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魔法使いとコーヒーを  作者: 宇部松清
第1章 いだいなる魔法使い
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3

『それなら わたしが およめさんになるわ』 


『きみが? へぇ ほんとうに?』 いだいなるまほうつかいは おどろきました


『あなた まほうつかいといったわよね それなら あたしのこのめも 治るかしら』


『なおすことは できないけれど あたらしいめなら つくることができるよ』


『つくるって むずかしい? わたし およめさんになって いっぱいはたらくから あたらしいめのだいきんは それでもいいかしら』


『だいきんなんて いらないよ でも ぼくのおよめさんになるのなら ずっと ぼくといっしょに くらすことに なるのだけれど』


『もちろんよ』


『きみの おとうさんや おかあさんに あまり あえなくなっちゃうけれど いいのかい?』


『わたし おとうさんも おかあさんも いないわ ひとりぼっちは もう いやよ』 


「――絵本の語り口にしなくていいよ、別に」

 明らかに子ども向けとわかる口調に、だんだんイライラしてきた。せっかく話は面白いのだから、さっさと進めてほしい。なんだかんだ言っても、佳菜子の作った話は面白いと認めている。佳菜子の読者一号であり、ファン一号なのだ。

「そうね、じゃあこれはやっぱり児童書枠の方がよかったのかな。でももう絵本で出しちゃったのよねぇー。ここはやっぱり全エピソードまとめて児童書にするか……」

「なんだよ、やっぱり仕事じゃねぇか!」

「違うってばー! まぁ、続き聞いてよ」そう言って、祥太朗のコーヒーカップにお代わりを作る。ミルクと砂糖の有無を聞かずにそれぞれ一つずつ入れた。

 もう子どもじゃねぇのに。そう思いながらも、慣れ親しんだ甘さが嬉しかった。



「そうか、君は両親がいないんだね。ごめんね、辛いこと思い出させちゃったかな」

「いいのよ、うんと小さいころのことだもん、忘れちゃった。あなた、いま悲しい顔してる?声がすごく悲しそう。元気出して」

 娘は魔法使いの声がする方に身体を向け、手探りで彼の両手を見つけるとぎゅっと握った。その手は水の中で乾いたスポンジを握った時のような、しゅわっとした感触だった。あまり強く握ると手の中から空気が抜けてしまいそうだった。

「不思議な手ね。魔法使いの手ってみんなこうなの?」

「他の魔法使いのことは知らない。僕も親がいないから。いるはずなんだけど、どこかへ消えちゃったんだ。自力で見つけられないと一人前じゃないんだって。そろそろ見つけてもいいころなんだけど、お嫁さんをもらってからにしようかと思って」

「私がお嫁さんでいいの?」

「君さえよければ」

「こんなにすんなりだなんて。もしかしてあなたは悪い魔法使いで、私のことさんざん太らせてから食べちゃうとかじゃないわよね?」

「そっちの方が、よかったかい?」

「まさか! ううん、でもどっちでもいいかも。このまま生きてるくらいなら、ぺろりと食べられちゃった方がいいかもね。でももう一度、海が見たかったわ、この目で」

 かすかに海の香りがする。娘はきっとこの香りを嗅ぎ取ったのだろう。とても悲しそうな声だった。

「海なら見れるよ、何度でも。本物でも、偽物でも、借り物でも、いつだって見られる。でも、君のその目じゃなくてもいいかな。さっきも言ったけど、僕はその目を治せない。新しく作るなら出来るけど」

「そういえば、そうだったわね。いいわ、この目じゃなくても。作ってちょうだい。どうやって作るの? 何から作るの? ネズミの目なんかは嫌だけど」

「ネズミなんか、使わないさ。だってここにいないだろ?」


「僕の目から作るんだ」



「は? え? どういうこと? 母さんの目って父さんの目から作られてんの?」

 ノンフィクションってことでいいと言ったものの、やはり信じがたい。祥太朗はすっかりお気に入りの絵本の新作を聞いている気でいた。息子が真剣に聞いてくれているので、佳菜子は上機嫌である。

「そうよー、やっと信じてきた? それでね……」



「あなたの目を使うの? 駄目よ。今度はあなたが見えなくなっちゃうじゃない。いいわよ、ネズミでも」

「僕の大事なお嫁さんだもの、ネズミなんて使わないさ。僕なら大丈夫、ちょっといままでより見えにくくなるだけだから。ここから山の向こうまで見えてたのが、山の手前までになるくらいだよ」

「本当に、いいの?」

「大丈夫。ただ、それが結婚指輪の代わりでもいいかい? 本当は、どこか身体の一部を使って、結婚指輪を作ろうと思っていたんだけど……」

「ありがとう。なんだか素敵ね。結婚指輪の代わりなら、今日の日付と、あなたの名前、それから愛のメッセージをちゃんと刻印してちょうだい」



 刻印、と聞いて、さっきのショッキングな場面――それは、抉りだされた目玉と、それによって露わになった右眉の下の空間である――を思い出してしまった。せっかくフィクションのおとぎ話を聞いていたつもりだったのに、現実に引き戻されてしまった気がした。

 佳菜子の方でも、やっと話が繋がってきたので、「それが、これよ」とまたも右目を取り外そうとしている。「それはもういいから!」と全力で阻止し、でも、愛のメッセージ部分が何て書いてあるのか気になったので、教えてくれと頼んだ。佳菜子の方では、直接見てほしいのに! とご立腹の様子であったが……。

『これからは同じ景色を見ていこう』

 どうやらそう書かれているらしい。

「なんかもっと情熱的な感じかと思ったけど、結構あっさりした感じなんだね」

「そうかしら? 同じ目なのよ? これからもずーっと同じ景色を見られるなんて素敵じゃない?」

 同じ目……。同じ……景色……。それって、もしかして……。

「もしかして、それって、そのままの意味? その、なんていうか、共有してるっつーか」

「そうよー。気付くの遅くない? 母さんは、父さんの目で、父さんと一緒に、祥ちゃんの顔、じーっと見てるのよ」

 そう言って、佳菜子は真っすぐ祥太朗を見つめた。なんだか、心の奥底まで見透かされているようだ。この目に見つめられていたら、隠し事なんかすぐにばれてしまうのではないだろうか。

 ん? 隠し事……? いま、何時だ……?

「ぅおっ! もう十五時半じゃんか! やばっ! ごめん、母さん、続きは帰ってからでいい?ちょっと俺出かけるから! いろいろ突っ込みどころあるんだから、時間空けといてよ!」

 祥太朗は壁にかかった時計を見るなり、椅子から飛び上がった。カップの中を確認する。よかった、全部飲んでた。残すのは性に合わない。髪と服をチェックする時間がなくなってしまったが、この際仕方がないだろう。

 佳菜子はまだ中身の残っているカップを手に、口元に笑みを湛えて、

「いってらっしゃい。今日こそ告白しちゃったらー?」と祥太朗の背中に向かって言った。

 なんだよ、やっぱりバレてるのかよ。


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