表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

兄さんの裏切り

  ──玉座の間。


 扉を開けると、部屋を埋め尽くすほどの部下が一斉に俺に向かって頭を下げる。

 

 その光景に俺は少しだけ戸惑ったが、ここは堂々としなければならない。

 

 俺はしっかり前を見据えて、魔王の元へと歩み寄る。


 魔王は玉座に鎮座しており、歩み寄る俺から目を一瞬も逸らさず、その長い顎髭を撫でるように触っていた。

 魔王の隣には魔天王と呼ばれる魔王直属の部下が左右に分かれて座っていた。

 


 俺は魔王の前に辿り着くと、姿勢を低くする。

 


「ギルト。頭を上げい」

「ハッ」



 魔王に言われた通りに顔を上げると、魔王の口元が緩んでいたのが見えた。

 


 魔王は、笑っていた。



「お前が百の時、お前を後継者にすると告げた。それからちょうど百年……。よくぞここまで成長した」

「はい。魔王様の指導があってからこその賜物であります」

「うぬ。これからは魔族の長となり、魔族の繁栄へと導いてくれ……」


 魔王は立ち上がり、それと同時に四人の魔天王も立ち上がる。


「さぁ、我の魔力を食せ──。魔王のバースデーケーキを食して、新たなる魔王が誕生するのだ……」


 魔王の掌の上に、大きな黒い球体が生まれる。

 あれが魔王のバースデーケーキ……。

 

 あれを食せば俺は魔王として生まれ変わる。

 それと同時に魔王……父上は魔力の全てがなくなり、消滅する──。


 

 魔族の長として常に闘い続けてきた魔王。そして時には父として俺の成長をずっと見守り続けてきた魔王を俺は二度と忘れないだろう……。

 


 俺は掌にある魔王のバースデーケーキに手を伸ばし、片手で掴んでゆっくりと持ち上げる。

 そして魔王は一度だけ静かに頷くと、何も言わず消滅した。

 俺が憧れ続けた魔王は消滅し、新たなる魔王が誕生する。


 俺が……俺が魔王になるのだ。

 

 魔王のバースデーケーキにかぶり付き、咀嚼する。

 味など確認する間もなく飲み込み、あっという間に全て食した……。


 瞬間、ワッ! という大歓声が巻き起こる。

 

「新たなる魔王の誕生だ!」「魔王様ー! 魔王様ー!」


 誰も元・魔王の消滅を悲しむこともなく、新たなる魔王の誕生に喜びの声を上げる。

 

 俺は手を上げ、部下達に応える。

 

 ふと見れば部下達の中に兄さんの姿が見え、俺と目が合った兄さんはぺこりと頭を下げた。


 俺はさっそく兄さんの元へと駆け寄ろうとした時……。

 ある異変に気が付いた。



 魔力に変化が感じられないのだ。



 俺は既に魔王と同じ魔力を持っていたのかと考えたが、それは絶対にありえないことだ。

 

 父上も代々伝わる儀式で魔王となり、さらに魔力に磨きをかけて俺に託した。何千年も伝ってきた魔力が、たかだか二百年しか生きていない奴に怠るはずがない。



 そんな事を考えると嫌な予感がした。

 そして嫌な予感は的中した。



「お前、魔王の子ではないな?」


 肩に手を置かれ、俺は振り向いた。

 魔天王の一人、リサーザが眉間に皺を寄せて、明らかに俺を疑っているかのような目で見ていた。


「おい、リサーザ! いきなり何を言っておるか! 無礼にもほどがあるぞ!」


 魔天王の一人、ジャヴィルが荒げた声でリサーザを俺から突き放す。

 

 どちらも魔天王の中でも特に魔力、身体的な能力が優れており、それ故か二人で争うことが何度かある。

 どっちかが魔王に対して何か提案をすると、片方が反論する形でいつも言い争いになる。


 だからリサーザが俺に向かって言ったことに対して、真っ先にジャヴィルが反論したのだ。

 

「リサーザよ、貴様はギルト様が後継者に選ばれたとき、一人反対したらしいな。だが既に魔王様はギルト様に魔力を託され、ギルト様は新たな魔王として君臨されたのだ! 今更事を荒げる必要がどこにあるのだ!」


 さっきよりも荒げた声でジャヴィルは言う。そんなジャヴィルの大声で、少しずつ周りはざわざわと騒がしくなっていった。


 リサーザが俺が魔王になることに対して反対しているというのは初耳ではない。

 

 リサーザは俺ではなく兄さんが後継者として相応しいと兄さんを推していたのだ。

 

 それは兄さんを二百年もの間見守り続け、時には師として兄さんの成長を促していたからこそ、兄さんに対する想いは厚かった。


「では魔王になったという証拠を見せていただきましょう……。ギルト様、魔王様から授かったその魔力で、私の肉体をこの世から消していただきたい。魔王になられた今のあなたなら、それは造作もないはずです……」


 リサーザは俺の前で両手を大きく広げる。

 どうやら本気のようだ。リサーザの顔には曇りがなく、しっかり俺を見据えている。


「本気かリサーザ!?」

「ええジャヴィル。私が欠けても魔天王の席が空くだけです。空いた席はまた埋めればいいもの……」

「グッ……! 貴様はそこまでして……」


 リサーザの決死の覚悟に言葉を失い身を引くジャヴィル。

 俺はどうしていいか分からず、ただその場で呆然と立っていた。


 魔力の変化が自分でも感じられず、堂々と自分は魔王だと言い切れない俺。

 

 ここでもしリサーザを消滅させられなかったら、俺は一体どうなるのか……。

 

 そんな不安と恐怖で頭が回らない……ふと不安げに俺のことを見守る部下の中に兄さんの姿を探すが、兄さんの姿はどこにもなかった。



「さあ、早くギルト様の手で私を消してください! そしてあなたが真の魔王だということを我らに証明してください!」


 

 声を上げて急かすリサーザ。彼の行動に、もはや誰も口を挟んだりしなかった。

 

 誰もが固唾を呑んで見守る中、俺は覚悟を決め、両手を前に突き出す。



「許せ。リサーザよ!!」



 リサーザに向けてありったけの魔力を放出する俺、轟音が鳴り響き、城内はガタガタと音を立てて揺れ、部下達は騒然とした。

 

 ……そのあまりの強大な魔力ではなく、俺の魔力を全身で受け止めても尚、広げたはずの両手がなくなっただけのリサーザの姿に。



「決まり……ですね」



 ニヤリと口角を上げてリサーザは言った。

 

「さぁ! 今すぐこいつを引っ捕らえるのです!」


 そしてすぐにリサーザは叫んだ。

 部下達は戸惑いながも俺に向かって一斉に襲いかかってきた!

 

 それはジャヴィルも例外ではなかった。


「き、貴様!! ギルト様に化けていたな!!」

「落ち着け! あれを父上と血が繋がってない者が食べると身が消滅するだけだということはお前も知ってるはずだ!」


 ジャヴィルの剣をひらりと避ける俺、ジャヴィルは顔を真っ赤にして完全に頭に血が昇っているのか、俺の話しを聞こうともせず、再び剣を降り下ろす。


「うわっと! 危ねぇ! いいかジャヴィル、俺はギルトだ! 偽者だったら今頃ここに居ないはずだ!」

「黙れ! 偽者は俺の手で殺してやるよ!」


 クッ、こいつは一度キレると全然話しをきかねぇ奴だ。俺はたまらず幻惑魔術を使う。

 

 ……これでしばらくはジャヴィルの目では俺は見えないはずだ。このスキにとりあえずここから出よう!


「チッ、魔術を使いやがったか……。それもかなり高度な魔術だ。おい、お前ら! 偽者はお前らの中に紛れているぞ!」


 キレている割には頭が冴えているジャヴィル。

 

 俺が部下の中に潜んでいることをすかさず見抜くがもう遅い……俺は既に扉を開けて玉座の間から脱出していたのだ。


「お、おい! 扉が空いているぞ! あいつは外へ逃げたぞ!」


 しかし間もなく部下が俺を追い掛けにきた。俺は振り返ると指先に小さな火を生み出し、大群に向かって投げる。

 

 その小さな火は先頭の部下に当たると、業火となり後の者も一斉に焼き尽くし、あっという間に火の海ができた。


 だがその炎をもろともせず走り抜けてきた人影に、駆け出そうとした脚が止まった……。

 

 片手に剣を持った人影……兄さんが真っ直ぐ俺に向かって突進してきたのだ。



「兄さん!」



 俺の呼び掛けにも答えず、兄さんは俺に向かって剣を降り下ろす!


 俺は咄嗟に壁に掛けてあった剣を取り、兄さんの剣を正面から受け止める。兄さんは本気で打ち込んできたのか、かなりの衝撃が走った。


「兄さん! 兄さんも俺のことを疑っているのですか!?」


 悲壮感が漂う俺の声に兄さんはフッと微笑んで、剣をゆっくり下げた。


「ギルトよ……全ては仕組まれていたことだ」


 そして静かに語り出したかと思うと、兄さんの後ろから腕を再生させたリサーザが現れ、俺は驚愕する。


「兄さん……それは……まさか!」


 リサーザが手に持っている球体を指差し、俺は声を震わせながら言う。


「これ? ギルトも知っているはずだ。これは父上の……いや、魔王の魔力の全てが詰まった……」




 魔王のバースデーケーキだった──。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ