒髪の民の貧民街がある。そこに私野知り合いもいるからそこに家を借りなよ。私達は獣人だって差別しないしさ」
「そうなんですか、それは助かります」
「じゃあ、私についてきな」
キチ子はちらりとドニーの方を見る。
「うむ、もう下がってよいぞ」
ドニーの許可を得てキチ子はこの街の黒髪の民の居住区に案内された。近隣には獣人の居住区もあるらしい。街では黒髪の民と獣人がそれぞれ雑多に市を開いてものを売っていた。
コレまで見てきたロダム公の統治する街では建物は整然と並んだレンガ作りで、どの店もレンガの家の中にあった。そこで働いているのも経営しているのも青い目に金髪の人達ばかりだった。しかし、ここにはレンガ作りの家はなく木の板を貼り合わせた粗末な掘っ立て小屋が並んでいた。
そうした木で出来た建物の中でも少し大きくて立派な家の門前にキチ子は来た。
「なんだお前」
門番がキチ子に近づく。ここの門番は木の棒を持っていた。城の守衛は金属の剣を持っていたがここでは違うようだ。
「庄屋様にキチ子が来たって言ってくれ。新入りが来たんでな。どこか長屋の大家を紹介してほしいんだ」
「うむ、待っていろ」
門番が木で出来た門を開き、その中に入っていく。門は木で出来ていたが、呆れたことに、壁は植物の垣根でできていた。こんなもの、横をすり抜けて簡単に中に入ることができる。塀の役割ができていない。しかもその木には赤い花が咲いていた。その花をユリウスが凝視しているとキチ子が得意げにユリウスに近づいてきた。
「綺麗な花だろ。椿っていうんだ。花が落ちて実がなるとその実から油がとれるんだぜ、私たち黒髪の民は頭がいいだろ。お前らはバカだな石の塀なんてつくって。石には花も咲かないし、実から油もとれないのに」
「いや、塀は人を入れないためにあるんだろ?」
ユリウスがそう言うとキチ子はきょとんとして目を丸くした。
「何で人を入れねえんだ?人が来ないとさびしいじゃねえか。人見知りか?」
どうも話がかみ合わない。
「おやおやどうも、新しいお家をおさがしかい、我ら黒髪の民の村にお住まいとは酔狂な。お仲間も白い人達から疎まれはしないかい?」
人のよさそうなお祖父さんが家の中から出てきた。
「いやさ、黒髪の民がお連れにいるのさ。この子が白い人達の中にいたら、かえっていじめられるだろ」
「そうかい、それじゃ、世話焼きのおかみさんが沢山いる長屋がいいねえ、ふぉっふぉっふぉ」
何かよく分からないが、老人は笑った。
そして老人に連れられて行った先には正方形に繋がった長細い家が何軒も立ち並んでいた。
ユリウスはあきれた。家と家が繋がっている。
「何なんですか、この家は、これじゃ、火をつけられたら全部燃えてしまう」
「え?たき火でもないのに燃やす人なんていませんよ、寒くて暖がとりたいなら、声をかけて貰えば家に入れますしね。家の中に囲炉裏があるから」
「老人が不思議そうにユリウスを見て言った」
「どうしてこんな家を建てるんですか」
「そりゃ、繋がっていたほうが安く家が建てられますからね。これは長屋というんですよ。隣同士が塀を共有したら安いし早く家もできる。いいことばかりじゃないですか」
「駄目ですよ、安全を確保するために金をかけないと。燃えてしまったらすべてが無くなってしまう」
「火事になったらみんなで協力して消火しますよ。井戸もあるし」
「井戸の水を買う金はどうするんですか!」
「は?水なんてタダでしょ。みんなの井戸だし」
ユリウスは唖然とした。、この人たちは水と安全はタダだと思っている。
普通の街では水売りから水を買う。近くに川が流れている場所でも、長大な川の水は硬水といって、鉱物を含んでいるから飲めないものが多い。水脈がある場所は金持ちが買い占めており、井戸の水は金を出して買うのが普通の事だ。しかし、この村では誰も水脈のある場所を買い占めようとはしていないようだ。
白人の商人達も黒髪の民や獣人が住む場所を嫌って買い占めにも来ないようであった。
何もかも、ユリウスとは文化も価値観も違う人達であった。
「それにしても、あんなに獣人を差別するドニー公がよくこんな黒髪の民の村を作ることを許しましたね」
「あんたはドニー公を勘違いしているよ。あいつは、獣人だろうと黒髪だろうと使える奴は使う。あいつは商人なんだよ。ただ、商人だから盗みをする奴は徹底的にたたきのめす。白人に獣人に物は売るなと言ってるが、白人から物が買えなくなった獣人はしかたなく黒髪の民の村でものを買う。そうすると商圏が広がる。売る物を運ぶための道を作るのに、住民から税金を徴収し、それで道を作る。土木工事で無職の奴に仕事を与える。そして荒れ野を開拓して街を広げている。あいつは、お前が思っている以上に頭がいいし、合理主義社だ。利になることなら何でもする。だから私達髪の毛の色が違うだけで虐げてこられた能力のある人間にも生きる場所がある。お前らもここになじめ。髪の毛の色だとか出身とかそういうこだわりのない奴にはここは良い場所さ」
キチ子は満面の笑みを浮かべた。
サエと同族の黒髪の民はユリウスたちとはまったく違った文化を持った人達であった。