第二話
「ま、まあ、ほら。あれだ。手間が省けた、だろ?」
「…………」
学生証の性別の欄を見て固まる僕に、和馬が引きつった声で言う。
うん、分かってる。分かってるんだよ。きっと、和馬にはなんの悪気もないんだろう。本心から固まった僕を慰めようとしてくれてるのはよく分かる。
でもさ、人の心はそんな風には出来てないんだよね。
確かに手間は省けたけどさ、これって僕が男に戻る手段がないって証拠だよね? 物理的な記録まで変わってるとなると、人の記憶とかも……記憶?
あれ、和馬は僕のことを覚えてるよね。じゃあこの推測は間違い?
「ねえ和馬、帰ったら家族に僕のことを聞いてみてくれない?」
「? 別に構わないが……」
「あとさ、変わってるのが性別だけじゃない件について」
「ああ、名前変わってるな、ルナ」
そう。何故か僕の名前がルナになっていた。ちなみに写真も変わっている。
本格的にゲームキャラになったようだ。
「ルナって吸血姫だよな?」
「うん。あのクエ苦労した……」
【ラグナロク・オンライン】では、最上位種族に転生するための特殊クエストとして【王の継承】というものがある。実装されたのが割と最近であること、ソロ攻略が条件であること、そして難易度は鬼畜という言葉が生温く感じるくらいエグいことから、最上位種族キャラは現在でも片手の指で数えられる程度しかいない。
で、廃人な僕はその一人な訳だ。
「ついでに言えば神祖だったよな」
「うん。【神の系譜】、あれも大変だった」
同じく特殊クエストだ。吸血鬼系の種族の力を大幅に増幅させる効果を持つ称号【神祖】を手に入れるためのもの。これの難易度も極悪である。
「で、今のお前はルナなわけだよな」
「うん、そうだね」
そうです、累計プレイ時間にして一万時間以上を注ぎ込んで育て上げたルナさんですよ。
「……吸血姫?」
「……目を逸らしてた問題をハッキリと告げるねえ、和馬は」
まあつまり、僕は人間ではない可能性があるのだ。
ファンタジー? TSが起こってる時点で常識なんて捨て去らなくちゃ。
「一応、その可能性も考えた方が良いのかねえ」
「それはまあ、その内分かるんじゃないか? 吸血鬼の食事って血だろ」
「普通の食事は魔力体に分解されちゃうんだったかな、設定的には。だから、MP回復にはなるけど栄養補給にはならないんだっけ。何気に死活問題なんだよね」
血ねえ。誰か吸血させてくれる人っていないかなー。
……いないかなー、いないかなー。
「こっち見んな」
「……いないかなあ……いない、かなぁ……。ぐす、このままじゃ僕は栄養失調で死んでしまうよ」
ぐすぐす。
えーん。
……チラッ。
「……ぐすぐす」
「……………………はあ~」
大きくため息を吐く和馬。
「分かりやすい嘘泣きしやがって……。仕方ない、お前に死なれたら寝覚めが悪いのは事実だからな、死なない程度にやるよ」
「やった!」
「死なない程度、だからな! 必要以上に飲んだりするなよ!」
「うんうん、分かってるって」
そうだよね。死なない程度、死なない程度なら良いんだよね。
和馬が。
「その目はろくでもないことを考えている目だな」
「ギクッ。な、なんでもないよ」
あーもう、和馬は鋭いなあ。
こりゃ誤魔化すのは無理だ。
「言葉遊びが通じない相手って嫌だよねえ」
「お前のは屁理屈って言うんだ」
「信頼できない相手から言質をとるのは基本だよねえ」
「お前はどこの外交官だ?」
……だめだ、やっぱり和馬には勝てない。
和馬って頭いいわけではないのに、なんでだろうね?
「ま、まあいいや。万が一吸血鬼になってた場合、血は和馬ね。あとは……日用品の用意かな」
「服とかか」
「うん。サイズが分からないから通販で買うわけにもいかないんだよねえ」
かといって、一人で行くのはハードル高いなあ。こんなときに親や姉妹がいてくれればと思うけど、生憎僕は一人っ子だ。そして両親は……今はどこにいるんだろうね。スイスの研究所かアメリカの大学か、はたまた南米あたりの遺跡かな? とにかく行方不明だ。生きていることは確実だけど。
そんなわけで頼れる人がいないんだよね。
「ねえ、和」
「嫌だぞ」
……だよね、僕が同じ立場だったとしても断る。
何が悲しくて、女体化した親友の服や下着を買うのに付きあわなければならないのか。
もういっそ、制服が届くまで引きこもろうかな。学生証に従えば、届くのって女子の制服だろうし。制服来てでかければ変じゃないよね。
もしくは、いっそ高校始まってから女子の友達作って一緒に行こうかな。女子って買い物好きなイメージあるし、ファッションとかわからないからって言えばレクチャーしてくれるかも。
とまあそんなことを考えるが、やっぱり外を出歩けないのは厳しい。僕は別にインドアというわけじゃないのだ。
「あ」
「どうした?」
「服を買いに行くために外出するための服がない」
引きこもり決定である。
◇◆◇
和馬と色々話していたら昼になったので、食事だ。
僕は料理ができない、故に料理をするのは和馬だ。母親に仕込まれたらしく、和馬は料理が上手い。実に上手い。そんな和馬は一人暮らしで不養生な僕のために、ときどき料理を作りに来てくれるのだ。持つべきものは料理のできる友である。
「ただいま」
「おかえり~」
食材の買い出しに行っていた和馬が帰ってきたようだ。
家の近くに産直センターがあるので、新鮮な食材が安く手に入る。僕には関係のないことだけどね。
惣菜、冷凍食品、保存食の三つは本気で三種の神器だと思う。人類の叡智の結晶だよ。
「んじゃ、パスタでも作るか」
そう言って、腕まくりして調理に取り掛かる和馬。お湯を沸かす横で野菜やベーコンを切り、軽く炒めて塩コショウで下味をつけるとソースを絡めて加熱、隣で麺を茹でる。麺が茹で上がるとお湯を切り、ソースの中へ投入。かき混ぜて終了。
調理時間にしておよそ10分、和馬のクッキングの完了だ。
「出来たぞ」
「ありがと~♪」
いやあ、和馬のご飯を食べるのも久しぶりだね。最近はずっとインスタントラーメンで済ましてたからなあ。
「やっぱり和馬のご飯は美味しいねえ」
「そりゃどうも」
ふふ、ぶっきらぼうな返事をしたって、顔がちょっと赤くなっているのはお見通しだよ。
でも本当に美味しい。いくらでも食べられちゃうね。
「和馬、おかわり」
「はいよ」
パクパク。
「おかわり」
「おう」
ごっくん。
「おかわり」
「……もうないぞ」
「えー……」
まだ食べ足りないんだけどなあ……。
なんだろね、食べたら食べただけ消化されていくような気がするよ。
って、これもしかして分解?
……魔力に?
「……和馬」
「うん?」
「これはあれかもしれない。吸血鬼の……」
「あー」
和馬が顔をひきつらせる。
「ま、まあ、ほら! まだ確定じゃないし! 単純に大食いなだけかも!」
「そうだよな! というわけで、じゃな!」
あ、逃げた。
まあ、体に不調があるわけでもないから良いんだけどね。
けど、仕方がないと分かっていても、親友に逃げられるのって結構ショックだね……。
「はあ。寝よ……」
昨日、遅くまでゲームしてたから眠いんだよ。行儀は悪いけど、食後だから余計に睡魔が……。
ひと眠りしよっかな。
お休み~。




