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いつもならリビングに入り、モニターで応対してから戸を開けるのだが、どうせすぐそこは玄関だ。念のため、ドアスコープを覗く。そこには、制服姿の千鶴がいた。
「え?千鶴?」意外な来客に思わず声が出た。
「あれー?祥太朗、そこにいるのー?ちょっと開けてよー」
「ま、待って、いま開けるから」
「祥ちゃん、お客さん誰ー?」リビングの方からは佳菜子の声がする。
「俺の友達!お茶とか俺やるから、母さんは出てくんなよ」そう言いながら戸を開ける。
面倒なことになるから、あいさつとかいらないからな。そう言う前に「お邪魔しまーす」と明朗快活な声が玄関に響いた。こんな『いかにも女子』な声を聞いて、佳菜子が黙っていられるはずがない。
「ちょっとー祥ちゃん、お友達って女の子じゃなーい!ダメダメ、お部屋に通す前にリビングリビング!一緒にお茶しましょうよーう!」
……やっぱりこうなるよな。
「えーっ?いいんですかぁ?やったぁ。おばさんとお話してみたかったんだ、あたし」
千鶴はやけにノリノリだし。祥太朗は腹をくくった。
リビングに入ると客用のコーヒーカップがすでに用意されていた。何とも周到なことで。こういう時は本当にテキパキしてるんだよな。
上座に通され、千鶴はやや恐縮していた。しかしその態度もまた佳菜子の琴線に触れたらしい。「今どきの子なのに!」としきりに感心していた。
リビングではもっぱら女子トークに花が咲いていた。
祥太朗の仕事といえば、コーヒーのおかわりを注いだり、お菓子の補充をすることくらいで、あれ?千鶴って母さんの客だったかなと錯覚を起こすほどだった。
でも、千鶴も母さんも楽しそうだ。特に母さんは女の子と会話をする機会なんてほとんどないしな。俺がもし女だったら、こうやってお茶したりしてたんだろうか。……いや、最近はよくお茶してるよな、俺達。んー、じゃあ結果オーライなのかな?
チョコレート菓子の個包装を破ろうとしたポーズのまま固まっている祥太朗を、佳菜子と千鶴が不思議そうに見つめている。祥太朗はその視線に気付いた「なんだよ、2人して」
「なんだよじゃないわよう。最近ぼーっとし過ぎなのよ、この子」
「そうなんですよ!学校でもいっつもこんな感じなんですよ!」
とうとう徒党を組まれたようだ。父さん、助けてくれよ、2対1だぜ、分が悪いよな。
「いいだろ、いろいろ考えることがあんだよ」
そう言って、チョコレート菓子を口に放り込む。
「考え事って……。寝不足なのもそのせい?こないだも倒れたばっかだし、ちゃんと休まないと駄目だよ」千鶴が心配そうな顔を向ける。
「千鶴ちゃん、優しいわねー。いい子だわー。ウチにお嫁に来ない?」
「えっ?いや、あたしたちまだそういう関係じゃ……」千鶴は顔を真っ赤にして否定する。
まだそういう関係じゃない。『まだ』ってのは、ちょっと期待していいんだろうか。
「だーいじょうぶよ。あたしもそんな感じだったしー」……やばい。
「そ、そうだ、千鶴!お前こないだ『いだいなる魔法使い』の続き読みたいって言ってただろ?俺の部屋にあるからさ、読まね?行こう!」
そう言って、強引に千鶴の手を取った。
あのまま放置したら、父さんがどうとか魔法使いがどうとか絶対話し出すぞ、あれは。
よかった、俺の部屋に段ボール運んでおいて。
「ちょっと、祥太朗!おばさん、すみません。ごちそうさまでした」
「あらら、もう行っちゃうのね。またお茶しましょーね、千鶴ちゃん」
佳菜子は右手をひらひらと振った。
リビングを出て、玄関を通る。階段を上る手前で手を離す。
「ごめんな、なんか。うるさい母親で」
「そんなことないよ、面白いお母さんだね。間近で見るとやっぱり若くてきれいだし。ね、祥太朗はお母さん似なんじゃない?」「顔はな」
とんとんと階段を上る。
そういえば、さっき千鶴の手を取ったのは右手じゃなかったか。ばれてないか?大丈夫かな。