光と。
ガタン、と音を立てて光が立ち上がり、
「小林さんの家を見てきます!」
そう言って教室を飛び出した。
「……お、おう?」
「どうしたんだろ?」
「さあ……」
残された生徒は困惑顔だ。
そんな中僕は、
「僕も行きます!」
光を追いかけることにした。
正直、小林さんのことはどうでもいい。仲良かったわけじゃないし、わざわざ家まで行く必要があるとも思えないし。
でも、光の態度は気になる。
光はおそらく、魔族か魔術師、あるいはそれらに敵対する何かだ。少なくとも、『魔族』という存在を知る人間が一般人のはずはない。
思い出されるのは土曜日の、喫茶店での会話。柏さんと光は何かを知っている風だった。
『やり口がそっくりだ』
『メンバーも減っちゃった』
柏さんが言っていた台詞だ。
そしてさっき、光は『小林さんがいない』という状況に対して過剰とも言える反応を見せた。
僕の考えすぎかもしれない。邪推が過ぎるかもしれない。
けれど、もし光に何かあったら。防げたのに防がず、知人が傷付くような事があれば。
「少なくとも、寝覚めは良くないよね、っと! 光!」
「ルナ!?」
見えた光の背中に声をかけると、驚いたような表情で光がこちらを見る。
「何かあったの? なんか、今日の光変だよ?」
「……そうかな」
声かけとしては、こんなところが無難かな。
光は焦った表情を浮かべながら、それでも立ち止まって返事をしてくれた。
「別に、休むなんて誰だってある事じゃない? なんでそんなに慌ててるの?」
「……ルナはなんでここに?」
無視ですかそうですか。ていうか、そんなに警戒しなくても……。
まあ、打算ありありで行動してるのは確かだけどさ。
とりあえず、この場は無知を装おう。
「なんでって、突然飛び出して行ったら気になるでしょ」
「そうだけど……わざわざ追ってこなくても」
「別にいいでしょ。で、どうしたの?」
「……あの子が連絡もなしに休むとか、有り得ないのよ」
光はそう断言した。
「あの子は、こんな状況で勝手なことする子じゃ……」
「こんな状況?」
僕が問い返すと、光は「しまった」とつぶやき口を抑えた。やっぱり、何かが起こっているみたいだ。
光も焦っているようだし、ここはサクッと斬りこもう。
「この前、喫茶店で柏さんと話してたことと関係あるの?」
「!」
「例えば、そう。僕の正体とか」
そう言って、僕は魔力を練った。
何故かみんな、僕の魔力を感知できない。スキルを発動させた僕にははっきりと分かる……光の中に内包される、光属性の魔力が。
つまり光は、こちら側の存在だということだ。
「……魔族」
「大正解だよ」
陽炎のように立ち上る魔力に当てられ、顔色を悪くする光。その表情には、はっきりと、僕に対する恐怖が刻まれていた。
一歩光に向けて足を踏み出し、ニコリと笑う。
「光はなんで、それを知っていたのかな?」
「ルナ、あなたは……何者なの?」
「え?」
一瞬魔力の制御が緩み、放たれた膨大な力の波動に光はさらに顔を引きつらせる。が、視線は僕の顔に固定されたまま動かない。
「あなたは、一馬くんの幼馴染だと言っていたわよね。でも、私の記憶にある彼の幼馴染は、男だった。ルナじゃない」
その言葉に衝撃を受ける。まさか、光は……桂のことを覚えている?
「そして……名前は覚えていないけど、彼は確かに人間だった」
「!」
「その男子生徒が消え、代わりにあなたが彼のポジションに入り込んだ。……そもそも、一馬くんの幼馴染なのに何故転校してきたの? 一体どこから? 幼馴染というからにはずっと近くにいたはずでしょう。何故誰も、あなたのように目立つ容姿の人を覚えてないの? 一馬くんの幼馴染なら、同じクラスだったはずなのに」
今の状況の矛盾点か挙げられていく。
「何故誰も、この状況を疑問に思わないの?」
そう、それが最大の矛盾点。ちょっと考えればすぐわかる、なのに誰も踏み込まない。
何故?
言いたいことを言い終えた、そんな様子で、緊張の面持ちで僕を見る光。
でも……
それを一番知りたいのは、僕だ。
湧き上がる気持ちを必死で飲み下し、感情を消した声で告げる。
「質問しているのは僕だ……。答えて。光は一体何者なの?」
そう。
ここまでの推論を並べられる、それこそが証拠。僕の中で、推論が確信に変わる。
光は、人間ではない。




