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魔法使いとコーヒーを  作者: 宇部松清
第1章 いだいなる魔法使い
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 自転車を飛ばして、『友人』である国重千鶴の家に着いたのは約束の十六時を十分ばかり過ぎたころだった。

 お互いになんとなく友達以上な思いはあるものの、あと一歩踏み出せない状況である。

 決め手にかけるというか、きっかけとなるイベントがに欠けるというか……。

 若さがあるとはいえ、これだけ飛ばせば呼吸も乱れる。ただでさえ、あんな話の後だ。

 インターホンを鳴らす前に大きく深呼吸をした。深呼吸を二回して、ボタンに触れる。

 押そうとした時、ふと思った。さっきの話、千鶴に話すべきか……。ここへ来た名目は『苦手な英訳を手伝ってもらう』なのだ。そして、英訳の内容は『身近なカップル(両親でも可)の馴れ初め』である。

 こんなことなら、最近出し抜かれて彼女持ちになった友人に頭を下げて聞くんだった!

 どうしたものかと悩んでいると、玄関のドアが開いた。千鶴だ。さらさらとしたストレートの黒髪を顎の辺りで切りそろえ、少し長めの前髪の隙間からは形よく整えられたまゆ毛が覗いている。大きな目を縁どる長い睫毛を数度瞬かせ、彼女は首を傾げた。

「どうしたの? なかなかインターホン押さないんだもん、こっちから開けちゃったよ」

「え? 何でここにいるってわかったの? まさかお前も……」

 お前も魔法使いの何かなのかよ。そう言いかけて、止めた。

「何がお前もなのかわかんないけど、祥太朗のチャリのブレーキ、最近キーキー言ってるじゃん? その音が聞こえたから。ウチの玄関モニター、インターホン押さなくても、ボタン押せばこっちから見えるんだよ。そしたらなんかインターホンの前で固まってたから」

 よかった、どうやら深呼吸のところはぎりぎり見られてなかったらしい。

「とりあえず、中、入ったら? すごい汗かいてるし、冷たいお茶出すよ」


「で、誰の馴れ初めにしたの?」

 よく冷えた麦茶を勧めながら、千鶴が聞く。

「いやー、その、ウチの、親の?」

「祥太朗のお母さんってきれいだよねー。若いしさぁ。ね、ね、お父さんも若いの? 美人の奥さん捕まえたんだから、やっぱりイケメンなのかなぁ」

 祥太朗の気も知らず、千鶴は無邪気に聞いてきた。

 しかし、そういえば自分も父親の顔を知らないことに気付く。そうだよ、だって俺が産まれてすぐに病死したって話だったし……。そういえば写真なんてのも一枚も無い。父さんは写真が苦手な人だったと聞かされていたのだ。

 あれ、でもさっき母さん、『父さんと一緒』に俺の顔じーっと見てるって……。

 麦茶を手に持ったまま微動だにしない祥太朗を、千鶴は訝しげに見ている。

「ちょっとちょっと、祥太朗。なんか変だよ、今日。どうしたの?」

「え――……っと、ああいや、何でもない。父さんの顔は……まぁ普通だよ。普通のおっさん」

 まさか見たことも無いなんて言えなかった。

ていうか、魔法使いって人間の年と同じなのかな。漫画とかだと何百歳とか何万歳とかザラだしなぁ。

「ちょっとー、もう、またぼーっとして。絶対なんかあったんでしょ。どうして話してくれないの?」

「……あのさー、ウチの母さん、絵本作家なんだよな。それでさ、何つーか、馴れ初めが『多少』ファンタジックっていうかさ……」

 『多少』の部分をだいぶ強調してみたが、こんなことですべてが伝わるわけがないのはわかっていた。それでもワンクッション置かずにはいられない。

「知ってるよー。小さいころ、よく読んでもらったもん。『いだいなる魔法使い』でしょ。あれって続きとかってないのかな、大好きだったんだー、あの話」

 続きなら、ある。お前の目の前にあるのが、その続きだよ。そう言ってしまいたかった。

 でも、自分もまだ半信半疑なのに、佳菜子みたいに語れる自信もなかった。 

「ファンタジックな馴れ初めかぁ。女子的にはすっごく素敵な感じするけど、オトコノコ的にはちょっときつかったんでしょ。それで元気ないんだ?」

 だいたいあってた。

「まぁ、そんなとこ。第一、よくよく考えたら、両親のそういう恋愛的なところってなんか恥ずかしいよな。その結果が俺らなわけだしさ」

「言われてみれば、そうだよね。あんまり生々しいなら、違う人のにしたら? 個人的には、その馴れ初め、聞いてみたいんだけど。祥太朗が話せるようになってからでいいからさ」

「サンキュ。でも、そしたら誰のにするかなー。提出期限って来週の水曜だっけ。今日が金曜だからなー……」

 やっぱり最近彼女が出来たあいつかな。それとももう二ヶ月続いてるっていうあいつか……。それとも、俺らの……。

……待て、違う。そんな宿題のためにとかってそれはおかしい。動機が不純っていうか、そんな宿題がきっかけとかって絶対おかしいだろ!

「さっきから何ぶつぶつ言ってんの? 愛の告白ならはっきり言ってほしいんだけど、あたし」

「はぁっ? こここここ告白なんてべべべべべ別に」

「冗談だよ、冗談。もー焦りすぎだってば。祥太朗はこの手の冗談通じない人?」

「……今日は特にな」

 女ってやつは、どうしてどいつもこいつもこんなに鋭いんだよ。

 

 結局、その後は甘酸っぱいイベントが起こることもなく、遠縁のオジサンの馴れ初めという設定で適当に話を作り、英訳は千鶴の協力を得て、宿題は完成した。

 話が出来上がってからは英訳に集中し、あまり会話らしい会話もなかった。いつもなら物足りない展開だが、今日はなんだかそれがありがたかった。千鶴の前でまた余計なことを考えないで済むからだ。

 千鶴の家を出たのは二十時過ぎだった。ちょこちょことお菓子をつまみながらの作業だったのでそんなに腹は空いていない。佳菜子はきっと夕飯を食べずに待っていてくれるだろう。さすがに連絡するか。尻ポケットからスマートフォンを取り出し、ホーム画面にワンタッチ登録されている佳菜子の携帯に電話をかけた。

「ああ、俺だけど。いまから帰るわ。夕飯、何?」


          *


 家に戻って、夕飯を囲む。四人掛けの食卓に二人だけ。祥太朗が物心ついた時からこうだった。

 夕飯はから揚げとポテトサラダ。それに豆腐とわかめの味噌汁。から揚げは祥太朗の到着に合わせて揚げたらしい。まだ一部しゅわしゅわと音が鳴っているものもある。小さいころから大好きなメニューだった。

 佳菜子は祥太朗に揚げたてを食べさせたいのか、積み上げられたから揚げをなるべく崩さないように、下の方から取っている。いや、単に猫舌だからかもしれない。

 祥太朗はアツアツのから揚げで舌を焼きながら、昔のことを思い出していた。

 幼稚園児のころ、「僕のパパはどこにいるの」と聞いたことがある。「遠いところから見守っているのよ」確かこんな感じの答えが返ってきた。

 小学生になって、もう一度「僕のお父さんって、なんでいないの」とも聞いた。確かその時は「あなたが産まれてすぐ病気でね……」そんな風に濁された。そのころには片親がいない友人もちらほらいたし、ウチだけが特別じゃないって思った。

 でも、よくよく考えたら、ウチには仏壇なんてないぞ。遺影だって無いし、墓参りだって行ったことがない。どうしていままでそこに気が付かなかったんだ! 俺は馬鹿か! 病『死』したなんて言われてないじゃないか!

「母さん、あのさ、もしかして、父さんって生きてんの?」

「生きてるでしょ。母さん、死んだなんて一言も言ってないと思うけど」

 佳菜子は味噌汁を一口啜り、中の具を箸でつまみながら答えた。

「いやいやいやいや、そういうことじゃないでしょ。父さんいまどこにいるんだよ」

「そんなの母さんがわかるわけないじゃない。父さんどこにいるのよぅ」

「俺に聞くなよ!」

「アンタに聞かないで誰に聞くのよぅ!」

 佳菜子は箸と椀を置いて祥太朗をじっと見つめた。

「アンタ、さっきの母さんの話、ちゃんと聞いてたの?」

「えっ? 聞いてた……と思うけど……」

「魔法使いはね、自分の親を見つけられるようになったら一人前なの。子どもが出来たら、見つけてもらうために姿を消さなくちゃいけないのよ」

「あっ、そういえばそんな件があったような……。って、えっ、じゃあ俺が見つけなきゃいけないの? ていうか、俺、魔法使いなの?」

「人間とのハーフだけどね。まぁ、練習次第なんじゃない?」

「軽く言ってくれるなよな。教えてくれる先生もいないのにどうやって何を練習すればいいんだよ」

 から揚げを口に運び、咀嚼する。そう、教えてくれる父親はいないのだ。いや、厳密にはいるんだろうけど……。

「ヒントならあるんじゃない?」

「ヒント?」

「言ったでしょう? 母さんの絵本はノンフィクションなのよ。まだ祥ちゃんが産まれる前、まだ父さんが母さんの前にいたころの話があるのよ」

「『いだいなる魔法使い』の絵本って続きあんの? さっき話してくれたやつだろ? どこにも売ってないじゃん」

「書店に置いてある本がすべてじゃないのよ」

「どういうことだよ」

「あの本はね、二作目以降があんまり売れなくてねー。そのうちそこの出版社が倒産しちゃったのよね。で絶版になっちゃったってわけ。母さんの部屋にあるから暇な時にでも読んでみたら?」

 絵本の続きがあるって言ったら、千鶴、喜ぶかな。そんなことを考えた。



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