4
いつもは2人だけで囲む食卓。今夜は千鶴も含めて3人の夕食となった。残ったもう1つの椅子に、父さんが座っていれば最高なのに。そう思いながらも、いつもよりにぎやかな晩餐だった。
「いやー、まさか祥太朗のお父さんが魔法使いだなんてねー」
千鶴は、祥太朗もびっくりするぐらいあっさりと信じた。佳菜子の説明がうまいのだろうか。それとも千鶴が純粋すぎるのか。
大役を果たした佳菜子は、にこにことデザートのプリンを、少しずつ少しずつ削り取るようにして食べている。長く味わえていいのだと言う。いっそ2個でも3個でも食べればいいのに、と思うのだが、女性陣曰く「そういうことじゃない!」らしい。
「で?祥太朗の特訓の方はどうなってんの?」
早々とプリンを食べ終えてしまった千鶴が聞く。
「そう!そうなんだよ!すっかり忘れてたけどさ。千鶴が来る前に、水の量を増やすことに成功したんだよ!」
そう、なにやらいろいろなことが起こりすぎて、すっかり忘れていたのだ。
食器棚からコップを1つ取り出し、半分くらいの水を注ぐ。女性陣の注目を集めながら、ゆっくりと右手の指先をコップの中へと入れた。目を瞑って、指示は具体的に、だったよな。
えーと、それじゃあ、水よ、増えろ。溢れない程度に増えろ。俺の水分を使って、溢れない程度に増えてくれ。
そう念じながらゆっくりと水をかき混ぜる。おかしい。あんまり増えてる感じがしないなぁ。ちらりと目を開ける。コップの水はまだ増えていない。
「あれ?さっきは増えたんだけどなぁ」指を抜いてぺろりと舐めてみる。
「しょっぱ!」なんだよ。塩味の方かよ!
佳菜子はニヤニヤと、千鶴は不思議そうに祥太朗を見つめている。
「まぐれだったんじゃなーい?それか、幻覚?」
そう言いながら塩分補給用の塩飴を投げた。
「っっとぉ!まぐれかもしれねぇけど、幻覚はねぇよ!……たぶん」
予期せぬ塩飴をギリギリでキャッチする。千鶴の前でこれ以上カッコ悪い姿は見せられない。
「でもすごいじゃん!それ、普通の水だったよね?本当にしょっぱいの?あたしも舐めてみていい?」千鶴が手を伸ばす。
「い、いやいやいやいや、このしょっぱいのって俺の汗っつーか、そういう成分だから!絶対ダメ!ダメダメダメダメ!」千鶴の手の届かないところにまでコップを移動させる。
「ちぇっ、魔法の塩水、舐めてみたかったのに。でもさ、さっきは量が増えたんだよね?今回はどうして駄目だったのかねぇ」
そう、たしかに水は増えた。さっきと何が違ってたんだろう……。祥太朗はうつむいて考え込んでしまった。塩飴を口の中に放り込む。
この悶々とした空気を換えようと千鶴が佳菜子に話しかけた。
「おばさん、おじさんのお話、もっと聞かせてくださいよ。ラブラブエピソードとか」
「ラブラブエピソードだなんてー、なんか照れるわー」
両手を頬に当てて首を横に振る。得意の乙女ポーズだ。息子からはまずリクエストされない内容だけに、嬉しくて仕方がないのだろう。
「写真とかはないんですか?」
「ざんねーん、写真はないのよ。ていうか、試してはみたんだけど、写らなかったのよね。あーん、お見せできないのが悔しいわー」
千鶴は残念そうにしていたが、祥太朗も残念だった。俺はどうやら母さん似らしいし、父さんの顔ってどんなんなんだろうな。
「じゃあじゃあ、胸キュンなエピソード、お願いしまーす」
「そうねー、絵本に載ってない話がいいわよね。じゃあ……」