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「俺のせい?俺が泣いたから?生後半年の赤ん坊なんて、ちょっとしたことでもすぐ泣いちゃうだろ?父さんのことが怖くて泣いただなんて言いきれないだろ?なんでだよ」
「父さん、真面目だからねー。あの時、突然すぎてあたし何もしゃべられなかったけど、たぶん、どんなに止めても、どんな言葉をかけても父さんは姿を消してたと思うわ」
佳菜子はコーヒーを飲み干し、カップをシンクへ運ぶべく立ち上がった。
「俺、母さんがしょっちゅう鏡に向かって笑ってるの、単なるナルシストなんだと思ってたよ。それって父さんに対してだったんだな。それに、ほとんど家にいて俺としか会わないのに薄化粧してるし。化粧する時に鏡を使わないわけもわかったよ。父さんにすっぴん見せたくないからだろ?」
「母の乙女心、馬鹿にするんじゃないわよ」
「してねぇよ」
父さんが消えたのは、俺のせいだったのか。
赤ん坊の俺には、父さんがどんな風に見えてたんだろう。恐ろしい化け物みたいに見えてたのかな。でも、もう怖くなんかないからさ、もういいよ、出てきてくれよ、父さん。母さん、いつも明るいけどさ、絶対寂しがってるからさ。
「ねぇ、いま父さんに出て来いよとか話しかけてない?」
祥太朗に背を向けたまま、佳菜子は言った。相変わらず、鋭いな。
「まぁ、一応、さ」隠しても無駄だと思った。
「いいの?本当にいま出てきても。もしかしたら、アンタが思ってる以上におぞましい姿で出てきちゃうかもよ~」
おぞましい姿、という響きに、一瞬身を固くする。俺ってやっぱりビビりなんだな。
「だっ、大丈夫だよ。着流しの30代のおっさんだろ?ぜんぜんヘーキだし!」
穏やかに、絵本のような口調で話す、着流しの男。そう考えるとぜんぜん恐ろしいとは思えなかった。
「人型で現れるとは限らないと思うけどね。それに、例え人型でも、にじみ出る恐ろしさってあるものよ。ま、本当に出てきてくれるかはわかんないけど、覚悟だけしといたら?」
「わかってるよ」そう言って、祥太朗はダイニングを出た。
部屋に戻る前に佳菜子の部屋に入り、未読の絵本を段ボールごと自分の部屋に運ぼうと考えた。中身がぎっしり詰まっているので結構重い。引きずりながらもなんとか自分の部屋へと移動させた。
これでいつでも読める。待ってろよ、父さん。近くにいるのはわかってるんだ。ちゃっちゃっと見つけてやっからな。